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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

24、準備は双方とも着々と進んでるでござる

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 同時刻。柿内君も準備をすべく、動き出していた。
  まず響季と共に抜け出した学校へ、汚れた上履きで教師に見つからないよう、柿内君の提案でしゅたたたと忍者走りで舞い戻ったが、

 「響季」
 「なに?」
 「化粧ポーチあるか?」
 「教室戻ればあるけど」
 「ビューラーとアイラインと、目元がキラキラするやつは」
 「えー?そんなのないよ。元々そんなに化粧しないし」

  対決に使うメイク道具一式が欲しいのに、仲の良い女友達は女子力の低いコメントを吐いてくる。
  それに対し使えないやつだなと柿内君は腰に手をあて、ため息をつくとケータイを取り出し、

 「パイセン達に借りるか。あとは」

  女子力が高く、メイク道具が借りられそうな人達にメールを送っておく。
  更に昇降口にある大きな鏡を見て、足りないものを探す。

 「…ジェルか」

  言いながら柿内君が自分の髪を撫でつける。
  ワックスなどではなく、あえて艶のあるジェル的なものでオールバックにしたい。
  今日はイヤラシクールに決めたかった。
  粗方自分の中でビジョンが固まってくると、

 「あと、曲か」

  残るは楽曲探し。それと撮影場所と撮影機材、衣装や小道具等その他諸々。
  柿内君の口角の上がった口元が更に上がる。ワクワクが止まらなかった。

 「あと響季」
 「はい?」
 「さっきの走り方、あれ忍者走りじゃなくて響季のはエイトマン走りだったぞ」
 「えっ!?」

  親友に衝撃的な事実を告げると、準備のために彼も動き出した。エイトマン走りで。




  養護教諭という手下を調達した後。
  機材を求め、零児は中里先生を引き連れて昼休みの職員室に向かった。
  一度ガラッと勢い良く職員室のドアを開け、教師達の視線がこちらに集まってるのを見ると、


 「えっ?」

  またガラッとドアを閉めた。
  零児の意図がわからない中里先生は隣で戸惑いの声を上げるが、それに構わず零児は再度、先程よりもより勢い良くドアを開け、

 「新選組だッ!御用改にござるッ!」

  そう張りのある声で言った。
  声の大きさと戸惑いで教師達の身体がびくっと固まる。
  昼休みの職員室が一瞬にして池田屋事件の現場になるが、

 「どーも。宅配手巻き寿司の新鮮組です」

  続けて零児は声量を落とした声でそう言った。
  教師達が呆気にとられる。
  全員の頭上に見えないハテナマークがポポポポンと浮かんでいた。
  ドアを開けることでせっかく注目が集まるので、零児は一つボケでも放っておこうと考えたのだが。
  教師達の反応にこりゃスベったな、字面ならともかく音声で聞くと同じだからわかりづらいかと思いつつ、零児が一礼して職員室に入ると、

 「な、なんだ、帆波どうした?」

  一年の学年主任が用件を聞くべく声をかけてくる。
  学校での零児はあまり目立たないもののそれなりに成績が良く、優秀な生徒だった。
  それゆえ教師達にも一目置かれていたが、さっきの一声に別の意味のどうした?が含まれていた。

 「映像が撮影出来る機材と、あと外で音楽が流せるものを貸していただきたいのですが」

  とりあえず零児は最低限欲しい物だけ要求した。
  一度注目を集めたことで他の教師達もやりとりを聴いていた。
  何より少々様子のおかしい生徒が気になった。

 「何に使うんだ?」

  そう訊かれて零児が再度説明する。
  献結啓蒙ライブのチケット、それを巡ってのVogue対決のこと。
  比較的歳のいった先生はヴォーグという単語に、ほお、と楽しそうな顔をし、若い先生は頭上にまたハテナマークを浮かべる。
  反応はほぼほぼ予想通りだったが、

 「ちょっと」

  一人の若い男性教師が挙手する。

 「はい」

  どうぞと零児が手で指し示すと、男性教師は、

 「さっきの、手巻き寿司っていうのは」

と、クソスベリしたボケの意図を今更聞き出そうとしてきた。

 「……私のあまり好きじゃない夕食のメニューですが」
 「えっ!?あ、そうなんだ…」

  悪意なき空気の読めなさに、零児が適当に斬り捨てる。あんなのは単に職員室というお固いアウェイのドアをこじ開けるためのものに過ぎなかった。
  そして改めて対決に使う機材を貸してもらえないかと零児が頼むと、

 「カメラならそこにあるけど」

  おじさん教師が壁際に置かれた棚の中にあるビデオカメラを指差す。

 「じゃ、充電しといてください。それから」
 「えっ?は、はい」

  指示してくる生徒に戸惑いながらも、おじさん教師は素直に従う。
  彼女の凛とした瞳と、内に流れる青く沸々とした血がそうさせていた。

 「あと音楽流せるやつは」
 「ラジカセだったらあるが」

  零児が問うと音楽が流せるものとして、おじいちゃん先生が埃をかぶっていた旧世代のオーディオ機器を出してくる。

 「ちゃんと使えます?」
 「うーん、たぶん使えるとは思うけど」

  一応確認を取るが、訊かれた方は頼りない返事をする。

 「どうかな、っと」

  おじいちゃん先生が適当にボタンを押して動作確認をしてみると、ラジオが流れてきた。
  喋っているのは零児には耳馴染みのあるがなり声の男性と、デレデレした締りのない声の女性だ。


石盛鯛吉のこんにち突撃鯛ッ!
パーソナリティ 石盛鯛吉   アシスタント 穏宜珈音(おんぎかのん)


 石盛「もう俺のストレス解消法についてはいいからっ!(笑)はい、メール募集して」
 穏宜「あーい。どいうわげで今日のメールデーマは《ああ、青春だなあ。の思い出》でず。メールを採用ざれだ方の中がら一番面白かっだ方にはマルワシフーズざんからご提供いだだいだ、話題の19種類ハーブ入り 微炭酸アロマゴーヒー《R19》 1ゲース24本をプレゼンドいだじまーす」
 石盛「はい。お待ちしております、と。お前今日いつも以上に鼻詰まったような声してんな(笑)」
 穏宜「あ、あど鯛吉さんのズトレズ解消法にづいで賛同出来だ方メールぐだざい」
 石盛「それはもういいよっ!(笑)」


「ふむ。ラジオは聴けるな」

  おじいちゃん先生がボリュームを大きくしたり小さくしたり、両方のスピーカーが聴けるか確認しながら言うが、

 「いやラジオ聴けてもしょうがないでしょ」
 「そうですよぉ」

  若い教師達がそう言ってツッこむ。ラジオなんかいまどき誰も聴かないだろうと。
  だがそれを耳に、零児はケータイを取り出した。

 「帆波さん曲は?CDで流すんでしょ?」
 「はい。ちょっと、友達に訊いてみます」

  中里先生が訊くと、零児は確認事項があるからと高速でメールを打ちだした。
  それが今聴いていたラジオ番組へのメールだなんて誰も気づきはしない。

 「あとは」

  メールを送り終え、ケータイを制服のポケットにしまうと、零児が今後のことに考えを巡らす。とりあえず音源を流すラジカセと撮影用カメラは確保出来た。
  あとは衣装、小道具、流す楽曲だが、

 「マントが欲しいんですが。衣装で使うので」
 「マント…」

  楽曲は図書室のCDコーナーにあったはずなのでそれを使うとし、代わりに零児は衣装としてはなかなか難易度の高い要求を教師達にしてきた。

 「マントなんか…」
 「あ」

  そんなの無いだろという空気の中、若い女性教師が何かを思い出したような声を上げる。

 「あります?」
 「マントじゃないけど」
 「変わりになるようなものならなんでも」
 「う、うん…」

  吸い込まれるような零児の瞳に気圧され、女性教師が頷く。
  持ってそうな素振りをした手前引っ込みがつかなくなったのか、自分の机の引き出しを探り、

 「これなんだけど」

  出してきたのは雑誌の付録でついてきたキャラクターもののフリース膝掛けだった。

 「職員室寒いから」

  節電で暖房をいれない時用に使おうと、付録目当てで買ったものだったらしい。
  大人になってもこの国の女性はキャラクターものを愛する。おまけに冷え性が多い。が、今はそれがありがたかった。
  零児が頭の中で一度思い描いてみる。
  爆破に至る導火線を。
  その結果、

 「これでいいです」

  イメージしていたのとは違うがそれで良しとした。どうせ登場の時に使うぐらいだ。
  そして早速肩に掛けてみるが、

 「……落ちちゃうな」

  素材のせいで手で抑えていないとちょっと動くだけでするりと落ちてしまう。

 「なんか留めるものないですか?クリップみたいな」
 「クリップ…。クリップはー、」
 「大きいやつでしょ?」

  注文の多い女子生徒に教師達は辟易する。
  それぞれ自分の机の引き出しを開けにいったりして、いいのがないか探すが、

 「ああ、これでいいや」

  軽い口調で零児が言う。
  ちょうど近くの机に置いてあった歌舞伎揚げ。それの口を留めてあった洗濯バサミを零児はいいのがあったと外し、肩に掛けたマント風膝掛けの端同士を留めた。

 「えー!?湿気っちゃうよ!それ、大谷先生のだし!」

  冷え性先生がお菓子大好き先生のことを心配するが、

 「大谷…、ああ、ブー谷先生か」
 「ちょっと!」

  零児が生徒内でのアダ名で呼ぶ。
  ブー谷先生は太っちょの男性教師だが、そのアダ名は教師達にも知れ渡っていた。本人を除いて。

 「ブーちゃんなんだから湿気っててもお構いなしで食べちゃうでしょ」
 「でも、」
 「そんならこうしたったらえーねん!!」
 「わあっ」

  うじうじ言う女性教師に、零児は可愛らしい関西弁と共に歌舞伎揚げの袋にぐーぱんちを振り下ろす。一度ならず何度も何度も。

 「はい、食べやすくなった」
 「あわわ…」

  ボクの歌舞伎揚げがシケシケの粉々ブヒー!誰がやったんだブヒ!とブヒブヒ怒られるのではと冷え性先生は怯えるが、

 《訳あって洗濯バサミ借用いたします。あとアクシデントで歌舞伎揚を破壊してしまいました。あとでお菓子差し入れます 一年 帆波零児》

  零児は適当な紙にさらさらと達筆でそう書き、机の上に置いた。

 「新しいお菓子あげれば怒んないでしょ?さて、あとは」

  教師達にクールに言い、零児は再び準備に戻る。
  その姿には、逆らえない何かがあった。
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