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鳥籠の外
29 探検
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「おい、フィリップ。ちょっといいか?」
フィリップとルーディーにあれこれ質問されていたネイトは、部屋に入ってきたジェイクの姿を見るなり心臓が跳ねるのを感じた。
動揺を悟られないように、こっそり息を吸い込んだ。けれども緊張しているのはネイトだけで、ジェイクは顔色ひとつ変えることなくフィリップを呼んだ。
ネイトは一瞬、己が呼ばれたのかと思った。しかし、もうジェイクがネイトのことを「フィリ」と呼ぶことはないのだ。その悲しい事実を思い出して、ネイトは膝の上で拳を握った。
「どうしたの?」
「っ!」
必死で動揺を隠していたつもりであった。
にもかかわらず、握った拳をルーディーに触られた。肩を揺らすネイトは、すぐ隣に座っているルーディーを見上げた。
ネイトとジェイクを見比べたルーディーは、「あぁ」と苦笑する。
「大丈夫。あの人はうちの隊長だよ。顔は怖いけど、いい人だから。悪い人じゃないよ」
「誰の顔が怖いって?」
ジェイクの冷たい声に、それまでへらへら笑っていたルーディーが慌てて姿勢を正す。
「やだな。本当のことじゃないですかぁ」
眉間に皺を寄せたジェイクは、ルーディーのことを無言で見下ろしている。その冷たい表情に、ネイトは息を呑んだ。普段のジェイクとは異なる無表情であった。森の家で会うジェイクも、無表情が多かった。けれどもどこか柔和な雰囲気を抱えていたのだ。それが、今のジェイクはひんやりと冷たい空気を纏っていた。
「すまない。すぐに行くよ」
立ち上がってバタバタと準備をするフィリップは、上着を羽織りながらネイトを振り返った。
「ここで待っておく? 家に帰るならルーディーに送って行かせるけど」
フィリップの提案に、ネイトは考える。フィリップの言う家とは、彼の家のことだ。あそこにはクラリスがいる。
ネイトはローラン家に住んでいいらしいが、やはりネイトにとってあそこは他人の家であった。ローラン家に帰っても、ネイトはおそらく居心地の悪い思いをする。フィリップが一緒であれば、まだいい。ネイトが黙っていても、フィリップとクラリスの間で勝手に会話が進むから。しかしクラリスとふたりきりになれば、ネイトがクラリスと会話をしなければならない。ネイトには、クラリスと話すようなことはなかった。
おまけにネイトは、ジェイクの近くにいたかった。他人のふりをしなければいけないので、ジェイクがネイトに構ってくれることはない。それでも、ネイトはジェイクと共にいたかった。ジェイクの見える位置にいたかった。
「ここにいます」
自分なりに考えて出した結論なのだが、フィリップは心配そうに首を傾げた。
「大丈夫? 無理する必要はないんだよ」
「……」
ネイトの前に屈み込んで、フィリップは控えめに微笑んだ。
また出た。
無理するなという意味不明な言葉に、ネイトはもやもやとした気分になる。ネイトは何ひとつ無理などしていない。ここで待つという判断も、家でクラリスとふたりきりになるのが嫌でくだした判断だ。ネイトなりに、己が無理をしなくても済む道を選んだのだ。それなのに、フィリップは先程からネイトの判断を「無理している」と決めつけてくる。
これはなにか言ったほうがいいのだろうか。無理なんてしていないと、言ったほうがいいのだろうか。言ったところで、フィリップは理解してくれるのだろうか。
考えている間に、フィリップは優しい手つきでネイトの頭を撫でてくる。フィリップも同じ髪色をしているのに、なぜフィリップは執拗にネイトの髪を触るのだろうか。己も同じなのだから、珍しくもなんともないだろうに。
「じゃあ俺と一緒に探検でもする? まぁ、探検って言っても騎士団本部の中だけど」
明るいルーディーによる唐突な提案に、ネイトは気分が高揚するのを感じた。もやもや悩んでいたことをすっかり忘れて、ネイトはルーディーのことで頭がいっぱいになった。
「探検? いいの?」
思わず身を乗り出したネイトに、ルーディーが「もちろん」と笑った。これにフィリップが目を丸くした。きらきらとした目を向けられて、フィリップはジェイクを見た。つられて、ネイトもジェイクを見る。
みんなの視線を集めたジェイクは、腕を組んだまま僅かに眉間の皺を深くした。
「ルーディーと一緒であれば、問題はないだろう」
絞り出すような言葉に、ネイトは勢いよく立ち上がった。隣に座っていたルーディーが「おっと」と上半身を反らしたほどの勢いであった。
探検を許可されたのは、もちろん嬉しい。けれども一番は、ジェイクが己に向かって言葉を発してくれたことだ。
正確には、ジェイクはネイトではなく、ルーディーとフィリップに向けて言葉を発した。それでもネイトは満足だった。ジェイクがその黒い瞳にネイトを映してくれたことが、ただただ嬉しかった。
張り切るネイトを見て、フィリップが苦笑する。
「いいよ。でもルーディーから離れないでね」
フィリップの指示に、ネイトは頷いた。
しかしネイトの目は、フィリップではなくジェイクを見据えていた。すっと目を細めたジェイクは、ネイトの視線に気がついてすぐに顔を背けてしまった。
「まずは、えっと。なにを見たい?」
フィリップとジェイクは、大事な仕事があるらしい。慌ただしく部屋を出て行った二人の背中を見送って、ネイトはルーディーを見た。
「ルーディーには、仕事がない」
「え!? あるけど?」
今まさに仕事中だから! と主張するルーディー。事実、ルーディーはネイトから決して目を離すなと言いつけられていた。今日のルーディーの仕事は、ネイトを見守りつつ、ネイトを森の家に監禁していたという犯人の特徴をネイトから聞き出すことであった。
そんなことを知らないネイトは、しきりに周囲を見回していた。どれもこれも初めて見る物ばかり。忙しなく顔を動かすネイトに、ルーディーが「何か気になる物でもあった?」と歯を見せて笑う。
気になる物だらけのネイトは、そわそわと落ち着きがない。
のんびり歩きながら、ルーディーは「馬でも見る? 乗ってみる?」と言った。馬ならネイトも見たことがある。たまにジェイクが乗ってきていた。ルーディーの提案を無視して、ネイトは建物の外に出た。
騎士団の本部として使用されているここは、大勢の人が出入りしている。物珍し気に視線を動かすネイトは、この空間にてやや浮いていた。
「ネイトくん? どこ行くの」
「……」
「無視はやめよう?」
少し走っては止まり、ゆっくり歩いてはまた走る。そんな不規則な動きを繰り返すネイトのことを、ルーディーが根気強く追いかけてくる。
「ネイトくーん?」
何がしたいの? と困惑気味に問うてくるルーディーは、ただ動き回るだけのネイトを訝しんでいた。けれどもネイトは、これでも十分に楽しんでいた。
やがて騎士たちが集まる広場のような場所に出た。
「訓練場だね。危ないからダメだよ」
剣を振り上げる騎士たちを目撃して、ネイトはぴたりと足を止めた。ルーディーが「危ないからダメ」とネイトの肩を掴む。
「……戦争って、やってるの?」
「うん? なに?」
訓練に勤しむ騎士たちを見て、ネイトの頭に浮かんだのはジェイクによって吹き込まれた戦争という嘘。そう、嘘である。ネイトが森から出てきて、まだ一日も経っていない。けれどもネイトは、この世界に戦争なんてないことを肌で感じていた。
なんとなく口に出せなかった疑問をポロッとこぼした。ルーディーが相手なら、訊いてもいい気がした。ぱちぱちと瞬きをしたルーディーは「戦争なんてやってないよ」とあっさり答えた。
「平和過ぎて嫌になるくらい。俺せっかく騎士になったのに、相手にするのはガキばっかり」
もっとかっこいい仕事がしたいと肩を竦めるルーディーに、ネイトは呆然とした。
やはり戦争なんてないのか。平和なのはいい事なのに、なぜルーディーはちょっと残念な顔をするのだろうか。ジェイクはどうして、あんな酷い嘘を吐いたのか。
突っ立ったまま考え込むネイトの横で、ルーディーがうんと伸びをした。
「あー、今日もたいした仕事がなくて平和だなぁ」
「……ルーディーは、やっぱり仕事がない」
「違うよ!? 仕事はあるよ? 俺が言ってるのは、騎士っぽいかっこいい仕事のこと。わかる?」
「……」
「わかってよ! ネイトくん!」
大声を出すルーディーのせいで、訓練場にいた騎士たちの視線がこちらに向くのを感じた。その中のひとりが、大股でこちらに寄ってきた。
「おい、あんた!」
黒髪の神経質そうな男を見て、ルーディーが「あ、マルコム隊長だ」と呟いた。マルコムという男には、ネイトも昨日会った。森から出てきて詰所に連れて行かれたネイトの相手をした男である。昨日は火事が起こったために、そのままネイトとは別れていた。
ぼんやりとマルコムのことを眺めていると、ネイトの前に立ったマルコムがじっとネイトのことを見下ろした。その鋭い眼光を真正面から受けて、ネイトはたじろいだ。マルコムに睨まれるようなことをした覚えはない。
「おまえは、フィリップ副長の息子らしいな」
「……」
唐突な問いかけに、ネイトではなくルーディーが「そうです」と応じた。
果たして本当にそうなのだろうか。
ネイトは今に至っても、己が本当にネイトなのかと悩んでいた。フィリップとクラリスは間違いないと断言するし、他の騎士たちも何も言わない。自分という存在が、ネイトとしてすんなり受け入れられている奇妙な状況が、少しだけ怖かった。
半歩ほど後ろにさがったネイトに、マルコムが片眉を持ち上げた。マルコムはジェイクと同じ髪色だが、ジェイクとは違う。ジェイクよりも細身で、融通が利かないような顔をしている。
「おい。なんで黙っている」
「……」
唇を引き結ぶネイトに、マルコムが険しい表情になる。さらに口を開こうとしたマルコムであったが、揉め事だと思ったのだろう他の騎士たちが「隊長! なにやってるんですか!」とマルコムに声をかけ始めた。
「そんな怖い顔で」
「あぁ!?」
ごめんね、とネイトに柔和な顔で謝罪した騎士たちは、マルコムのことを半ば強引に引き摺っていく。マルコムが「おい! おまえらっ」となにやら出鱈目に叫んでいた。
それをぼんやり見送ったネイトとルーディー。
「マルコム隊長はね、えっと。なんか怖い人だから、あんまり近寄らない方がいいよ」
「うん。わかった」
ルーディーの助言に素直に頷くネイト。
ネイトがマルコムと個人的に話したいことなど皆無であった。
フィリップとルーディーにあれこれ質問されていたネイトは、部屋に入ってきたジェイクの姿を見るなり心臓が跳ねるのを感じた。
動揺を悟られないように、こっそり息を吸い込んだ。けれども緊張しているのはネイトだけで、ジェイクは顔色ひとつ変えることなくフィリップを呼んだ。
ネイトは一瞬、己が呼ばれたのかと思った。しかし、もうジェイクがネイトのことを「フィリ」と呼ぶことはないのだ。その悲しい事実を思い出して、ネイトは膝の上で拳を握った。
「どうしたの?」
「っ!」
必死で動揺を隠していたつもりであった。
にもかかわらず、握った拳をルーディーに触られた。肩を揺らすネイトは、すぐ隣に座っているルーディーを見上げた。
ネイトとジェイクを見比べたルーディーは、「あぁ」と苦笑する。
「大丈夫。あの人はうちの隊長だよ。顔は怖いけど、いい人だから。悪い人じゃないよ」
「誰の顔が怖いって?」
ジェイクの冷たい声に、それまでへらへら笑っていたルーディーが慌てて姿勢を正す。
「やだな。本当のことじゃないですかぁ」
眉間に皺を寄せたジェイクは、ルーディーのことを無言で見下ろしている。その冷たい表情に、ネイトは息を呑んだ。普段のジェイクとは異なる無表情であった。森の家で会うジェイクも、無表情が多かった。けれどもどこか柔和な雰囲気を抱えていたのだ。それが、今のジェイクはひんやりと冷たい空気を纏っていた。
「すまない。すぐに行くよ」
立ち上がってバタバタと準備をするフィリップは、上着を羽織りながらネイトを振り返った。
「ここで待っておく? 家に帰るならルーディーに送って行かせるけど」
フィリップの提案に、ネイトは考える。フィリップの言う家とは、彼の家のことだ。あそこにはクラリスがいる。
ネイトはローラン家に住んでいいらしいが、やはりネイトにとってあそこは他人の家であった。ローラン家に帰っても、ネイトはおそらく居心地の悪い思いをする。フィリップが一緒であれば、まだいい。ネイトが黙っていても、フィリップとクラリスの間で勝手に会話が進むから。しかしクラリスとふたりきりになれば、ネイトがクラリスと会話をしなければならない。ネイトには、クラリスと話すようなことはなかった。
おまけにネイトは、ジェイクの近くにいたかった。他人のふりをしなければいけないので、ジェイクがネイトに構ってくれることはない。それでも、ネイトはジェイクと共にいたかった。ジェイクの見える位置にいたかった。
「ここにいます」
自分なりに考えて出した結論なのだが、フィリップは心配そうに首を傾げた。
「大丈夫? 無理する必要はないんだよ」
「……」
ネイトの前に屈み込んで、フィリップは控えめに微笑んだ。
また出た。
無理するなという意味不明な言葉に、ネイトはもやもやとした気分になる。ネイトは何ひとつ無理などしていない。ここで待つという判断も、家でクラリスとふたりきりになるのが嫌でくだした判断だ。ネイトなりに、己が無理をしなくても済む道を選んだのだ。それなのに、フィリップは先程からネイトの判断を「無理している」と決めつけてくる。
これはなにか言ったほうがいいのだろうか。無理なんてしていないと、言ったほうがいいのだろうか。言ったところで、フィリップは理解してくれるのだろうか。
考えている間に、フィリップは優しい手つきでネイトの頭を撫でてくる。フィリップも同じ髪色をしているのに、なぜフィリップは執拗にネイトの髪を触るのだろうか。己も同じなのだから、珍しくもなんともないだろうに。
「じゃあ俺と一緒に探検でもする? まぁ、探検って言っても騎士団本部の中だけど」
明るいルーディーによる唐突な提案に、ネイトは気分が高揚するのを感じた。もやもや悩んでいたことをすっかり忘れて、ネイトはルーディーのことで頭がいっぱいになった。
「探検? いいの?」
思わず身を乗り出したネイトに、ルーディーが「もちろん」と笑った。これにフィリップが目を丸くした。きらきらとした目を向けられて、フィリップはジェイクを見た。つられて、ネイトもジェイクを見る。
みんなの視線を集めたジェイクは、腕を組んだまま僅かに眉間の皺を深くした。
「ルーディーと一緒であれば、問題はないだろう」
絞り出すような言葉に、ネイトは勢いよく立ち上がった。隣に座っていたルーディーが「おっと」と上半身を反らしたほどの勢いであった。
探検を許可されたのは、もちろん嬉しい。けれども一番は、ジェイクが己に向かって言葉を発してくれたことだ。
正確には、ジェイクはネイトではなく、ルーディーとフィリップに向けて言葉を発した。それでもネイトは満足だった。ジェイクがその黒い瞳にネイトを映してくれたことが、ただただ嬉しかった。
張り切るネイトを見て、フィリップが苦笑する。
「いいよ。でもルーディーから離れないでね」
フィリップの指示に、ネイトは頷いた。
しかしネイトの目は、フィリップではなくジェイクを見据えていた。すっと目を細めたジェイクは、ネイトの視線に気がついてすぐに顔を背けてしまった。
「まずは、えっと。なにを見たい?」
フィリップとジェイクは、大事な仕事があるらしい。慌ただしく部屋を出て行った二人の背中を見送って、ネイトはルーディーを見た。
「ルーディーには、仕事がない」
「え!? あるけど?」
今まさに仕事中だから! と主張するルーディー。事実、ルーディーはネイトから決して目を離すなと言いつけられていた。今日のルーディーの仕事は、ネイトを見守りつつ、ネイトを森の家に監禁していたという犯人の特徴をネイトから聞き出すことであった。
そんなことを知らないネイトは、しきりに周囲を見回していた。どれもこれも初めて見る物ばかり。忙しなく顔を動かすネイトに、ルーディーが「何か気になる物でもあった?」と歯を見せて笑う。
気になる物だらけのネイトは、そわそわと落ち着きがない。
のんびり歩きながら、ルーディーは「馬でも見る? 乗ってみる?」と言った。馬ならネイトも見たことがある。たまにジェイクが乗ってきていた。ルーディーの提案を無視して、ネイトは建物の外に出た。
騎士団の本部として使用されているここは、大勢の人が出入りしている。物珍し気に視線を動かすネイトは、この空間にてやや浮いていた。
「ネイトくん? どこ行くの」
「……」
「無視はやめよう?」
少し走っては止まり、ゆっくり歩いてはまた走る。そんな不規則な動きを繰り返すネイトのことを、ルーディーが根気強く追いかけてくる。
「ネイトくーん?」
何がしたいの? と困惑気味に問うてくるルーディーは、ただ動き回るだけのネイトを訝しんでいた。けれどもネイトは、これでも十分に楽しんでいた。
やがて騎士たちが集まる広場のような場所に出た。
「訓練場だね。危ないからダメだよ」
剣を振り上げる騎士たちを目撃して、ネイトはぴたりと足を止めた。ルーディーが「危ないからダメ」とネイトの肩を掴む。
「……戦争って、やってるの?」
「うん? なに?」
訓練に勤しむ騎士たちを見て、ネイトの頭に浮かんだのはジェイクによって吹き込まれた戦争という嘘。そう、嘘である。ネイトが森から出てきて、まだ一日も経っていない。けれどもネイトは、この世界に戦争なんてないことを肌で感じていた。
なんとなく口に出せなかった疑問をポロッとこぼした。ルーディーが相手なら、訊いてもいい気がした。ぱちぱちと瞬きをしたルーディーは「戦争なんてやってないよ」とあっさり答えた。
「平和過ぎて嫌になるくらい。俺せっかく騎士になったのに、相手にするのはガキばっかり」
もっとかっこいい仕事がしたいと肩を竦めるルーディーに、ネイトは呆然とした。
やはり戦争なんてないのか。平和なのはいい事なのに、なぜルーディーはちょっと残念な顔をするのだろうか。ジェイクはどうして、あんな酷い嘘を吐いたのか。
突っ立ったまま考え込むネイトの横で、ルーディーがうんと伸びをした。
「あー、今日もたいした仕事がなくて平和だなぁ」
「……ルーディーは、やっぱり仕事がない」
「違うよ!? 仕事はあるよ? 俺が言ってるのは、騎士っぽいかっこいい仕事のこと。わかる?」
「……」
「わかってよ! ネイトくん!」
大声を出すルーディーのせいで、訓練場にいた騎士たちの視線がこちらに向くのを感じた。その中のひとりが、大股でこちらに寄ってきた。
「おい、あんた!」
黒髪の神経質そうな男を見て、ルーディーが「あ、マルコム隊長だ」と呟いた。マルコムという男には、ネイトも昨日会った。森から出てきて詰所に連れて行かれたネイトの相手をした男である。昨日は火事が起こったために、そのままネイトとは別れていた。
ぼんやりとマルコムのことを眺めていると、ネイトの前に立ったマルコムがじっとネイトのことを見下ろした。その鋭い眼光を真正面から受けて、ネイトはたじろいだ。マルコムに睨まれるようなことをした覚えはない。
「おまえは、フィリップ副長の息子らしいな」
「……」
唐突な問いかけに、ネイトではなくルーディーが「そうです」と応じた。
果たして本当にそうなのだろうか。
ネイトは今に至っても、己が本当にネイトなのかと悩んでいた。フィリップとクラリスは間違いないと断言するし、他の騎士たちも何も言わない。自分という存在が、ネイトとしてすんなり受け入れられている奇妙な状況が、少しだけ怖かった。
半歩ほど後ろにさがったネイトに、マルコムが片眉を持ち上げた。マルコムはジェイクと同じ髪色だが、ジェイクとは違う。ジェイクよりも細身で、融通が利かないような顔をしている。
「おい。なんで黙っている」
「……」
唇を引き結ぶネイトに、マルコムが険しい表情になる。さらに口を開こうとしたマルコムであったが、揉め事だと思ったのだろう他の騎士たちが「隊長! なにやってるんですか!」とマルコムに声をかけ始めた。
「そんな怖い顔で」
「あぁ!?」
ごめんね、とネイトに柔和な顔で謝罪した騎士たちは、マルコムのことを半ば強引に引き摺っていく。マルコムが「おい! おまえらっ」となにやら出鱈目に叫んでいた。
それをぼんやり見送ったネイトとルーディー。
「マルコム隊長はね、えっと。なんか怖い人だから、あんまり近寄らない方がいいよ」
「うん。わかった」
ルーディーの助言に素直に頷くネイト。
ネイトがマルコムと個人的に話したいことなど皆無であった。
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