鳥籠の中の幸福

岩永みやび

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鳥籠の外

30 よくわからない男

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 馬を見に行こうと言って譲らないルーディーに、ネイトは内心で少し面倒だと思った。別にいいと控えめに主張してみるのだが、ルーディーは「楽しいよ」の一点張りである。

 ネイトはもっと、見たことがないものを見たかった。馬はジェイクが時折連れて来ていた。移動手段として用いていたらしいことも知っているし触ったこともある。それに森の中では、動物なんてそんなに珍しいものでもなかった。

 そんなものよりも、ネイトは部屋の片隅に置いてある本だったり小物だったり。そういったものに興味があった。ネイトがこれまでに触れたことのない物があちこちに溢れているというのに、ルーディーは先程から数少ないネイトの知っている物ばかりを勧めてくる。

 出会った時にも思ったことだが、なんとなくルーディーと気が合わない。こっそり眉を寄せるネイトは、どうにか己に都合の良い展開に持っていこうと頭を捻った。

「ルーディーは、文字わかる?」

 歩きながらふと思いついたことを訊いてみると、ルーディーが「普通にわかるけど」と首を捻る。普通ってなんだろうか。たしかに世界のあちこちには文字が溢れていた。ネイトの住む森やあの小さな家には文字なんてほとんど存在しなかったのに。

 しばし考えるネイトに、ルーディーは足を止めた。

「あ、ネイトくん。もしかして文字読めない?」
「……」

 ルーディーの声に、ネイトを馬鹿にするような響きはなかった。単に事実確認をしただけ。けれどもなんとなく返事を躊躇うネイトに、ルーディーが爽やかに笑った。

「別に隠さなくてもいいよ。街には文字が読めないって人は普通にいるし。そんなに変なことじゃないよ」
「そうなんだ」

 ルーディーの言葉をどこまで信じていいのかわからないが、少なくとも騎士団所属の人たちは文字が読めるらしい。仕事柄、文字での報告が多いからだとルーディーは笑いながら言った。

「僕でも、わかるようになる?」
「勉強すれば大丈夫だよ。フィリップ副長に教えてもらえば? あの人なら喜んで教えてくれると思うけど」

 当然のようにフィリップの名前を出したルーディーに、ネイトは目を瞬いた。

「ルーディーは、教えてくれない?」

 誰が教えてくれてもいいのだが、ルーディーが消極的なことにネイトは疑問を覚えた。だからルーディーでは駄目なのかと素直に疑問を口にしてみた。

「え? 俺?」

 己の顔を指さしたルーディーは、戸惑うように「えぇ?」と繰り返す。そのどこか情けない表情を、ネイトは食い入るように見つめた。やがて諦めにも似た表情を浮かべたルーディーが、頬を掻いた。

「そんなこと言うのネイトくんだけだよ。普通さ、俺に教わろうなんて思わないから」
「なんで?」
「えー? だって俺馬鹿だしぃ? 隊長にもよく睨まれてる」
「隊長……。ジェイク?」

 少しドキドキしながら、ネイトはジェイクの名前を口にしてみた。人前でジェイクの名前を出すのは、緊張した。ジェイクとネイトは、森を出たあの日、詰所で初めて出会ったということになっている。本当は、それよりもずっと前から知っているなんて絶対にバレてはいけないことなのだ。だからネイトは、ジェイクの話題が出ると少し緊張してしまう。けれども頑なにジェイクの話題を避けるのは、逆に不自然だと思った。

 フィリップやルーディーと同じくらい、ジェイクの話題も出さないと不自然だと思った。今はルーディーの方からジェイクの話題を出してきた。ジェイクの話をするなら今だと考えた。

 内心で緊張するネイトをよそに、ルーディーは「そうそう。ジェイク隊長ね」と軽い調子で応じてきた。

「あの人も顔怖いでしょ。なんで騎士ってみんな怖い顔してんだろ。仕事柄? でもフィリップ副長は優しい顔してるよね。よかったね、ネイトくん。副長がお父さんで。もし隊長がお父さんだったらネイトくんびっくりしちゃってたよねー」
「……」

 ルーディーの早口に、ネイトは僅かに眉間に力を入れた。ルーディーの言うことはよくわからない。

 どうして父親がジェイクではなくフィリップでよかったのか。ネイトはあまりそうは思わない。むしろフィリップではなく、ジェイクの家に行きたいと思っている。ジェイクと家族をやる方が、断然上手くいく気がしていた。

 けれどもそれを言葉にしてはいけないと、ネイトは理解している。だって何も知らないはずのネイトが、突然ジェイクと暮らしたいと言うのは不自然である。逆にそれが自然な成り行きだと思える状況になれば、ネイトは遠慮なくジェイクと生活したいと申し出るつもりでいた。

 そんなネイトの心の内を知らないルーディーは、へらへら笑いながら「厩舎はあっちだよ」と指さした。

「厩舎?」
「馬がいるところ」
「馬はいい」
「なんで? 怖くないよ」

 怖い怖くないの問題ではない。
 ネイトは、未知のものを見たかった。何度も言うが、馬は未知のものではないのだ。

「もっと楽しいものが見たい」
「えー? 具体的には?」
「……」

 ルーディーに問われて、ネイトは黙り込む。未知のものを見たいのだから具体的にと言われても説明できない。そんな簡単なこともわからないのかと、ルーディーに対して少し腹が立った。

 むすっと黙り込んだネイトの不機嫌を察知したのか。ルーディーが「どうしたの? そんなに馬怖い?」とネイトの顔を覗き込んできた。

 近寄ってきたルーディーの顔をぐいと押しのけて、ネイトは踵を返す。このままでは厩舎に連れて行かれそうなので、逃げようと思う。

 元来た道を戻り始めたネイトのことを、ルーディーが「え!?」と慌てて追いかけてきた。

「馬は興味ない。動物は森にもいた」
「あ、そうなの?」

 ガシガシと頭を掻いたルーディーは「えぇー? じゃあ何が見たいの?」とまたもや無意味な質問をしてきた。

「僕は勝手に歩くから。ルーディーは黙ってて」
「ひっどいね」

 スタスタ先を行くネイトは、泣き真似するルーディーを横目で見る。フィリップとジェイクに頼まれたからだろう。ルーディーは律儀にネイトを追いかけてくる。

 人の気配が満ちている騎士団本部は、それだけでネイトにとっては珍しい光景だった。自分とジェイク以外の人間がこんなにもそこらを歩いている光景は、まだ慣れない。

「ネイトくんってさ」
「……なに」

 背後からついてきていたルーディーが、控えめに首を傾げた。

「本当は犯人のこと覚えてるでしょ」

 へらっと笑いながら突きつけられた言葉。その意味を遅れて理解したネイトは、思わず足を止めてしまった。「おっと!」とわざとらしくネイトを避けたルーディーが、隣に並んできた。

「……犯人って」
「君を森に監禁してたって人だよ。本当は全部覚えてるんでしょ? なんで記憶喪失のふりなんてしてるの?」

 別にネイトは記憶喪失のふりをしたわけではない。騎士団に保護されて、都合の悪い質問に「わからない」「知らない」と適当に返していたら、いつの間にか周囲からそう決めつけられていただけだ。

「ネイトくん。俺とあの家で会った時、俺のことすっごい警戒してたよね。監禁されてたんならさ、普通はあそこで俺に助けを求めない?」

 ねー、どうなの? と。
 へらへらしながら問いかけてくるルーディーは、一体なにを考えているのだろうか。

 しばらく立ち尽くしていたネイトであったが、考えるだけ無駄だと思った。この短い付き合いで、ネイトはルーディーのことを意味のわからない男と評していた。

 わからない男のことを考えるだけ無駄である。

 ひとり勝手に頷いて、再び歩み始めたネイト。これにルーディーが「え、無視?」と目を見開いた。

「ネイトくん、無視しないでよぉ。仲良くしようよ。俺たち友達でしょ」
「ルーディー。うるさいよ」
「ひっどいよー。ネイトくんが冷たいよー」

 大袈裟に悲しむルーディーは、やはりへらへらしていた。
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