昭和90年代のストリップ劇場は、2000年代アニソンかかりまくり。

坪庭 芝特訓

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34、だんだん面白くなってきた、レベル

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「あたし今日これ終わったらロキソニンと花束借りに行こっと」
「私は怖いから見ない」

 詩帆だけが名作鬱アニメをもう一度見返したい衝動に駆られながら、次の踊り子さんのステージになる。
 気だるいボンゴの音が場内に聴こえてくる。更に舞台にスモークが炊かれ始めた。
 そのサウンドに、今度は、おっ、と遥心が反応する。
 流れてきたのは漫画 D・EYE・dd テーマ曲『奇妙な、それはとても奇妙なそれは』だった。
 D・EYE・ddは何のメディアメックスもしてないうちからテーマ曲だけ作られた異例の作品だ。
 当時の最新刊にこのテーマ曲がCD同梱で付いてきたので知っていた。
 怪しげな作品に対して気だるく怪しげなサウンドがマッチしていた。
 ライトがゆっくりと舞台を照らしだすと、寝起きのように中央舞台で踊り子さんが起き上がる。
 頭には紐状のヘッドアクセに丸グラサン。上はエスニック柄のシャツに、下はフレアジーンズ。ウッドパイプを咥え、何かを吸っていた。
 舞台であぐらをかくと抱えたギターを爪弾きだす。どうやらヒッピーを摸しているらしい。
 場内に流れる、悪夢のように歪曲する歌声は、上手いのか下手なのかわからない。
 しかし妙に心を、神経を掴まされる。
 自分達が生まれるずっとずっと前の文化とミュージックとファッションは、遥心と詩帆にはよくわからなかった。
 ただ、スモークと爪弾くギターの音色と歌声が、頭痛がするほど脳に響く。
 と、ぶつりとレコードのような音を立てて曲が切り代わった。

 そのイントロを耳にし、今度は二人揃って反応を見せる。この曲はと。
 流れてきたのは、アニメ 魔術師学園呪術中。  15話エンディング 『Shadow SWAN』だった。
 この話数のためだけに書き下ろされた特別曲だ。
 悲しい子守唄、あるいは古ぼけたオルゴールをうっかり開けてしまったような寂しいメロディ。8歳という設定の幼女が拙い英語で奏でる、天使の歌声。

 ヒッピーがグラサンを外し、幼き日に思いを馳せる。
 無垢な澄んだ瞳で周囲を、舞台を見渡す。無くしてしまったもの、離れていってしまったものを手繰り寄せ、もう一度捕まえようとする。しかし今となってはそれはもう叶わない。
 間奏部分でゆらりと立ち上がると、破壊衝動に駆られたのか、ヒッピーが舞台上でうわああああ!!という声と共に突如ギターを振りかぶる。
 破片が飛んでくるのではと遥心は思わず顔を手でガードするが、舞台に振り下ろされるギリギリでヒッピーはギターを制止させた。
 ほっとしながら遥心が手を降ろすと、詩帆が自分の身体の前に上げた手を降ろすのが見えた。もしかして、守ってくれようとしたのだろうか。
 真意を聞こうとしたところで、ヒッピーがギターを抱え重い足取りで袖へと戻っていく。
 ドラッグは身を滅ぼすというメッセージでも込められていたのかもしれないが、何ともいえない後味の悪さが場内に渦巻く。

 取り残され、しんと静まり返る場内。
 そこへ追い打ちをかけるように流れてきたのは、アニメ New Generation BOY劇場版 前編劇中歌『Safty Doll』だった。
 ミラーボールが周り、気だるい大人なジャジーサウンドが客席に降り積もり、まとわりつき、圧し掛かる。
 歌詞が英語で、サウンドの格好良さからアニソンとしては比較的有名な曲だが、遥心達以外の曲はやはり反応を見せない。
 やや丈の長い、一枚のシーツで作ったような白のドレス風衣装にグラディエーターサンダルという姿で踊り子さんが登場する。
 ジャジーな曲調はよくある気だるいベッドショーを予想させたが、清楚なシーツドレスと対比して不思議な雰囲気を醸し出していた。
 余計な小道具を外し、素顔で出てくるとイケメンと言っていい程凛々しい顔立ちの踊り子さんだった。

 中央舞台で四つん這いになり、ゆっくり、たっぷり腰をグラインドさせるが、腹部が不自然に凹んでいる。
 たゆまないように、力を入れて頑張ってお腹を凹ませているのだろう。
 詩帆は多少それが気になったが、あとは身体の曲線、目線でじっくりと魅せていく良いショーだった。
 豊かな胸を掻き抱いたり、舞台に横たわり、悩ましげに寝返りを打ったり。
 フェロモンで匂い立つ踊り子さんの肌を、天井からのライトが灼く。
 髪をかき上げながら、自分の身体の下にいる架空のベッド相手にじっくり舌を這わせていく。情事を想像させるショーに、遥心の子宮の辺りが切なくなる。
 ほどなくしっとりと、フェードアウトともに曲が終わる。

 そんな心地いい余韻は楽しむ暇もなく、続いて流れてきた曲に吹き飛ばされた。
 同時に、吹き飛ばされた心のスペースに新鮮な風が舞い込み、心の中の醜いものや穢いものが押し流され、浄化されていく。
 壮大かつ繊細な、シンフォニックなメロディが場内に響き渡ると踊り子さんが勢いよくドレスを脱ぎ払った。
 流れてきたのは、アニメ エジェクションフラクション 主題歌 『eudemoni Sanctuary』それのイングリッシュバージョンだったが、イントロが短いことに遥心が気付く。
 CD版などのフルサイズではなく、TVサイズバージョンだ。

 だがその演出は正解だった。
 短いイントロの後、すぐに聞こえてくる儚くも力強い歌声の力を借りて、踊り子さんは瞬時に観客を惹きつけていた。
 アニソンに神秘性という新たな息吹を吹きこんだ歌声。再生と誕生。優雅であり力強い。
 その曲構成を、横顔も凛々しく踊り子さんが全身を使って表現していく。
 サビ前の、追い風のごとく迫りくるバイオリンの音色を受け、踊り子さんがポーズを決めた。ライトが強く当たり、客席からは拍手が送られる。
 舞台にそびえ立つ三点ブリッジの裸体。神秘的な歌声と、女性という神の造形物。
 それらが相まって小さな小さな劇場の、小さな小さな舞台で展開された。



 撮影ショーになると、寒さから逃げるため遥心と詩帆はロビーへ移動した。

「曲、全部英語の歌だったね」
「あー、そうだね」

 詩帆に言われてそういえばと遥心が思い出す。
 かといって洋楽などではないのだ。アニソンか、そこら界隈に属した曲ばかり。
 なのに大人でかっこいい曲や、普通に生活していれば触れないようなきらびやかな音楽ばかり。
 改めてアニソン界隈の幅広さを実感しつつ、ロビーを見回す。
 ロビーではタバコを吹かす客が数人。
 値上がりや禁煙、嫌煙ブームなど関係ないのか。ストリップなどという昭和の遺物にご執心している方には時代の流れなど関係ないのかもしれないと遥心が考えていると、

「おい」

 詩帆が女房を呼ぶ昭和旦那のように呼んできた。
 人差し指と中指で何かを挟み、口に持ってくるジェスチャーをしているが、

「持ってないよ」
「はあー?もー、しょうがないなぁ。おにーさーん」

 無いとわかると詩帆が近くにいた男性客に甘えた声をかける。

「タバコ一本ちょーだい」
「えっ!?う、うん。いいよ」

 若い、けれど女に免疫が無さそうな客が詩帆にタバコを差し出し、他のタバコを吸っていた客が、選ばれた客を恨めしそうに見る。
 詩帆がタバコを咥えると、客が火を点けてあげようとし、

「あっ、いいでふ。ん」

 咥えたタバコを指で挟み、詩帆が客に寄っていく。顔を近付け、

「火ぃ分けて。貰うから」
「ああ、うん」

 理解した客が咥えたタバコを近付けて行く。髪をかきあげ、詩帆がくっつけたタバコから火種を貰う。紅く燃えるタバコの先端に視線を落とし、目を細める。
 すうっ、と息を吸い込むと、詩帆が咥えた先端も紅くなった。
 若い客が至近距離で、どぎまぎしながら盗み見るようにそれを見ていた。
 周りの客も見ていた。遥心だけが白けて見ていた。

「あいがとござまふ」

 火の点いたタバコを咥え、詩帆がぺこっと頭を下げる。

「サービス?」
「なにがぁ?」

 何も知らない、少女の顔で帰ってきた詩帆に遥心が言う。
 タバコを貰ったそのお礼に、ほんの少しのときめきを―。
 狙って、考えてやったわけではない。それこそタバコを吸うぐらい、息を吸うぐらいたやすく女の子はあの程度のことをやってのける。男性が恋愛対象でなくとも、男を歓ばせる方法ぐらいは心得ていた。

「んー」

 そして詩帆が満足そうな表情でタバコを吸い、

「げっは!」

 盛大にむせた。

「うわ、あたしタバコ吸えないじゃん」
「今更かよ」
「うわー。もうあげる、はい」
「ええっ!?別に吸いたくないのに…。あっつ!」

 渡そうとしてくるタバコにぶつぶつ言っていると、詩帆が火の点いた先端を遥心の腕に近付けてきた。
 この歳で根性焼きなどありえない。
 仕方なく受け取ったそれを、遥心が親指と人差し指で挟んで軽く吸いこむ。
 あまりきつくないタバコだ。かといって美味しいとも思えない。が、本能的にまた吸いたくなる、中毒性のある味だとわかる。
 詩帆にかからないよう、斜め下の床に向かって遥心が細く煙を吐き出すと、

「かーっこいい」

 それを見て詩帆がにやにやしながら言う。

「なんじゃそりゃ」
「結構好きなんだよねー。タバコ吸う女の子」
「そうなの?」

 初めて聞く萌え属性だった。眉根を寄せるようにして遥心が煙を吸い込み、
 
「絵的に好きっていうか。でも匂いがね」
「ああ」

 確かに、と頷く。遥心自身、とにかくタバコは服や髪に匂いがつくのが嫌だった。指にも。
 タバコは利き手ではない方で吸うが、それでも指に匂いが付くのは遥心のセクシャル的に嫌だった。何より詩帆に、パートナーに申し訳ない。

「普段から吸った方がいいの?」

 近くの灰皿に灰を落としながら遥心が訊く。早くも身体は有害物質に慣れ、順応し始めていた。

「ううん、いい。もっと身体に悪くなくてかっこいいのあるでしょ?」
「助手席の後ろに手ぇ回しながら車庫入れするとか?」
「じゃあ車買わなきゃ」

 いがらっぽくなった喉で咳払いした後、車の匂い消しも買わなきゃねと遥心が呟く。


 
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