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8 お誘い
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「よし! 行くか」
ウォルトが仕事に行った後。
部屋に備え付けの鏡を覗き込んだ俺は、大きく頷いた。
今日もレオはイケメンである。
このキラキラの顔面が今は俺のものだなんて信じられない。しかしこれはモテるだろう。可愛らしい顔立ちなので、男女問わずモテそうな顔である。しかしレオはもっぱら男に手を出していたらしい。なんでそんなことを。俺だったら普通に女の子にモテたいけどね。
手櫛で髪を整えながら、そんなことを考える。
ウォルトは俺が働くことに反対している。どうやら俺が職場で恋愛関連のトラブルを起こして、その尻拭いをする羽目になる事態を恐れているらしい。レオの爛れた私生活を散々聞かされた俺は、そのウォルトの懸念に苦笑いを返すことしかできない。これまで苦労してきたウォルトからすれば、その悩みもまっとうなものだろう。
けれども自立すると決めた俺は、ウォルトが仕事で不在の間に行動を起こすことにした。今日はちょっと近場を探検してみようと思う。異世界とか普通に興味あるし。
ドミニクに見つかったら厄介なことになるだろうが、彼はウォルトと同じ騎士である。おまけに隊長。ウォルトが仕事中であれば、当然ドミニクも仕事中だろう。
ドアをそっと開けた俺は、廊下に人がいないことを念入りに確かめた。そろそろと部屋を出て、長い廊下を見回す。ここは騎士団の寮なので、同じようなドアがずらりと並んでいる。特に見てまわる必要はない。
早速外に出ようと考えた俺は、なんとなく足音を立てないよう気を付けながら歩いた。
玄関と思われる扉を開ければ、そこには窓の外からずっと見えていた光景が広がっていた。騎士たちの訓練場にもなっているらしい広場は、人の姿がまばらだった。
物珍しさから視線を彷徨わせる。
できるだけ人のいる場所を避けて歩いていたのだが、前方からやって来た騎士らしき男が「おーい! レオくん!」と気さくに声をかけてきた。
無視するのも感じ悪いので、仕方なく足を止める。
茶髪の地味な男である。俺より背は高く体格もよろしいけど。だがやはり全体的に地味。
「なんか久しぶりに顔見た気がする。今までどこにいたの?」
正直にウォルトの部屋と答えるのも躊躇われて、俺は曖昧に笑って流しておく。
誰なんだよ、こいつは。
声をかけてきた以上、レオの知り合いなのだろう。レオは寮内で好き勝手に振る舞っていたらしい。こいつもその過程で知り合ったうちのひとりだろう。問題は、どこまで関係を持った相手なのかということだ。
訓練終わりで疲れたと肩をすくめた茶髪の男は、馴々しく俺の肩に腕を回してきた。肩につかない長さの癖っ毛が、奔放に跳ねている。どうにも締まりのない印象を抱かせる男だった。こっそり眉を寄せた俺は、さりげなく男の腕を振り払う。
気にした様子のない茶髪男は、そういえばと周囲に視線を走らせた。
「ドミニク隊長がレオくんのこと捜してたけど」
唐突に出てきた隊長という言葉に、俺の脳裏に派手な赤髪が浮かんできた。まだ俺のことを諦めていなかったのか。ウォルトの部屋に引きこもって以来、ドミニクとは顔を合わせていない。なんか危機を脱した気になっていたのだが、よくよく考えると彼との関係性はまだ何も解決していないのだった。
呼んでこようか? と余計なことをしようとする茶髪男を引き留めて、俺は精一杯の愛想笑いを浮かべた。レオは元々の顔がよろしいので、多少ぎこちない笑みでもそれなりに見えるだろう。
「えっと。隊長の件は大丈夫だから。気にしないで」
「そうなの?」
「うん。もう解決したから」
本当は全然解決していないけど。ここでドミニクと鉢合わせるのはまずい。俺の訴えに「ならいいけど」とあっさり折れてくれた男は、「それより」と急に顔を近付けてきた。
距離の近さに驚く俺の肩を軽く叩いて、茶髪男が「今夜、ひま?」とふざけた問いを発した。
流石にこれまでの流れから察する。
これは所謂、夜のお誘いってやつだろう。
やんわりと男を押しのけて、「暇じゃない」と簡潔にお断りしておく。けれども茶髪男は「えぇー」と不満を隠しもせずに食い下がってくる。
「なんで? いいじゃん、ちょっとくらい」
いいわけないだろ、ボケが。
このやんわりお断りしてます的な空気が伝わってないのか? 鈍感野郎かよ。
引きつりそうになる顔を懸命に押さえ込んでいると、「おい! トミー」と鋭い声が飛んできた。その不機嫌さを隠しもしない声には、聞き覚えがあった。
ごくりと息を呑んで、恐る恐る背後を確認する。
そこには、案の定いま一番会いたくない奴が怖い顔で佇んでいた。
「隊長! すみません、すぐに戻ります」
慌てて姿勢を正した茶髪男が駆けていく。持ち場にでも戻ったのだろう。というか、トミーという名前なのか。覚えたくはないが、覚えておこう。
いや、今はそんなことよりも。
へへっと愛想笑いを浮かべた俺は「じゃあ、俺も失礼しまーす」と頭を下げながらドミニクの横を通過しようと試みた。敵にバッタリ鉢合わせた今、俺がやるべきことは安全圏であるウォルトの部屋に避難することであった。
部屋に戻るためには、どうしてもドミニクの横を通り抜けなければならない。何か言われる前に駆け抜けようと思ったのだが、ぐいと首元を引っ張られて変な呻き声が出た。
思わず足を止めると、俺の襟首から手を離したドミニクが「おいこら」と低い声を出した。
こっわ。
咳き込みながらドミニクを見上げると、すっと目を細めた彼が「なんで逃げるんだ」と威圧感たっぷりに詰め寄ってくる。
「い、いや。逃げたわけでは……」
しどろもどろに言葉を紡ぐが、ドミニクの目元には力が入ったまま。
「いい加減にしろよ、レオ。てめぇ」
ひぇ……!
怖いんだけど、この人。誰か助けて! ウォルト!
今度こそ俺の貞操が危機なんだけど!?
ウォルトが仕事に行った後。
部屋に備え付けの鏡を覗き込んだ俺は、大きく頷いた。
今日もレオはイケメンである。
このキラキラの顔面が今は俺のものだなんて信じられない。しかしこれはモテるだろう。可愛らしい顔立ちなので、男女問わずモテそうな顔である。しかしレオはもっぱら男に手を出していたらしい。なんでそんなことを。俺だったら普通に女の子にモテたいけどね。
手櫛で髪を整えながら、そんなことを考える。
ウォルトは俺が働くことに反対している。どうやら俺が職場で恋愛関連のトラブルを起こして、その尻拭いをする羽目になる事態を恐れているらしい。レオの爛れた私生活を散々聞かされた俺は、そのウォルトの懸念に苦笑いを返すことしかできない。これまで苦労してきたウォルトからすれば、その悩みもまっとうなものだろう。
けれども自立すると決めた俺は、ウォルトが仕事で不在の間に行動を起こすことにした。今日はちょっと近場を探検してみようと思う。異世界とか普通に興味あるし。
ドミニクに見つかったら厄介なことになるだろうが、彼はウォルトと同じ騎士である。おまけに隊長。ウォルトが仕事中であれば、当然ドミニクも仕事中だろう。
ドアをそっと開けた俺は、廊下に人がいないことを念入りに確かめた。そろそろと部屋を出て、長い廊下を見回す。ここは騎士団の寮なので、同じようなドアがずらりと並んでいる。特に見てまわる必要はない。
早速外に出ようと考えた俺は、なんとなく足音を立てないよう気を付けながら歩いた。
玄関と思われる扉を開ければ、そこには窓の外からずっと見えていた光景が広がっていた。騎士たちの訓練場にもなっているらしい広場は、人の姿がまばらだった。
物珍しさから視線を彷徨わせる。
できるだけ人のいる場所を避けて歩いていたのだが、前方からやって来た騎士らしき男が「おーい! レオくん!」と気さくに声をかけてきた。
無視するのも感じ悪いので、仕方なく足を止める。
茶髪の地味な男である。俺より背は高く体格もよろしいけど。だがやはり全体的に地味。
「なんか久しぶりに顔見た気がする。今までどこにいたの?」
正直にウォルトの部屋と答えるのも躊躇われて、俺は曖昧に笑って流しておく。
誰なんだよ、こいつは。
声をかけてきた以上、レオの知り合いなのだろう。レオは寮内で好き勝手に振る舞っていたらしい。こいつもその過程で知り合ったうちのひとりだろう。問題は、どこまで関係を持った相手なのかということだ。
訓練終わりで疲れたと肩をすくめた茶髪の男は、馴々しく俺の肩に腕を回してきた。肩につかない長さの癖っ毛が、奔放に跳ねている。どうにも締まりのない印象を抱かせる男だった。こっそり眉を寄せた俺は、さりげなく男の腕を振り払う。
気にした様子のない茶髪男は、そういえばと周囲に視線を走らせた。
「ドミニク隊長がレオくんのこと捜してたけど」
唐突に出てきた隊長という言葉に、俺の脳裏に派手な赤髪が浮かんできた。まだ俺のことを諦めていなかったのか。ウォルトの部屋に引きこもって以来、ドミニクとは顔を合わせていない。なんか危機を脱した気になっていたのだが、よくよく考えると彼との関係性はまだ何も解決していないのだった。
呼んでこようか? と余計なことをしようとする茶髪男を引き留めて、俺は精一杯の愛想笑いを浮かべた。レオは元々の顔がよろしいので、多少ぎこちない笑みでもそれなりに見えるだろう。
「えっと。隊長の件は大丈夫だから。気にしないで」
「そうなの?」
「うん。もう解決したから」
本当は全然解決していないけど。ここでドミニクと鉢合わせるのはまずい。俺の訴えに「ならいいけど」とあっさり折れてくれた男は、「それより」と急に顔を近付けてきた。
距離の近さに驚く俺の肩を軽く叩いて、茶髪男が「今夜、ひま?」とふざけた問いを発した。
流石にこれまでの流れから察する。
これは所謂、夜のお誘いってやつだろう。
やんわりと男を押しのけて、「暇じゃない」と簡潔にお断りしておく。けれども茶髪男は「えぇー」と不満を隠しもせずに食い下がってくる。
「なんで? いいじゃん、ちょっとくらい」
いいわけないだろ、ボケが。
このやんわりお断りしてます的な空気が伝わってないのか? 鈍感野郎かよ。
引きつりそうになる顔を懸命に押さえ込んでいると、「おい! トミー」と鋭い声が飛んできた。その不機嫌さを隠しもしない声には、聞き覚えがあった。
ごくりと息を呑んで、恐る恐る背後を確認する。
そこには、案の定いま一番会いたくない奴が怖い顔で佇んでいた。
「隊長! すみません、すぐに戻ります」
慌てて姿勢を正した茶髪男が駆けていく。持ち場にでも戻ったのだろう。というか、トミーという名前なのか。覚えたくはないが、覚えておこう。
いや、今はそんなことよりも。
へへっと愛想笑いを浮かべた俺は「じゃあ、俺も失礼しまーす」と頭を下げながらドミニクの横を通過しようと試みた。敵にバッタリ鉢合わせた今、俺がやるべきことは安全圏であるウォルトの部屋に避難することであった。
部屋に戻るためには、どうしてもドミニクの横を通り抜けなければならない。何か言われる前に駆け抜けようと思ったのだが、ぐいと首元を引っ張られて変な呻き声が出た。
思わず足を止めると、俺の襟首から手を離したドミニクが「おいこら」と低い声を出した。
こっわ。
咳き込みながらドミニクを見上げると、すっと目を細めた彼が「なんで逃げるんだ」と威圧感たっぷりに詰め寄ってくる。
「い、いや。逃げたわけでは……」
しどろもどろに言葉を紡ぐが、ドミニクの目元には力が入ったまま。
「いい加減にしろよ、レオ。てめぇ」
ひぇ……!
怖いんだけど、この人。誰か助けて! ウォルト!
今度こそ俺の貞操が危機なんだけど!?
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