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25 交渉
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「あにうえー」
「兄上だ。はっきりと喋れないのか」
些細なことで眉を吊り上げる兄上は、なんだかご機嫌ななめであった。今朝のやり取りをまだ引きずっているらしい。器の小さい兄だな。
兄上は、黙々と部屋で仕事をしていた。どんな仕事をしているのかは、よくわからない。ひたすら書類を手に色々とサインしている。
「兄上。街に行きたい」
「ダメだ」
「行きたい」
「ダメだと言っている」
「いや! 行く!」
可愛い弟のお願いをあっさりと突っぱねる兄上には、人の心というものがないのかもしれない。ただでさえ歳の離れた弟だ。優しく接するべきだと思う。
「行きたい行きたい行きたい行きたい」
「うるさい!」
ひたすら「行きたい」と連呼してやれば、兄上が乱暴な動作で立ち上がった。そのまま俺の首根っこを捕まえた兄上は、あろうことか俺のことを廊下へと放り出してしまう。
「仕事の邪魔をするんじゃない」
そんな冷たいひと言を残して、パタンと扉が閉じられてしまう。一連の様子を見守っていたユナが、『ほらね』と偉そうに鼻を鳴らす。
『ダメだって。諦めなよ』
「嫌だ。俺は諦めない」
兄上やオリビアだって、俺が勉強を難しいと途中で放り出すと「すぐに諦めるんじゃない」と口うるさく言ってくる。諦めは、なるべくしない方がいいと思うのだ。
兄上の言うことをたまには聞いてやろうとユナに言い聞かせれば『ひぇ、なにその屁理屈。それが通ると思っているところが怖い。さすがガキ』と、俺に対する悪口が返ってきたので追いかけておいた。
「兄上ぇ!」
扉の外から、ありったけの大声で叫んでやる。別に部屋に入れてもらえなくとも会話はできる。これは俺が大声を出せば解決する単純な問題である。
「兄上!! 街に行きたい! どうしてもぉ!」
しんと静まり返る廊下。兄上が扉を開けてくれる気配がない。もしかして、今の大声でも聞こえなかったのか? 兄上の部屋って防音だったっけ?
よくわからないが、聞こえていないというのであれば、もう一度主張をするだけである。幸い俺は一日暇なので。いつまでだって付き合ってやれる。
「兄上ぇ!!」
『こっわ。どこから出てくるのさ、その大声』
その後も、ドン引きするユナの隣で叫び続けること数分。
「うるさいっ!」
勢いよく扉を開け放つのと共に、眉を吊り上げた兄上が怒鳴ってきた。
「兄上もうるさいよ」
今の大声はすごく響いた。びっくりするあまり、ユナが小さく飛び上がっていたのを俺はしっかりとこの目で見た。「猫に謝れ!」と指を突きつけておけば、兄上は舌打ちしながら俺の手を無理矢理下げさせる。
「いつまでも部屋の前に居座るんじゃない。遊ぶなら他に行け」
「街に行きたい」
「だから」
イライラと腕を組む兄上は、どこからどう見ても不機嫌であった。そんなに怒らなくても。
「街に行きたい。いいでしょ?」
「しつこい。ダメだと何度も言っている」
「でも行きたいぃ」
お願いぃと廊下に寝転べば、兄上がますます怒りをあらわにしてしまう。だが、俺だって引くわけにはいかない。どうしてもクレアに会いたい。優しいお姉さんと一緒に美味しいパン食べたい。
「兄上も一緒に行っていいから」
「どうして私が同行しなければならない」
それは知らない。ちょっとお誘いしてみただけだ。嫌なら別についてこなくても構わない。
「オリビアも一緒に行くから。いいでしょ? ちゃんとオリビアの言うこときくもん」
「ダメだ」
「ダメじゃない! いいって言ってくれないと、またひとりでこっそりお出かけしてやる!」
兄上が舌打ちした。だが、俺は有言実行タイプである。やると言ったらやるぞ。兄上にも俺の本気が伝わったのだろう。ムスッと黙り込んだ兄上は、乱暴に頭を掻いている。
「ちゃんとオリビアの言うことに従えるのか?」
「うん。俺すごくいい子だから」
「じゃあ廊下に寝転ぶのはやめろ」
いい子アピールのために、シャキッと立ち上がる。仁王立ちで兄上と向き合えば、そのまましばし睨み合いが繰り広げられる。よくわからないが、眉間に力を入れて対抗しておく。
「余計なことはしないと約束できるか?」
「できる」
余計なことが、具体的に何をさすのかは不明だが、多分大丈夫。要するに、オリビアの言葉にはいはい頷いておけば良いってことだ。オリビアの言いなりになるのは不愉快だが、お出かけのためであれば仕方がない。それくらいならば折れてやろうと思う。
大きく頷く俺をみて、兄上は深く深くため息を吐いた。
「兄上だ。はっきりと喋れないのか」
些細なことで眉を吊り上げる兄上は、なんだかご機嫌ななめであった。今朝のやり取りをまだ引きずっているらしい。器の小さい兄だな。
兄上は、黙々と部屋で仕事をしていた。どんな仕事をしているのかは、よくわからない。ひたすら書類を手に色々とサインしている。
「兄上。街に行きたい」
「ダメだ」
「行きたい」
「ダメだと言っている」
「いや! 行く!」
可愛い弟のお願いをあっさりと突っぱねる兄上には、人の心というものがないのかもしれない。ただでさえ歳の離れた弟だ。優しく接するべきだと思う。
「行きたい行きたい行きたい行きたい」
「うるさい!」
ひたすら「行きたい」と連呼してやれば、兄上が乱暴な動作で立ち上がった。そのまま俺の首根っこを捕まえた兄上は、あろうことか俺のことを廊下へと放り出してしまう。
「仕事の邪魔をするんじゃない」
そんな冷たいひと言を残して、パタンと扉が閉じられてしまう。一連の様子を見守っていたユナが、『ほらね』と偉そうに鼻を鳴らす。
『ダメだって。諦めなよ』
「嫌だ。俺は諦めない」
兄上やオリビアだって、俺が勉強を難しいと途中で放り出すと「すぐに諦めるんじゃない」と口うるさく言ってくる。諦めは、なるべくしない方がいいと思うのだ。
兄上の言うことをたまには聞いてやろうとユナに言い聞かせれば『ひぇ、なにその屁理屈。それが通ると思っているところが怖い。さすがガキ』と、俺に対する悪口が返ってきたので追いかけておいた。
「兄上ぇ!」
扉の外から、ありったけの大声で叫んでやる。別に部屋に入れてもらえなくとも会話はできる。これは俺が大声を出せば解決する単純な問題である。
「兄上!! 街に行きたい! どうしてもぉ!」
しんと静まり返る廊下。兄上が扉を開けてくれる気配がない。もしかして、今の大声でも聞こえなかったのか? 兄上の部屋って防音だったっけ?
よくわからないが、聞こえていないというのであれば、もう一度主張をするだけである。幸い俺は一日暇なので。いつまでだって付き合ってやれる。
「兄上ぇ!!」
『こっわ。どこから出てくるのさ、その大声』
その後も、ドン引きするユナの隣で叫び続けること数分。
「うるさいっ!」
勢いよく扉を開け放つのと共に、眉を吊り上げた兄上が怒鳴ってきた。
「兄上もうるさいよ」
今の大声はすごく響いた。びっくりするあまり、ユナが小さく飛び上がっていたのを俺はしっかりとこの目で見た。「猫に謝れ!」と指を突きつけておけば、兄上は舌打ちしながら俺の手を無理矢理下げさせる。
「いつまでも部屋の前に居座るんじゃない。遊ぶなら他に行け」
「街に行きたい」
「だから」
イライラと腕を組む兄上は、どこからどう見ても不機嫌であった。そんなに怒らなくても。
「街に行きたい。いいでしょ?」
「しつこい。ダメだと何度も言っている」
「でも行きたいぃ」
お願いぃと廊下に寝転べば、兄上がますます怒りをあらわにしてしまう。だが、俺だって引くわけにはいかない。どうしてもクレアに会いたい。優しいお姉さんと一緒に美味しいパン食べたい。
「兄上も一緒に行っていいから」
「どうして私が同行しなければならない」
それは知らない。ちょっとお誘いしてみただけだ。嫌なら別についてこなくても構わない。
「オリビアも一緒に行くから。いいでしょ? ちゃんとオリビアの言うこときくもん」
「ダメだ」
「ダメじゃない! いいって言ってくれないと、またひとりでこっそりお出かけしてやる!」
兄上が舌打ちした。だが、俺は有言実行タイプである。やると言ったらやるぞ。兄上にも俺の本気が伝わったのだろう。ムスッと黙り込んだ兄上は、乱暴に頭を掻いている。
「ちゃんとオリビアの言うことに従えるのか?」
「うん。俺すごくいい子だから」
「じゃあ廊下に寝転ぶのはやめろ」
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「余計なことはしないと約束できるか?」
「できる」
余計なことが、具体的に何をさすのかは不明だが、多分大丈夫。要するに、オリビアの言葉にはいはい頷いておけば良いってことだ。オリビアの言いなりになるのは不愉快だが、お出かけのためであれば仕方がない。それくらいならば折れてやろうと思う。
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