鳥籠の中の幸福

岩永みやび

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鳥籠の中

6 反故にしていい約束

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 ジェイクの言葉を信じるのであれば、彼はフィリを生きがいとしているらしい。これは嬉しいことなのではないかと、フィリは思う。

「僕が死んだら、あなたも死ぬんですか」

 たった今理解したことを口にすると、ジェイクが「そうだ」と短く肯定した。そこに迷いはなかった。

 ジェイクの吐露した本音は、フィリにとって未知の考えであり、同時にどこか嬉しいものでもあった。フィリは当然のようにジェイクを慕っていたのだが、ジェイクもフィリを慕っているとわかった。いや、慕っているなどと生易しいものではない。

「わかりました」

 ゆっくり頭の中で思考を重ねたフィリは、やがて結論を出す。

「僕は、あなたに死んでほしくはないので。外に出るのは、やめておきます」
「あぁ、是非そうしてくれ」

 言った直後、ジェイクが自ら死ぬのはフィリの死んだ後なので、どのみちフィリに影響はないのではという考えが浮かんだ。フィリがジェイクに死んでほしくないのは、ジェイクに会えなくなるのが嫌だからだ。フィリが森の外に出て死んで、その後にジェイクがどうなろうがフィリには関係ない。だってその頃のフィリは死んでいるのだから。

 もやもや考えるフィリに、ジェイクが小さく苦笑した。なにか余計なことを考えているなと言わんばかりの困った笑みに、フィリは己の引っ掛かりを明らかにした。無言で聞いていたジェイクは、最後に「そう言われるとそうだな」と意外にも納得する。

「だが、君の死は私の死を意味する。これは覚えておいてほしい。私を長生きさせてくれ」

 淡々とお願いされて、フィリは頷いた。フィリの瞳が、きらきらと輝きをみせた。静かに高揚する彼は、ジェイクの顔を丹念に眺めた。

 フィリが生きがいだというジェイクの言葉は、間違いなくフィリを満たした。理由はよくわからない。けれども己がジェイクに強く必要とされている事実は、フィリを興奮させるのに十分であった。

 気分が昂ったまま、フィリはジェイクにも同じ幸せを分けてやりたいと考えた。

「では、僕の生きがいはあなたにします」
「え?」

 背筋をピンと伸ばして宣言すると、ジェイクが虚をつかれたように瞠目する。だが、ジェイクは困ったように口元を引き攣らせた。

「うーん。気持ちは嬉しいが、君は生きがいなんてものを持つ必要はない」
「なぜですか」
「君は難しいことを考えずに、気楽に生きてくれ」
「あなたが死んだら、僕も死にます」
「それはやめてくれ」
「なぜ」

 フィリが死んだらジェイクは死ぬというのに、その逆は駄目だという。不可解な頼みに、フィリはぎゅっと眉間に皺を寄せた。それを見たジェイクが、声を押し殺して笑う。右手を伸ばして、フィリの眉間に触れてきた。

「そんな顔をするな。私はどう考えても君よりも先に死ぬ。君を道連れにはできない。だからやめてくれ」

 フィリの眉間にできた皺を伸ばすように、ジェイクの指が何度も眉間を撫でる。それにますますムッとするフィリ。ジェイクが笑みを含んだ声で「わかってくれ」と懇願した。その柔らかい態度に、フィリはどうにかジェイクの考えを理解しようと努めてみた。

「先に死ぬというのは、戦争で?」
「それもあるが。寿命の問題だ。私はもう四十だ。どう考えても君より先に死ぬ」
「寿命……」

 繰り返すフィリは、小さく頷いた。生き物には寿命がある。フィリより歳上のジェイクが、フィリより先に死ぬというのは道理であった。

 しかし。

「あなたが死んだら。どのみち僕は飢えて死にます」

 現状、フィリは鳥籠の中で食べ物が運ばれてくるのをじっと待っている。それを運ぶジェイクが死ねば、フィリも近いうちに死ぬだろう。森の中で食料を調達するという手もあるが、フィリにそこまでの気力が残っているのかは疑問である。

 フィリの真剣な眼差しに、ジェイクは唸った。

「たしかに。それもそうだ」
「はい」

 実際、ジェイクが戦場に赴くことはない。彼は上の立場の人間であった。ほとんど安全なところに身を置き、実際に動くのは彼の部下たちだ。

 だからジェイクが戦死する可能性はほとんどゼロに近いのだが、フィリはそういう詳しい事情を知らない。そもそも戦争がどのように行われているのかも知らない。ただ漠然と、人がたくさん死んでいるという事実だけを理解していた。

「私は、まぁ戦死することはないだろう」

 言いながら考え込むジェイクは、静かに目を閉じた。彼がどのような判断を下すのか、フィリはじっと待った。やがてジェイクは目を開けた。

「じゃあ、こうしよう。私が死んだら、君も死んで構わない。好きにするといい」
「はい」
「だが、これはいつでも反故にしていい約束だ」

 守っても守らなくても、どちらでも構わないとジェイクは言う。

「戦争が終われば、君は外に出る。外は広い。様々な人がいる。君はきっと、私よりも大事な人と出会うだろう」
「出会いません」
「出会うよ」

 ゆったりと足を組んだジェイクは、背もたれに背中を預けた。

「外に出た君はいつか不思議に思うだろう。なぜ自分はあんな冴えないおじさんに、あそこまで入れ込んでいたのだろうと」

 冗談めかして言うジェイクに、フィリは困惑する。ジェイクは己のことを冴えないおじさんだと自称したが、いまだに現役の騎士である。落ちぶれた雰囲気など一切感じさせない。

「だからその時は、遠慮なく約束を反故にしてくれ。無理して死ぬ必要はない。大事な人が見つからなくてもいい。いざその時が来て、君がなんとなくでもいい。死にたくないと少しでも感じたのであれば、死ぬ必要はない。むしろ君が死ななくて済むことを私は願っている」
「それは、あなたのことを忘れてほしいという意味?」
「そうだ。私のことなんてさっさと忘れてくれていい」

 戦争が終わって外に出たら、ジェイクのことなんて忘れて好きに生きろと彼は言う。しかしずっと鳥籠の中にいるフィリには、あまり想像ができない。少々不満に思いながらも、ジェイクの優しい眼差しを前にすると強く文句も言えなくなってしまう。

 迷った末に、フィリは「わかりました」と応じた。色々難しいことを言われたが、結局は好きにしてくれていいという意味だ。ジェイクが死んだ後、フィリは死んでも生きてもいい。そういう意味だ。

 おそらく自分は死を選ぶだろうと、フィリは思っていた。

 だってジェイクがいないと生活が成り立たない。ジェイクは戦争が終わった後の話をしたが、本当に終わりが訪れるのだろうか。生まれてからずっと戦時中である。戦争のない平和な世の中というのは、想像の産物であるような気がした。

「もう寝よう」

 立ち上がるジェイクは、さっさと二階へ行ってしまう。一歩遅れてそれを追いかけるフィリは、先程までの激しい行為を思い出した。しかしたどり着いた寝室には、激情を思い起こさせる空気はなかった。カーテンが開けられて、月明かりが差し込んでいる。シーツも変えられて、ベッドは丁寧に整えられていた。フィリが一階でジェイクを待っている間に、ジェイクが片付けたのだろう。

 無言でベッドに横たわったジェイクが「おやすみ」と言った。

 律儀に半分空けられた狭いベッドに、フィリも潜り込む。華奢なフィリだが、体格のいいジェイクとの添い寝はやや窮屈だ。けれども嫌な感じはない。隣で目を閉じるジェイクからは、はやくも規則的な寝息が聞こえてくる。ジェイクの体温を感じながら、フィリはまどろむ。この夢と現実をうつらうつらと行き来する時間が、たまらなく心地よかった。
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