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突然話を振られ、エヴェリーナははっとする。
ジョナタだった。その傍らでマルタもこちらに目を向けている。
エヴェリーナはかろうじて笑みを顔に張りつけた。
「申し訳ございません、少し考え事をしておりました。なにをおたずねになったのでしょうか?」
「はは、エヴェリーナは真面目だな。茶の好みの話だ。マルタや他のものは北方産の茶葉がいいという。君はどうだ?」
エヴェリーナは曖昧な微笑のまま、わたくしは南方のほうがよろしいです、と答えた。
「そうか。私も北方のもののほうが好みになったから、やはり北の勝ちかな」
「あら、ジョン。それだと最初は北方産が好きではなかったみたいな言い方ね!」
「……まあ、そうだな。マルタが強く推すから、北方産のほうが好みになってしまったよ」
ジョナタが笑い、周囲からも和やかな笑いが浮かぶ。
微笑を保ってその中に溶け込みながら、エヴェリーナは胸の底が冷えるのを感じた。
――エヴェリーナは、南方産の茶葉が特別好きなわけではない。
ただ、ジョナタの元の好みに合わせたのだった。
彼にふさわしい伴侶になるために。――王太子妃として完璧な女性になるために。
茶葉だけではない。あらゆる方面にそれは及んでいる。
けれどそれはいま、なんの意味も無い行為だったのだと、目の前に突きつけられていた。
マルタはジョナタに合わせているようには見えない。なのに、そのマルタに振り回されることを、ジョナタは楽しんでいるようですらあった。
じりじりと低温の火で焼かれるような不快感がエヴェリーナの胸を苛む。
――嫉妬。
いま胸を苛んでいるこれは、その感情なのだろうか。恋人を他の女に奪われたときに覚えるといったようなものなのだろうか。
以前ほどの衝撃や悲しみはない。けれどまだまったくの平静でもいられない。
『私欲や野心ではない――だが、愛でもない』
ジルベルトの声が耳に蘇る。それが少し、エヴェリーナに冷静さを取り戻させる。
はじめは衝撃を受けたジルベルトの言葉が、だがなぜかいま、胸の中を滑り落ちて行くような気がした。
(愛でなければ……この感情は、一体……)
私欲や野心ではない、と思う。無欲なわけでもないが、やがては国母という地位に執着しているとか、権力が欲しいとか、誰かを傅(かしず)かせたいとか、今以上の贅沢な暮らしがしたいというわけではない。
「……というわけでだ、テオドールはなかなか紳士だ。信頼できる男なので、エヴェリーナも何かあればテオに相談するといい」
またも唐突に話を振られ、エヴェリーナの思考はさえぎられる。
テオドールと呼ばれた男のほうへ、思わず顔を向けた。
大きな鷲鼻が特徴的な青年で、エヴェリーナの斜向かいで照れたように笑っている。
やや縦長の顔の中で小さく見える瞳が、ちらちらとエヴェリーナをうかがっていた。
「テオは乗馬がうまい。今度、遠乗りなどしてみてはどうか」
ジョナタは朗らかに言う。テオドールは少し緊張したように笑いながら、それでもエヴェリーナを強く意識していることがわかった。
エヴェリーナは、頬が強ばったのをなんとか堪えた。ジョナタの意図がわかってきて、じりりと心が焦げ付く。
「テオにならエヴェリーナを任せてもいい。君にも、やはり然るべき騎士が必要だからな。君を一途に愛し崇拝してくれるような男がいいのだ」
心底そう思っているとばかりの、明るい声だった。
――お前も早く愛する人を見つけろとでも言われているような気がした。
きっと、ジョナタに悪意はないのだろう。だが、これではあまりにも――。
(……早くなかったことにしようとでも、いうの)
元婚約者にも新たな相手をあてがえば、罪悪感も薄れ、しこりも解消される。――そうとでも思っているのか。
エヴェリーナは、かすかに震える呼吸を噛み殺した。
(……なんの、ために……)
なんのために自分はここまで励んできたというのか。
なんのために、親の期待も家名も背負ってここまで耐えてきたというのか。
何もかもが正反対の女に王太子妃候補という立場を奪われ、呆然とするためか。
ジョナタのためであった何もかもを、よく知りもしない男に安く売り渡せというのか。
震えるほどの怒りがはしる。悔しさと哀しさで吐き気がこみあげる。
恥も外聞もかなぐりすてていっそ立ち上がろうとしたとき、
「遅くなった」
ジョナタだった。その傍らでマルタもこちらに目を向けている。
エヴェリーナはかろうじて笑みを顔に張りつけた。
「申し訳ございません、少し考え事をしておりました。なにをおたずねになったのでしょうか?」
「はは、エヴェリーナは真面目だな。茶の好みの話だ。マルタや他のものは北方産の茶葉がいいという。君はどうだ?」
エヴェリーナは曖昧な微笑のまま、わたくしは南方のほうがよろしいです、と答えた。
「そうか。私も北方のもののほうが好みになったから、やはり北の勝ちかな」
「あら、ジョン。それだと最初は北方産が好きではなかったみたいな言い方ね!」
「……まあ、そうだな。マルタが強く推すから、北方産のほうが好みになってしまったよ」
ジョナタが笑い、周囲からも和やかな笑いが浮かぶ。
微笑を保ってその中に溶け込みながら、エヴェリーナは胸の底が冷えるのを感じた。
――エヴェリーナは、南方産の茶葉が特別好きなわけではない。
ただ、ジョナタの元の好みに合わせたのだった。
彼にふさわしい伴侶になるために。――王太子妃として完璧な女性になるために。
茶葉だけではない。あらゆる方面にそれは及んでいる。
けれどそれはいま、なんの意味も無い行為だったのだと、目の前に突きつけられていた。
マルタはジョナタに合わせているようには見えない。なのに、そのマルタに振り回されることを、ジョナタは楽しんでいるようですらあった。
じりじりと低温の火で焼かれるような不快感がエヴェリーナの胸を苛む。
――嫉妬。
いま胸を苛んでいるこれは、その感情なのだろうか。恋人を他の女に奪われたときに覚えるといったようなものなのだろうか。
以前ほどの衝撃や悲しみはない。けれどまだまったくの平静でもいられない。
『私欲や野心ではない――だが、愛でもない』
ジルベルトの声が耳に蘇る。それが少し、エヴェリーナに冷静さを取り戻させる。
はじめは衝撃を受けたジルベルトの言葉が、だがなぜかいま、胸の中を滑り落ちて行くような気がした。
(愛でなければ……この感情は、一体……)
私欲や野心ではない、と思う。無欲なわけでもないが、やがては国母という地位に執着しているとか、権力が欲しいとか、誰かを傅(かしず)かせたいとか、今以上の贅沢な暮らしがしたいというわけではない。
「……というわけでだ、テオドールはなかなか紳士だ。信頼できる男なので、エヴェリーナも何かあればテオに相談するといい」
またも唐突に話を振られ、エヴェリーナの思考はさえぎられる。
テオドールと呼ばれた男のほうへ、思わず顔を向けた。
大きな鷲鼻が特徴的な青年で、エヴェリーナの斜向かいで照れたように笑っている。
やや縦長の顔の中で小さく見える瞳が、ちらちらとエヴェリーナをうかがっていた。
「テオは乗馬がうまい。今度、遠乗りなどしてみてはどうか」
ジョナタは朗らかに言う。テオドールは少し緊張したように笑いながら、それでもエヴェリーナを強く意識していることがわかった。
エヴェリーナは、頬が強ばったのをなんとか堪えた。ジョナタの意図がわかってきて、じりりと心が焦げ付く。
「テオにならエヴェリーナを任せてもいい。君にも、やはり然るべき騎士が必要だからな。君を一途に愛し崇拝してくれるような男がいいのだ」
心底そう思っているとばかりの、明るい声だった。
――お前も早く愛する人を見つけろとでも言われているような気がした。
きっと、ジョナタに悪意はないのだろう。だが、これではあまりにも――。
(……早くなかったことにしようとでも、いうの)
元婚約者にも新たな相手をあてがえば、罪悪感も薄れ、しこりも解消される。――そうとでも思っているのか。
エヴェリーナは、かすかに震える呼吸を噛み殺した。
(……なんの、ために……)
なんのために自分はここまで励んできたというのか。
なんのために、親の期待も家名も背負ってここまで耐えてきたというのか。
何もかもが正反対の女に王太子妃候補という立場を奪われ、呆然とするためか。
ジョナタのためであった何もかもを、よく知りもしない男に安く売り渡せというのか。
震えるほどの怒りがはしる。悔しさと哀しさで吐き気がこみあげる。
恥も外聞もかなぐりすてていっそ立ち上がろうとしたとき、
「遅くなった」
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