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鳥籠の中
2 必要のないもの
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パチッと薪の爆ぜる音がした。
火にかけていた鍋を覗き込んで、フィリは味見のために小皿を用意する。ちょうどいい塩気に満足したフィリであったが、具材の少なさに少し首を傾げた。もう少し何かを加えたいが、食べ物は貴重である。自分で買いに行けないので、ジェイクが不定期に運んでくる食料をじっと待っている他にない。たとえ森の外に出ることができたとて、今の状況ではまともに物が入手できないだろうことは容易に想像できる。
戦争は人々を飢えさせる。
ジェイクがどのようなルートで食料を確保しているのか。フィリも詳しくは知らない。たとえ懇切丁寧に説明されたとしても、フィリには理解できないだろう。生まれてからジェイク以外の人間と顔を合わせたことはなく、この狭い鳥籠から出たこともない。フィリは色々と物を知らなかった。自分が知らないことにさえ、彼は気づいていなかった。
外にはもっと広い世界が広がっている。しかしその広い世界は戦火に見舞われている。この狭い鳥籠だけが、フィリが平穏に暮らせる空間であった。
戦争を知らないというのは、この状況においては幸福なのかもしれない。それもこれもジェイクの献身があってこそだ。
たまたま拾った孤児に、ジェイクがここまで肩入れする意味をフィリは知らない。
キッチンを漁っていると、腐りかけの芋が出てきた。迷った末に、フィリは食べられそうな部分を選んで鍋に放り込んだ。このまま火にかけていれば、いずれ食べられるようになる。
今のうちに薪を集めておこうかと窓の外に視線を向けた。
前回ジェイクがここを訪れてから五日が経過していた。ジェイクは騎士という仕事をしていると、以前聞かされていた。漠然と剣を手に戦う職業だとフィリは理解している。この戦争でも、ジェイクは活躍しているに違いない。同時にそれは、ジェイクはいつ死んでもおかしくはない立場にいることを示していた。
死んだ人間は、動かない。フィリはそう理解している。つまりジェイクが死ねば、フィリに食料を運んでくる者がいなくなる。食料がなければ、フィリは飢えてしまう。飢えた末に待っているのは、死。
火の上で、ぐつぐつ沸騰する鍋をぼんやり眺める。ジェイク以外に話をする相手がいないので、フィリの料理は非常に大雑把である。とりあえず水に食べ物を放り込んで、塩で味をつける。または火の中に食べ物を放り込んで焼く。それしか知らない。たまにジェイクが料理を教えてくれるが、ジェイクは忙しい身である。そこまでフィリに時間を割いている場合ではない。
一度だけ、ジェイクが料理本なるものを持ってきたことがあった。紙にびっしりと模様が並んでいる様は、フィリにとっては少々不気味だった。思わず顔を顰めたフィリに、ジェイクが慌てたように「すまない」と言ったのを覚えている。
「君は文字が読めないのだったな」
ぼそっと呟かれた言葉は、フィリにとって未知のものが詰まっていた。
「文字とはなんですか」
そう尋ねたフィリに、ジェイクは苦い顔で「そこに書いてある模様みたいなもののことだ」と大雑把に説明した。情報を伝達する手段だと言われて、感心したのをよく覚えている。結局、ジェイクは文字を教えてはくれなかった。「君には必要ない」と言われてしまえば、フィリには引き下がるしか道が残されていなかった。もとより生活に欠かせないものでもない。多忙ゆえに疲弊しているジェイクに、そこまで負担はかけられなかった。
「庶民が文字を読めないのは普通のことだ。みな教育どころではない」
ジェイクは持参した料理本を燃やしながら、そう言った。戦争のせいで、勉強なんてしている暇はないのだと。
「下手に文字が読めるとわかれば、厄介なことになる。だからこのことは忘れるんだ」
大量の紙を飲み込んで、ゆらゆら揺れる炎を見ながらフィリは頷いた。
煮立った鍋を前に、そんな昔のことを思い出す。あのときの口振りからして、ジェイクは文字を読めるのだろう。つまりジェイクは普通の庶民ではないということだ。
ジェイクはいつも小綺麗な格好をしている。物が不足している戦時中において、彼はいつも整った出立ちをしている。フィリにも、清潔な衣服や布を持ってきてくれる。
ぐつぐつ音を立てる鍋をそのままに、フィリは外へ出た。家の周囲を歩いて、手頃な枝を拾い集める。
家の周辺はうろついていいことになっているのだが、その範囲もあまり広くはない。森の外へ出るのは厳禁だ。これはフィリの生活を守るために仕方のないことであった。
慣れた様子で枝を拾ったフィリは、家の外の一角にそれらを集めておく。雨に濡れると乾くまで使い物にならないので、少しばかり家の中に持ち込んで、キッチンの隅に置いておく。
再び鍋の味見をする。スープの中で煮えた芋は十分柔らかくなっていた。具材のメインは先日ジェイクが持ってきた肉。おそらく鶏肉だと思われる。こちらも問題なく火は通っていた。
塩味のスープをちまちま飲みながら、フィリは外の様子に気を配る。ジェイクは不定期にやってきては、少しの間をフィリと共にする。
今日は来るだろうか。
鍋のスープは、ふたり分くらいはありそうだった。
火にかけていた鍋を覗き込んで、フィリは味見のために小皿を用意する。ちょうどいい塩気に満足したフィリであったが、具材の少なさに少し首を傾げた。もう少し何かを加えたいが、食べ物は貴重である。自分で買いに行けないので、ジェイクが不定期に運んでくる食料をじっと待っている他にない。たとえ森の外に出ることができたとて、今の状況ではまともに物が入手できないだろうことは容易に想像できる。
戦争は人々を飢えさせる。
ジェイクがどのようなルートで食料を確保しているのか。フィリも詳しくは知らない。たとえ懇切丁寧に説明されたとしても、フィリには理解できないだろう。生まれてからジェイク以外の人間と顔を合わせたことはなく、この狭い鳥籠から出たこともない。フィリは色々と物を知らなかった。自分が知らないことにさえ、彼は気づいていなかった。
外にはもっと広い世界が広がっている。しかしその広い世界は戦火に見舞われている。この狭い鳥籠だけが、フィリが平穏に暮らせる空間であった。
戦争を知らないというのは、この状況においては幸福なのかもしれない。それもこれもジェイクの献身があってこそだ。
たまたま拾った孤児に、ジェイクがここまで肩入れする意味をフィリは知らない。
キッチンを漁っていると、腐りかけの芋が出てきた。迷った末に、フィリは食べられそうな部分を選んで鍋に放り込んだ。このまま火にかけていれば、いずれ食べられるようになる。
今のうちに薪を集めておこうかと窓の外に視線を向けた。
前回ジェイクがここを訪れてから五日が経過していた。ジェイクは騎士という仕事をしていると、以前聞かされていた。漠然と剣を手に戦う職業だとフィリは理解している。この戦争でも、ジェイクは活躍しているに違いない。同時にそれは、ジェイクはいつ死んでもおかしくはない立場にいることを示していた。
死んだ人間は、動かない。フィリはそう理解している。つまりジェイクが死ねば、フィリに食料を運んでくる者がいなくなる。食料がなければ、フィリは飢えてしまう。飢えた末に待っているのは、死。
火の上で、ぐつぐつ沸騰する鍋をぼんやり眺める。ジェイク以外に話をする相手がいないので、フィリの料理は非常に大雑把である。とりあえず水に食べ物を放り込んで、塩で味をつける。または火の中に食べ物を放り込んで焼く。それしか知らない。たまにジェイクが料理を教えてくれるが、ジェイクは忙しい身である。そこまでフィリに時間を割いている場合ではない。
一度だけ、ジェイクが料理本なるものを持ってきたことがあった。紙にびっしりと模様が並んでいる様は、フィリにとっては少々不気味だった。思わず顔を顰めたフィリに、ジェイクが慌てたように「すまない」と言ったのを覚えている。
「君は文字が読めないのだったな」
ぼそっと呟かれた言葉は、フィリにとって未知のものが詰まっていた。
「文字とはなんですか」
そう尋ねたフィリに、ジェイクは苦い顔で「そこに書いてある模様みたいなもののことだ」と大雑把に説明した。情報を伝達する手段だと言われて、感心したのをよく覚えている。結局、ジェイクは文字を教えてはくれなかった。「君には必要ない」と言われてしまえば、フィリには引き下がるしか道が残されていなかった。もとより生活に欠かせないものでもない。多忙ゆえに疲弊しているジェイクに、そこまで負担はかけられなかった。
「庶民が文字を読めないのは普通のことだ。みな教育どころではない」
ジェイクは持参した料理本を燃やしながら、そう言った。戦争のせいで、勉強なんてしている暇はないのだと。
「下手に文字が読めるとわかれば、厄介なことになる。だからこのことは忘れるんだ」
大量の紙を飲み込んで、ゆらゆら揺れる炎を見ながらフィリは頷いた。
煮立った鍋を前に、そんな昔のことを思い出す。あのときの口振りからして、ジェイクは文字を読めるのだろう。つまりジェイクは普通の庶民ではないということだ。
ジェイクはいつも小綺麗な格好をしている。物が不足している戦時中において、彼はいつも整った出立ちをしている。フィリにも、清潔な衣服や布を持ってきてくれる。
ぐつぐつ音を立てる鍋をそのままに、フィリは外へ出た。家の周囲を歩いて、手頃な枝を拾い集める。
家の周辺はうろついていいことになっているのだが、その範囲もあまり広くはない。森の外へ出るのは厳禁だ。これはフィリの生活を守るために仕方のないことであった。
慣れた様子で枝を拾ったフィリは、家の外の一角にそれらを集めておく。雨に濡れると乾くまで使い物にならないので、少しばかり家の中に持ち込んで、キッチンの隅に置いておく。
再び鍋の味見をする。スープの中で煮えた芋は十分柔らかくなっていた。具材のメインは先日ジェイクが持ってきた肉。おそらく鶏肉だと思われる。こちらも問題なく火は通っていた。
塩味のスープをちまちま飲みながら、フィリは外の様子に気を配る。ジェイクは不定期にやってきては、少しの間をフィリと共にする。
今日は来るだろうか。
鍋のスープは、ふたり分くらいはありそうだった。
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