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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

7、受験を控えた中3とその山には近づくな

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「ゲッ!財布置いてきちゃった」

  教室と、ついでに学校からも抜けだした二人は上履きのまま近くのコンビニへとやって来ていた。
  何か飲み物でも買おうかと思ったが、響季は身一つで来たので財布がない。

 「カッキーさんお金持って…、おっ、さすが」

  訊かれた柿内君は、パスケースに入ったコンビニでの支払いも大丈夫な交通系ICカードを見せる。
  パスケースは雑誌の読者ページのノベルティで貰ったものだが、一見そうとはわからないのと使い勝手が良いので使っていた。

 「ちょっとお金貸しといて。あるいはなんか奢って」
 「…ジュース一本だけな」
 「うわーい!」

  ジュース一本程度でも響季は諸手を上げて喜ぶ。
  ビンタ対決とダンスと全力上履きダッシュで一応元気が出たようなので、柿内君は奢ってやることにした。
  買ったジュースを飲みながら二人が店の前にあるベンチに腰掛けると、ひと心地ついた響季がふうとため息をつく。
  なんだかドタバタ体を動かして忘れていたが、問題は何も片付いていなかった。

 「あーあっ」
 「おぐっ!」

  そしてベンチに乱暴に横たわると、柿内君の細く引き締まった腿を勝手に枕にした。
  枕にされた方は衝撃に変な声をあげるが、すぐにその重さも馴染んでしまう。
  親友は、どうしたら良いのかわからない局面で誰かに頼りたいのだとわかっていた。
  そしてそれが自分だった。
  自分でいいのなら柿内君は少しの間寄りかからせてあげたかった。

  会話もなくそうしていると、小さな女の子が母親と一緒に歩いてきた。
  よちよちした足取りで目の前を横切りながら、膝枕をし、された高校生達を女の子が不思議そうに見てくる。
  対してお母さんは眉を顰めて見てくる。
  よく見れば二人は制服姿で、上履きを履いたままで、今は学校がある時間だ。そんな目つきをされても仕方ない。
  視線から逃れるように柿内君が空を見上げると、寒い季節でも昼前とあって日差しはぽかぽかと温かった。

 「……あったかいな」
 「…うん」

  そう言う柿内君に、響季も同意する。
  日差しは温かいのに、微かに吹いてくる風は少し冷たい。
  温かさと冷たさがちょうどいい。それは今の世の自分達に対する態度と一緒に思え、なんだか二人はずっとこのままでいたかった。
  いまだ解決策は見つからないけれど、しばらくはひだまりの中にいたかった。
  そんな穏やかな気分に浸っていると、

 「カッキー」

  不意に名前を呼ばれた柿内君が、膝の上の親友を覗きこむようにして見る。

 「あの約束覚えてる?」

  響季が細めた目で見上げてきた。
  なんだかレンズが邪魔だなと思い、柿内君は取り上げてしまおうかと考えるが、おそらくそれは絶対にやってはいけないことだった。

 「約束?」

  柿内君が聞き返す。が、予感はしていた。
  二人の間で約束といえば、あれしかないと。

 「あたしがさ、超男前なプロポーズしたやつ」

  そう言いながら、響季は真っ直ぐ少年を見上げてくる。
  その目はあの頃の男前な響季ではない。
  あの頃より確実に女になっていた。
  それは彼女を遠くに感じさせ、だがあの頃より自然な距離に立っているように思えた。
  ベンチに背を預けると、柿内君が慈しむように響季の髪に触れる。
  膝の上の猫をそっと撫でる優しさで。

 「忘れるわけ無いだろ」

  その約束はいつでも取り出せるように、心の一番上の引き出しに入れておいたのだ。


 中学二年当時の片瀬響季は、一言で言えば疲れきっていた。

 「そしたらさ、そこにすっげー美人が居てさ」

  その日、響季の学校では例年通り陸上記録大会が行われていた。
  毎年5月に、近くの市営競技場を借りきって行われるそれは、例年通り運動部以外はやる気が見られない。
  現に響季がいる二年生エリアには不良じみた三年生が取り巻きがいる下級生達の元に出向き、年上の友人らとの合コン話を武勇伝のように語っていた。しかし、

 「顔とかちっこくてさ、でも手足とかすげーなげーの。ほら、あーゆーのなんつーんだっけ。あのー…、立てばナントカ、座ればナントカいうやつ」

  例えの言葉が浮かんでこず、三年生が二年生にその言葉を問う。
  だが取り巻きの二年生達はとにかく力ある三年のお話を、さすがです、知らなかったっす、すげー、先輩すげーっす、そうっすね、のさしすせそを繋ぎながら聴くことしか出来ない。
  その程度の脳しか彼らには無かった。

 「ほらアレだよ!!座ればボタンとかいうやつ!!」
 「ぼ、ぼたん?」
 「ボタン??」

  うまく言葉が出てこなくて、三年が次第に苛立ってくる。
  二年生達もどうにかして答えを導き出そうとするが、傍から考える気など無くただオウム返しにするしか無かった。
  牡丹と言われても当然のように服につけるアレしか思い浮かばない。
  馬鹿の集まりでしかないそこへ、

 「立てば芍薬座れば牡丹、ですか」

  その近くに座り、携帯ゲーム機で暇を潰していた茶髪眼鏡少女が、響季がさらりと答えてみせる。

 「ああ、そうっ!そうだよ!そんな感じのやつ!で、歩く姿はみたいのもあったよな?」

  突然正解を言いだした名前もわからぬ下級生女子に、三年生は更に訊くと、

 「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は海底探査機」
 「そうっ、海てぃ…、なんでだよ!」
 「ピコーンピコーンって」

  言いながら響季が両手で携帯ゲームを持った上体を水平移動させてみせる。

 「ちげーよ!」

  それに三年生がツッこむ。そこにはよくわからない爽快感があった。

 「あれ?違いましたっけ」
 「なんか…、あれ…、花の名前のやつだよっ」
 「花?ああ、ドクダミ草」
 「ちげーしっ!」
 「えー?お茶によし、薬によしですぞ!たぶん根っこが足みたいになってカサコソカサコソーって歩く」

  言いながら響季は手指でカサコソ動く根っこを真似る。
  想像した取り巻き達が、ふ、ふふっと微かに笑った。

 「ちげーって!もっとなんかこう…、可憐なやつだよっ」

  少ないボキャブラリーで三年生がどうにか伝えてくると、

 「可憐、おおっ」

  そのワードを拾い、響季がパンと手を打つ。

 「ラフレシアですな!」
 「なんだよそれ」

が、三年生は眉をひそめる。
  それを見て響季はしまったと気付く。
  向こうに知識がなく、ボケが伝わらなかった。
  相手に理解出来ないボケというのは滑ってしまったも同然だ。

 「あれですよ。あの、デッカーいやつで、世界一おっきい花みたいの」
 「ああ、すっげー臭い奴」

  響季が恥を惜しんで自分が放ったボケを説明すると、取り巻き男子が不確かな知識で注釈を入れる。一番特徴的で、おそらくそれしか覚えていない注釈を。

 「ちげーよ!それじゃねえ!」

  ようやくラフレシアが何かわかった三年生が大声でツッこむが、

 「でもああいう見た目のババアいますよ?結構。スーパーの夕方の食品売場とかで」
 「ババアじゃねえよ!」
 「でもババアにもいいババアと悪いババアがいるじゃないですか。夕方のスーパーババアはヤなババアだけど」

  スーパーババアという言葉に一人の二年生が吹き出す。つられて周りも。

 「スーパーババアはヤなババア」

  語呂がいいのでもう一度言うと、三年生もぐふっと吹き出す。
  ババアというわかりやすいワードで持ち直し、響季はホッとしつつボケを重ねる。

 「つまり歩く姿はラフレシアババアで」
 「だからババアじゃねえって!」

  ツッコみつつも三年生は笑顔だった。
  言葉だけでは怒っているようだが彼は楽しくて、後輩達の笑い声に心地良ささえ感じていた。
  見知らぬ下級生との会話が自然と漫才という形になりつつある。
  ドライブ感のあるボケにツッコミを入れることで、まるで自分も面白くなったような気がしてきた。
  実際のそれはツッコミなどではなく、ただの野次や文句言いと変わらないのだが。
  ツッコミのバリエーションは皆無で、同じセンテンスを繰り返しているだけに過ぎない。
  それでもボケを斬りこむ気持ち良さを感じていた。

 「えー?じゃあなんだっけー。立てば芍薬、座れば牡丹でしょー?っていうかわたし実は答え知ってるんですよ」
 「じゃ早く言えよ!」

  すっとぼけていたがすでに答えは我が手中にあると言うと、三年生が焦れたように急かす。

 「それは…」

  そう響季が言葉を区切り、遠い目をしてグラウンドを見る。
  そこには運動部系生徒達が張り切って競技に参加し、手前の自分達がいる観客席には同じように時間を怠惰にやり過ごしている生徒がたくさんいた。
  それらを見つつ、たっぷり時間を取ったあと、

 「きっと…、そう、きっと、みんなの心の中に咲く花です」

  胸に手を当て、優しげな視線を三年と取り巻き達に向けると、ニッコリ微笑みながら言った。

 「ちげーよ!!」
 「それぞれの胸に咲く名も無き花。そう、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿はそれぞれの胸に咲く名も無き花…。長っ!!あ、もう行きますね、出番なんで」

  三年のツッこみを受け流し、盛大にセルフツッコミをして全てを回収した後。響季はそろそろ自分が参加する競技だからとバッグにゲームをしまい、立ち去ろうとする。

 「いや、答え教えろよっ!」
 「百合の花ですよ」

  最後に答えを、と尚も食い下がる三年生に、響季はあっさりと答えを告げた。
  歩く姿は百合の花。
  立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
  言われた言葉をゆっくり咀嚼し、

 「ゆ…、ああそうだ!百合だ百合っ!百合の花だ!百合の花だよ!」

  ようやく正解に辿りつけた三年生がテンション高く取り巻き達に言う。

 「そんじゃ」
 「おおっ、ありがとなっ」
 「いえ」

  それを見届けると響季は微笑みながらもクールにそう言い、今度こそ競技に参加すべくグラウンドに向かおうとするが、

 「お前、女なのにおもしれーなっ!」

  三年生はそう響季の背中に言った。
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