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鳥籠の外
20 迫る危機
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フィリのいる鳥籠から、ジェイクの足が遠のいていた。ジェイク本人には、フィリに会いたいという気持ちがあった。けれどもそれを許さない者がいた。
「隊長! 今日は行かないんですか? 彼女さんのところ」
「ルーディー、いい加減にしてくれ」
「えー、だって気になるじゃないですか」
ねー? とわざとらしくフィリップに問いかけたルーディーは、ここ数日ジェイクにつきまとっていた。ジェイクが夜間、宿舎を不在にすることがどうしても気になるらしい。こうして毎日、ジェイクの退勤時間になると笑顔で執務室に顔を出す。ジェイクは、この鬱陶しい部下にうんざりしていた。
どうにか撒きたいのだが、ルーディーは諦めが悪い。ジェイクが宿舎にたどり着くまでの道のりを背後からべったりくっついてくるのだ。ジェイクに彼女などいない。彼が足繁く通っているのは、フィリのところだ。しかしどちらにせよ、フィリの存在をルーディーに悟られるわけにはいかない。結果、ジェイクは思うようにフィリの元へと通うことが困難になった。
そろそろルーディーを撒いてフィリの元へ行かなければ本当にまずい。前回フィリのもとに食料を運んでから、何日が経った?
頭の中でぐるぐる考えるジェイクは、確実に焦っていた。その焦りを敏感に察知したルーディーが、今か今かとジェイクの行動を見張っている。とんでもない悪循環に、ジェイクは苛立ちを募らせた。
今日もやって来たルーディーに、ジェイクは己の怒りが爆発寸前であることに気が付いた。けれどもここでルーディーを怒鳴るのはおかしいというほんの僅かな理性が、ジェイクを押しとどめていた。ルーディーを一喝して、無理矢理に黙らせることもできるだろう。でもそうすると、ルーディーはジェイクが何かしらの存在を隠していると確信するに違いない。僅かな綻びが命取りになる。ジェイクが十八年前からずっと隠し続けているのは、そういう危うい存在であった。
眉間に皺を寄せて苦々しい表情となるジェイクに、同じく帰り支度をしていたフィリップが微笑んだ。
「眉間の皺がすごいぞ」
悪戯っぽい笑みと共に指摘されて、ジェイクは「わかっている」と短く返した。
「ルーディー。ジェイクだって、おまえに付きまとわれるのは迷惑だろう? もう少し相手の気持ちも考えなさい」
「えー! 副長は気にならないんですか?」
俺はめっちゃ気になります、と。好奇心を隠しもしないルーディーに、フィリップは「気になるけど」と控えめに首を傾げた。
「僕はジェイクを信じているんでね。いつかジェイクが、ちゃんと彼女を紹介してくれるって信じているんだよ。だから僕はその時まで待つことにしよう」
穏やかではあるが、ジェイクを信頼しきったフィリップの物言いに、ジェイクの胸がちくりと痛んだ。フィリップの信頼はありがたいのだが、この件に関してジェイクがフィリップに真実を打ち明ける日は来ない。それはジェイクの破滅を意味するからだ。
内心の焦りをさとられないように、ジェイクは無表情を貫いた。感情がわかりにくいと言われる彼であるが、こういう時には己の表情の乏しさが役に立つ。
素早く荷物をまとめて、騎士団本部を出た。すっかり日が落ちている。しれっとジェイクの後を追うつもりだったルーディーが、フィリップに静止されている。
「どうせ帰る場所は一緒じゃないですか」
「ジェイクにも息抜きが必要だ。理解してやってくれ」
ルーディーと肩を組むフィリップは、そう言いながらジェイクをひとりにしてくれる。それに甘えて、ジェイクは早足になった。時折背後を振り返って、ルーディーが追いかけてきていないことを念入りに確認した。この時間でもやっている店に駆け込んで、適当に日持ちのする食料を買った。それを抱えて、ジェイクはフィリの元に向かう。足が遠のいていたことに、フィリは文句を言うだろうか。少し怒ったように、眉間に皺を寄せるフィリを想像する。自然と、ジェイクの頬が緩んだ。
こうしてジェイクは、フィリの待つ鳥籠へと通い続けた。相変わらずルーディーは鬱陶しいが、そんなものはフィリの顔を見ると綺麗さっぱり忘れてしまえた。フィリは、ジェイクにとってかけがえのない存在となっていた。
けれども雛鳥は、いつまでも雛のままではいられない。大きくなった鳥は、やがて鳥籠を抜け出して広い空を自由に飛び回るのだ。フィリにも、その時が近づいていた。
ジェイクがそれを知ったのは、唐突だった。
いつもは鍵をかけないフィリが、施錠していた。ジェイクの姿を見るなり、勢いよく抱きついてきた。これは絶対に、何かがあった。フィリに問いかけると、食事を用意した彼が椅子に座ったまま膝の上で拳を握っていた。
「……人が、来ました」
振り絞るような声音に、ジェイクは息を呑んだ。フィリによると、やって来たのは茶髪の騎士だという。それだけでは誰なのか絞れないが、ジェイクには心当たりがあった。ここ最近、仕事終わりのジェイクの行動をしきりに気にしている者がひとりいる。
ルーディーだ。
直観的に、ジェイクはそう思った。
普段よりも落ち着きのないフィリが、ジェイクに責めるような視線を送った。フィリとしては、初めての訪問者に恐怖したのにジェイクが昨夜ここへ来なかったことを責めたつもりであった。けれどもジェイクには、フィリの鋭くも静かな眼差しが、ジェイクの罪を見通しているように思えてならなかった。そしてその心配は、フィリの口から出てきたブラッドフォード卿という言葉でますます深まった。
ジェイク・ブラッドフォード。フィリには教えていない、ジェイクのフルネームである。
頭の中は、混乱と焦りでいっぱいだった。味わうことなくスープを完食して、ジェイクは立ち上がる。
「私は街へ戻る」
ルーディーを、どうにかしなければならなかった。
フィリの存在を、ルーディーに知られたのはどう考えてもまずい。あの口の軽い軽薄な男である。何も考えずに、ただ己の見たことをフィリップに報告するのだろう。フィリップにフィリの存在が知られたら、本当に何もかもが終わってしまう。
ルーディーを、どうにかしなければ。その一心で、ジェイクは街へ戻った。歩き慣れた森を行きながら、彼はあらゆる未来を想像してみた。ルーディーが、フィリの存在をみんなに黙っていてくれないだろうか。いくら握らせれば、彼は口を閉ざすだろうか。もうすでにフリップに報告してしまったのだろうか。それを聞いたフィリップは、フィリがネイトであると気が付くのだろうか。
――落ち着け。
焦りは何も生み出さない。むしろ焦れば焦るほど、人はろくでもない選択をしてしまう。落ち着け、落ち着け。ひたすら己に言い聞かせながら、ジェイクは足を速めた。
宿舎が見えてきた辺りで、ようやく速度を落とす。何度か大きく呼吸をして、息を整えた。額の汗を拭って、平常心を装う。
第二部隊に割り当てられた宿舎は、夜間だというのにそこそこ賑わっていた。誰かの部屋に、酒でも持ち込んで集まっているのだろう。普段であれば特に何とも思わない喧噪が、今日ばかりはジェイクの心をかき乱した。
ルーディーはどこだ。
はやくあの馬鹿を口止めせねば。とりあえず彼の部屋に向かったジェイクであるが、目当ての人物はすぐに発見できた。廊下をのんびり歩くルーディーの背中を少し先に発見した瞬間、ジェイクの中で怒りの感情が爆発しそうになる。ルーディーは、ジェイクとフィリの神聖な鳥籠を穢したのだ。そっと唇を噛みしめるジェイクであったが、前を行くルーディーが何気なく振り返ったために慌てて平気な顔を取り繕った。
「あ! 隊長! 今、隊長のこと探してたんですよ。まったくもう。こんな大変な時に女遊びなんてやってる場合じゃないですよ」
女遊び?
駆け寄ってきたルーディーの言葉に、ジェイクは眉を寄せた。フィリは大層美しく育ったが、女と見間違えられるほど中世的な顔立ちではない。そこで、ジェイクはようやく本当に落ち着きを取り戻した。
考えてみれば、フィリの元を茶髪の騎士が訪れたのは、昨日の昼間だという。仮にルーディーが、巡回の間にこっそり森へ入ったとしても、それから既に丸一日以上が経過していることになる。その間、当然ながらジェイクはルーディーと顔を合わせている。にもかかわらず、ルーディーはジェイクに何も言ってこない。もしや茶髪の騎士というのは、ルーディーのことではないのか?
疑問を胸に、ルーディーと対峙する。やれやれと肩を竦めるルーディーは、「俺、昨日の昼間に森に行ったんですよ」と唐突に白状した。やはりフィリが見たのは、ルーディーである。その事実に、ジェイクは険しい表情となった。それをどう受け取ったのか。ルーディーが慌てたように顔の前で両手をひらひら振った。
「いやいや! そんなに怒らないでくださいよ。たしかに隊長のご実家の私有地ですけど。勝手に入っちゃいましたけど」
「無断で立ち入ったのか?」
「ですから、その点に関しては本当に申し訳ありません! でも大変なことがわかったんですよ!」
「大変なこと?」
無意識に呟きながら、ジェイクの脳裏には不安そうに佇むフィリの姿が思い浮かんでいた。一体ルーディーは、フィリのことを何だと思ったのか。緊張に、ジェイクの手のひらが汗ばんだ。そんな彼の心中を知らないルーディーは、己が発見した重大事実を嬉々として報告してきた。
「なんと人がいたんですよ! 家まで作って。なんか勝手に住んでいる感じでしたけど、放っておいていいんですか?」
「……勝手に?」
思わず低い声を出すジェイクに、ルーディーが「あ、やっぱり知らなかったんですね」と今更のように声を潜めた。
「俺と同じか、ちょっと下くらいですかね。男の子でしたよ。でも結構美人でした」
なぜか得意な顔になるルーディーに、ジェイクは動きを止める。やはり、ルーディーはフィリを見たのだ。しかしルーディーは、ジェイクが思いもよらない風に解釈したらしい。少年がひとり、勝手に伯爵家の敷地に住み着いていると判断したようだ。
「なぜ早く言わない」
ルーディーがフィリの元を訪れたのは昨日の昼間である。報告が遅れたわけを問えば、ルーディーが首を竦めた。
「いや、すっかり忘れていました。何度か隊長に報告しようとしたんですけど。でも、勝手に私有地に入ったことがバレたら怒られると思って」
「……」
ようするに、森の中でフィリを見かけたはいいが、それをジェイクに報告すれば私有地への無断立入りが露呈してしまう。一応ルーディーに、後ろめたいことをしている自覚はあったらしい。そのことにジェイクが驚いていれば、ルーディーが「隊長!」とジェイクの顔を覗き込んだ。
「あの男の子、ブラッドフォード伯爵の名前を知らないと言っていました。なんか本当に知らないっぽいですよ。ただの森だと思って住み着いちゃったんですかね。悪気はないと思います」
なぜかフィリの肩を持つような発言を並べるルーディーに、ジェイクは言いようのない不快感を覚えた。だが、今はそこに文句を言っている場合ではない。
「様子を見に行ったほうがいいですよ。あ、でも。あんまり怒らないでやってくださいね。たぶん悪気はないと思うので」
フィリは、ルーディーに一体なにを言ったのだろうか。
不思議に思うジェイクであるが、事態は何ひとつ好転していない。フィリの存在をルーディーに知られたという危機は変わっていない。
どうにかしなければ。
どちらにせよ、あの鳥籠はもう終わりだ。出会った頃のフィリは、本当に小さな赤子であった。それが順調に成長し、今ではフィリップ似の美人になった。
もうフィリは、雛鳥ではなくなっていた。
「隊長! 今日は行かないんですか? 彼女さんのところ」
「ルーディー、いい加減にしてくれ」
「えー、だって気になるじゃないですか」
ねー? とわざとらしくフィリップに問いかけたルーディーは、ここ数日ジェイクにつきまとっていた。ジェイクが夜間、宿舎を不在にすることがどうしても気になるらしい。こうして毎日、ジェイクの退勤時間になると笑顔で執務室に顔を出す。ジェイクは、この鬱陶しい部下にうんざりしていた。
どうにか撒きたいのだが、ルーディーは諦めが悪い。ジェイクが宿舎にたどり着くまでの道のりを背後からべったりくっついてくるのだ。ジェイクに彼女などいない。彼が足繁く通っているのは、フィリのところだ。しかしどちらにせよ、フィリの存在をルーディーに悟られるわけにはいかない。結果、ジェイクは思うようにフィリの元へと通うことが困難になった。
そろそろルーディーを撒いてフィリの元へ行かなければ本当にまずい。前回フィリのもとに食料を運んでから、何日が経った?
頭の中でぐるぐる考えるジェイクは、確実に焦っていた。その焦りを敏感に察知したルーディーが、今か今かとジェイクの行動を見張っている。とんでもない悪循環に、ジェイクは苛立ちを募らせた。
今日もやって来たルーディーに、ジェイクは己の怒りが爆発寸前であることに気が付いた。けれどもここでルーディーを怒鳴るのはおかしいというほんの僅かな理性が、ジェイクを押しとどめていた。ルーディーを一喝して、無理矢理に黙らせることもできるだろう。でもそうすると、ルーディーはジェイクが何かしらの存在を隠していると確信するに違いない。僅かな綻びが命取りになる。ジェイクが十八年前からずっと隠し続けているのは、そういう危うい存在であった。
眉間に皺を寄せて苦々しい表情となるジェイクに、同じく帰り支度をしていたフィリップが微笑んだ。
「眉間の皺がすごいぞ」
悪戯っぽい笑みと共に指摘されて、ジェイクは「わかっている」と短く返した。
「ルーディー。ジェイクだって、おまえに付きまとわれるのは迷惑だろう? もう少し相手の気持ちも考えなさい」
「えー! 副長は気にならないんですか?」
俺はめっちゃ気になります、と。好奇心を隠しもしないルーディーに、フィリップは「気になるけど」と控えめに首を傾げた。
「僕はジェイクを信じているんでね。いつかジェイクが、ちゃんと彼女を紹介してくれるって信じているんだよ。だから僕はその時まで待つことにしよう」
穏やかではあるが、ジェイクを信頼しきったフィリップの物言いに、ジェイクの胸がちくりと痛んだ。フィリップの信頼はありがたいのだが、この件に関してジェイクがフィリップに真実を打ち明ける日は来ない。それはジェイクの破滅を意味するからだ。
内心の焦りをさとられないように、ジェイクは無表情を貫いた。感情がわかりにくいと言われる彼であるが、こういう時には己の表情の乏しさが役に立つ。
素早く荷物をまとめて、騎士団本部を出た。すっかり日が落ちている。しれっとジェイクの後を追うつもりだったルーディーが、フィリップに静止されている。
「どうせ帰る場所は一緒じゃないですか」
「ジェイクにも息抜きが必要だ。理解してやってくれ」
ルーディーと肩を組むフィリップは、そう言いながらジェイクをひとりにしてくれる。それに甘えて、ジェイクは早足になった。時折背後を振り返って、ルーディーが追いかけてきていないことを念入りに確認した。この時間でもやっている店に駆け込んで、適当に日持ちのする食料を買った。それを抱えて、ジェイクはフィリの元に向かう。足が遠のいていたことに、フィリは文句を言うだろうか。少し怒ったように、眉間に皺を寄せるフィリを想像する。自然と、ジェイクの頬が緩んだ。
こうしてジェイクは、フィリの待つ鳥籠へと通い続けた。相変わらずルーディーは鬱陶しいが、そんなものはフィリの顔を見ると綺麗さっぱり忘れてしまえた。フィリは、ジェイクにとってかけがえのない存在となっていた。
けれども雛鳥は、いつまでも雛のままではいられない。大きくなった鳥は、やがて鳥籠を抜け出して広い空を自由に飛び回るのだ。フィリにも、その時が近づいていた。
ジェイクがそれを知ったのは、唐突だった。
いつもは鍵をかけないフィリが、施錠していた。ジェイクの姿を見るなり、勢いよく抱きついてきた。これは絶対に、何かがあった。フィリに問いかけると、食事を用意した彼が椅子に座ったまま膝の上で拳を握っていた。
「……人が、来ました」
振り絞るような声音に、ジェイクは息を呑んだ。フィリによると、やって来たのは茶髪の騎士だという。それだけでは誰なのか絞れないが、ジェイクには心当たりがあった。ここ最近、仕事終わりのジェイクの行動をしきりに気にしている者がひとりいる。
ルーディーだ。
直観的に、ジェイクはそう思った。
普段よりも落ち着きのないフィリが、ジェイクに責めるような視線を送った。フィリとしては、初めての訪問者に恐怖したのにジェイクが昨夜ここへ来なかったことを責めたつもりであった。けれどもジェイクには、フィリの鋭くも静かな眼差しが、ジェイクの罪を見通しているように思えてならなかった。そしてその心配は、フィリの口から出てきたブラッドフォード卿という言葉でますます深まった。
ジェイク・ブラッドフォード。フィリには教えていない、ジェイクのフルネームである。
頭の中は、混乱と焦りでいっぱいだった。味わうことなくスープを完食して、ジェイクは立ち上がる。
「私は街へ戻る」
ルーディーを、どうにかしなければならなかった。
フィリの存在を、ルーディーに知られたのはどう考えてもまずい。あの口の軽い軽薄な男である。何も考えずに、ただ己の見たことをフィリップに報告するのだろう。フィリップにフィリの存在が知られたら、本当に何もかもが終わってしまう。
ルーディーを、どうにかしなければ。その一心で、ジェイクは街へ戻った。歩き慣れた森を行きながら、彼はあらゆる未来を想像してみた。ルーディーが、フィリの存在をみんなに黙っていてくれないだろうか。いくら握らせれば、彼は口を閉ざすだろうか。もうすでにフリップに報告してしまったのだろうか。それを聞いたフィリップは、フィリがネイトであると気が付くのだろうか。
――落ち着け。
焦りは何も生み出さない。むしろ焦れば焦るほど、人はろくでもない選択をしてしまう。落ち着け、落ち着け。ひたすら己に言い聞かせながら、ジェイクは足を速めた。
宿舎が見えてきた辺りで、ようやく速度を落とす。何度か大きく呼吸をして、息を整えた。額の汗を拭って、平常心を装う。
第二部隊に割り当てられた宿舎は、夜間だというのにそこそこ賑わっていた。誰かの部屋に、酒でも持ち込んで集まっているのだろう。普段であれば特に何とも思わない喧噪が、今日ばかりはジェイクの心をかき乱した。
ルーディーはどこだ。
はやくあの馬鹿を口止めせねば。とりあえず彼の部屋に向かったジェイクであるが、目当ての人物はすぐに発見できた。廊下をのんびり歩くルーディーの背中を少し先に発見した瞬間、ジェイクの中で怒りの感情が爆発しそうになる。ルーディーは、ジェイクとフィリの神聖な鳥籠を穢したのだ。そっと唇を噛みしめるジェイクであったが、前を行くルーディーが何気なく振り返ったために慌てて平気な顔を取り繕った。
「あ! 隊長! 今、隊長のこと探してたんですよ。まったくもう。こんな大変な時に女遊びなんてやってる場合じゃないですよ」
女遊び?
駆け寄ってきたルーディーの言葉に、ジェイクは眉を寄せた。フィリは大層美しく育ったが、女と見間違えられるほど中世的な顔立ちではない。そこで、ジェイクはようやく本当に落ち着きを取り戻した。
考えてみれば、フィリの元を茶髪の騎士が訪れたのは、昨日の昼間だという。仮にルーディーが、巡回の間にこっそり森へ入ったとしても、それから既に丸一日以上が経過していることになる。その間、当然ながらジェイクはルーディーと顔を合わせている。にもかかわらず、ルーディーはジェイクに何も言ってこない。もしや茶髪の騎士というのは、ルーディーのことではないのか?
疑問を胸に、ルーディーと対峙する。やれやれと肩を竦めるルーディーは、「俺、昨日の昼間に森に行ったんですよ」と唐突に白状した。やはりフィリが見たのは、ルーディーである。その事実に、ジェイクは険しい表情となった。それをどう受け取ったのか。ルーディーが慌てたように顔の前で両手をひらひら振った。
「いやいや! そんなに怒らないでくださいよ。たしかに隊長のご実家の私有地ですけど。勝手に入っちゃいましたけど」
「無断で立ち入ったのか?」
「ですから、その点に関しては本当に申し訳ありません! でも大変なことがわかったんですよ!」
「大変なこと?」
無意識に呟きながら、ジェイクの脳裏には不安そうに佇むフィリの姿が思い浮かんでいた。一体ルーディーは、フィリのことを何だと思ったのか。緊張に、ジェイクの手のひらが汗ばんだ。そんな彼の心中を知らないルーディーは、己が発見した重大事実を嬉々として報告してきた。
「なんと人がいたんですよ! 家まで作って。なんか勝手に住んでいる感じでしたけど、放っておいていいんですか?」
「……勝手に?」
思わず低い声を出すジェイクに、ルーディーが「あ、やっぱり知らなかったんですね」と今更のように声を潜めた。
「俺と同じか、ちょっと下くらいですかね。男の子でしたよ。でも結構美人でした」
なぜか得意な顔になるルーディーに、ジェイクは動きを止める。やはり、ルーディーはフィリを見たのだ。しかしルーディーは、ジェイクが思いもよらない風に解釈したらしい。少年がひとり、勝手に伯爵家の敷地に住み着いていると判断したようだ。
「なぜ早く言わない」
ルーディーがフィリの元を訪れたのは昨日の昼間である。報告が遅れたわけを問えば、ルーディーが首を竦めた。
「いや、すっかり忘れていました。何度か隊長に報告しようとしたんですけど。でも、勝手に私有地に入ったことがバレたら怒られると思って」
「……」
ようするに、森の中でフィリを見かけたはいいが、それをジェイクに報告すれば私有地への無断立入りが露呈してしまう。一応ルーディーに、後ろめたいことをしている自覚はあったらしい。そのことにジェイクが驚いていれば、ルーディーが「隊長!」とジェイクの顔を覗き込んだ。
「あの男の子、ブラッドフォード伯爵の名前を知らないと言っていました。なんか本当に知らないっぽいですよ。ただの森だと思って住み着いちゃったんですかね。悪気はないと思います」
なぜかフィリの肩を持つような発言を並べるルーディーに、ジェイクは言いようのない不快感を覚えた。だが、今はそこに文句を言っている場合ではない。
「様子を見に行ったほうがいいですよ。あ、でも。あんまり怒らないでやってくださいね。たぶん悪気はないと思うので」
フィリは、ルーディーに一体なにを言ったのだろうか。
不思議に思うジェイクであるが、事態は何ひとつ好転していない。フィリの存在をルーディーに知られたという危機は変わっていない。
どうにかしなければ。
どちらにせよ、あの鳥籠はもう終わりだ。出会った頃のフィリは、本当に小さな赤子であった。それが順調に成長し、今ではフィリップ似の美人になった。
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