鳥籠の中の幸福

岩永みやび

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鳥籠の中

7 甘味

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 目が覚めると、ジェイクはいなかった。

 ベッドを無言で触ってみるが、温もりはない。どうやら相当前にベッドを抜け出たらしい。うんと伸びをしたフィリは、のそのそとベッドからおりる。欠伸をしながら一階に行くが、人気ひとけはなかった。

 どうやら既にジェイクは森を出たらしいとわかり嘆息した。

 窓の外に、風にはためく白が見えた。シーツが干してある。出る前に、ジェイクが洗って行ったらしい。

 ふうと息を吐く。
 今日もいつも通りの一日が始まった。

 やることがひと通り終わって、額の汗を拭う。
 日々同じことの繰り返しであるが、毎日疲れる。掃除をして、食事を作って、食器を洗って。

 窓を開け放ち室内に風を通していたフィリは、そういえばと戸棚に視線をやった。ジェイクの持ってきた砂糖がある。途端にやる気が湧いてきた。フィリは甘味が好きだ。物が不足して、甘味が貴重であることもその理由だ。貴重な物が不意に入手できると嬉しくて堪らない。

 貴重と言えば、ジェイクに貰った銀貨もある。思い出したフィリは、棚から銀貨を持ってくる。外の世界では、これを欲しい物と交換するらしい。ジェイクの持ってくる物をひたすら待っているだけのフィリには必要のない物だ。しかし、じんわり喜びが湧いてくる。

 外の世界との繋がりのようなものを感じた。金という仕組みは昨日ジェイクに教えられて知ったばかりだが、なんとなく理解はできた。

 なんの苦労もなく物が手に入るわけがない。おそらく人と交渉して物を手に入れるのだろうとフィリは考えていた。それか狩り。だが服や砂糖は狩りで入手できない。となれば、物々交換が一番現実的だ。しかしもっと効率的な方法があったらしい。それが金だ。

 物を持ち歩いて、さらにそれを欲しい人を見つけ出すのは骨が折れる。だからこの小さな硬貨を使うのだとフィリは理解した。

 フィリは物を知らないだけで、案外賢い人間であった。ジェイクが多くを語らずとも、色々自分なりに理解をする。それをずっと繰り返していた。もちろん的外れな理解をすることもあった。それはフィリの生活を思えば仕方のないことだ。

 銀貨を握りしめて、観察するというのを何度も繰り返す。この銀貨一枚がどの程度の価値を有するのかは知らない。ただ言えるのは、フィリにとってこれはとても重大な価値を持った物になったということである。

 飽きずに眺めていたフィリであるが、唐突に砂糖のことを思い出した。

 銀貨をテーブルに置いて、湯を沸かす。フィリは紅茶に砂糖をたっぷり入れて飲むのが好きだった。本当は菓子でも作れたら楽しいのだろうが、フィリは料理が下手だった。いや、下手というわけでもない。フィリは単に調理法を知らなかった。

 用意した紅茶に、砂糖を入れる。さっと溶けてしまう甘味は、フィリを魅了する。ひと口飲んで、頬を緩める。身体に染み渡る甘みは、酷く心地よい。

 大事に大事に味わうフィリは、紅茶がすっかり冷めてしまう程の時間をかけて楽しんだ。ジェイクが甘味を持ってくるのは、稀である。ごくたまに菓子を持ってきてくれることもある。フィリは密かにその日を楽しみにしていた。

 残った砂糖を戸棚の奥に仕舞っておく。

 そうしてすっかり日も暮れた頃、フィリはいつものように椅子に腰掛けて外を見ていた。流石に昨日の今日では来ないだろうか。いや、でももしかしたら。そんな健気な思いでジェイクを待つフィリは、少しの期待と少しの諦めとの間をゆらゆら揺れていた。今朝はフィリが起床する前に出て行った。おそらく仕事があるのだろう。忙しいのだから、今夜は来ないに違いない。二晩続けてジェイクが来るのは稀である。ほとんどないと言ってもいい。頭ではそうわかっていても、期待せずにはいられない。

 結局、窓の外に明かりが揺れることはなかった。

 翌日。
 のんびり過ごしていたフィリは、朝からずっと頭の片隅で砂糖のことを考えていた。貴重なので大事にしたい。けれどもどうしても食べたい。悶々と悩む中で、駄目にしてもいけないと己に言い聞かせる。経験上、砂糖が長持ちすることは知っている。だがフィリには学がないので。己の知らない原因で、突然腐ってしまうかもしれない。そうなったらすごく後悔する。

 つらつら頭の中で言い訳を並べて、決心した。

 素早く家事を終わらせて、湯を沸かす。昨日と同じく紅茶に入れよう。その前に、ちょっと舐めてみよう。

 決心したフィリの行動は早い。素早く紅茶を淹れて、椅子に座る。砂糖の小袋をそろそろと慎重に開けて、匙ですくった。紅茶に放り込んで、今度は少しだけすくう。

 まじまじ観察してから、こぼさないよう気をつけながら口に運んだ。舌の上にざらついた砂糖がのる。混じり気のない甘味に、頬が緩んだ。小袋には、あと半分ほどが残っている。これは大事に保管しておこう。砂糖は長持ちするから大丈夫。そう己に言い聞かせるフィリであったが、結局この残りの砂糖も二日で全部なくなってしまうのであった。
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