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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

10、ピロティはダンステリア

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 そして、響季は三年生の教室へ行くより彼と終わらないダンスをすることを選んだ。
  呼び出しメールが再度来ても気づかない振りをした。
  それだけ彼とのダンスは楽しかったのだ。
  行けなかったことを三年にメールで詫びると、それをきっかけに響季は三年生への営業を適当な理由で断り続けた。


 「♪Na-Na-Na-Nа」

  昼休みのディスコタイム以来。
  ふとした時に、柿内君は響季と視線を交わすと、何か気の利いたメロディを口ずさむ。
  会釈でもするように自然と。
  それはある種二人だけのスイッチだった。
  洋楽、古い歌謡曲、昭和のアイドルソング、モータウンソング、チアダンスソング。
  彼の脳と歌声自体がジュークボックスになっているかのように、様々な曲が飛び出す。
  天性のリズム感とファンキーな歌声で。
  それをバックに二人は教室だろうが移動中の廊下だろうが体育の時間だろうが踊りだした。
  片方がダンスに誘い、もう片方はそれに乗る。
  二人はすぐに楽しくなり、そして適当なところで切り上げる。
  そんな絶対安全な辻斬りのような、紳士淑女の粋な遊びを二人はしていた。

 「♪Da-Ras-Da-Da-Do-Da-Da」
 「♪boom-boom-TikiTiki-boom-boom-TikiTiki」
 「♪Foo-Uh-Uh- Check it out!Do it」

  歌にもならない適当なリズムを奏で、それらと胴に入ったフィンガースナップ、ハンドクラップ。
  そんなものでも柿内君はメロディを作り出せた。
  彼は面白さと共にエンターテイメント性に優れた人だった。
  楽器がなくても、歌詞なんて無いメロディだけでも、身体は踊り出せる。
  彼といれば、響季はどこでも踊り出せた。
  どこでもダンスホールになり、ディスコになり、ナイトクラブになった。
  非日常へと誘う、見えないミラーボールがラグジュアリーな光を放ちながらキラキラ輝いていた。
  繰り出されるメロディに振り落とされないようにし、ステップが分からなければ彼のマネをすればいい。
  お手本は目の前にある。それに合わせ、身体を揺らす。

 「どっから来たのー?」
 「特撮ロケとかの採掘場ー」
 「踊ろうぜぇー」
 「フーッ」

  時と場所を選ばないダンスと、恒例のどっから来たのボケも楽しくて仕方ない。
  そんな二人を、クラスメイト達はまた始まったと笑いながら見る。
  はたから見ていれば愉快なことを始めたと。
  ピンで活躍していた芸人が相方を見つけてコンビを組み始めたと。
  響季がクラスメイトの女の子達をダンスに誘っても、彼女達は乗ってこない。
  根っからのシャイな日本人である彼女達は、ダンスに誘ってもついてこれないのだ。
  ダンスは学校の授業に取り込まれてはいたが、それでも決められた振り付け通りに踊ることしか出来なかった。
  音楽に身を任せ、完全なフリースタイルで踊ることが出来ないのだ。

  身体をシェイクし、気ままにステップを踏めばそれだけで楽しいのに。
  響季達のダンスも本格的なものではないのでどうしたって安っぽさが拭えない。
  それが逆に楽しいのに。そこにチープな面白さがあるのに。
  だがその遊びにも一定のルールがあった。
  少なからずギャラリーがいる場合にしかダンスタイムは発生しない。
  そのパフォーマンスは決して誰かのためではなく、ただ自分が、自分達が楽しみたいがためにやっていた。
  そのためギャラリーがいる場を選ぶのも、周囲を唖然とさせ、背景にさせるために過ぎない。
  敢えて周りを置いてきぼりにするのが二人は楽しかった。

  その響季の姿に、かつての疲弊し、擦り切れたような様子はなかった。


  ダンスで語らい合うと、二人は言葉でも語らい合うようになった。

 「コンビニで売ってたきなこがあんこに練り込んであるあんぱんが食べたいんだけどさあ、もう見かけないんだよねえ。シーズン過ぎちゃったのかなあ」
 「やーだ、かたせちゃん。コンビニパンなんて入れ替わり早いんだから、食べたいんだったら見つけて即ゲッツしなきゃメッ!よ」
 「そうかしら。メッ!かしら」
 「そうよ。メっ!なのよさ」
 「そうなのね。でも諦めずにもうちょっと色々回ってみるわ」
 「あと深夜までやってるようなおっきいスーパーのパンコーナーだと、そういうの捨て値で売ってたりするわよ」
 「やだ詳しいわね、かきうっちゃん」
 「年頃の男の子らしく目的のない深夜徘徊が多いからね」
 「ひゃだ!無軌道な若者っぽくて素敵だワ」

  バカみたいなダンスを踊る仲でも、仲の良い男女というのは色眼鏡で見られがちだ。
  面倒くさい誤解への予防線として、柿内君は時折ゲイボーイになりきった。
  そのスイッチが入ると、響季も気ままなガールズトークにシフトする。
  ゲイバーに通うノンケガールが、お店のママか常連さんとだけわかり合えるトークをするように。
  自分達は男女の甘酸っぱい関係なのではなく、本当に友情故つるんでいるのだと肌感覚で周囲へ教えていた。


  そんな楽しい毎日を響季は謳歌していたが、

 「おい、ひー坊」

  とある日の昼休み。
  毎回理由をつけてメールで営業をお断りしていたのに、例の三年男子が直々に教室までやって来てしまった。
  声をかけられた響季がびくっとしながら三年男子の顔を見る。
  響季と話していた柿内君もそちらを振り向く。
  三年男子にはどことなく飢餓感が見えた。
  原因は受験疲れと、これといって楽しいことがないということか。

 「なんで最近来ないんだよ。クラスの連中とかも呼べってうるせーんだよ」

  どこか子供じみた怒りを滲ませ、三年が言う。
  クラスの連中、という言葉に響季は唾を飲み込む。
  クラスメイト達は野次る対象が来ないことに退屈しているのだろう。
  行かなくなった頃にはすでに意地の悪い客しかネタを見ていなかった。
  低俗な客に焦点を合わせたことで、すでに頭の良い客も客も見てくれていなかった。そんな営業先を思い出し、ゾッとする。
  響季の顔が青ざめていくのを、隣にいる柿内君ははっきりとわかった。
  響季が柿内君を一瞬ちらと見る。その目は、助けて、と言っていた。

 「どうした。来いよ」

  唯一わかってない三年が椅子に座ったままの響季の腕を掴み、強制連行に近い形で連れて行こうとする。
  彼は昼休みのBGMがないことに退屈していた。
  クラスメイトから、自ら発掘した芸人が最近来なくてつまらないと言われたこともアピールする。
  彼にとって響季は自分が取り仕切る劇場の専属芸人で、自分はそこの支配人とでも思っているのだろう。
  客が野次を飛ばすことすら一種のアトラクションとでも思っているのかもしれない。
  そんな想像に自ら恐怖し、

 「ちょっ、ちょっと待って下さい」

  無理やり連れて行かれそうになるのを、響季が腰を浮かせたまま踏ん張る。
  最近は柿内君といるのが楽しかったのもあり、新作ネタを仕込んでいなかった。お見せ出来る新しいものが何もない。
  それでも、呼ばれたなら行かなければならない。

 「なんだよ」
 「……いや、はい行きます。でも、あの、先行っててください。準備、あるんで」
 「そっか。じゃあ早く来いよっ」

  そう言って、三年生は教室を出て行った。
  腰を浮かせたままだった響季がのろのろと椅子に座る。
  手は無意識にこめかみに添えられていた。
  脳がひりつく。それは最近のダンスライフではとんとご無沙汰だった痛みだ。
  ラジオにネタメールを送る時などには嬉しいその痛みも、今は激痛でしか無い。
  眼球があちこちせわしなく動いているのがわかった。
  そして、柿内君はそんな響季の姿をじっと見ていた。

  それは自分にも経験があった。
  頭の中でぐるぐると、面白いことを思いつこうとしている時の目だ。
  脳内にストックしているそれを引っ張りだそうとしているが、在庫がないのが一目でわかった。お見せ出来るものがないのだ。
  持ち前の勘の良さであんなに自分に合わせてくれるクラスメイトと、権力はありそうだが頭の悪そうなあの三年生を柿内君が照らし合わせる。
  更に、いつか三年生の教室で見た行儀の悪そうな客達も。
  それらを脳内で複合させ、自ら導き出した答えに柿内君は立ち上がると、

 「俺も行こう」

  そう言って座ったままの響季の肩に手を置いた。そして自分のロッカーから体育で使うマフラータオルを出し、掃除用具入れからT字型箒を一本取ってそれを肩に担ぎ、先立って教室を出た。

 「……え?」

  涙が出そうなほどの苦痛と不安の中、響季が言われた言葉の意味を反芻する。
  肩に担いだ箒の意味も、首にかけたマフラータオルの意味も。

 「…うんっ」

  そして理解し、すぐに追いかけた。
  あんなに頼もしい男の子の背中を見たのは生まれて初めてだった。

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