昭和90年代のストリップ劇場は、2000年代アニソンかかりまくり。

坪庭 芝特訓

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36、僕は貴女を見に来たんだ

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「続いては、逢瀬さくらさんのステージです」

 聞き取り辛い場内アナウンスでも、その名前を遥心の耳はしっかりと捉える。
 待ち望んだ、逢瀬さくらのステージになった。
 名前と同様流れてきた曲もをその耳でしっかり捉える。
 流れてきたのは、声優 田崎凛々花の『好きなのはキミだけだよ』だった。 
 キラキラした雰囲気があるのに、きちんと主張するギターとドラム。
 アイドル声優ロックのお手本みたいな曲だった。
 天使の羽根をつけたオフホワイトのロリータ服に同色の日傘を差し、逢瀬さくらが登場する。ニーハイソックスで、足がやや内股気味なのがわかった。

 スキップをしながら本舞台まで来ると、雨が降ってきたのを確かめるように宙に手のひらを差し出す。
 少し憂鬱な表情で傘をくるくると回し、見えない水たまりをパシャパシャと蹴って雨の日のお散歩。
 間奏のギターソロでは閉じた傘をギターに見立て掻き鳴らすが、傘についた白い小さな何かがぴょんぴょんと元気に跳びはねている。
 見ると日傘の縁に大きめのてるてる坊主がぶら下がっていた。
 その中から飴を取り出し、舞台周りにいた観客に渡すと、ほとんどの客が会釈して飴を受け取る中、一人の老人客が腕を組んだまま頑として受け取らない。
 そこはもらっとけよ、と遥心が顔を顰めると、こっちに投げてー、と詩帆が両腕を広げる。
 それを見た逢瀬さくらが、女の子客にふんわりしたアンダースローで、笑顔で飴を投げてくれた。詩帆がそれを宝物みたいに両手でキャッチする。

「……そうか。雨と飴をかけてるのか」
「今更?」

 鈍い遥心に、詩帆が笑いながら飴をポケットに大事そうにしまう。貰った飴はバナナ味だった。

 続いて流れてきたのは、田崎凛々花の『エンジェリックワークス』だった。
 ややウイスパー気味のボイスで歌われる、上質なフレンチポップス。
 跳びはねるようなピアノの音色と、小気味いいドラム、裏で微かにファミコンの8ビット音のようなものも添えられている。
 要所要所にちりばめられた、歌い手が声優だからこそできる萌え声多重コールは、悪い音響設備から流れてきても尚、くすぐったい心地よさがある。
 一度舞台袖に戻ると、日傘を籐の籠に持ち替えて逢瀬さくらが再登場し、籠の中から小さめのピクニックシートを出して、中央舞台に広げる。

 中身の入ってないブランデーボトルやワインボトルを一歩一本確かめるように、何年ものか、銘柄を見たりしながら籠から出していく。
 次に大きさの違う不揃いなワイングラスを次々と取り出す。
 ワインを注いだグラスをくるくると回すと香りを確認し、楽しんだ後一口含む。
パントマイム的な動きで観客を魅了していく。
 テイスティングが済むと、今度はボトルと籠から出したシェイカーを手に本舞台に戻る。そこでカクテルパフォーマーを披露しだした。
 二本のボトルを順番に宙に放り、ジャグリング。縦軸回転させながらボトルを右手から左手に投げ、背中側から放ったボトルをシェイカーでキャッチ。終始笑顔だが、手つきはやや危なっかしい。
 踊り子、観客全員がハラハラしながらパフォーマンスを披露し、見守る。
 最後にシェイカーでカクテルを作り、腰に手を当て見えない美酒をシェイカーから直接一気飲みして見せる。いい飲みっぷりに客席から拍手が送られた。
 口元を茶目っけたっぷりに手の甲で拭い、舞台に広げたものを全て籠に戻すと、ピクニック気分でスキップしながら舞台袖へと戻っていった。

 主役の消えた舞台に、一転してゴージャス感のあるビッグバンドサウンドなイントロが流れてくる。
 詩帆が、はわぁー、と嬉しそうな声を上げた。
 照明が回転する星形のライトに変わり、舞台上に映し出される。
 流れてきたのは、田崎凛々花の『ブルージーな夜に』だった。
 可愛いらしくも色気を含む歌声と、たっぷりスウィングさせるオトナでジャジーな曲調。
 客席からも自然と手拍子が生まれ、それに遥心達も加わる。
 ゴールドのシルクハットと、素肌にノースリーブの燕尾服、下はガーターベルト。マットゴールドのヒールを履いて逢瀬さくらが三度登場する。
 お散歩をする天使からバーテンダー、そしてショーガールへと変わっていった。 
ヒールを履いたまま、小柄な体躯で軽やかにステップを踏む。

 要所要所にタップダンスも取り入れていた。燕尾服の襟をつまんで胸を反らしてみせる仕草や、くるくると縦に回転させながらシルクハットを被る仕草がなんとも可愛いらしい。
 客席に艶っぽく視線を送りながら、シルクハットを身体の線に沿って滑らす振り付けでは、観客は視線を介しながら、逢瀬さくらの身体の柔らかさを想像する。
 ハットを舞台に置くと、その上に脱いだ燕尾服をふわりと掛けた。
 まるでマジックの仕掛けのようだが、そんなことより観客は燕尾服からまろび出た乳房に夢中だった。

 一瞬の静寂の後、流れてきたのは、田崎凛々花『僕がもっとつよくなったら』だった。
 じゃらりとしたアコースティックギターから始まる、ゆったりしたミディアムサウンドだが、

「あっ」
「遅いなぁ」

 遥心があることに気付き、とっくに気付いていた詩帆が笑う。
 今見ている逢瀬さくらのステージの曲全てが、田崎凛々花のラジオ番組の歴代オープニング曲、エンディング曲だった。
 遥心の鼓動が速くなる。いつか感じた、よくわからない共犯意識に襲われる。
いつかのように遥心が客席を見回す。
 恐らく、いや絶対に、今このことに気付いているのは詩帆と遥心、そして仕掛けてきた逢瀬さくら本人の三人だけだろう。

「キョロキョロし過ぎ」

 詩帆に窘められ、遥心は余計なことを考えず再び舞台に視線を戻す。
 だが耳から入ってくるのは、思春期特有の終末感、《僕》と《君》しかいないセカイソング。
 甘い歌声に渇いた切なさが加わり、胸が締めつけられる。
 しかし遥心は僕と君、どちらにも感情移入出来ず、どちらにも感情移入出来て妙にぼうっととした気分になる。
 女の子は守るものだと、弱い君を守りたいと《僕ソング》は歌う。
 だが、それは最初から弱いと決めつけた《君》を無理やり守ることで、《僕》を強く見せたいだけだ。本当は女性の方が強いから、女の立場から聴いてしまえば余計に《僕》側のその決めつけが無様に浮き出てくる。

 では女同士はどちらが《僕》なのか。
 自分達のように明確な男役をどちらだと決めていないカップルは特に。
 どちらも《僕》で、どちらも《君》だ。
 結婚や子供など、普通のカップルならひょいとできそうなことも、自分達にはそれなりに長い旅になる。
 そんなことを考えながら遥心が隣にいる詩帆を見ると、愛しい人はステージを見ながら流れる曲に合わせて歌を口ずさんでいた。
 こんなに強い人を守りたいだなんて、どれほどおこがましいのか。
 実際は守ったり守られたりだ。
 僕ソングの《僕》は強い剣と楯で《君》を守るのだろう。
 そして《君》は、《僕》の剣を納める鞘になる。
 女同士の場合、どちらも鞘でどちらも剣より驚くほど強い武器を隠し持っている。
 遥心にも、騎士(ナイト)願望は、大好きな人を守りたい願望はある。

 恋人の視線に気づいた詩帆がふわりと笑う。
 今日は美人メイクなのでわかりづらいが、その奥にあるのはもっと柔らかく愛おしい笑顔だ。
 その笑顔が大好きで守りたくて、遥心は優しく髪を撫でた。撫でた手をおろすと 正面を向き、舞台を見たまま慣れた距離感で遥心が詩帆の手を握る。
 夢のような時間は長く続かないと、この歌は歌う。
 遥心は思った。まるで自分達のことではないかと。
 永遠すら誓った愛も、世間体を気にした関係に疲れて、いまだ明確な結婚制度もないこの国に住んでいては、いつかこの距離感を終わらせてしまうかもしれない。
 若い時だけ、今だけ。
 いずれお互いそれなりの男性を見つけて、ありふれた幸せな家庭を築くのではないか。拭えない不安を受け入れるより、ありふれた幸せの方を選んだ方が楽ではないのか。
 自分よりも、遥心はむしろそれを相手に願ってしまう。

 ふとした時に胸の内に訪れるどうしようもない恐怖を、遥心は一度息を吸い込み、吐き出すことでどこかへ追いやる。
 たったそれだけで、恐怖は消えた。
 遥心は詩帆と繋いだ手と反対の手を一度開き、ぎゅうっと握りこむ。
 握力の弱いその手は、オリーブの実が入った瓶すら開けられなくて、いつも詩帆に開けてもらっていた。
 その手を再度限界まで開き、限界まで握りこむ。
 毎回見えない不安と恐怖を打ち消したあとにするお決まりの儀式をして、遥心は舞台に視線を戻した。二十歳の小娘が青臭い不安と戦っているうちに、ステージは既に終盤に差し掛かっていた。

 ベッドショーの内容はごくごくオーソドックスなものだった。
 女性にしか与えられない、身体の柔らかな曲線を魅せるステージ。
 手が届きそうな距離だからわかる、日本女性特有の肌理の細かい肌。
 それがしっとりと汗で濡れる。
 ゆっくり、ゆったりとしたステージだったが、それでもポーズを決めると身体を支える筋力と、全身に研ぎ澄まされた神経と緊張とで踊り子の背には汗が滲む。
 妖艶に濡れた肌とは裏腹に、逢瀬さくらが慎ましやかに客席に視線を送る。
 ポーズが決まるとライトが強く当たり、客が拍手をした。
 遥心もそれに参加する。それは機械的な動作ともいえた。
 もしかしたら退屈な顔すらしていたかもしれない。
 ただ、ストリップ通いをやめる最後の日に、この曲を使ったステージを、逢瀬さくらのステージを見れて良かったと遥心は思った。
 性風俗にハマり、そして飽きた日。
 遥心はまた大人への階段を一歩上った気がした。そしてそれは未来へと続いている。
 その先に、詩帆はいるのか。
 出来れば一緒にいたい、ずっと。しかしそれはいくら遥心が思っても、向こうの、詩帆の承諾を得なければ出来ない。

「ずっといっしょにいたいな、しぃーと」

 舞台を見据えたまま遥心がぽつりと言う。
 それは無意識に出た言葉だった。本人でも気付かないほど。

「えっ!?」
「なんか言った?」

 驚いた声をあげる詩帆に、遥心が訊く。

「ううん」

 デカ目メイクを施した目を見開いたまま、詩帆が首を振る。なにか言ったのはそっちではないのか。
 むしろプロポーズ的な、二人のこれからにとって大事なことを言ったような。

「なんでもない」

 しかし詩帆はそれ以上追及しなかった。
 プロポーズがストリップ劇場なんて面白過ぎるから、このお話は自分の心の中だけに大事にしまっておこうと思ったからだ。



 
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