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鳥籠の外
22 残酷な現実
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「……」
街にたどり着いたフィリは、呆然としていた。夜間である。ランタンの頼りない灯りだけを頼りに、ひとりで懸命にここまで歩いてきた。ジェイクの言った通り、街はそこまで遠くなかった。けれども普段あまり出歩かないフィリにとっては、それは程々に過酷な道でもあった。すっかり上がった息を整えながら、フィリはのろのろと森を出た。
街はすぐにわかった。森を出た先に、複数の灯りが見えたからだ。家の窓からもれ出る灯りに、道ゆく人たちが携えるランタン。夜だというのに、街は賑わっていた。楽しそうな笑い声があちらこちらから聞こえて、酔っ払いの大声が響く。
森の外には、悲惨な戦争が広がっている。
幾度となくジェイクから聞かされた言葉である。ふらりと、フィリは一歩前に出た。
戦争により、大勢の人間が死んでいる。
震える手で、ランタンを掲げ直した。
目の前に広がる街に、ジェイクが語ったような悲惨な風景はなかった。整備された石畳の上を歩きながら、フィリは夢でも見ているのかと思った。夢であれば、よかった。
人の死なんて感じさせない清潔な街だった。若い男は戦場にやられたはずなのに、陽気に笑う若い男があちこちにいた。
なんだ、これは。
喉がカラカラに乾いていた。手の震えに合わせて、ランタンがカタカタ揺れている。ジェイクの語った悲惨な世界を探そうと、視線があちこち揺れ動く。しかしいくら目を凝らしても、どこにもそんな風景はない。道端で談笑する人や、忙しそうに駆けていく人。血なんてどこにも見当たらなかった。
フィリは、未だかつてないほどに動揺していた。ジェイクのあの言葉の数々はなんだったのか。必死に考えた。考えるが、なにもわからない。たしかに戦争をこの目で見たことはなかったが、ジェイクの語る戦争には笑顔なんてものは皆無だった。
事態を飲み込めないままに、フィリはふらりと目眩がした。足元があやふやになる感覚に、ついには膝をついた。石畳で整備された道のど真ん中である。すぐにフィリの異変を察知した人たちが集まってきた。
「おい、兄ちゃん。どうした?」
小さく震えるフィリは、頭を抱えた。蹲るフィリの背中を、誰かがさすっている。知らない人に囲まれるこの状況は、フィリにとっては未知のものであった。けれども今はそれ以上に、フィリの心を支配する現実があった。
戦争なんて、どこにもないじゃないか。
悲惨な世界なんて、どこにもないじゃないか。
到底受け入れられない現実に、フィリは浅い呼吸を繰り返した。そんなフィリに、人々から心配そうな声が投げかけられる。
外の世界では、戦争のせいでみんな心に余裕なんてない。他人のフィリを気にかける人なんていない。そう思っていたのに、みんながフィリのことを気にかけている。その現実は、フィリにとってはつらいものだった。必死に耳を塞いで、目を閉じた。フィリの携えていたランタンは、いつの間にか手元から消えていた。フィリの様子を心配した誰かが、危ないからと取り上げたのだろう。
「大丈夫? 具合でも悪いの?」
近くの建物から出てきた女性が、そう言ってフィリの傍に屈んだ。ジェイクよりもうんと年上に見える白髪混じりの女性だ。
「あなた家族は? ご両親に迎えに来てもらう?」
家族、両親。どちらもフィリには無縁のものだった。唯一家族と言ってもいいかもしれないジェイクは、もういない。燃え上がる炎がフィリの脳裏をよぎった。もうジェイクには会えないと、漠然と思っていた。しかしこの奇妙な現実世界を知った今、フィリはほとんどジェイクの死を確信していた。
ジェイクが何を思って、フィリに数多の嘘を吹き込んだのか。今となっては問い詰めようもない。そうだ。ジェイクのあの言葉の数々は嘘だったのだ。それ以外に考えられない。
だって悲惨な戦争なんてどこにもないじゃないか!
一向に立ち上がる気配のないフィリに、街の住民たちは顔を見合わせた。十八歳のフィリであるが、森の中で貧しい生活を送っていたために、その体は華奢だった。力なく蹲るフィリは、ほとんど子供にしか見えなかった。
「騎士さんでも呼んできなさいよ」
フィリの背中をさすっていた女性が、野次馬に向かってそう言った。途端に、数人の男が慌ただしく駆けていく。ぼんやり聞こえた騎士という言葉に、フィリは目頭が熱くなるのを感じた。騎士というのは、フィリが唯一知ってる職業だった。いつも黒い服を着こなして、背筋を伸ばすジェイクの堂々たる姿を思い出した。
「君、どうしたの?」
しばらくして。頭上から降ってきた穏やかな声に、フィリの肩がピクリと跳ねた。ジェイクとはまったく違う声である。ジェイクの声はもっと低く落ち着いている。今聞こえたのは、優しそうな声だった。けれども「君」と呼びかけられて、フィリはどうしようもなくジェイクのことを考えてしまった。ジェイクはいつも、フィリのことを「君」と呼んだ。
誰かが、すぐ隣に屈んだ。
薄目を開けたフィリの視界に、誰かの黒いズボンが映った。いつもジェイクが身につけているものだ。思わず顔を上げる。だが、当然ながらそこにいたのはジェイクではなかった。
長めの髪をハーフアップにした赤髪の男がいた。
優しそうに眉尻を下げた男は「大丈夫か?」とフィリに問いかけた。大丈夫なことが何ひとつないフィリは、男に無言を返す。
「気分でも悪いのか? 詰所がすぐそこだから休んでいくといい」
男がフィリの腕を引いて、半ば無理矢理に立ち上がらせた。されるがままのフィリは、じっと足元を凝視していた。周囲の平和な風景を真正面から眺める勇気がまだ湧かなかった。
赤髪の男はジェイクよりも背が低い。けれどもフィリよりは高い。歳の頃は二十代後半といったところだろうか。黒い隊服がよく似合っていた。柔らかい顔立ちの男で、初対面のフィリにも優しく接してくれた。
おそらく騎士だろうと、フィリは理解した。
集まった人たちにひらひらと手を振って、騎士の男はスタスタ歩く。手を繋いでいたフィリは、引きずられるようについていく。
「名前は? 歳は?」
歩きながら、騎士の男がフィリに色々と問いかけてくる。フィリは、別れ際のジェイクの言葉を思い出していた。
ジェイクは大嘘吐きだと、たった今明らかになったばかりである。しかし、それでもフィリにはジェイクしかいなかった。ジェイク以外に、頼れて信頼できる人はいなかった。ここに来てもなお、フィリはジェイクのことが嫌いになれないでいた。だって十八年は長い。その間、フィリの気持ちを独り占めしていたジェイクのことを、すぐに忘れ去るのは到底無理な話だった。
ジェイクにも、何か事情があったのかもしれない。
今は平和に見えるだけで、また朝になれば悲惨な戦争が始まるのかもしれない。
たまたま、今日はたまたま戦争をしていなかっただけかもしれない。
頭の中、フィリはたくさん考えた。どうにかジェイクを信じる道を懸命に考えた。
無言のフィリに、騎士の男は困ったように首を傾げた。
「どうしたの? なにか悲しいことでもあった?」
「……」
悲しい、のだろうか。
よくわからないが、フィリは涙が止まらなかった。騎士の男が、優しい表情でハンカチを差し出してくれた。無言で受け取ったフィリは、それで目元を押さえた。
次から次へと溢れてくる涙で、視界が滲んで仕方がなかった。
詰所と呼ばれた場所は、小さな建物だった。とはいえフィリが住んでいた家よりは大きい。雰囲気からして、騎士たちが仕事に使っている場所だろうとフィリは理解した。
同じような隊服を着た男が、複数いた。
みな涙ぐむフィリを見て、少し驚いたように顔を背ける。赤髪の騎士に言われるがまま、フィリは椅子に座った。フィリの持っていたランタンは、いつの間にか赤髪の騎士が携えていた。それをテーブルに置いて、騎士が再び「大丈夫?」と尋ねてきた。
だから何も大丈夫ではない。
ぎゅっと唇を噛み締めたフィリに、赤髪の騎士がフィリの緊張を解すように肩を軽く叩いた。
「名前は? 教えてくれるかな」
フィリの隣に屈んだ騎士は、静かにフィリを見上げた。それでもフィリが黙っていると、騎士は苦笑した。
「突然こんなところに連れて来られてびっくりしたかな? ごめんね」
一体何に対する謝罪だろうか。
静かに考えるフィリに、騎士は微笑んだ。
「僕はレスター。見ての通り騎士だよ。これでも第一部隊の副長なんだ。怪しい人間じゃないから安心して」
そう言われても、フィリにはあまり理解ができなかった。わかったのは目の前の赤髪の男が騎士であり、名前はレスターということだけ。
「君の名前は?」
何度目かの問いに、フィリはジェイクが最後に残した言葉を思い出す。やはりジェイクは、フィリにとっては絶対の存在である。もちろんジェイクに色々問いただしたいことはある。けれども今は、ジェイクしか縋る人がいないのも事実なのだ。
「……わかりません」
フィリの絞り出すような言葉に、レスターが目を見開いた。
ジェイクに言われた通りにするのが一番だとフィリは結論付けた。そもそもそれ以外に、フィリは上手い説明を思いつかなかった。
「あの、ずっと森の中にいて。監禁されていて。逃げ出してきました。助けてください」
「……」
フィリの弱々しい言葉に、レスターが困惑しているのがわかる。おもむろに立ち上がった彼は、他の騎士たちを手招いた。
なにやら真剣な顔で話し込んでしまう騎士たちは、時折フィリに何とも言えない目を向けてくる。
それにじっと耐えながら、フィリは膝の上で拳を握った。騎士たちにどう思われているのかは知らないが、フィリにもこれ以上の上手い説明は無理だった。
やはりジェイクがいないと。
ずっとジェイクに言われるがままに生きてきた。ジェイクがいないと、フィリは何もできなかった。そのことを今更のように痛感して、フィリは唇を噛んだ。
ジェイクに会いたい。会って色々聞きたいし、文句だって言いたい。ジェイクに会いたい。会いたくて堪らなかった。
街にたどり着いたフィリは、呆然としていた。夜間である。ランタンの頼りない灯りだけを頼りに、ひとりで懸命にここまで歩いてきた。ジェイクの言った通り、街はそこまで遠くなかった。けれども普段あまり出歩かないフィリにとっては、それは程々に過酷な道でもあった。すっかり上がった息を整えながら、フィリはのろのろと森を出た。
街はすぐにわかった。森を出た先に、複数の灯りが見えたからだ。家の窓からもれ出る灯りに、道ゆく人たちが携えるランタン。夜だというのに、街は賑わっていた。楽しそうな笑い声があちらこちらから聞こえて、酔っ払いの大声が響く。
森の外には、悲惨な戦争が広がっている。
幾度となくジェイクから聞かされた言葉である。ふらりと、フィリは一歩前に出た。
戦争により、大勢の人間が死んでいる。
震える手で、ランタンを掲げ直した。
目の前に広がる街に、ジェイクが語ったような悲惨な風景はなかった。整備された石畳の上を歩きながら、フィリは夢でも見ているのかと思った。夢であれば、よかった。
人の死なんて感じさせない清潔な街だった。若い男は戦場にやられたはずなのに、陽気に笑う若い男があちこちにいた。
なんだ、これは。
喉がカラカラに乾いていた。手の震えに合わせて、ランタンがカタカタ揺れている。ジェイクの語った悲惨な世界を探そうと、視線があちこち揺れ動く。しかしいくら目を凝らしても、どこにもそんな風景はない。道端で談笑する人や、忙しそうに駆けていく人。血なんてどこにも見当たらなかった。
フィリは、未だかつてないほどに動揺していた。ジェイクのあの言葉の数々はなんだったのか。必死に考えた。考えるが、なにもわからない。たしかに戦争をこの目で見たことはなかったが、ジェイクの語る戦争には笑顔なんてものは皆無だった。
事態を飲み込めないままに、フィリはふらりと目眩がした。足元があやふやになる感覚に、ついには膝をついた。石畳で整備された道のど真ん中である。すぐにフィリの異変を察知した人たちが集まってきた。
「おい、兄ちゃん。どうした?」
小さく震えるフィリは、頭を抱えた。蹲るフィリの背中を、誰かがさすっている。知らない人に囲まれるこの状況は、フィリにとっては未知のものであった。けれども今はそれ以上に、フィリの心を支配する現実があった。
戦争なんて、どこにもないじゃないか。
悲惨な世界なんて、どこにもないじゃないか。
到底受け入れられない現実に、フィリは浅い呼吸を繰り返した。そんなフィリに、人々から心配そうな声が投げかけられる。
外の世界では、戦争のせいでみんな心に余裕なんてない。他人のフィリを気にかける人なんていない。そう思っていたのに、みんながフィリのことを気にかけている。その現実は、フィリにとってはつらいものだった。必死に耳を塞いで、目を閉じた。フィリの携えていたランタンは、いつの間にか手元から消えていた。フィリの様子を心配した誰かが、危ないからと取り上げたのだろう。
「大丈夫? 具合でも悪いの?」
近くの建物から出てきた女性が、そう言ってフィリの傍に屈んだ。ジェイクよりもうんと年上に見える白髪混じりの女性だ。
「あなた家族は? ご両親に迎えに来てもらう?」
家族、両親。どちらもフィリには無縁のものだった。唯一家族と言ってもいいかもしれないジェイクは、もういない。燃え上がる炎がフィリの脳裏をよぎった。もうジェイクには会えないと、漠然と思っていた。しかしこの奇妙な現実世界を知った今、フィリはほとんどジェイクの死を確信していた。
ジェイクが何を思って、フィリに数多の嘘を吹き込んだのか。今となっては問い詰めようもない。そうだ。ジェイクのあの言葉の数々は嘘だったのだ。それ以外に考えられない。
だって悲惨な戦争なんてどこにもないじゃないか!
一向に立ち上がる気配のないフィリに、街の住民たちは顔を見合わせた。十八歳のフィリであるが、森の中で貧しい生活を送っていたために、その体は華奢だった。力なく蹲るフィリは、ほとんど子供にしか見えなかった。
「騎士さんでも呼んできなさいよ」
フィリの背中をさすっていた女性が、野次馬に向かってそう言った。途端に、数人の男が慌ただしく駆けていく。ぼんやり聞こえた騎士という言葉に、フィリは目頭が熱くなるのを感じた。騎士というのは、フィリが唯一知ってる職業だった。いつも黒い服を着こなして、背筋を伸ばすジェイクの堂々たる姿を思い出した。
「君、どうしたの?」
しばらくして。頭上から降ってきた穏やかな声に、フィリの肩がピクリと跳ねた。ジェイクとはまったく違う声である。ジェイクの声はもっと低く落ち着いている。今聞こえたのは、優しそうな声だった。けれども「君」と呼びかけられて、フィリはどうしようもなくジェイクのことを考えてしまった。ジェイクはいつも、フィリのことを「君」と呼んだ。
誰かが、すぐ隣に屈んだ。
薄目を開けたフィリの視界に、誰かの黒いズボンが映った。いつもジェイクが身につけているものだ。思わず顔を上げる。だが、当然ながらそこにいたのはジェイクではなかった。
長めの髪をハーフアップにした赤髪の男がいた。
優しそうに眉尻を下げた男は「大丈夫か?」とフィリに問いかけた。大丈夫なことが何ひとつないフィリは、男に無言を返す。
「気分でも悪いのか? 詰所がすぐそこだから休んでいくといい」
男がフィリの腕を引いて、半ば無理矢理に立ち上がらせた。されるがままのフィリは、じっと足元を凝視していた。周囲の平和な風景を真正面から眺める勇気がまだ湧かなかった。
赤髪の男はジェイクよりも背が低い。けれどもフィリよりは高い。歳の頃は二十代後半といったところだろうか。黒い隊服がよく似合っていた。柔らかい顔立ちの男で、初対面のフィリにも優しく接してくれた。
おそらく騎士だろうと、フィリは理解した。
集まった人たちにひらひらと手を振って、騎士の男はスタスタ歩く。手を繋いでいたフィリは、引きずられるようについていく。
「名前は? 歳は?」
歩きながら、騎士の男がフィリに色々と問いかけてくる。フィリは、別れ際のジェイクの言葉を思い出していた。
ジェイクは大嘘吐きだと、たった今明らかになったばかりである。しかし、それでもフィリにはジェイクしかいなかった。ジェイク以外に、頼れて信頼できる人はいなかった。ここに来てもなお、フィリはジェイクのことが嫌いになれないでいた。だって十八年は長い。その間、フィリの気持ちを独り占めしていたジェイクのことを、すぐに忘れ去るのは到底無理な話だった。
ジェイクにも、何か事情があったのかもしれない。
今は平和に見えるだけで、また朝になれば悲惨な戦争が始まるのかもしれない。
たまたま、今日はたまたま戦争をしていなかっただけかもしれない。
頭の中、フィリはたくさん考えた。どうにかジェイクを信じる道を懸命に考えた。
無言のフィリに、騎士の男は困ったように首を傾げた。
「どうしたの? なにか悲しいことでもあった?」
「……」
悲しい、のだろうか。
よくわからないが、フィリは涙が止まらなかった。騎士の男が、優しい表情でハンカチを差し出してくれた。無言で受け取ったフィリは、それで目元を押さえた。
次から次へと溢れてくる涙で、視界が滲んで仕方がなかった。
詰所と呼ばれた場所は、小さな建物だった。とはいえフィリが住んでいた家よりは大きい。雰囲気からして、騎士たちが仕事に使っている場所だろうとフィリは理解した。
同じような隊服を着た男が、複数いた。
みな涙ぐむフィリを見て、少し驚いたように顔を背ける。赤髪の騎士に言われるがまま、フィリは椅子に座った。フィリの持っていたランタンは、いつの間にか赤髪の騎士が携えていた。それをテーブルに置いて、騎士が再び「大丈夫?」と尋ねてきた。
だから何も大丈夫ではない。
ぎゅっと唇を噛み締めたフィリに、赤髪の騎士がフィリの緊張を解すように肩を軽く叩いた。
「名前は? 教えてくれるかな」
フィリの隣に屈んだ騎士は、静かにフィリを見上げた。それでもフィリが黙っていると、騎士は苦笑した。
「突然こんなところに連れて来られてびっくりしたかな? ごめんね」
一体何に対する謝罪だろうか。
静かに考えるフィリに、騎士は微笑んだ。
「僕はレスター。見ての通り騎士だよ。これでも第一部隊の副長なんだ。怪しい人間じゃないから安心して」
そう言われても、フィリにはあまり理解ができなかった。わかったのは目の前の赤髪の男が騎士であり、名前はレスターということだけ。
「君の名前は?」
何度目かの問いに、フィリはジェイクが最後に残した言葉を思い出す。やはりジェイクは、フィリにとっては絶対の存在である。もちろんジェイクに色々問いただしたいことはある。けれども今は、ジェイクしか縋る人がいないのも事実なのだ。
「……わかりません」
フィリの絞り出すような言葉に、レスターが目を見開いた。
ジェイクに言われた通りにするのが一番だとフィリは結論付けた。そもそもそれ以外に、フィリは上手い説明を思いつかなかった。
「あの、ずっと森の中にいて。監禁されていて。逃げ出してきました。助けてください」
「……」
フィリの弱々しい言葉に、レスターが困惑しているのがわかる。おもむろに立ち上がった彼は、他の騎士たちを手招いた。
なにやら真剣な顔で話し込んでしまう騎士たちは、時折フィリに何とも言えない目を向けてくる。
それにじっと耐えながら、フィリは膝の上で拳を握った。騎士たちにどう思われているのかは知らないが、フィリにもこれ以上の上手い説明は無理だった。
やはりジェイクがいないと。
ずっとジェイクに言われるがままに生きてきた。ジェイクがいないと、フィリは何もできなかった。そのことを今更のように痛感して、フィリは唇を噛んだ。
ジェイクに会いたい。会って色々聞きたいし、文句だって言いたい。ジェイクに会いたい。会いたくて堪らなかった。
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