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17歳
733 寝てる
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『……寝てるねぇ』
「寝てるね」
ブルース兄様は、普通に寝室で寝ていた。すぐ横で会話しても起きる気配がない。よほど熟睡しているらしい。
『ブルースくん。元気ぃ?』
空気の読めない綿毛ちゃんが、ベッドに横たわるブルース兄様の頬をペシペシ叩いている。それでも動かない兄様がちょっと心配になってくる。
「ブルース兄様、生きてる?」
「生きてますよ。珍しくひとりで酒を飲んでいたので。どうせ酔い潰れてるんだろうなって思っていました」
ソファで倒れていると思っていたと肩をすくめるアロン。ブルース兄様は自力でベッドまで移動したらしい。
ブルース兄様は酒癖が悪い。なぜか酔うとアロンに掴みかかるという悪い癖があるので、酒を飲み始めたブルース兄様にアロンは近寄らないのだ。
どうやらアロンは、どうせブルース兄様が酔い潰れているだろうと思いながら鍵を開けたらしい。色々文句を言いつつも、結局はブルース兄様の面倒を見てあげるのか。
しれっとブルース兄様の隣で寝始めた綿毛ちゃんを放置して、寝室を出る。普段ブルース兄様が仕事している方に移動してソファに座っておく。部屋の明かりをつけたアロンも、向かいに座った。
「アロンは寝ないの? 明日も早いでしょ」
暇な俺と違って、アロンは毎日早起きだ。いや、俺も別に暇というわけではないんだけど。カル先生と一緒に勉強頑張ってるから。
そういえば、ジェフリーが弟子にしてほしいと言っていた。あの件はどうしようか。この前は適当に話を切り上げて逃げてしまった。もう一度言われたら、今度こそはっきり断らなければならない。でもジェフリーは諦めが悪いところもある。どう説明すれば理解してくれるのだろうか。
ジェフリーは、多分俺と一緒に先生になりたいんだと思う。純粋にカル先生みたいになりたいというのであれば、それでいいと思う。俺も応援する。
でもジェフリーは、なんだか俺と一緒であることを最優先にしている気がするのだ。例えば俺が先生は諦めて店を開くと言えば、迷うことなく「僕も手伝います」と言い出しそうな気がする。それはちょっと違うだろう。俺はそこまでジェフリーの人生に責任持てないぞ。まだ小さいのだから、将来のことは今すぐ決めなくてもいいと思う。
「ルイス様? なんで無言なんですか」
「あー、うん」
ひとりで考え事をしてしまった。慌ててアロンに視線をやれば、柔和な笑みを浮かべた彼と目が合う。
「あのさぁ。俺、働いた方がいいと思う?」
「働く必要なんてないですよ」
即答するアロンに、思わず苦笑してしまう。
「でも兄様たちは働いてるよ」
「お兄様方が働くので、ルイス様が働く必要は無いですよ」
ぶれないアロンは、腕を組んで訝しむ。しかし、すぐに思い至ったらしい。小さく頷いてから「教師になりたいんでしたっけ?」と訊いてくる。
「うん。まあね」
「だったら、うちの学園で働きますか? ルイス様でしたら大歓迎ですよ」
「うーん」
両手を広げて受け入れ姿勢を示すアロンであったが、すぐに真顔となる。
「いえ、やっぱりダメですね。ここから通えないので」
そうだな。学園で働くとなれば、そちらに引っ越さなければならない。もしそうなれば、ティアンはついてきてくれるのだろうか。でもティアンは騎士になるのが夢だったから、ヴィアン家に残るのかな。団長になりたいと言っていた。いや、どうだろう。なんだかんだで俺と一緒に来てくれる気もする。
「俺、ひとり暮らしは無理かなぁ」
すっかり世話を焼かれる生活に慣れてしまった。ひとり暮らしできる自信がない。買い物すらひとりで満足にしたことないな。家事なんて無理。ジャンが一緒だったら大丈夫かもだけど、それはひとり暮らしと言えるのだろうか。
「家庭教師をやるってことですか?」
「うーん。どうだろう」
おそらくカル先生は、俺がカル先生と同じく貴族を相手に家庭教師する予定だと思っている。それでもいいんだけど、俺が考えているのとは少し違う。
「ルイス様が稼ぐ必要はないですよね?」
そうなんだよ。そこが一番重要なところだ。
今の俺は、働かなくても生きていけちゃう環境にいるのだ。正直これは俺の一番の強みだと思っている。
将来どうしたいかと考えたときに、必ずと言っていいほど思い出すのは、出会ったばかりの頃のジェフリーだ。俯きがちで、変に自虐的で。貧しい暮らしをしていたので、あまり勉強ができないと言っていた頼りない少年の姿。幸いにも母親が教えてくれたので文字は読めた。でもジェフリーの話によれば、街では文字を読めない子が珍しくはないらしい。
天井を見上げて、息を吐く。
カル先生は自分の生活があるので給料を貰わないといけない。だから割のいい貴族を相手に教師をしている。でも、俺は生活を心配する必要はない。
そんな俺が、カル先生とまったく同じ道を進む必要ってあるのだろうか。
「俺、多分あんまり稼げないと思う」
ぼんやり呟けば、アロンが「いいんじゃないですか」と雑に返してくる。
「ブルース様がどうにかしてくれますよ。俺もいますしね」
「そうだね」
くすくす笑い合って、肩の力を抜く。
これだけ会話しているのに、ブルース兄様は起きてこなかった。
「寝てるね」
ブルース兄様は、普通に寝室で寝ていた。すぐ横で会話しても起きる気配がない。よほど熟睡しているらしい。
『ブルースくん。元気ぃ?』
空気の読めない綿毛ちゃんが、ベッドに横たわるブルース兄様の頬をペシペシ叩いている。それでも動かない兄様がちょっと心配になってくる。
「ブルース兄様、生きてる?」
「生きてますよ。珍しくひとりで酒を飲んでいたので。どうせ酔い潰れてるんだろうなって思っていました」
ソファで倒れていると思っていたと肩をすくめるアロン。ブルース兄様は自力でベッドまで移動したらしい。
ブルース兄様は酒癖が悪い。なぜか酔うとアロンに掴みかかるという悪い癖があるので、酒を飲み始めたブルース兄様にアロンは近寄らないのだ。
どうやらアロンは、どうせブルース兄様が酔い潰れているだろうと思いながら鍵を開けたらしい。色々文句を言いつつも、結局はブルース兄様の面倒を見てあげるのか。
しれっとブルース兄様の隣で寝始めた綿毛ちゃんを放置して、寝室を出る。普段ブルース兄様が仕事している方に移動してソファに座っておく。部屋の明かりをつけたアロンも、向かいに座った。
「アロンは寝ないの? 明日も早いでしょ」
暇な俺と違って、アロンは毎日早起きだ。いや、俺も別に暇というわけではないんだけど。カル先生と一緒に勉強頑張ってるから。
そういえば、ジェフリーが弟子にしてほしいと言っていた。あの件はどうしようか。この前は適当に話を切り上げて逃げてしまった。もう一度言われたら、今度こそはっきり断らなければならない。でもジェフリーは諦めが悪いところもある。どう説明すれば理解してくれるのだろうか。
ジェフリーは、多分俺と一緒に先生になりたいんだと思う。純粋にカル先生みたいになりたいというのであれば、それでいいと思う。俺も応援する。
でもジェフリーは、なんだか俺と一緒であることを最優先にしている気がするのだ。例えば俺が先生は諦めて店を開くと言えば、迷うことなく「僕も手伝います」と言い出しそうな気がする。それはちょっと違うだろう。俺はそこまでジェフリーの人生に責任持てないぞ。まだ小さいのだから、将来のことは今すぐ決めなくてもいいと思う。
「ルイス様? なんで無言なんですか」
「あー、うん」
ひとりで考え事をしてしまった。慌ててアロンに視線をやれば、柔和な笑みを浮かべた彼と目が合う。
「あのさぁ。俺、働いた方がいいと思う?」
「働く必要なんてないですよ」
即答するアロンに、思わず苦笑してしまう。
「でも兄様たちは働いてるよ」
「お兄様方が働くので、ルイス様が働く必要は無いですよ」
ぶれないアロンは、腕を組んで訝しむ。しかし、すぐに思い至ったらしい。小さく頷いてから「教師になりたいんでしたっけ?」と訊いてくる。
「うん。まあね」
「だったら、うちの学園で働きますか? ルイス様でしたら大歓迎ですよ」
「うーん」
両手を広げて受け入れ姿勢を示すアロンであったが、すぐに真顔となる。
「いえ、やっぱりダメですね。ここから通えないので」
そうだな。学園で働くとなれば、そちらに引っ越さなければならない。もしそうなれば、ティアンはついてきてくれるのだろうか。でもティアンは騎士になるのが夢だったから、ヴィアン家に残るのかな。団長になりたいと言っていた。いや、どうだろう。なんだかんだで俺と一緒に来てくれる気もする。
「俺、ひとり暮らしは無理かなぁ」
すっかり世話を焼かれる生活に慣れてしまった。ひとり暮らしできる自信がない。買い物すらひとりで満足にしたことないな。家事なんて無理。ジャンが一緒だったら大丈夫かもだけど、それはひとり暮らしと言えるのだろうか。
「家庭教師をやるってことですか?」
「うーん。どうだろう」
おそらくカル先生は、俺がカル先生と同じく貴族を相手に家庭教師する予定だと思っている。それでもいいんだけど、俺が考えているのとは少し違う。
「ルイス様が稼ぐ必要はないですよね?」
そうなんだよ。そこが一番重要なところだ。
今の俺は、働かなくても生きていけちゃう環境にいるのだ。正直これは俺の一番の強みだと思っている。
将来どうしたいかと考えたときに、必ずと言っていいほど思い出すのは、出会ったばかりの頃のジェフリーだ。俯きがちで、変に自虐的で。貧しい暮らしをしていたので、あまり勉強ができないと言っていた頼りない少年の姿。幸いにも母親が教えてくれたので文字は読めた。でもジェフリーの話によれば、街では文字を読めない子が珍しくはないらしい。
天井を見上げて、息を吐く。
カル先生は自分の生活があるので給料を貰わないといけない。だから割のいい貴族を相手に教師をしている。でも、俺は生活を心配する必要はない。
そんな俺が、カル先生とまったく同じ道を進む必要ってあるのだろうか。
「俺、多分あんまり稼げないと思う」
ぼんやり呟けば、アロンが「いいんじゃないですか」と雑に返してくる。
「ブルース様がどうにかしてくれますよ。俺もいますしね」
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これだけ会話しているのに、ブルース兄様は起きてこなかった。
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