ファンタジア!!

日向 ずい

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第8章 「俺達の...スタートライン。」

「罠。」

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 二次審査は、一次審査のように部屋に入ってすぐ審査という訳ではなく、三十分前から、部屋に入ることが出来、最終確認をする時間を与えられる。

 俺達は、味のしないお昼ご飯を食べると、試験開始の三十分前を俺の腕時計が指していたことから、俺達は審査会場へと足を運んだのだった。

「...失礼します...って、はははっ。(笑)誰もいないのに挨拶しちゃったよ...。(汗)」

 こんな俺の声に、俺の後に続いて入ってきた翔真達は、どこかほっとした表情で、自らの持ってきた楽器の調整を始めるのだった...。

 俺も、みんなと最終確認をするため、楽器の準備をしようとした時......不協和音にも似たピアノの旋律が耳を貫いた。

「......音が.........。...これは...スティック???...でも、なんで???」

 狂った音を発したピアノの音程確認を行っていた優の表情は、酷くこわばったものになっていた。

 優の言うスティックというのは......鍵盤の音が出なかったり...鍵盤の調子が悪かったりした時に使う言葉で、俺も楽器屋のおじさんにピアノの引き方を教えてもらった時に、一度起こった現象だから分かった。

 でも......今の状況で、スティックが起こるのは...まず有り得ないことだ。

 なんて言ったって、ここは...かの有名なウィンター・ソニックの...しかも、オーディションで扱われるピアノだ。

 ギターやベース等は、自身の愛用品を持ってこないといけないのだが、ピアノやドラムなどの大きな楽器は、事前に申請することで、オーディション用に用意されたものを貸して貰える仕組みなのだが...。

 当然調律師が、オーディション前に軽く音の確認等しているはずなのにも関わらず......鍵盤の音が酷く歪んでいるのだ...。

 俺は、焦る優の近くに寄ると、今にも取り乱しそうな優の肩を優しく叩き、こう声をかけた。

「優......すぐにオーディションの関係者を呼ぼう。...これじゃあ、オーディションが受けられない。なぁ???」

 俺の提案に、優は、ふるふると首を左右に振り、震える声でこう返してきた。

「...ダメだ...虎雅さん。...二次審査の案内状に書いてあったんだけど、審査直前に出た不具合は、私共では対処できませんので、あらかじめご了承くださいって......。」

 そんな馬鹿な...!!!

 こう思った俺は、急いで部屋を出て、自らの荷物が置いてある控え室に走っていった。

 控え室に着くと、自らのカバンを漁り、中から二次審査の案内状を取り出すと、急いで開き、紙に目を通した。

 すると......確かに、優の言った通り......直前のトラブルには対処できないと書いてあった...。

 「そんな......どうすれば...。だって、今回弾く曲では...ピアノの確実な音程と...旋律が鍵となるのに...!!!くそっ!!!!...クソっ!!!どうすれば!!!!」

 俺は、手に持っていた案内状を握りつぶすと、ぐっと歯を食いしばり、必死に対処法を考えていた。

 その頃...審査会場では、優が苦痛に顔を歪め、どうしたものかと壊れた鍵盤を何回か押して、必死に策を考えていた。

 しばらく考えたあと...自分の楽器の調整が済んだ仲間が、困った顔で自分を見つめていることに気づき、咄嗟にほほ笑みを浮かべると、優は安心させるようにこう口にした。

「...すみません...。少しだけ時間を貰えますか???...音の確認をして...オーディションまでには、絶対に何とかしますから。」

「それは...一向に構わないけど......その...大丈夫なのか???...お前だって...顔色が...。」

 翔真は、優にここまで言うとぐっと口をつぐみ、自らの楽器に目を落としたのだった。

 翔真が、何も言えなくなったのは、優が震える唇を噛み締めて、必死に笑顔を作っていたからだ...。

 優は、最後まで戦おうとしている。......それを邪魔することは...到底できない。

 こう考えた翔真は、優に全てを託すことに決めたのだった。

 他のメンバーも優の様子に、何かを決意すると、自らのパート確認をしだしたのだった。

 そうして...控え室から、オーディション開始ギリギリに戻ってきた虎雅に、優は、ほほ笑みを浮かべ、真剣な声色で次のように口にした。

「...虎雅さん。...何とかします。......俺は、このオーディションに掛けてます。...自分の腕を、今こそ...試すとき...虎雅さん。...この後何が起きても、最後までやらせてください。...お願いします。」

 優の真剣な様子に、額から汗を垂らした俺は、何も言うことが出来ず、コクリと頷くと、自分の担当楽器であるギターの音取りを始めたのだった。

 優の背後にいた『月並み』のみんなも、覚悟を決めた眼差しで、俺の事を見つめていたから......きっと、何か策があるのだろう。

 こう思った俺は、優の言葉を信じることにしたのだった。
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