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第3章 「狂ったネジは元には戻らない...。」

「狂気のその先に見えるものは。」

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 俺は伏佐波先輩に対して、酷い言葉を投げかけてしまった。

 俺の過去の記憶は、思った以上にしつこくて、なかなか消えてくれない。

 その証拠に、俺は伏佐波先輩の顔を見た瞬間、小さい頃、親父に受けた行為の数々を思い出し、我を忘れてしまうくらい、伏佐波先輩を酷く拒絶してしまった。

 伏佐波先輩......大丈夫かな??

 いや、大丈夫な訳あるか...!

 絶対、怒っちゃたよな。

 でもまぁ、実際...伏佐波先輩からは、もう近づくなって言われたし、恋さんに関われないの辛いけど......約束は約束だもんな...仕方ない。

 それに、こんなことされて......伏佐波先輩と、これから関わっていくことはまず無理だろうし......恋さんは、伏佐波先輩の近くにずっといるだろうし...。

 とこう考えた俺は、伏佐波先輩を目の前にして、暫く叫び続けていたが、看護師さんのひとりが、慌てた様子で俺の元に来てくれたことで、我に返り......そして、静かになった病室で独り、俺はまた眠りにつくことにした。

 正直、眠たくはなかったが...全てを忘れてしまいたい一心から...眠りにつきたいと思ってしまった。

 そうして風三谷が再び眠りについた頃、大学に来ていた恋は、一人のんびりとティータイムを楽しんでいた。

 「壮馬...今日は大学来ていないのか???...と言うより、いつもなら、もう俺の元に来るはずなのに......今日はあのストーカー風三谷が俺の元に来てない...だと???アイツ......何かあったのかな...。まさか、大学に来る途中で事故に遭ったんじゃ......。(汗)って、何で俺がヤツの心配してるんだか...。はぁ...アホらし...まぁ、きっと若気の至り的な感じで、俺のこと何となーく好きになってみました~!っていう展開なんだろうし??アイツも反応が少ない俺を見て、いい加減面白くないって気付いたんだろうな...って事で、久々に平和なおひとり様楽しみますか~!!....とは言ったものの.....壮馬いないと...暇だなぁ。」

 長い独り言をこぼした恋は、カップにひと口だけ残ったカフェラテを飲み干すと、不意に大好きなメロンパンを食べたいと思い、久しぶりに将文おじさんの元を訪れることにしたのだった。

 「今日は、まだ早い時間だし...焼きたてメロンパンあるかな???...うー、お腹空いてきたなぁ。」

 恋は、将文おじさんのメロンパンを想像しながら、大きなお腹の音を引き連れて、ルンルン気分で、将文おじさんのパン屋さんへと向かっていた。

 そうして、いつものようにお店についた恋は、大きな声で店に入り、将文おじさんに呼びかけたのだった。

 「おじさん!!来たよ!!!今日はメロンパンある????......って、あれ???」

 恋が不思議そうな声を出したのも...いつもなら、お店のドアにかけてある入店ベルが鳴ると、笑顔で出迎えてくれるはずの将文おじさんが、今日は声どころか姿さえも見せなかったからである。

 更に...いつもなら賑やかなはずの店内が、今日はやけに静かなことに、妙な違和感を覚えた恋は、将文おじさんがいつもいる厨房に顔をのぞかせた。

 すると......そこには、顔色を真っ青に染め、何度も荒い呼吸を繰り返す将文おじさんが、冷たい床に倒れていた。

 恋は、将文おじさんの姿を見た瞬間、顔色を変え、倒れている将文おじさんに駆け寄り

 「おじさん...!??将文おじさん......っ。...将文おじさん、大丈夫!!???ちょっと、おじさん......ヤバい、救急車......おじさんしっかりして!!!!(汗)」

 と必死に声をかけた。

 だが、恋がどれだけ呼びかけても、うんともすんとも言わない将文おじさんの様子に、恋は本能的にマズいと思い、急いでポケットに入れていたスマホを取り出すと、救急車を呼んだ。

 恋は、救急車に連絡をした後...救急車が到着するまでのもどかしい時間の中、こんなことを考えていた。

 クソっ、将文おじさん......なんでこんなことに...!!!!

 お願い、死なないで!!!!

 将文おじさんのメロンパン......まだ飽きるまで食べてないよ...もう要らないって言うまで...食べれていない!!!!

 ねぇ、頼むから...俺を独りにしないで......将文おじさん!!!


 そうして......どれだけ時間が経ったのだろうか。

 病室には、荒く呼吸を繰り返す将文おじさんの姿が...一見すると、気持ちよさそうに眠っているようだが、近くで見ると呼吸をするのさえしんどいのか、眉間に微かに皺がよっていた。

 そんな中、恋は、心拍数を表示するモニターから出ている一定のリズム音に、妙なイライラを感じて、いてもたってもいられず、将文おじさんを病室に残し、独り病室の外へと出たのだった。

 乱暴に病室を出ると、何となく病院内を徘徊したくなり、恋は少し廊下を歩くことにした。

 だが...この行動により、恋は病室から外に出たことを、後悔することとなる。

 恋が1つ目の曲がり角を越え、次の曲がり角を曲がろうとした瞬間、恋の目の前には、よく見知った顔が飛び込んできた。

 恋はその顔を見た瞬間大きな声で

「うわっ!!!このストーカー風三谷!!今日は、俺の前に現れないと思っていたら...今度は大学じゃなくて、外でか!??」

 と...。

 恋の一際大きな声とその様子に、同じく恋の存在に気がついた風三谷は、目を丸くして

 「いや...えっ!??なんで病院にいるんですか!???...って、ストーカー???...あ~、はい、すみませんでした。今まで......でも、もう貴方に付きまとうことはしないので......安心してもらって大丈夫ですよ。...それでは、俺は病室こっちなんで...失礼します。」

 と言うと、目の前で状況を理解出来ていない恋にぺこりと頭を下げ、その場を立ち去ろうとした。

 そんな風三谷に恋は、咄嗟に

 「いや、待てよ!!」

 と声を掛けたが、風三谷は振り返ることはなく、そのまま薄暗い廊下を歩いていったのだった。

 恋は、困った顔をしながら風三谷が去っていった方向を見つめ

 「...なんだよアイツ...。というよりなんで入院??...入院服着てたし...アイツ...何かあったのかな...。まぁ、風三谷の事なら...壮馬に聞いた方が早いか。なんか風三谷の態度も気になるけど......とりあえず俺も、独りにしてきた将文おじさんが心配だから、早くおじさんの元に戻らないとな。」

 と独り言をこぼし、風三谷のことを若干気にしつつも、薄暗い廊下を歩き...将文おじさんの病室まで戻るのだった。
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