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「全部全部、稜くんがはじめてだから――」
しおりを挟む「やべぇな」
全教科テストを受けた中では、最多の再テスト数を誇る。そんな俺が全ての教科の再テストを受け終わった感想がそれだ。
せっかく夢叶先生に秘密の特訓までしてもらったのに。
告白したことの方が印象強くて。合格したかどうか、全教科微妙だ。
「通ってたらいいけどな」
一人でそうこぼしながら、職員室に向かって廊下を歩く。職員室に、本日のテスト結果を聞きに行くのだ。
夢叶先生に好きかもしれない。そう言ってもらえただけで嬉しかった。だけど、答えは欲しかった。
もうあれで三度目だから。三度目の正直で、夢叶先生の答えが欲しかった。
でも、夢叶先生は答えを濁した。
「もう無理なのかな」
諦めた方がいいのかな。
そう思わざるを得ない。答えを出すって言ってくれたけど。それが一体いつなのか。
そのまま無かったことにされるのでは無いのか。
再テストを媒介にして、あの日の想いが、記憶が鮮明に呼び起こされる。
好きだと伝えた環境に空気。付き合ってもらえますか、と告げた時の気持ち。何もかもが手に取るように分かる。
分からないのは夢叶先生の本心だけ。
何をどう思って、あの言葉を紡いだのか。これ以上、俺からアクションを起こすことは多分ない。
三度目好きと言って、答えが貰えていない。好きだと伝えるための勇気が、もう湧いてこない。
それに、待ってて。そう言うわれてしまった。だから、待つことしかできない。
「あはは」
考えれば考えるほど、俺の恋が無謀だと思い知らされる。
先生と生徒という壁があり、夢叶先生は想いを流すだけで、真剣に受け止めようとしてくれていない。
たぶん、諦めた方が賢明なのだと思う。もとより叶うはずのない恋だったんだ。そう思って切り替えた方がいいだろう。
頭では理解している。でも、心の奥に秘められた想いが。夢叶先生を好きだという想いが、それを認めてくれない。
「情けないな、俺」
叶わないと分かった恋に縋るなんて。そう思った時だ。背後から、乱れる呼吸音と廊下を駆ける音が耳朶を打った。
「稜くん!」
息を切らした、切羽詰まったような声が。俺の後ろから投げかけられた。
間違いない。俺が聞き間違えるわけが無い。夢叶先生の声だ。
「な.......、なんですか?」
口にした声は掠れていた。あの告白の日以来、まともに会話をしていないから。挨拶は出来ても、それ以上ができない。想いの大きさを知られたことが恥ずかしくて、決死の覚悟も受け入れられなかった虚しさで、口にするべき言葉が見当たらない。
「あ、あのね.......」
俺の名前を呼んだ時とは違う。言葉に覇気がなくなり、一気に弱々しさを纏う。
「ごめんなさい」
目を伏せて。夢叶先生は震えた声を放った。
「ど、どうして夢叶先生が謝るんですか.......」
俺は再テストで夢叶先生の期待に応えられたとは思えない。だから、謝るとすれば俺の方だ。
まだ結果は聞けてないけど。たぶん、全教科パスは出来ていない。
「稜くんの想いにちゃんと答えてないから.......」
「そ、それは夢叶先生が先生だから.......」
「ダメなの! 稜くんがそう言ってくれるから。私はいつもいつも、逃げてたんだよ」
夢叶先生の想いが強く乗った言葉が、静寂に包まれた廊下に木霊する。
「稜くんの痛いくらいに真っ直ぐな想いを受け入れるのが怖くて。その想いの受け入れ方が分からなくて」
「.......」
「稜くんの気持ちなんて、全く考えてなかった。私だけが、ずっとドキドキしてときめいてた」
「そんなことない。俺だってドキドキしてたよ」
夢叶先生の目じりから、ゆっくりと涙がこぼれた。言葉に涙が滲む。
「違うよ。嬉しくて、ドキドキしてたのは私だけ。稜くんは想いを告げる、緊張感でドキドキしてただけ。だから、私とは違う」
1歩、夢叶先生が俺に歩み寄ってくる。とめどなく溢れ出ている涙など、気にする様子もなく。夢叶先生は更に続ける。
「大人ぶって。先生だとか言ってごめんなさい。恋愛経験が乏しいから、強い想いの告白なんて貰ったことがなかったから。全部全部、稜くんがはじめてだから――」
「夢叶先生.......」
何て言葉を紡げばいいのか。どの言葉で伝えれば、俺に1番届くのか。そんなことを考えているのだろう。夢叶先生はゆっくりと、慎重に言葉を届けてくる。
「大人な振りをして強がった。自分の気持ちに気付かないふりをした。もし、気持ちに素直になれば。私がどうなるか分からないから」
「どうして、どうなるか分からないんですか?」
「恋愛経験が乏しいからっ言ったでしょ。付き合ったことなんて無いに等しいからよ。だから、想われてるだけで、すごく嬉しくて、稜くんに会えるのが楽しみだった」
いつの日かを思い出すような口ぶりだ。
「職員室前で、はじめて稜くんが想いを告げてくれた日。あの日は夜も眠れないくらいに嬉しかった」
「俺は迷惑になってないかなって。嫌われないかなって、凄い不安でした」
「そうだったんだ」
俺が夢叶先生に見せなかった姿を伝える。綾人さんや海斗先輩に話を聞いてもらい、どうにか落ち着くことができた。
「それから、2回目。途中で雨が降ってきたっけ」
「そうでしたね」
「あの時は、稜くんを拒絶したつもりだった。これでいいんだって。これが正解だって思った。でも、家に帰ると、凄い不安になったの」
「どうしてですか?」
「稜くんに嫌われちゃうんじゃないかって。もう、好きって言って貰えないんじゃないかって。怖くなって、あのメモを書いたの」
もっと違う出逢い方だったら、それだけでも嬉しかった。夢叶先生から始めて貰えたもので、もうこんなことありえないと思っていたから。今でも、机の引き出しに大切にしまってある。
「正直、俺も夢叶先生からあのメモを貰うまでは、もう無理だ。夢叶先生に嫌われたって思ってました」
「あの時は、本当にごめんなさい。自分の気持ちには気づき始めてたのに。嘘をついた」
嘘をついた.......?
それって――。
俺が黙っていると、夢叶先生はまた更に1歩俺に歩み寄り、言葉を繋いだ。
「そして最後。稜くんからすれば決死の覚悟だったと思う。好きな人に、それも相手は年上で、自分の先生。生半可な気持ちでは言えない言葉を、稜くんは伝えてくれた。それなのに、私は怖気付いた」
また1歩歩み寄られ、俺と夢叶先生との間に距離がなくなった。
夢叶先生の端麗な顔に、涙が流れているのがよく分かる。息遣いが分かるほどの距離感で、夢叶先生は言う。
「気づいた想いに従えば、どこまでいくのか分からなかったから。私が思っていた以上に膨らんでた想いに、自分自身が応えるのを躊躇っていたから。体のいい言い訳を口にした。そして、この浸っていた関係を壊したくなかったから、後回しにした」
小さく嗚咽が零れた。今までためてきたこと。想いを誤魔化していたこと。全てを懺悔して、夢叶先生は大きく深呼吸をした。
「でも。それじゃあダメだって気付かされた。だから、ちゃんと言う。もう、逃げない」
涙に濡れた真珠のような大きな瞳で俺を射抜きながら放つ。俺はそれに黙って頷いた。
言葉を放つの野暮だと、そう感じたから。
「私は.......。南夢叶は、稜くんのことが好きです」
学校の廊下にいるということを忘れたのか。夢叶先生は、大きな声でそう言い放った。
胸の音が、うるさい。好きな人から好きと言われるのは、こんなにも嬉しいことなのか。
眼前で顔を真っ赤にした夢叶先生が、ぎゅっと瞳を閉じている。祈るかのように、ありったけの言葉で想いをぶつけてくれたのが分かった。
だから。嬉しくて。自然と頬が緩んでしまう。
「夢叶先生。俺も、好きです」
「うん」
俺の言葉に安心したかのように、気づかぬまに強ばっていた夢叶先生の表情が、穏やかになった。
穏やかになって、笑みをこぼして、涙を零した。
「今度は私から言わせて。稜くん、私と付き合って――」
「それはダメ」
夢叶先生の告白を最後まで聞き届けることなく、俺は言葉を挟んだ。
夢叶先生に、俺が想いを告げたい。夢叶先生から言って貰えるのは、言葉や文字では言い表せないほどに嬉しいことである。でも、それではダメだ。
夢叶先生よりも、夢叶先生が好きだと言える。それくらいに好きな俺が、ちゃんと告《い》って、そして、受け入れられたい。
ただの自己満かもしれないけど。ここだけは、俺の譲れないポイントだから。
「夢叶先生。俺は夢叶先生の事が大好きです」
四度目の正直。今まで以上に、気持ちを込めて。俺は先生と生徒の、更に上のステージを目指して告白する。
「だから。俺と付き合ってもらえますか?」
夢叶先生は俺の言葉に、ただでさえ赤かった頬を更に赤らめて。嬉しそうに表情を浮かべて。大きく頷いた。
「こんな逃げてばかりで、子どもな私だけど。こちらこそよろしくお願いします」
そう言って。夢叶先生は俺をギュッと抱きしめた。
夢叶先生の温かさが、全身を包む。こんな関係を望み続けた。でも、こんな関係になれるとは思っていなかったから。
あまりの嬉しさに、感極まり、涙が溢れ出す。
それを隠すように、俺も夢叶先生を抱きしめて、俯いた。
「長い間待たせてごめんね」
「俺こそ。夢叶先生を困らせる生徒でごめんなさい」
「そんな事ないよ。稜くんは私の自慢出来る生徒で、みんなに誇れる彼氏だよ」
――彼氏
そのチョコレートのように甘い響きは、俺の中に溶け込んでいく。今まであった夢叶先生とのあれこれも、華のように鮮やかな記憶に変わる。
きっと、今日に繋がるための必須事項だったんだ。
夢叶先生.......。大好き。
その想いを、今口にすることはなく。代わりに、俺は夢叶先生を抱きしめる腕に、少し力を込めたのだった。
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