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その声がいつも魂の叫びでありますように

18、悪役はどの世代にも大人気

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「いやあ、アハハ」

  それに対し響季が曖昧な笑みを返すが、その隙に看護師さんが近づいてくるのを見計らって零児はマウスでウインドウを閉じる。
  さすがに贔屓のルームで他所のルームに行く計画を練っているのを見られるのは気が引けたからだ。だが、

 「あれ?」

  響季が看護師さんの胸ポケットに差されたペンに気付く。
  職業柄、あまりオシャレの出来ない看護師さん達にとって唯一それが出来るのは文具類だ。
  首から下げるネームプレート入りのパスケースや、それを首から下げるためのネックストラップ、あるいはパスケースが邪魔にならぬよう胸ポケットに留めるためのクリップなどを、可愛らしいキャラクターグッズにしている看護師さんは多い。
  ベテランさんなど特にこだわりがないような看護師さんなら献結推進萌えキャラクター 結伊ちゃんがあしらわれたものを使っているが、ほとんどがお気に入りのキャラクターグッズを使っていた。

  そこには例え真面目な職場でも過剰にはならない程度に華を添えたいという想いと、いくつになっても可愛い物が好きという日本女性らしさが見えた。
  白で構成された採血室で、プロの看護師さんがそういったものを使っているのは献結をする若者の心を和ませる効果もある。
  それらグッズは当然様々なものを記入するため、胸ポケットに差したペン類にも見られた。

 「それ…、アルコール・ド・ボンバーのやつ」

  その看護師さんが胸ポケットに差していたのは、アニメ アルコール・ド・ボンバーの敵役ピンクエレファント団エンブレムがトップに付いたペンだった。

 「あ、このペンね。ひびきちゃん知ってんだぁ。最近あたしハマってさぁ。面白いよねぇあれ」
 「へえーっ」

  同志を見つけたことに響季は嬉しくなる。
  作品だけではなく同じ悪役側が好きということにも。

 「夏頃に一挙放送やってんの見ちゃってさぁ、夜中に。なにこれおもしろい!ってDVD借りて見て」
 「エレファント派なんですね」
 「ん?ああ、そうそう。これねー、ネットで探したんだけど売り切れだったからさぁ、じゃあもうお店行ったほうが早いやって。そういうアニメのグッズとか売ってるお店初めて行っちゃったぁ」
 「わたしビアバスターたんのマグカップ持ってます」
 「そんなんあるんだぁ!ビアバスター推しなの?あたしはねぇ、モッキンバード君が好きでぇ」
 「えーっ?そうなんですか」

  歳の離れた女子二人が、キャッキャとアルボン談義に花を咲かせる。
  アニメを見ていないため会話についていけない零児は、響季の膝に座ったままそれをぽんやり見ていたが、

 「でもさぁ、ダーティマザー様とブラックルシアンってあれ絶対血縁関係みたいのあるよね」
 「えっ?」

  告げられた言葉に、響季が固まる。
  ピンクエレファント団の総帥、ダーティマザー様。
  大人子供問わずアルコール依存者を増やし、世界を支配しようとするその総帥は、お優しくも芳醇な香りが似合う女性だ。
  包み込むような豊満な身体と豊かな黒髪を持ち、いつも優しく笑みを湛えているが、どこか場末の酒場女のような雰囲気もある。
  その身には隠し切れない血生臭い過去を抱えていた。

  対して部下であるブラックルシアンは、重めの黒髪マッシュルームカットに、丸みを帯びた顔の輪郭。
  貴族然とした性格も相まって、気位の高いスコティッシュフォールドのような女キャラだ。
  だが時として鼠をいたぶる猫のような残虐性も見え隠れする。
  決して似てはいない二人だが、確かに根底にあるものは似通っている。
  そんなキャラクター達を響季が脳内で思い描いていると、

 「だってブラックルシアンってコーヒーリキュールをウォッカで割ったお酒じゃん?で、ウォッカをブランデーに変えるとダーティマザーになって、どっちもコーヒーベースじゃん?だからぁ、なんか関係あるんじゃないかなあって」

  看護師さんがそんなことを言い出した。
  確かにその説には説得力がある。お酒を題材にしたアニメなら尚更だ。だが、

 「わたし…、お酒飲まないので」
 「あ、そっかぁ」

  響季の言葉に、目の前の女子高生が法律的に飲酒NGなことに気付き、アハハと笑う。
  しかし、言われてみればダーティマザー様のお優しい瞳は、ブラックルシアンを見つめる時だけは母のような特別な想いがあるように見え、ブラックルシアンの出生がわからない設定なのに妙に貴族然とした振る舞いは、そういったフラグ的要素に見えた。
  そういえばブラックルシアンが内包する力が抑えられなくなるようなシーンもあった。
  あれが第二のマザーへと変貌するの予兆だとしたら。
  それらシーンを思い出し、響季は考えてみる。
  けれどそれ以上に大事なことがあった。

 「ネタバレ…」

  うっかり先の展開がわかりそうなことを教えられてしまったということだ。

 「あー、ごめんごめん。でもお酒飲む人ならちょっと考えたらわかりそうだけどなぁ」

  なのにこれといって悪びれた様子もなく、看護師さんが謝罪する。まあええやんと。

 「…だからわたしお酒飲まないんで」
 「そっかぁ。ごめんごめん」

  再度気づかなかった理由を述べると、またアハハと笑いながら謝り堂々巡りになる。が、向こうは楽しそうだった。
  意図的にではないがネタバレ的なことをしてやった側として。

 「ああっ、でもアフレコスタジオでライブ誘ったってラジオでブラルシが言ってたっ」

  そういえばと、アルコール・ド・ボンバーのラジオでのブラックルシアンとターキッシュハーレムの会話を響季が思い出す。
  ブラックルシアン役の森口茜が、ダーティマザー役の大御所女性声優を自分が大好きなアイドルのライブに誘ったと。
  それが親子という役柄を通してのフランクさ、仲の良さだとしたら合点が行く。
  声優には珍しく、森口茜は人見知りも物怖じもしないイケイケドンドンな性格だが、明かされていない設定をバックボーンにすると大御所へのトライぶりは更に信憑性を増す。

 「ラジオって作戦会議ラジオ?そういや言ってたねぇ」
 「えっ!?ラジオも聴いてるんですか?マジオタじゃないすか!気持ち悪っ!」
 「ひびきちゃんだって聴いてんじゃん!」
 「わたしはアニラジヲタなんでいいんすよっ!」
 「アニラジヲタて!気持ち悪っ!ニッチ気持ち悪っ!」
 「そんなん重々承知だわっ!メール送ってステッカーも貰ったわ!」
 「えっ!?いいなぁー。なんかワインのやつも貰えるんでしょー?あれ欲しいー」

  ギャーギャーにゃーにゃーと、響季と看護師さんが騒がしく、好きなアニメとラジオ談義に更に花を咲かせる。
  そんな中、零児だけが膝の上で取り残されていたが、

 「えー?でも、あああー、やだあー。まだ知りたくなかったぁぁ。知りたくなかったよぉぉー」

  なんてこったいと響季が改めて頭を抱える。
  毎週一話一話、それこそアルコールを楽しむようにじっくり味わっていたのに。出来るだけ先の情報は入れないようにしていたのに。

 「そん、」

  ショックのあまり、響季がガクーンと肩を落とそうとすると、零児がサッと膝から降り、手を引いて立ち上がらせた。

 「へ?」

  立ち上がった方が状況を理解出来ないでいると、立たせた方はあごで床を示す。
  響季はそれだけでそうかと理解し、

 「そんなぁぁぁ」

  ガァークゥーンと、きっちりスローモーションで両膝から落ち、床に両手をついてorzのポーズになる。

 「ぐえ」

  そしてその背中に零児が足を組んで座り、椅子となった方はカエルの潰れたような声を出すと、

 「貴様は阿呆じゃのう」
 「はい、わたくしめはとんだ阿呆に御座います」
 「そのようなこともわからぬのかったのかえ」
 「はい、アルコールを嗜まないわたくしめにはさっぱりわかりませんでした」
 「そんなお前はまたしても今日のぱんちゅはボーダーぱんちゅか」
 「はい、わたくしめの本日のぱんちゅはボーダーぱんちゅに御座います」

  何やら見えない煙管のようなものをくゆらせながら、零児が女幹部のような口調で蔑み、響季は人間椅子状態で俯いたまま喋り続ける。
  人間椅子は女幹部にスカートをぴらと捲られ、本日の下着の色をチェックされていた。
  二人の間で、即興コントスイッチが押されていた。ごく自然な流れとして。

 「えっ……、なにこれ」

  だが看護師さんは何が始まったのかわからない。
  新しい遊びなのか、そういうソフトSM的なやりとりが若い女の子の間で流行っているのかと。
  しばらく異形の者達を見るような視線を向けていたが、

 「こんなんじゃないの?ダーティマザー様」
 「…全然違う」

  視線に気づいた零児がそう言い、看護師さんが真顔でツッコむ。
  アルボンを見たことのない零児が想像で悪の総帥をやってみたのだが、全く違ったらしい。

 「全然違うに御座います」

  人間椅子も四つん這いのまま言う。
  響季も零児が何かを始めたので乗っかって、いや乗っからせてみたのだが。
  その姿と声を見て、聞いて、よくはわからないがこれが彼女達なりのコミュニケーションの取り方なのだろうと看護師さんは理解した。
  それともこのやりとりは、もしや会話に入れなかった零児が寂しさゆえに始めたのか?と考えるが、

 「あ、でもさぁ、なんだっけ。公録やるんじゃなかった?作戦ラジオ」

  思い出したと両手のひらをぱんと打つ。先週の放送で確かパーソナリティ二人がそんなことを言っていたと。

 「こう…、ろく?」

  聞き慣れた言葉に響季が顔をあげる。が、その顔は真っ赤だった。
  それは当然現在進行で行っている四つん這いの姿勢と、軽いとはいえ女子高生をその身に乗せているからだ。

 「ちょっ!」

  その顔を見て看護師さんが慌てる。響季は献結を終えたばかりだ。
  遊びとはいえ身体にも、何より血を抜いた腕に負荷を掛け過ぎていた。
  すぐ遊びをやめさせようと近づこうとするが、それより早く、零児がやばいっ、と小さく言って立ち上がり、流れるような動きで人間椅子を立ち上がらせ、さっきまで座っていたパソコンチェアにどかっと座らせた。

 「へ、え?」

  当人だけが、元人間椅子だけがわからぬまま間抜けな声をあげ、包帯を巻かれた方の腕を零児よって水平より高めに持たれていた。

 「献結してすぐにこんなことしちゃだめだった」
 「あ…、そお、ね」

  腕を持たれながらそう真面目な顔でアーモンドアイの少女に言われ、響季が今更ながらに気づく。
  ちょっと危ない遊びをしていたと。
  それを、看護師さんが呆気にとられたように見ていた。
  看護師さんは真っ赤な顔を見て気づいたが、零児は響季の声だけで変化に気づいた。
  看護に携わる者として注意出来なかったのに、少女はすぐ自分の過ちに気付いてフォローした。
  看護師さんが目を細める。
  破天荒で、なんだかよくわからないが、二人のそれは紛れも無く愛にも似たやりとりだった。

 「シャツの襟んとこも緩める」
 「あ…、そおっすね」
 「ブラも外す」
 「えーっ!?それはいいのでわ!?」

  零児は真面目な顔で、辱めるような看護をして響季を困らせる。
  それでも響季は、困りながらも口許が笑っていた。
  看護師さんも笑みを浮かべる。
  こういったやりとりが、彼女達なりのコミュニケーションの取り方なのだろうと。
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