昭和90年代のストリップ劇場は、2000年代アニソンかかりまくり。

坪庭 芝特訓

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7、なまえでよんで

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 香盤が一周し、しばしの休憩の後。すぐに二回目公演となった。

「大変長らくお待たせいたしました。これよりシアター清簾、第二回公演の始まりです」

 定型通りの挨拶のあと、観劇中の諸注意などがアナウンスされ、ブザー音とともに場内が暗くなっていく。

「トップバッターは逢瀬さくらさんのステージです」

 その名前に、遥心は思わず前のめりになる。
 ショーはすぐに始まった。
 トイピアノの鍵盤の上を音符が跳び回るような、可愛いらしいイントロ。
 流れてきたのは、声優 由井彩の『ぜーいんしゅーゴー!』だった。
 歌詞の通り、これからなにかステキなことが始まりそうな予感がする曲だ。ピアノの音に合わせて遥心が自然とリズムを取る。
 踊り子さんがスカイブルーと白を基調とした、ふしぎの国のアリス風衣装で登場する。パフスリーブの左側だけ縁が鍵盤になっていた。
 足元はボーダーのニーソックスに、黒のストラップシューズ。頭には大きめのリボン。単純に、純粋に、こんな場所で見なくても可愛いと言われる衣装だった。
 踊り子さんが曲中のピアノの音に合わせて、パフスリーブの鍵盤を指でトントン跳びはねて弾いてみせる。サビになると本舞台に足を投げ出して座り、リズムに合わせて身体を左右に揺らす。さすがにこの時点でスカートの中を覗こうとする輩はいなかった。
 曲名の通りに人差し指を宙でくるくると回し、愉快な仲間達を誘う。
 徐々にエンジンをかけていくつもりなのか、はたまた体力を温存し、ペース配分を重視しているのか、ダンスに振り付けらしい振り付けは無い。歌詞を口パクで口ずさみながら表情を作り、動きをそれっぽく合わせていく程度だ。あるいは単純に踊りが苦手なのか。
 遥心があれこれ考えていると、曲が終わりきる前にスカートのポケットから懐中時計を取り出して時間を確認し、踊り子さんが慌てて袖へと引っ込む。

 続いて アニメ エレメンタルコスプレイヤー 主題歌『スーパーレーザービーム』が流れてきた。
 早着替え用にか、イントロが通常より長めに編集してある。
 主役を待ち望む舞台と客席を、グリーンレーザーが縦横無尽に照らしだす。ようやく出てきた踊り子さんはロリイタ少女から一転してサイバーな、マットシルバーな素材を使ったセパレート衣装になっていた。
 肩のストラップ部分は太くゴツく、さながら動力パイプだ。目元には幅の細い黒のバーサングラスを掛けていた。
 さっきのトリの踊り子さんと照明と衣装がかぶり、遥心は少しだけハラハラする。よく考えれば懐中時計の演出もだ。
 打ち込み系の、疾走感溢れる曲に合わせて一生懸命にステップを踏むが、やはり踊りはトリの踊り子さんに比べれば見劣りする。それでも遥心はこの踊り子さんに何か惹かれるものを感じていた。

 曲が変わり、胸に染み入る大正琴の音色が聞こえてきた。
 流れてきたのは、アニメ 伊志河着物問屋の主題歌『朽ちる世界』だった。
 当時15歳の少女が歌ったとは思えない程艶っぽく、15歳にしか出せない透明感のある歌声。そして当時15歳の少女に歌わせるにはずいぶん淫靡で大人っぽい歌詞だ。
 袖へと引っ込んだ踊り子さんが、今度は薄紅色の着物を着て登場してきた。
 舞台上のミラーボールが回り始める。着崩した着物は胸元が色っぽくはだけていた。
 袂から出した紙風船にゆっくりとした息遣いで空気を入れていく。
 作ったそれに時折唇を寄せたり、半眼で夢見がちな子供か、夢見心地な遊女の目で見つめる。
 BGMの歌声も借りて、動きと目線だけで見事に世界観を作り出していく。時折日舞の動きや、新体操のボール演技のような動きも見せる。
 しばらくすると、もういらないわとでも言うように踊り子さんは紙風船を手の中でくしゃりと潰してしまった。
 風船遊びに飽きるといよいよ着物を脱ぎ出す。
 帯を取り、着物には腕を通しただけにする。踊り子さんは褌をつけていた。男性のように包み込むべき質量のない、さらりと布を前に垂らしただけの女性用褌。
 見慣れない和物下着というだけで遥心は少しドキドキする。
 褌を脱ぎ、それを畳んで紙風船を入れていたのと反対側の袂にしまう。着物という先人の知恵の収納スペースに遥心が感心していると、余韻を残す琴の音色とともに曲が終わり、踊り子さんが打ち捨てられた日本人形の如く中央舞台に横たわった。

 それにかぶさりながら、不安な気持ちを引き出していくイントロが聴こえてくる。日本人の恐怖心と田舎的閉鎖意識に訴えかけるおどろおどろしさ。
 流れてきたのはアニメ キリトラレノオクニ。主題歌『輪廻カルマ』だった。
 身体をくねらせ、踊り子さんがゆっくり着物から腕を引き抜く。
 未来を引き裂くようなノイズ音に、バネ仕掛けの人形みたいに身体をびくんと跳ねさせ動きを合わせていく。悪い音響設備のせいで視覚怪談的な雰囲気があった。
 が、その曲を知っている遥心にはその後の展開が予想出来た。
 陰鬱な曲調から一気に、一条の光へ抜けていくサビへと向かうのだ。
 思った通り、曲の展開に合わせて落とし気味だったライトが強く当たり、踊り子さんが客席に向かってヨガのハトのポーズを作った。踊り子さんが乗った中央舞台がゆっくりと回転しだす。
 曲げた足の爪先を指先で柔らかくつまむと、客席から拍手が起きた。
 身体が柔らかい女は色んな体位が出来るからエロい。
 そんな信憑性がありそうな、なさそうなことを遥心は思い出していた。しかしヨガマットもない場所で、裸体で、綺麗に整えられた下生えが見える姿で、脱ぎ捨てた薄紅色着物の上でやられると、そんなヨガポーズでもなんともいえない淫靡さがあった。

 着物を手にゆらりと踊り子さんが立ち上がり、足を軽く前後に開く。そして着物を胸に掻き抱き、そのまま徐々に上体を反らしていく。ノーハンドブリッジだ。
 回る舞台の上で頭がお尻のあたりにくるぐらいまで、限界まで反らす。目を閉じ、顔に表情を乗せないようにしているが、身体は細かく震えていた。全身の筋肉の緊張とバランスに、遥心は息を飲む。
 着物から手をゆっくり離すと、それを微妙な身体の角度ではらりと落とし、天井へ向けて両腕を広げる。覆っていた布が落ち、全てをさらけ出すとライトが一層強く当たり、拍手が起きた。
 薄紅色の着物が一度は咲き、役目を終えて枯れ落ちた花のようだった。

 この踊り子さんの歳は、おそらく20代前半ほどだろう。
 場の空気に慣れ、遥心は先程よりも落ち着いて踊り子さんを観察できていた。幼い顔立ちと小柄な身体が予想した年齢より更に若く見せている。
 遥心は踊り子さんの、逢瀬さくらのステージから悲哀のようなものを感じ取っていた。
 今流れている曲は、もともとは血塗られた凄惨な未来や悲しい運命に抗い、そこから抜け出すという歌だ。
 そして、あなたは地獄のような谷底で咲く花じゃない、そんな場所ではどうか咲かないで欲しいと願う歌だ。
 ストリップ劇場という時代の谷底で咲く花を、逢瀬さくらは裸身で表しているのか。
 更に、歌詞の「あなた」を自分に重ね合わせているとしたら。

 いつの間にか遥心はガタつくパイプ椅子の上で器用に膝を抱えて座っていた。膝の上に乗せた腕の中に、半分ほど顔を埋める。
 そんな行儀の悪い座り方をしている客は遥心ぐらいだった。
 答えの出ない、どうしようもない現実を見たときの、寂しい哲学者になった時の座り方だった。そのまま小さな劇場の小さな舞台で、光輝いて咲く逢瀬さくらを見つめる。

「皮肉なもんだな」

 腕の中に顔を埋めたまま、誰にも聞こえない声で遥心が呟く。
 客はちゃんと曲を聞いているのか、ステージを理解しているのか。
 舞台回りの老人客は、孫ほど歳の離れた女の生殖器を覗きこむようにして見ていた。遥心は彼女の中の闇に、ただ一人気付き、それに絡めとられたような気がした。
 それは、決して嫌ではなかった。
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