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「いい加減、ちゃんと答えてやれよ」
しおりを挟む翌日。俺はまだ朝も早い時間に起きて、父さんに言った。
「帰るよ」
最低限度の荷物しか持って来なかったのが幸いだった。纏めるのに時間がかかる事がなかったのだ。
「いいのか?」
静寂に包まれた家に響いた父さんの渋い声。
決して帰ることを止めている訳では無い。ただ、隣に住む、彩月ちゃんに挨拶をしなくていいのか、という意味だろう。
「うん」
リュックサックを背負い、玄関から外に出る。まだ、太陽も上りきっていない時間だというのに。ジメジメとした暑さが広がっている。
「そうか」
父さんはそれ以上何も言うことなく、車の鍵を開けた。それを確認してから、俺は車に乗り込む。
『嘘でも嬉しいよ。こんなおばさんを好きって言ってくれて』
瞬間、不意に脳裏を過ぎった昨日の記憶。
俺のありったけの想い。それを受けた彩月ちゃんは、苦笑や嘲笑といったものが入り交じった微妙な笑顔を作って答えた。
俺は本気だったのに――
彩月ちゃんには届かなかった。結局、俺は彩月ちゃんの中で、いつまでも子どもってことらしい。
「そういう所なんだろうな。海斗が子どもって見られるのは」
運転席に乗り込んだ父さんが、エンジンをかけながら告げる。
張った声ではない。でも、妙に俺の中に響く。
「うるせぇよ」
わかってんだよ。稜みたいに、何度も当たってぶつかれば結果は変わっていくかもしれない。
みなが荘で見た、先生から稜の手を取っていたシーン。それだけでも、稜の想いは。言い続けた想いが少しでも届いたんだと分かった。
だから言い続ければ、俺も彩月ちゃんに届けることが出来るのかもしれない。
「何度も辛い思いしたくねぇよ」
後部座席で、俯いたまま、父さんに聞こえない小さな声で吐き捨てた。
「12も離れてるんだ。父さんは中々賛成出来ないからな」
エンジン音だけが響いていた車が、緩やかにスピードを落としていく。
朝が早いということもあり、道路は全く混んでなかった。そのため、もう明川駅前に着いたのだ。
車が完全停止するのを確認し、俺が車の外へ出ようとした時だ。
不意に父さんがそんなことを告げた。
「えっ.......」
「お前の気持ちなんぞ、見てれば分かる。親、なんだからな」
気づかれていないと思っていたから。父さんの言葉に思わず、体が硬直する。
「まぁ、でも。誰に恋をするかはお前の自由だ」
父さんはそれだけ言うと、俺に顎で外の方を指す。早く降りろ、ということだろう。
これ以上父さんと会話をしていると、色々と悟られるような気がするし。
俺は颯爽と車から降りて、駅の方へと歩き出す。
その後ろ姿を最後まで見ることも無く、車はガスを排出しながら自宅の方へと帰っていく。
息子が寮に帰るんたがら、最後まで見送れよな。親なんだったら。
ほんの少しだけ。寂しな、と感じながら俺は駅の中へと入っていった。
* * * *
大里駅に着いたのは、お昼を回った頃だった。
平日のお昼ということもあり、大きな駅でもない大里駅は閑散としている。
――ピコン。
不意にスマホが鳴る。LINEが届いた音だ。画面に表示された名前は、彩月ちゃん。
なんだ?
不安と期待が入り交じる。浮かれそうだが、浮かれないように気をつけながら、メッセージを見る。
『昨日は本当に嬉しかったよ。でも、戻る時は声くらい掛けて欲しかったな』
『ごめん。顔、合わせづらくて』
返事をして直ぐに既読がついた。そして、数秒も経たないうちにメッセージが届く。
『だと思ったよ。私こそ、あやふやな答えでごめん。それでね』
そこで一度文が切れた。それで、なんだ?
あまりにも気になる文章に、歩いていた足を止める。
『再テスト終わって、海ちゃんがこっちに戻ってき時に、ちゃんとした返事するね』
ちゃんとした返事。それは俺が昨日した、告白の事だろう。イエスかノーか。今の曖昧な答えではなく、ちゃんとしたものが貰える。それだけでも、勇気を振り絞った意味がある。
久しく感じていなかった緊張を覚えた甲斐があったというものだ。
『待ってる。いい返事が貰えることを祈って』
『うん』
嬉しかった。ちゃんと答えを出してくれることが。それは、ちゃんと俺の事を考えてくれる、ということだから。
ちゃんと俺を見てくれるということだから。
あまりに嬉しくて。俺はその場で小さくガッツポーズを作った。
そんな時だ。聞きなれた声が遠くからした。
「なんだ?」
影は1つ。急いで駅に向かって掛けている。カツカツ、と音がしている所からヒールを穿いた女性だと推測できる。
目を凝らしよく見る。
「夢叶先生?」
あんなに急いで何か用事か?
そう思ったが、いまは俺の身に起こった幸せのが大事だから。それほど気になることなく、みなが荘へと戻るのだった。
「ただいま」
「おかえリンゴ」
扉を開き、数週間ぶりとなるみなが荘に足を踏み入れる。
すると、一番に綾人が出てきた。顔だけ覗かせ、お迎えの言葉をくれる。だが、それ以上に何かを言うことは無い。
「なんも言わないんだな」
その事が何だか気持ち悪くて、冷たく吐き捨てた。それに対し、綾人は静かに返事をする。
「聞いて欲しいノリ?」
「い、いや別に」
「なら聞かなイカ。海斗が聞いて欲しくないこと、聞かないヨウカン」
リビングから声だけが届く。綾人なりの優しさだろう。靴を脱ぎ、みなが荘に上がる。ギシッ、と軋む音がするのは建物自体の問題だろう。家に居た時には聞かなかった音に、懐かしさすら覚えながら、リビングに入る。
「迷惑、かけたな」
「いつものことだから。気にしてないヨウカン」
「てか、なんでこんな時間に寮にいるんだよ」
まだ時間は昼過ぎだ。学生が帰ってくるのには早い時間だろ。まぁ、俺も学生なんだけど。
「球技大会も終わったし、もう午前授業だショウユ」
「あぁ、そうか。てことは、再テストは.......」
「明後日かラッパ」
「明後日か」
今から勉強して間に合うかな。てか、俺テストも受けてないし。テスト用紙すらないから、実質初テストだよな。
彩月ちゃんの答えが欲しいから。早く、帰りたいのに。
「テスト問題なら取ってあるかラッパ」
「まじで!?」
「うん。まぁ、僕も再テストが2教科あるからだからなんだけどら焼き」
「んじゃ、早く一緒に勉強しようぜ!」
そう言うと、綾人は妙に嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いた。勉強するのがどうしてそんなに嬉しいのか。俺には皆目理解出来ないが、俺と綾人はそのまま辺りが暗くなるまで、リビングで再テストに向けて勉強をしたのだった。
その夜。稜が寂しそうな表情で帰ってきた。俺が訊いてもちゃんと答えてくれない。
多分。夢叶先生との間で何かあったのだろう。まぁ、気になる部分ではあるが。いまはそれを気にしている余裕がない。
いち早く再テストを終わらせて、もう一度実家に。彩月ちゃんに会いに行かないとダメだから。
早く答えを欲しいから。
* * * *
そして迎えた再テスト当日。
彩月ちゃんとの約束もあり、補習を受けるわけにいかない。その思いが勉強により一層、力を入れさせた結果が出た。
誰よりも多い、全教科再テストという難題に向かったにも関わらず。
俺は全教科、補習をパスすることに成功した。
直ぐにスマホで彩月ちゃんに連絡をとる。
『再テスト、全部合格!』
そう送ると、直ぐに既読がついた。そしてしばらく待つと、返事が送られてきた。
『凄い! じゃあ、もうすぐ帰ってくるね』
『おう! 明日には帰れると思う』
『そっか。じゃあその時に、伝えるね。私の想いを、私の口で』
『おう』
嬉しさに不安が混ざる。もし、ノーって言われたら。俺は何を支えに生きていけばいいのだろうか。
で、でも。大丈夫だよな。何十年も想い続けて来たんだ。きっと上手くいくはずだ。
そう自分を言い聞かせ、短い文で返事を送り、学校を出ようとする。その時、夢叶先生とすれ違った。
「あ、夢叶先生」
ここ数日、元気がなかった稜。空元気を見せてはくれていたが、少し気になっていた。だから。ちょっとだけ、先輩みたいなことをしてみる。少しでも、自分の不安を紛らわすためにも。
「なに?」
「稜となんかあった?」
ド直球の質問に、夢叶先生は目を逸らして、少し慌てた様子を見せた。
「べ、別にな――」
「何かあったんだな」
誤魔化そうとする夢叶先生の言葉をさえぎって言い切る。すると、夢叶先生は分かりやすく、視線を逸らした。
「大したことは無かったよ」
何かを誤魔化すように、早口で捲し立てた夢叶先生。いつもの、稜が嬉しそうに語る夢叶先生の姿とは違っている。だからこそ、俺でもわかった。それが嘘だってことを。
「先生。俺は稜の想いをちゃんと知ってる。だから言わせてもらう」
何があったか、詳しくは分からない。でも、稜がダメージを受け、先生がこの様子だってことは。きっと、稜が何かを言ったんだ。おそらく、自分の想いを――
「いい加減ハッキリしてやれ。告白するのがどれだけ緊張するのか。稜がどれだけ覚悟しているのか、先生は考えるのか?」
「わ、私は先生だから.......」
俺の言葉に目を見開いた夢叶先生は、俯き、そしてか細い声で言い訳を口にする。
想いを聞いてなお、曖昧に濁す理由を。
「いつまでもそうやって逃げてるんだよ。それなら、本気で拒否れよ。稜が嫌いだからって。先生だからって言葉とかで、逃げんなよ」
年上だから。おばさんだから。彩月ちゃんも最初はそう言って逃げた。でも、ちゃんと考えて、メッセージをくれた。結果がどうなるかなんて、分からない。でも、本気で向き合ってもくれないなんて。稜が可哀想すぎる。
「断ったよ」
「ほんとにか? 先生だからとか、そんな言葉を使わず。稜を否定するように断ったか?」
「そ、それは.......」
「そんな曖昧な言葉で諦めがつくほど、安い気持ちじゃないんだよ。稜の気持ちは」
「で、でも!」
「生徒と先生がなんだよ。恋なんて、誰が誰にするのも自由なんだよ。縛りなんてねぇよ」
現に先生と生徒だった関係から結婚している人だっていると聞く。いつまでも、自分の中にある固定概念に囚われて、気持ちに蓋をしている夢叶先生に苛立ちを覚えた。
「いい加減、ちゃんと答えてやれよ。それに、夢叶先生も稜のこと気にはなってるんだろ? みなが荘で、手とか握ってたし」
「っ!?」
あの時のことを思い出したのだろう。夢叶先生は耳まで真っ赤にして俯いている。
「どんな答えを出しても、いいと思うけど。曖昧なのはやめて、一度イエスかノーで答えてやれよ。このままじゃ、稜が稜でなくなるような。そんな気がするからさ」
空元気をやりすぎて。稜本来の姿を忘れてしまうのでは無いのか。
そんなふうに思えてしまう。
「青井くんに何が分かるの。大人の立場では色々あるんだよ」
「大人とかカッコつけんなよ! 先生のやってるのは高校生以下だよ。好きにちゃんと応えることも出来ない癖に、大人とか言うなよ」
「好きだよ! ダメなことかもだけど。私は稜くんに惹かれてるよ」
「言えんじゃん。それ、稜に言ってやれ。あいつ、見たことないくらい、喜ぶぞ」
予測はついてたけどな、先生が稜をよく思ってることは。稜だけ、下の名前呼びだし。
実は、稜より先に好きになってたりしてな。なんて、それはありえないか。
一人でそんなことを思いながら。苦笑を浮かべて、夢叶先生の前から去る。
あとは俺の事じゃない。あとは稜と夢叶先生の2人の事だ。
――背中は押してやったぞ。
心の中で稜に呼びかけ、俺は実家に電話を掛けるのだった。
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