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18 ときめき?
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ここ最近、マルセルの顔を見る度に、雪音ちゃんの「色仕掛けしてやれば良いんですよ!」という言葉が頭の中をチラつく。
あの子、聖女のわりに言ってること汚いけど大丈夫なのだろうか。聖女ってもっとこう神聖な存在じゃないの? 王太子への色仕掛け推奨とか聖女としてありなのか?
「ミナト様?」
「あ、うん。なんでもない」
今日はお散歩の日である。
とはいえ行動範囲は、別館の周囲に広がる庭園だけど。どうやら俺を敷地内から出すのはまだ不安らしい。そして散歩の時には毎度マルセルも同行してくる。よくわかんないけどさ、王太子ってもっと忙しいんじゃないのか。俺に付き合っている暇なんてないだろうに。どんだけ信用されていないのか。別に逃げはしないと言うのに。
最近では、庭をうろうろした後、庭園の一角に据えられているガーデンテーブルでお茶をするのが恒例となっている。
とはいえ席に着くのは俺とマルセルのふたりだけ。イアンや他の護衛っぽい人たちは給仕に徹したり、離れたところで控えていたりしている。
ぼけっとする俺の顔を、マルセルが心配そうに覗き込んでくる。慌ててなんでもないと言ったものの、再び脳裏を雪音ちゃんの眩しい笑顔がよぎっていく。
色仕掛け、ねぇ。
うん、無理。そもそも俺はマルセルにちょっと仕返ししたいだけである。そして監禁の件について謝罪が欲しい。雪音ちゃんの提案は、その趣旨からも大きく外れていると思う。
ないない、とティーカップを傾けていた時である。「あ」と小さく声を発したマルセル。つられて視線を上げると、青い瞳がすぐそこまで迫っていた。
は?
ピシリと固まる俺に構わず、マルセルがこちらに手を伸ばしてくる。え、距離近くない? なにこれ。キスでもしそうな距離感である。え、キス?
固まる体とは裏腹に、頭の中は大忙しである。
そうしてよくわからん覚悟を決めて、ぎゅっと目を瞑った瞬間。くすりと微笑みが落ちてきた。
「申し訳ない。葉っぱが」
おそるおそる目を開けて、脱力する。言葉通り、マルセルの右手には一枚の葉が握られている。ひらひらと弄んだそれをそっとテーブルに置いて、ついでのようにマルセルが俺の頬を撫でた。
ん?
ひくりと引き攣る口元。それに気が付かないらしいマルセルは、ふふっと柔らかい笑みを浮かべる。
な、なにこの甘ったるい雰囲気。俺の頬に触れる必要なんてありました?
「ミナト様」
「なっ、なに」
動揺のあまり、声が上擦ってしまうのは仕方のないことか。
「イアンから既に聞いているかもしれませんが。私は、この度の聖女召喚の儀を無事に終えることができました」
「う、うん」
「聖女からすれば、突然異界に呼ばれて困惑したかと思います。正直、異界の者の力を借りなければどうにかならないという現状は私も思うところがあります」
「せやね」
俺としては、マルセルが常識的な考えを有していることにびっくりだよ。なんかこう、聖女は世界のための働いて当然みたいな横暴さがなくて安心したよ。そういや雪音ちゃんは概ね楽しそうにしているもんな。
「ミナト様にもご迷惑をおかけしました。本来ならば礼を尽くさなければならないところ、召喚の儀式当日は非常にピリピリしておりまして。うちの騎士が剣を向けたこと、改めてお詫び申し上げます」
「お気になさらず」
その件については、以前にも一度マルセルから謝罪があった。謝罪はいらん。お詫びの品をよこせと俺がごねたところ、後日美味しいお菓子を頂いた。多分、俺が甘い物好きだと、雪音ちゃんがマルセルに入れ知恵したものと思われる。雪音ちゃんは俺のファンを名乗るだけあって、俺よりも俺に詳しいところがある。
さりげなく俺の右手を取ったマルセル。慈しむように手の甲をひと撫でされて、くすぐったさに身を捩る。
「そしてミナト様の御身を守るためとはいえ、不自由な生活を強いてしまったこともお詫びいたします。申し訳ない」
あ、謝った。
あんなに頑なに、ぬるっと監禁の件については謝罪をしなかったマルセルが急に翻意した。多分だけど、雪音ちゃんに何か言われたな? 思えば彼女、俺がマルセルに腹を立ててバイオレンスな手段に出ることを懸念していた。やられた。俺の仕返し阻止のため、ふたりで手を組んだのだろうか。いや、雪音ちゃんが一方的に入れ知恵しただけか?
雪音ちゃんは、是が非でも俺とマルセルを恋仲にしたいらしいしな。俺とマルセルの仲が険悪になるようなことは避けたかったのだろう。これくらい裏で手を回していても今更驚きはしないさ。しないけれどもさ。
触れる程の軽い口付けを、俺の手の甲に落としたマルセルは、それはもう甘ったるい空気を纏っていた。
瞬間、なぜかカッと顔が熱くなる。マルセルのことを直視できなくなって、慌てて視線を落とすが、顔の熱は引く気配がない。
これはあれだ。イアン達の目の前で恥ずかしげもなく、キスなんてしてみせるマルセルに焦っただけである。
決して! 決してマルセルにときめいたとかではないから!
あの子、聖女のわりに言ってること汚いけど大丈夫なのだろうか。聖女ってもっとこう神聖な存在じゃないの? 王太子への色仕掛け推奨とか聖女としてありなのか?
「ミナト様?」
「あ、うん。なんでもない」
今日はお散歩の日である。
とはいえ行動範囲は、別館の周囲に広がる庭園だけど。どうやら俺を敷地内から出すのはまだ不安らしい。そして散歩の時には毎度マルセルも同行してくる。よくわかんないけどさ、王太子ってもっと忙しいんじゃないのか。俺に付き合っている暇なんてないだろうに。どんだけ信用されていないのか。別に逃げはしないと言うのに。
最近では、庭をうろうろした後、庭園の一角に据えられているガーデンテーブルでお茶をするのが恒例となっている。
とはいえ席に着くのは俺とマルセルのふたりだけ。イアンや他の護衛っぽい人たちは給仕に徹したり、離れたところで控えていたりしている。
ぼけっとする俺の顔を、マルセルが心配そうに覗き込んでくる。慌ててなんでもないと言ったものの、再び脳裏を雪音ちゃんの眩しい笑顔がよぎっていく。
色仕掛け、ねぇ。
うん、無理。そもそも俺はマルセルにちょっと仕返ししたいだけである。そして監禁の件について謝罪が欲しい。雪音ちゃんの提案は、その趣旨からも大きく外れていると思う。
ないない、とティーカップを傾けていた時である。「あ」と小さく声を発したマルセル。つられて視線を上げると、青い瞳がすぐそこまで迫っていた。
は?
ピシリと固まる俺に構わず、マルセルがこちらに手を伸ばしてくる。え、距離近くない? なにこれ。キスでもしそうな距離感である。え、キス?
固まる体とは裏腹に、頭の中は大忙しである。
そうしてよくわからん覚悟を決めて、ぎゅっと目を瞑った瞬間。くすりと微笑みが落ちてきた。
「申し訳ない。葉っぱが」
おそるおそる目を開けて、脱力する。言葉通り、マルセルの右手には一枚の葉が握られている。ひらひらと弄んだそれをそっとテーブルに置いて、ついでのようにマルセルが俺の頬を撫でた。
ん?
ひくりと引き攣る口元。それに気が付かないらしいマルセルは、ふふっと柔らかい笑みを浮かべる。
な、なにこの甘ったるい雰囲気。俺の頬に触れる必要なんてありました?
「ミナト様」
「なっ、なに」
動揺のあまり、声が上擦ってしまうのは仕方のないことか。
「イアンから既に聞いているかもしれませんが。私は、この度の聖女召喚の儀を無事に終えることができました」
「う、うん」
「聖女からすれば、突然異界に呼ばれて困惑したかと思います。正直、異界の者の力を借りなければどうにかならないという現状は私も思うところがあります」
「せやね」
俺としては、マルセルが常識的な考えを有していることにびっくりだよ。なんかこう、聖女は世界のための働いて当然みたいな横暴さがなくて安心したよ。そういや雪音ちゃんは概ね楽しそうにしているもんな。
「ミナト様にもご迷惑をおかけしました。本来ならば礼を尽くさなければならないところ、召喚の儀式当日は非常にピリピリしておりまして。うちの騎士が剣を向けたこと、改めてお詫び申し上げます」
「お気になさらず」
その件については、以前にも一度マルセルから謝罪があった。謝罪はいらん。お詫びの品をよこせと俺がごねたところ、後日美味しいお菓子を頂いた。多分、俺が甘い物好きだと、雪音ちゃんがマルセルに入れ知恵したものと思われる。雪音ちゃんは俺のファンを名乗るだけあって、俺よりも俺に詳しいところがある。
さりげなく俺の右手を取ったマルセル。慈しむように手の甲をひと撫でされて、くすぐったさに身を捩る。
「そしてミナト様の御身を守るためとはいえ、不自由な生活を強いてしまったこともお詫びいたします。申し訳ない」
あ、謝った。
あんなに頑なに、ぬるっと監禁の件については謝罪をしなかったマルセルが急に翻意した。多分だけど、雪音ちゃんに何か言われたな? 思えば彼女、俺がマルセルに腹を立ててバイオレンスな手段に出ることを懸念していた。やられた。俺の仕返し阻止のため、ふたりで手を組んだのだろうか。いや、雪音ちゃんが一方的に入れ知恵しただけか?
雪音ちゃんは、是が非でも俺とマルセルを恋仲にしたいらしいしな。俺とマルセルの仲が険悪になるようなことは避けたかったのだろう。これくらい裏で手を回していても今更驚きはしないさ。しないけれどもさ。
触れる程の軽い口付けを、俺の手の甲に落としたマルセルは、それはもう甘ったるい空気を纏っていた。
瞬間、なぜかカッと顔が熱くなる。マルセルのことを直視できなくなって、慌てて視線を落とすが、顔の熱は引く気配がない。
これはあれだ。イアン達の目の前で恥ずかしげもなく、キスなんてしてみせるマルセルに焦っただけである。
決して! 決してマルセルにときめいたとかではないから!
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