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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

6、自習なんて抜け出してパーティー行こうゼ!

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 響季は全くわかっていなかった。
  柿内君は、響季から零児とのデート話を聴いていた時。
  クールな少女が活き活きと面白さを繰り出しているであろう様が容易に想像出来た。
  元々面白い子ではあったのだろう。しかし響季という存在に出会い、それが変わったのだ。
  柿内君から見れば、確かに響季は自分発信の笑いのアイデアは乏しい。
  だが瞬時に面白さを理解し、相手に合わせるだけの勘の良さはあった。
  それはノベルティ欲しさにラジオで採用されるようなメールが書けるという小狡さも手伝ってだろう。
  しかしそれゆえ、互いを殺さない程度の面白い殴り合いが出来た。
  ギリギリの悪乗りと距離感、呼吸がきちんとわかっている人間だった。
  零児は自分専用の、アイデアなり面白さなりをぶつけるのにふさわしいキャンバスを見つけたのだ。

  自分が思い描くプロジェクションマッピングを投影するのに、響季は打ってつけの存在だった。
  不特定多数のリスナーやラジオパーソナリティ、雑誌読者や編集者ではない、打てば響く生の存在。
  自分の笑いに面白いと言ってついてきてくれる、最善の客にして共演者だった。
  かつて柿内君がそう感じたように。
  それを、響季自身はまったくわかっていなかった。
  一番前の特等席で零児の面白さを見られて、更に演者としてでも同じ舞台に上がれるのに、それを放棄しようとしていた。

  何か方法はあるはずなのにもう考えるのをやめていた。
  なんて贅沢で、勿体無いことをしようとしているのか。
  柿内君は膝の上で拳を握り締めると、ガガァっと音を立てて椅子から立ち上がり、

 「立ぁぁてぇえええっ!片瀬ぅぇええアアアイヤアアアっ!」

  そう芝居っ気たっぷりな言い方と奇声で、響季の襟元を掴んで立たせる。そして、

 「パカヤローッ!!」

  Pの発音から始まる馬鹿野郎を言い放つと、超スローの掌底を繰り出した。
  腰を捻りつつ、細い足は内股で交差させたエックス立ちで。
  全然痛くない掌底は響季の頬を捉え、ぐにゅるぅうとこちらもスローで口をひん曲がらせる。
  すぐ近くの生徒は、突然始まった小芝居染みたやりとりを呆然と見ていた。

 「バカバカバカっ!ひびきちゃんのおバカっ!」

  更に柿内君はどどんたどどんたとオカマちゃんパンチで肩の辺りを連続で殴る。響季もしばらくはそれを身に受けていたが、

 「んんんんーっ!」

  オカマちゃんの両拳を掴むと、額を肩口に合わせ、ずりずりと力任せに押していく。
  柿内君も抵抗をしないので、男子にしては細い体は教室後方の空いたスペースに押しやられた。
  こうして一応のステージの準備が整うと、

 「貴様などこうしてっ…、こうしてくれっ…、こうしてやるわあれ?」

  響季がプロレス技をかけようとするが、知識が無いのでわからない。
  コブラなんたらをかけたいのにぐちゃぐちゃしたフォークダンスのお誘いみたいになり、

 「くそがっ!」

  結局諦め、ぺしっと単純なビンタ攻撃に切り替えた。
  それも頬に手をおいてからぐいっと押しやるような、全然痛くないビンタだった。

 「どっちがだ!」

  同じようなバラエティビンタを柿内君もやり返し、

 「こっちの気も知らんとや!」
 「おう、知らんがっちゃ。きさんもわっちの気ぃ知らんときゃ!」
 「おいが近づかんとったらアイツはごっさカッチョイイままいられろんや!」

  どこの方言かもわからない言葉で言い合いをする。

 「片瀬と柿内君、まーたなんかやってるよ」

  その一連のやりとりも、クラスの女の子達はいつものことだと笑う。
  また二人だけの面白い遊びをキャッキャやってるだけだと。
  他の生徒は自習時間をいかに有意義に過ごすかに夢中で気にも留めない。
  二人は異性ゆえ、こうやっておフザケの延長に置かなければ殴り合いの喧嘩すら出来なかった。
  わざわざ教室後方という自由スペースでふざけてるという舞台を用意しなければ、本音で語り合うことなんて出来なかった。

 「そのかっちょいいのん、おまーはもう見たないんか!」
 「見たいわ!」
 「だったらそばにおったれちゃ!」
 「だかられいちゃんはあたしがいるとダメになるって言ってんだろ!」

  そんな、おフザケに隠れていた本音が徐々に出始めた頃。

 「くぉらあああ!うるさいぞっ!何騒いでるんだっ!」

  ガラっというドアを開ける音とともに、隣のクラスで授業をしていた男性教師が殴りこんできた。

 「何やっとるんだ!」

  教師はでっぷりした腰に両手を当てたぷんぷんスタイルで、ちょうどビンタで柿内君の頬をひしゃげさせていた響季を見る。
  他の生徒も騒いではいたが、立ち上がってはしゃいでいるのは二人しか居なかった。

 「…若さゆえの怒りを拳に乗せて語り合ってました」
 「まひた」

  何をやっていたか響季が答え、柿内君も口をひしゃげたまま言う。
  あながち間違ってはいないのだが、平成の世にそんな高校生はいない。
  おまけに男子と女子だ。
  キャッキャッキャッキャとふざけてるようにしか中年教師には見えない。
  そんな十代特有の甘ずっぱさも教師を苛つかせた。

 「ふざけるなっ!」
 「はぁ」
 「へぇ」

  二人揃って雷を落とされるが、二人揃って気の抜けた返事をする。面倒くさいなあと。

 「なんだその態度はっ!」

  うるさいと怒鳴りこんで来たわりには自分の声のボリュームは抑えようとしない教師に、響季がぶすったれる。そんな大声を出せば他のクラスメイトも嫌な思いもするのにと。

 「なんだ今はっ!何をする時間なんだっ!自習ならちゃんと課題だって出てるはずだろうっ!終わったのかっ!」
 「終わりましたが」
 「じゃあ見せてみろっ!」
 「へいへい。わかりやしたよ」

  頭ごなしに言ってくる教師に、響季は言われるまま終えた課題プリントを見せようと自分の机に向かおうとする。とりあえず素直に従ってさえおけば面倒な嵐は過ぎ去ると。
  が、柿内君はその背中に向かって、


 「♪デデレ、デレレ、デレレレ、デレレレレレ」


と、往年のロックナンバー、ジョニー・ビー・グッドのイントロギターを口ずさみ、突如その場でツイストを踏み出した。
  それを聴くと響季は頭で理解するより早く、その場で軽やかにターンすると、同じくノリノリでツイストを踏み出し、柿内君の元に近づいていった。
  続く柿内君の甘くファンキーな歌声で、教室後方のスペースが一瞬にしてダンスフロアと化した。
  クラスメイト達はそれを呆然と見ていたが、歌が始まるとああ、あれか、と何の曲かわかる者も現れる。
  しかし一緒に踊ろうなんて者は当然いなかった。
  そして二人だけのダンスフロアで、

 「どこから来たのー?」

と、声を張って訊いてくる柿内君に、

 「えー?なにー?聞こえなーい」

と、響季はいつもより高いトーンで、同じく声を張り上げて言う。
  耳に手を当て、なんですかポーズを取りながら。

 「どこから来たのー!?」
 「お花茶屋ー!!」

  更に大声で訊いてくる柿内君に響季が適当な地名をあげる。

 「いいとこ住んでんじゃん!おどろうぜー!」
 「いいわよー!」

  そんなディスココミュニケーションを交わすと、二人は意気投合したように背中合わせで踊りだす。
  BGMは柿内君の奏でる生歌だけだが、この年代の子が歌わないような選曲と、それを歌いこなす心地よいファンキーな柿内君の声、更に下半身の関節を自由に動しての彼のツイストは周囲を魅了した。
  突然のディスコタイムに教師が呆気にとられる。クラスメイトもだ。
  一部の生徒は、ああ、またなんかこいつらやりだしたよと面白そうに見ていた。
  そんな中で、二人はツイストでじりじりと移動する。
  そのステップは確実に教室後方のドアへと向かい、

 「あ、こら待てっ!」

  ようやく理解した教師が二人を呼び止めるが、

 「カッキー、ダッシュ!」
 「おうよ」

  首尾よく脱出に成功した二人は、まだ授業中の廊下を全速力で駆け抜けていった。

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