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ジルベルトが低くかすかな笑い声をもらした。
「淑女の仮面を脱がせられるかどうかは男の器量次第だ。お前が相手では、彼女も仮面を脱げなかったということだろう」
「な……!」
ジョナタが言葉を失う。
エヴェリーナもまた、驚いてジルベルトを見た。
とっさに焦り、ジョナタに向かって口を開いた。
「殿下、わたくしは、その……」
――見苦しい姿をさらしていたら申し訳ない。わけもわからぬうちに、とっさにそのようなことを口にしようとした。
だが、眉をつりあげたマルタが勢いのある声でそれをさえぎった。
「ジルベルトさん……あなた、ジョナタのお兄さんなのに本当にいやなやつね!」
「お前に好かれなくとも結構だ、野良猫」
「のっ……!?」
冷たく突き放され、マルタが大きく目を見開く。同時に、ジョナタが眉をつりあげて兄を睨んだ。
「兄上、マルタへの侮辱は許しませんよ」
「侮辱ではない。陰で言うぐらいなら本人に言うというだけだ。野良猫には野良猫の魅力もあろう。愛情を感じること自体を否定するつもりもない。だが王太子妃の地位は愛情で埋められるものではないぞ」
「そう何度も言われなくってもわかってます!! ジョンのためならがんばりますからっ!!」
両手を腰にあて、気の強さもあらわにマルタが反論する。
エヴェリーナは目を白黒させるばかりだった。
マルタはジルベルト相手にも物怖じせず睨みつけ、ジルベルトは冷厳にそれを見下ろしている。
――その光景に、エヴェリーナはじわりと暗いものが胸に広がるのを感じた
愛想が良く、礼儀を知らないと言われるマルタ――けれど相手が王太子でも第一王子でも気さくでいられるマルタは、ジョナタを魅了したように、ジルベルトとすら親しくなってしまうのかもしれない。
エヴェリーナには決してとれない態度で、エヴェリーナには決してできない距離の詰め方で、マルタは平然と王太子の心を奪っていってしまったのだ。
(いや……)
いやだ、と痛烈な叫びが胸の内にこだました。
ジルベルトまでマルタに奪われたくない。
「……まあいい。せっかく招いてもらったところを悪いが、そろそろ辞去するぞ。この参加者と茶会というのは私には合わん。そこの野良猫も威嚇していることだしな。エヴェリーナは借りていく」
エヴェリーナははっと目を上げた。
「兄上、エヴェリーナをそそのかさないでくださいと言ったはずです! 彼女には、ふさわしい相手を――」
「誰がそそのかしているだと? 次の相手は彼女や彼女の周りが決めることであって、いまのお前が決めていいことではないだろう」
ジョナタの真剣な抗議を、ジルベルトはやや皮肉めいた顔で受け流す。
エヴェリーナは硬直していた。だが胸にわだかまっていたものが、ジルベルトの言葉でふっと軽くなるのを感じた。
「――それにだ。私では彼女の相手に不足だとでも?」
王太子の顔に驚愕が浮かび、凍りつく。
エヴェリーナもまた、反射的に手で口を覆っていた。
鼓動がとたんに乱れはじめ、表情を取り繕えない。――ジルベルト流の、きわどい戯れ言に過ぎないだけなのに。
「お、お戯れを……」
張り詰めた空気をとりなすようにエヴェリーナはそれだけ言うのが精一杯だった。
「来い、エヴェリーナ」
ジルベルトはただそれだけを言い、もはや用はないとばかりにジョナタに背を向ける。
エヴェリーナはうろたえ、ジルベルトとジョナタの間で視線をさまよわせた。
だが何か見えない力に引き寄せられるように、ジルベルトのほうへ踏み出す。
「エヴェリーナ……!」
焦ったようにジョナタが呼ぶ。その声はわずかにエヴェリーナの足を止めた。
――エヴェリーナの頭のどこかで、これまで培われた理性がささやいた。
ここで、これほど露骨にジルベルトと辞してしまえば、どうとられるか。
たとえそこに特別な関係などなくても、いくらジョナタであっても、ただの友人関係などとは思ってくれまい。否、他ならぬジョナタの前でこれほど露骨な行動をとってしまえば――。
ジョナタの傍らで、マルタが名状しがたい顔をしていた。怒っているような、不安を覚えているかのような表情。ちょっと、とジョナタの腕を引いている。
その様子を見たとき――エヴェリーナはふいに気づいた。
もう、胸の中に焦げ付いたものを感じない。あれは嫉妬ではなかった。
あれはきっと――。
エヴェリーナは、優雅に一礼した。
「お招きいただき感謝を申し上げます。途中で辞する無礼をお許しください」
無心に、丁寧に言ってドレスを翻す。
背中に、エヴェリーナと呼ぶ声が聞こえた。だがもう振り返らなかった。
「淑女の仮面を脱がせられるかどうかは男の器量次第だ。お前が相手では、彼女も仮面を脱げなかったということだろう」
「な……!」
ジョナタが言葉を失う。
エヴェリーナもまた、驚いてジルベルトを見た。
とっさに焦り、ジョナタに向かって口を開いた。
「殿下、わたくしは、その……」
――見苦しい姿をさらしていたら申し訳ない。わけもわからぬうちに、とっさにそのようなことを口にしようとした。
だが、眉をつりあげたマルタが勢いのある声でそれをさえぎった。
「ジルベルトさん……あなた、ジョナタのお兄さんなのに本当にいやなやつね!」
「お前に好かれなくとも結構だ、野良猫」
「のっ……!?」
冷たく突き放され、マルタが大きく目を見開く。同時に、ジョナタが眉をつりあげて兄を睨んだ。
「兄上、マルタへの侮辱は許しませんよ」
「侮辱ではない。陰で言うぐらいなら本人に言うというだけだ。野良猫には野良猫の魅力もあろう。愛情を感じること自体を否定するつもりもない。だが王太子妃の地位は愛情で埋められるものではないぞ」
「そう何度も言われなくってもわかってます!! ジョンのためならがんばりますからっ!!」
両手を腰にあて、気の強さもあらわにマルタが反論する。
エヴェリーナは目を白黒させるばかりだった。
マルタはジルベルト相手にも物怖じせず睨みつけ、ジルベルトは冷厳にそれを見下ろしている。
――その光景に、エヴェリーナはじわりと暗いものが胸に広がるのを感じた
愛想が良く、礼儀を知らないと言われるマルタ――けれど相手が王太子でも第一王子でも気さくでいられるマルタは、ジョナタを魅了したように、ジルベルトとすら親しくなってしまうのかもしれない。
エヴェリーナには決してとれない態度で、エヴェリーナには決してできない距離の詰め方で、マルタは平然と王太子の心を奪っていってしまったのだ。
(いや……)
いやだ、と痛烈な叫びが胸の内にこだました。
ジルベルトまでマルタに奪われたくない。
「……まあいい。せっかく招いてもらったところを悪いが、そろそろ辞去するぞ。この参加者と茶会というのは私には合わん。そこの野良猫も威嚇していることだしな。エヴェリーナは借りていく」
エヴェリーナははっと目を上げた。
「兄上、エヴェリーナをそそのかさないでくださいと言ったはずです! 彼女には、ふさわしい相手を――」
「誰がそそのかしているだと? 次の相手は彼女や彼女の周りが決めることであって、いまのお前が決めていいことではないだろう」
ジョナタの真剣な抗議を、ジルベルトはやや皮肉めいた顔で受け流す。
エヴェリーナは硬直していた。だが胸にわだかまっていたものが、ジルベルトの言葉でふっと軽くなるのを感じた。
「――それにだ。私では彼女の相手に不足だとでも?」
王太子の顔に驚愕が浮かび、凍りつく。
エヴェリーナもまた、反射的に手で口を覆っていた。
鼓動がとたんに乱れはじめ、表情を取り繕えない。――ジルベルト流の、きわどい戯れ言に過ぎないだけなのに。
「お、お戯れを……」
張り詰めた空気をとりなすようにエヴェリーナはそれだけ言うのが精一杯だった。
「来い、エヴェリーナ」
ジルベルトはただそれだけを言い、もはや用はないとばかりにジョナタに背を向ける。
エヴェリーナはうろたえ、ジルベルトとジョナタの間で視線をさまよわせた。
だが何か見えない力に引き寄せられるように、ジルベルトのほうへ踏み出す。
「エヴェリーナ……!」
焦ったようにジョナタが呼ぶ。その声はわずかにエヴェリーナの足を止めた。
――エヴェリーナの頭のどこかで、これまで培われた理性がささやいた。
ここで、これほど露骨にジルベルトと辞してしまえば、どうとられるか。
たとえそこに特別な関係などなくても、いくらジョナタであっても、ただの友人関係などとは思ってくれまい。否、他ならぬジョナタの前でこれほど露骨な行動をとってしまえば――。
ジョナタの傍らで、マルタが名状しがたい顔をしていた。怒っているような、不安を覚えているかのような表情。ちょっと、とジョナタの腕を引いている。
その様子を見たとき――エヴェリーナはふいに気づいた。
もう、胸の中に焦げ付いたものを感じない。あれは嫉妬ではなかった。
あれはきっと――。
エヴェリーナは、優雅に一礼した。
「お招きいただき感謝を申し上げます。途中で辞する無礼をお許しください」
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