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鳥籠の外
28 犯人探し
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砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲みながら、ネイトは横目でルーディーのことを観察していた。その不躾な視線に文句も言わないルーディーは「甘いもの好きなの?」と笑いながら立ち上がった。もちろんネイトは、甘い物が好きである。なかなか甘味が手に入らない生活をしていたので、なおさらネイトは甘味に執着していた。
「だったら、もっといい物あげるよ」
その言葉に、ネイトは目を輝かせる。ネイトの中では、ルーディーはすっかりいい人になっていた。なんの見返りも求めずに、甘い物をくれるいい人。ルーディーが出してくる甘い物は、すべてフィリップの部屋にあった物なのだが、ネイトはそんな細いところは気にしない。実際に甘い物を手渡ししてくれるルーディーが、ネイトにとってはすべてであった。
ここはフィリップの執務室なのだが、ルーディーは遠慮がない。戸棚をあさって来客用の菓子を物色する。息子のネイトが生きていたことで上機嫌なフィリップである。菓子のひとつくらいネイトが勝手に食べても、フィリップは怒ったりしないだろうと、ルーディーは考えていた。
「これ食べる?」
やがてルーディーが取り出した物を確認することもなく、ネイトは反射で頷いた。話の流れからして、いい物に違いないと思ったのだ。
ルーディーがテーブルに置いたのは、ネイトがはじめて見る物であった。なんだかパンに似ている。しかしパンではないような気もする。いわゆる焼き菓子であった。
「食べていいよ。俺も食べちゃおう」
ネイトに菓子を渡しながら、ルーディーも己の分を確保する。ルーディーがひと口かじるのを確認してから、ネイトも頬張ってみた。甘い菓子に、ネイトの頬が緩んだ。
「美味しい?」
「うん」
ネイトは甘い物が好きである。
甘い物をくれるルーディーのことも、好きになった。
「なにしてるんだ?」
夢中で菓子を食べていたネイトであるが、そこにフィリップが戻ってきた。途端に表情を引き締めたルーディーは「あ、副長」と目を瞬いた。
「なに食べてるの?」
もぐもぐと口を動かし続けていたネイトは、フィリップの視線を感じて顔を上げる。なんだか微笑ましいものでも見たような顔になるフィリップは「美味しい?」とルーディーと同じ質問をしてきた。それにぎこちなく頷いてから、ネイトは咀嚼を続ける。
「甘い物が好きなの?」
「……はい」
ネイトの答えに、フィリップは目元を緩める。けれどもすぐに表情を引き締めると、並んで座るネイトとルーディーの向かいにあったソファに腰を落ち着けた。
「質問してもいいかな?」
ネイトに向けて発せられた問いである。ネイトは思わず横にいたルーディーに視線をやった。しかしルーディーは菓子を食べるだけでネイトの視線にたいした反応をしない。仕方がなく、ネイトはフィリップに顔を戻した。小さく頷くと、フィリップが「ありがとう」と微笑んだ。
それからフィリップは、ネイトに質問をした。フィリップの知りたいことは、これまでのネイトの人生についてだったらしい。どこでなにをしていたのか。そんな質問が続く。
どうやらネイトは、何者かに森の中で監禁されていたことになっているらしい。ネイトがそう主張したのだから、無理もない。騎士団は犯人を捕まえるつもりでいるらしい。
けれどもネイトは、犯人と言われている男を誰にも教えるつもりはなかった。だって犯人はジェイクなのだ。ジェイクは、ネイトにとって大事な人である。ふたりで生き延びようと、そう約束したのだ。その約束を反故にするつもりはなかった。
なのでネイトは、ほとんどの質問に「わからない」「覚えていない」「知らない」と返した。フィリップの表情が曇っていくのがわかる。それを認識しながら、ネイトは無表情を貫いた。そんな中、呑気に紅茶を飲んでいたルーディーが「ネイトくん」とネイトの肩を叩いた。
「逆になにを覚えてるの?」
「覚えて……?」
ちょっと変わった質問に、ネイトは面食らった。どう答えていいのかわからずに、眉間に皺が寄った。ルーディーが、無言でネイトの眉間を指で触った。突然の接触に、ネイトは驚く。勢いよくルーディーの手を振り払うが、ルーディーは「あ、ごめんごめん」とへらへら笑うばかりで悪いという気持ちは見えなかった。
なんだ、この男は。
戸惑うネイトを見て、フィリップがルーディーに軽く注意をしている。それでも反省の色を見せないルーディーに、ネイトは彼から少し距離を取った。無言でソファの端に寄るネイト。ルーディーが「ネイトくん、ひどい」と言った。
「それで、なにか覚えていることはないの?」
懲りずに同じ質問をしてくるルーディーに、ネイトはどう答えるべきか必死で考えた。ジェイクは、そんなに大きな嘘を吐く必要はないと言っていた。ジェイクの存在さえ隠せば、あとはありのままを説明してもいいと言った。だが、本当だろうか。なにかネイトが余計なこと言って、それが原因でジェイクが捕まったりしないだろうか。
「……教えない」
結果、ネイトはそんな言葉を吐いた。これにルーディーが「えぇ!?」と大袈裟に反応した。
「なんで教えてくれないの? いいじゃん、教えてよ」
「嫌」
「なんで」
ネイトは、ルーディーの目をしっかり見た。
「教えたいと、思わないから」
「え、シンプルにひどい」
顔を引きつらせたルーディーは、目元を押さえて泣き真似をする。その芝居がかった仕草に、けれどもネイトは動揺した。目を泳がせて、なにかまずいことを言っただろうかと思案するネイトに、フィリップが慌てて笑みを向けた。
「いいよ、ネイト。無理しなくて」
その優しい声に、ネイトは目をぱちぱちとさせた。
別に無理はしていない。たしかにルーディーの反応に驚いたが、それだけである。意味のわからないフィリップの言葉に、ネイトは固まった。それを受けて、ルーディーが「ネイトくん? 冗談だよ」と、ネイトの顔の前でひらひらと手を振った。
「だったら、もっといい物あげるよ」
その言葉に、ネイトは目を輝かせる。ネイトの中では、ルーディーはすっかりいい人になっていた。なんの見返りも求めずに、甘い物をくれるいい人。ルーディーが出してくる甘い物は、すべてフィリップの部屋にあった物なのだが、ネイトはそんな細いところは気にしない。実際に甘い物を手渡ししてくれるルーディーが、ネイトにとってはすべてであった。
ここはフィリップの執務室なのだが、ルーディーは遠慮がない。戸棚をあさって来客用の菓子を物色する。息子のネイトが生きていたことで上機嫌なフィリップである。菓子のひとつくらいネイトが勝手に食べても、フィリップは怒ったりしないだろうと、ルーディーは考えていた。
「これ食べる?」
やがてルーディーが取り出した物を確認することもなく、ネイトは反射で頷いた。話の流れからして、いい物に違いないと思ったのだ。
ルーディーがテーブルに置いたのは、ネイトがはじめて見る物であった。なんだかパンに似ている。しかしパンではないような気もする。いわゆる焼き菓子であった。
「食べていいよ。俺も食べちゃおう」
ネイトに菓子を渡しながら、ルーディーも己の分を確保する。ルーディーがひと口かじるのを確認してから、ネイトも頬張ってみた。甘い菓子に、ネイトの頬が緩んだ。
「美味しい?」
「うん」
ネイトは甘い物が好きである。
甘い物をくれるルーディーのことも、好きになった。
「なにしてるんだ?」
夢中で菓子を食べていたネイトであるが、そこにフィリップが戻ってきた。途端に表情を引き締めたルーディーは「あ、副長」と目を瞬いた。
「なに食べてるの?」
もぐもぐと口を動かし続けていたネイトは、フィリップの視線を感じて顔を上げる。なんだか微笑ましいものでも見たような顔になるフィリップは「美味しい?」とルーディーと同じ質問をしてきた。それにぎこちなく頷いてから、ネイトは咀嚼を続ける。
「甘い物が好きなの?」
「……はい」
ネイトの答えに、フィリップは目元を緩める。けれどもすぐに表情を引き締めると、並んで座るネイトとルーディーの向かいにあったソファに腰を落ち着けた。
「質問してもいいかな?」
ネイトに向けて発せられた問いである。ネイトは思わず横にいたルーディーに視線をやった。しかしルーディーは菓子を食べるだけでネイトの視線にたいした反応をしない。仕方がなく、ネイトはフィリップに顔を戻した。小さく頷くと、フィリップが「ありがとう」と微笑んだ。
それからフィリップは、ネイトに質問をした。フィリップの知りたいことは、これまでのネイトの人生についてだったらしい。どこでなにをしていたのか。そんな質問が続く。
どうやらネイトは、何者かに森の中で監禁されていたことになっているらしい。ネイトがそう主張したのだから、無理もない。騎士団は犯人を捕まえるつもりでいるらしい。
けれどもネイトは、犯人と言われている男を誰にも教えるつもりはなかった。だって犯人はジェイクなのだ。ジェイクは、ネイトにとって大事な人である。ふたりで生き延びようと、そう約束したのだ。その約束を反故にするつもりはなかった。
なのでネイトは、ほとんどの質問に「わからない」「覚えていない」「知らない」と返した。フィリップの表情が曇っていくのがわかる。それを認識しながら、ネイトは無表情を貫いた。そんな中、呑気に紅茶を飲んでいたルーディーが「ネイトくん」とネイトの肩を叩いた。
「逆になにを覚えてるの?」
「覚えて……?」
ちょっと変わった質問に、ネイトは面食らった。どう答えていいのかわからずに、眉間に皺が寄った。ルーディーが、無言でネイトの眉間を指で触った。突然の接触に、ネイトは驚く。勢いよくルーディーの手を振り払うが、ルーディーは「あ、ごめんごめん」とへらへら笑うばかりで悪いという気持ちは見えなかった。
なんだ、この男は。
戸惑うネイトを見て、フィリップがルーディーに軽く注意をしている。それでも反省の色を見せないルーディーに、ネイトは彼から少し距離を取った。無言でソファの端に寄るネイト。ルーディーが「ネイトくん、ひどい」と言った。
「それで、なにか覚えていることはないの?」
懲りずに同じ質問をしてくるルーディーに、ネイトはどう答えるべきか必死で考えた。ジェイクは、そんなに大きな嘘を吐く必要はないと言っていた。ジェイクの存在さえ隠せば、あとはありのままを説明してもいいと言った。だが、本当だろうか。なにかネイトが余計なこと言って、それが原因でジェイクが捕まったりしないだろうか。
「……教えない」
結果、ネイトはそんな言葉を吐いた。これにルーディーが「えぇ!?」と大袈裟に反応した。
「なんで教えてくれないの? いいじゃん、教えてよ」
「嫌」
「なんで」
ネイトは、ルーディーの目をしっかり見た。
「教えたいと、思わないから」
「え、シンプルにひどい」
顔を引きつらせたルーディーは、目元を押さえて泣き真似をする。その芝居がかった仕草に、けれどもネイトは動揺した。目を泳がせて、なにかまずいことを言っただろうかと思案するネイトに、フィリップが慌てて笑みを向けた。
「いいよ、ネイト。無理しなくて」
その優しい声に、ネイトは目をぱちぱちとさせた。
別に無理はしていない。たしかにルーディーの反応に驚いたが、それだけである。意味のわからないフィリップの言葉に、ネイトは固まった。それを受けて、ルーディーが「ネイトくん? 冗談だよ」と、ネイトの顔の前でひらひらと手を振った。
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