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不思議な世界

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夕食が終わり、ララはレジュリーと一緒に寝室に向かった。ギシギシきしむ階段は、ララの病人の演技に合わせるかのように、重く鈍い音を出した。寝室に入り、ララがベッドに横になると、レジュリーはベッドに腰掛け、そっと掛け布団をかけてくれた。
「ママ……」
ララは、まだ具合が悪そうにレジュリーを呼んだ。
「何?」
「ママは、妖精とかって信じる?」
思い切ったララの質問だった。その言葉に、レジュリーの顔が歪んだ。 
「どうしたの? 急に……」
明らかに、声のトーンが下がった。レジュリーは妖精の存在を知っているみたいだが、どうしてもララにはそのことを隠したいように見える。
「おじいちゃんの書斎に――」
「何かいたの!?」
ララの話をさえぎり、レジュリーは大きな声で訊いた。今まで聞いたことのある母親の大声とは違う、何かに恐れ怯えたような声に、ララは圧倒されて黙ってしまった。
「どうしたんだ! そんなデカイ声を出して……」
真咲が、声を聞きつけ寝室に入ってきた。
「あなた……、ララが――」
レジュリーは、今にも泣きそうな顔をし、両手で顔を覆った。
「ララがどうしたんだ? ララ、何か言ったのかい?」
「ママに、〝妖精って信じる?〟って訊いただけ……」
ララは、布団にくるまり、縮こまりながら話した。真咲に見せるその顔は、何か悪いことを聞いてしまった幼い子のようだった。でも、この話が聞ければ、両親がどこまで妖精の世界を知っているか知れるチャンスだともララは考えていた。ただ単に、圧倒されたわけじゃなかった。
「レジュリー、そんなことで大声を出すなよ。ララがビックリしてしまうだろ」
真咲はため息まじりにそう言うと、ララの長いブロンド色の髪を静かに優しくなでた――ララには、とても大きな手だった。
「でもあなた――」
レジュリーは、心配な顔でララを見た。真咲は、笑顔でララを見ると、静かに話し始めた。
「じゃあ、ママの代わりにパパが答えるよ。パパもママも、妖精はいると信じてる――ていうより、会ったことがあるんだ。もちろん、おばあちゃんも」
真咲は、ゆっくりとベッドに腰掛けながら笑顔で話した。
「ホント!?」
ララは、驚いたふりをした。ララ自身も、妖精に会っているからそこまで驚かなかったが、真咲の返答はララにとって百点満点の返答だった。レジュリーは目に涙をためながら胸に手を当て、顔を大きく振りながらララを見ている。まだ、ララに妖精の話をするのが心配のようだった。
「でも、何でそんなこと訊くんだい?」
真咲が優しく訊いてくれたで、ララも、話しやすかった。
「おじいちゃんの書斎に、いろんな妖精の本があったから……」
「書斎にいたから……」とは、口が裂けても言えなかった。
「そうか。ママのパパ、ララのおじいちゃんは、妖精と暮らすことができる唯一の大人だったんだ。パパとママはこの町で育ったから、子供の頃よくおじいちゃんに妖精たちと会わせてもらった」
「ママもなの?」
「ママは、〟花の妖精フローラ〟ととっても仲が良くてね。よくパパに花の首飾りを作ってくれたよ――パパは、すぐに無くしちゃうんだけどね」
真咲は、レジュリーにウインクしながら言った。レジュリーは、真咲の手を握り指で涙を拭いた。その顔は、涙まじりのきれいな笑顔だった。
「パパは、〟リュタン〟って言う小人とよく悪戯しては、おじいちゃんに怒られてたよ」
真咲は、懐かしそうに話している。
「でも、パパもママも……もう会えないんだ」
「何で?」
「信じていても、大人になってしまったパパたちに姿を見せてくれないんだよ。心が純粋じゃないないから……」
「そんなことないよ! パパもママも優しいもん」
ララは、布団から起き上がると声を大にして言った。ララは、自分でも驚いた。自分がそんなことを言うなんて、ララの自然な気持ちが言葉となって初めて出た。
「ありがとう、ララ」
真咲の大きな手が、ララの頬にそっと触れた――とても温かかった。
「もちろんパパたちも、何も変わっていないと思っている。でも、知らず知らずに心が純粋じゃなくなっていくんだよ。自分じゃどうしようもない」
二人の顔は、とても悲しそうだった。子供の頃が、とても楽しかったに違いない。ララは、そう思った。
「私にも見えるかな……?」
答えが出ている質問をララはした――答えは、見える。
「もちろん! ララにだって見えるさ」
「あなたは、優しい子だから。よく我慢してくれているもの。いつも淋しい思いしているのよね。ゴメンね、ララ」
レジュリーの突然の言葉に、ララは泣きそうになった。両親は、いつも悪戯をするララの心の中の叫びに気付いていた。それなら、ちゃんとかまってほしいと言いたかったが、それ以上に気付いてくれていたことが嬉しかった。
「何でわかったの? って顔してるな」
真咲は、笑いながら言った。その顔に、ララもつられて笑ってしまった。
「そりゃわかるわよ。ララはママたちの大切な子供だ」
ララの顔は、屈託のない笑顔だ。
「私も、妖精に会いたいな……」でもララは、ウソの話をつき通した。
「会えるさ! でも、これだけは覚えていてくれ。妖精もいい奴ばかりじゃない。人間と同じで悪さをする奴もいるってことを」
真咲の顔が真剣になった。ララは、自然と息をのんだ。
「とくにこの季節は――」
レジュリーは、カーテンが開いているのに気付き立ち上がると、カーテンに手をかけ、窓の外を見渡してからカーテンを閉めた。
「ま、今は早く体調を治すんだ。じゃないと、妖精も近寄らないよ。早くお休み」
真咲は、ララの額にキスをして立ち上がった。
「おやすみ」
レジュリーも、ララの頬にキスをして部屋を出ていった。
「おやすみなさい」
「おやすみ……」
真咲は部屋の電気を消し、ドアを静かに閉めた。
ララは嬉しいのと同時に、コリンたちに頼まれたことが、もしかしたら本当はものすごく大変なことなんじゃないかと考えた。それでも、ララにはもうやるしかなかった。
夢の世界の入り口に立つまで、ララはカイヤックブールの顔を想像していた。カイヤックブールは、顔を陰で隠し、高笑いをしてこちらに振り返った。

次の日、まだ具合の治らないララは、ベッドで寝ていた。レジュリーは、我が子がベッドでゆっくり寝ているのを見ると、安心したかのように玄関にいる真咲のもとに向かう。
「ゆっくり寝ているわ」
「そうか。じゃあお義母さん、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
オルバは出かける二人を見送ると、台所で洗い物をして外へ出た。
だが実は、このときベッドで寝ていたのはプースリだった。ララは、陽が昇る前に書斎に入っていた。
「そろそろ出発だ。準備はいいか、ララ?」
コリンは、もの凄く小さい、ボギービースト用のウエストポーチをつけていた。
「それより、お前の両親は毎日どこに行ってるんだ?」
「昨日は、一昨日買い忘れたなんかで、今日は同級生に会うんだって――それ、何が入ってるの?」
ララは厚手のコートを着ながら、コリンのウエストポーチのあまりの小ささに、何が入っているのか訊かずにはいられなかった。
「いろんなものだよ。セージに懐中電灯、ビスケットに傘――」
その小さいウエストポーチから、他にもいろんなものが出てきた。なぜか、卓球のラケットまで入っている。
「小さいラケットなんて何に使うのさ?」
ララが疑いの目でコリンに訊くと、コリンは不気味に笑って何も言わなかった。ララは、さらに顔をしかめる。
「早くしろ」
ベラが、冷静に言った。ララとコリンは、その怖ろしいまでの冷静さに、急いで身支度をしてお互いを確認しあった。コリンは、一度入れたものをまた出してしまったので少々時間がかかったが、ララも手伝い早く終わったが、ビスケットが一枚粉々になってしまった。
「行くぞ」
呆れながら、ベラは先に部屋から姿を消した。ララは、振り返った窓からベラの姿を確認すると、ベラはララたちに小さくうなづいた。
「私たちはどうするの?」
「そこに掛けてある絵があるだろ」
コリンはララの肩に座ると、壁を指差した。コリンが肩に座ることをあからさまに嫌な顔をしたララが指を差した壁を見ると、確かに絵が掛っている。その絵は、老人がウインクしながら、下を指差している絵だった。なんとも奇怪な絵に、ララは少し戸惑った。
「あの絵に近づいてくれ」コリンの言うままに、ララは絵に近づく。「下を見ろ」コリンは、ララの肩に乗り下を指差した。ララが下を見ると、ガムの包み紙が落ちていた。
「ちょっと、汚い!」
ララが包み紙を拾うと、ガムのようなものがゴムのように伸びた。
「え?」
ララが、不思議に思っていると、ララの立っている場所の床が割れたように二つに開き、ララは暗闇に落ちていった。
「キャアァァァァ!!」
ララは、叫びながら滑り台を滑っているように落ちる。右に左に、まっすぐに落ちたり、蛇行したり、一周まわったりしながら落ちていく。まるで、ジェットコースターのようだ。どこにそんな長いものを作ることができるかなんて、ララは考えている余裕がないくらい、悲鳴を上げながら落ち滑る。だがコリンは、楽しそうにララにしがみついていた。そして、目の前に光りが迫ってくると、ララは外の世界に勢いよく放り投げられた。

ドスンっという鈍い音を立てて、ララは雪の覆う地面に叩きつけられた。
「痛あぁぁぁい!!!」
ララは、顔全体に雪をつけながら憤慨した。
「もう! どうやったら、あんな長い落とし穴ができるのよ!」
ララはうつ伏せになりながら、手足を激しく動かして暴れた。コリンは、大の字でうつ伏せに倒れているララの前を、まるでジェットコースターを乗り終えたかのように意気揚々と歩いている。
「何をしておる。早く立たんか。先へ急ぐぞ」
ベラは、ララに手を貸すことなく杖を振りあげると、雪を舞い上げた。しかし、ララたちには雪がつかない。
「これで、人間には見えない。行くぞ」
ベラを先頭に、一同は近くの公園へと向かう。
「ねえコリン、ベラって魔法使えるの?」
「魔法? そんなものじゃない。あれは〟特殊異能〟だよ。ま、人間には魔法に見えるかもしれないけどね」
「〟特殊異能〟?」
「そう。人間にもあるんだけど、特に妖精たちは〟特殊異能〟の力が強い。ベラは、見ての通り〟すべてを凍らせる〟ことができる。〟絶対零度〟だ。使い方によっては、精神干渉さえできる」
「へえ……」
コリンの言っていることをすべてわかったわけではないが、ララにもすごいということはわかった。
「ララにもあるかもね」
「私にも? あるかな?」
「あるだろ? 悪戯」
「最悪」
「着いたぞ」
ララが、ふてくされた顔で前を見ると、そこは家の近くの公園だった。
「こっちだ」
ベラが通る場所の雪がはじかれて、一つの道となった。ララには好都合だが、舞い上がった雪がララたちに攻撃して前が見づらかった。
「ここ近くの公園だよね? ここに何があるの?」
「ここには、ベラの住む世界との入口があるんだよ」
コリンは、ララの髪の毛に避難していた。
「ねえ、ちょっと痛い!」
「仕方ないだろ。オレ人形だから、濡れたくないんだよ」
「だからって、何で私の髪に絡むのよ!」
「ここが一番いいんだよ。意外と温かい」
「ちょっと、動かないで! 痛いってば」
髪の中で暴れるコリンを、無理やり髪からほどいたララは、コリンを握り絞め、顔を近づけて睨みつけた。
「着いたぞ――何をしておる?」
ベラが鋭い視線をララに向ける。
「だってコリンが――ここは?」
ララの目の前には、大きな檻がそびえていた。金網はさびていて、壁の塗装はほとんどはがれている。何より、檻の中は雪が積もっていて、生き物が棲んでいるようには見えなかった。ララは檻の珍しさから、自然とコリンを握っていた手を緩め、コリンは雪の中に落ちていた。
「ここは何?」
「ここは、昔アザラシを飼っていたんだよ」
「アザラシ? すご!」
「今はいないけどね――ああ、濡れちゃった……」
コリンは雪を落としながら、ララを睨みつけたが、ララはコリンの視線に全く気付いていなかった。
「ここに何があるの?」
「入るぞ」
ベラは、入口の南京錠にそっと指を伸ばす。すると、指の先端から氷が伸び、カビ穴に入ると、ベラはゆっくりと指をひねった。カギは静かに音を立てて外れると、扉が開いた。
「入ったら、カギを掛けるように」
「え、そこは私がやるの?」
「先に行くぞ」
ベラは、ララを置いていくように先に進む。ララは慌てて扉を閉め、金網に腕を通して鍵をかけた――が金網から腕が抜けない。
「ねえ、ベラ! 腕が――」
ララが振り返ると、ベラが激しく肩を振り払い、何かを氷漬けにして持ち上げている。コリンの「ごめんなさい、ごめんなさい!」と謝る声が聞こえた。ララは急いで金網から腕を抜き、ベラに駆け寄った――これ以上ベラを怒らせたら、自分も氷漬けにされてしまう。
アザラシが泳いでいたといわれる水槽の前に立つ。
「やっと着いたな」
コリンの声は、泣き声のように上ずっていた。自分の肩にちょこんと乗るコリンを見て、ララはちょっとだけかわいそうに思ったが、次の瞬間持ってきたけん玉で楽しそうに遊んでいるのを見て、呆れたように頭を抱えた。
「さて――」
ベラが目を閉じ、勢いよく手を広げると、舞い上がっていた雪たちが一瞬で晴れた。そして、ベラが指をはじくと水槽に積もった雪が一面七色に光輝いた。
「先に行くぞ」
ベラはそう言うと、光の中へと飛び込んだ。
「え、ここに飛び込むの?」
「そうだよ」
コリンはけん玉をしまい、ララの肩から一回転をして着地を決めた。
「え、これどこにつながってるの?」
「妖精の世界さ」
「え、妖精の世界って何?」
「カイヤックブールのところ1」
「え、紋別じゃないの?」
「紋別にいたら、人が住めないだろ?」
「え、ここしか――」
「え、え、え、えってしつこいよ! 前に進めない!」
一歩踏み出そうとするコリンに、質問攻めにするララ。コリンは、足を鳴らしてララに起こった。
「だってしょうがないでしょ? 私行ったことないんだから!」
ララも脇に手を当てて応戦。二人はしばらくにらみ合うと、お互いにそっぽを向いた。
「じゃあ、オレは先に行くからね!」
と言うと、コリンも光の中に飛び込んだ。
「え、ちょっと!」
雪の中、一人残されたララ。さっきまで降っていなかった雪がどんどん、しんしんと降ってくる。
「もう、行くわよ!」
ララは、ふてくされながら光に飛び込んだ。

飛び込んですぐ、ララはしりもちをついて着地した。
「ん~もう! 短い! なんなのよ! さっきの意味のない長さを想像してたのに!」
ララの怒りは収まらない。
「やあ、ララ! よく来たね」
コリンは皮肉を込めて笑った。
「マジムカつく!」
二人は、顔を近づけて言い争い、しまいには、コリンの投げた雪玉をきっかけに雪の掛け合いを始めた。そんな二人を見下すように、ベラが静かに、重々しく近づいてきた。
「何をしておる!」
「だってコリンが!」
「だってララが!」
「もう森の中だぞ」
ベラの言葉に、ララは鼻の下に雪をつけたまま周りを見渡す。そこには、白銀に染まった木々たちがそびえていた。
「きれい……」
ララは、ゆっくりと辺りを見渡し立ち上がった。こんなにきれいな場所は、ララの住む街では見ることができない。ララは、初めて目にする感動の目になっていた。
「どうだい? 妖精の世界は?」
コリンは、手を広げて話した。まるで、コリンの世界みたいに。
「ここが妖精の世界……」
「そう、ここが妖精の世界〟ウェンデル〝だ」
今目の前に広がる世界が、自分の父親と母親も来た世界だと思うと、ちょっとだけ、この世界を共有した優越感のような気持ちになって、ララはちょっとだけ嬉しかった。
「ここにママやパパも来たんだ……」
「そうだよ。ここは〟南の森〟の入口だ――ララ、あれを見ろ」
コリンがララの肩に登り腰掛けると、白銀の森の中を指差した。
そこには、キラキラ光る無数の雪がきれいに飛んでいる。
「雪が舞ってる! きれい……」
「あれは、〟銀虫〟だよ」
「へえ……え? あれ、虫なの?」
「ああ。銀虫は、群れで行動する。人間の世界では、〟ダイヤモンドダスト〟って言われることもある」 
「ダイヤモンドダストって……虫なの?」
「まあ、人間には雪の結晶にしか見えないからね。それに、銀虫は人間に触られると、雪のように溶けちゃうから、人間は雪と見間違えるんだよ」
コリンが笑いながら話していると、森の木々から鳥が飛び立った。
驚いたララは、空を見上げた。飛び立った鳥たちから羽がひらひらと落ちて、ララがすくうように両手を出すと、爆発したように破裂した。
「何、あの鳥は?」
ララの頭上を飛ぶ、くちばしが短く、首が長くて、大きく翼を広げながら飛んでいる鳥の群れを見た。
「〟雪鳥〟だ」
「羽が破裂したんだけど……」
ララは悲しそうに言うが、その顔は初めてばかりでとても楽しそうだった。
「雪鳥の羽は、温度に敏感なんだ。外気の温度以外に近づくと、敏感に反応して破裂するんだよ。ちょっと雪の中に手を突っ込んで冷やしてから羽を触ってみな」
ララは、コリンが言うように雪の中に手を突っ込む。コリンがいいと言うまで手を突っ込み、自分の息で温めたいのを我慢し、ちょうどよく落ちてきた羽を手の平に乗せた。羽は、破裂しないでララの手の上に落ちた。
「きれい……」
羽は、ララの手の平の上で七色に光り、温まってきた手のひらの上でまた破裂した。破裂片がララの顔にぶつかる。痛いのと同時に冷たかったが、ララの顔は笑顔のままだった。
「では行くぞ」
颯爽と歩くベラのあとを、ララとコリンは続いて歩いた。
森の中には、トナカイの行列がララの前を通り過ぎたり、コリンが指差した方向には、イエティが洞窟の前で焚き火をして温まっていた。雪蝶々が冷たい粉をまきちらしながら飛び、ドリアードは自分の枝に積もった雪を、ブツブツ文句を言いながら払っている。目に入るものすべてが新鮮で、ララにとってはとても楽しい世界が目の前に広がっていた。
「ここ、楽しい!」
「それはよかった」
「ねえ、ここに人間はいないの?」
「いないよ。今はララだけ」
「今は?」
「そう、冬の森には人間の子供も入れないんだ。春になれば入れるけど」
「どうして?」
「ベラが入れないようにしているから。カイヤックブールから子供たちを守るために……ね」
コリンのこの言葉に、ララは本来の目的を思い出した。ララの顔が曇る。
「ねえ、コリン――」
ララは、コリンにどうしても訊きたいことがあった。コリンは、ララの横顔を見て話を聞いていた。
「パパやママは、子供のときに妖精と遊んだことがあるって……」
「ああ、あるとも!」
コリンは、大声で嬉しそうに答えた。
「レジュリーと真咲だったか? あの子たちは、春、夏、秋と毎回この世界に来てはよく遊んでいたよ」
コリンは、懐かしそうに空を見上げながら話した。ララは、なぜかその横顔に哀愁を感じた。
「さっきみたいにして来たの?」
「いや。春になると、森の入り口のアーチが開くから、そこを通って入るんだよ」
コリンは、西の方角を指差しながら言った。
「今は入れないの?」
「そう。ベラが閉じてるからね」
コリンは、親指でララたちの前を警戒しながら歩くベラを差した。
「カイヤックブールから守るためだっけ?」
「それもあるけど、ベラは人間の子供が嫌いなんだ」
「何で?」
「すぐ泣くからだ」
ベラが、ララたちに振り向き、冷たい口調で話した。
「出た、地獄耳……」
コリンは、舌を出してささやいた。
「でも、子供はみんな泣くわよ」
「泣き声がうるさい」
ベラは、冷たく言い放った。
「しょうがないじゃん……」
ララは、何か人間の子供をバカにされているような気分になりうつむいた。
そのとき、ララの顔の前を、卓球の玉ぐらいの雪玉がビュンビュン飛んできた。三人は立ち止り、雪玉が飛んでくる方を見た。
「ほら来た! 〟ミタ・インディオ〟だ!」
コリンは、ウエストポーチに手を突っ込みまさぐった。
「アワヮヮヮヮ!」
四人のミタ・インディオの男たちは、手の平で口を叩き、奇怪な声を発しながら雪玉をララたちに投げてきた。その顔は、雪のように白く両頬に二本ずつ赤い横線を書いている。筋肉質の上半身は何も着ていなく、白い背中にチラッと鳥やライオンなどの動物のタトゥーが彫られていた。ミタ・インディオは、みな真剣に雪玉を投げている。
「誰なの? ミタ・インディオって!」
ララは、雪玉をかわしながら訊いた。
「フローラ語で、〟雪のインディアン〝っていう意味だ。別名〟四季変わりのインディオ〝。たぶん、自分たちの縄張りに入られたのが気に入らなかったんだろう。けど、あれは本隊じゃないな」
まだコリンは、ウエストポーチまさぐっている。
「ねえ、四季変わりのって――」
「私が追い払おう」
「待て、待て。あいつらと遊ぶのが、オレの楽しみでもあるんだから!」
コリンはベラを止めると、やっとウエストポーチの中からラケットを出した。
「いくぞぉ!」
コリンはラケットを構えると、ミタ・インディオの投げた雪玉を一個大振りで打ち返した。雪玉は、崩れなることなく打ち返され、ミタ・インディオの額に命中した。
「ヨッシャァァ!」
コリンは、渾身のガッツポーズをして喜んだ。おでこに雪玉が命中したミタ・インディオは、低い声を発しながらゆっくりと後ろ向きに倒れた。その倒れた仲間を黙って見ていた他のミタ・インディオたちは、もう一度口を叩いて大きな雄叫びを上げると、先ほどより速いペースで雪玉を投げてきた。
「ララもやってみるか?」
コリンは、雪玉をうまい具合にかわしながらラケットをララに差し出した。
「やるけど、ラケット小さいよ……」
ララは、ラケットを親指と人差し指で挟みながら困惑した。
「あら、小さいね。ベラ、大きくしてあげて」
「フン!」
ベラは、明らかに気が進まないような鼻を鳴らすと、親指と薬指をこすりながらラケットに向かって息を吹きかけた。すると、小さい氷の結晶がラケットに向かって吹きつけられると、ラケットが氷に覆われ、みるみるうちに大きくなった。
「満足か?」
ベラは冷たい視線をコリンに向けながら言い放った。
「よし、ララ! その氷のラケットで雪玉を打ち返せ! ……あぶね!」
コリンは、間一髪のところでしゃがみ、雪玉をかわしながら言った。
「わかった……」
ララは氷のラケットを構えると、一発打ち返した。
「オフッ!」打ち返した雪玉は、ミタ・インディオの胸に当たったが、倒れることなく雪玉を投げ返してきた。
「ダメだ! 額に当てないと倒れないぞ!」
コリンは雪玉をかわしながら、鬼コーチのように大きな声で叫んだ。ララは、迷惑そうにコリンを横目で睨んだ。
「そんなこと、言っ・たっ・て!」
ララはリズムよく、一気に三発打ち返すと、見事全部の雪玉をミタ・インディオの額に当てた。
「やった!」
ララは、飛び跳ねて喜んだ。三人のミタ・インディオは、叫びながら後ろ向きに倒れていった。
「な、ラケットが役に立ったろ?」
「まあね」
ララは、肩をすくめながら答えた。
「では行こう」
ベラは、ミタ・インディオとの聖戦を、まるでなかったことのように先へと進んだ。ララは、倒れたミタ・インディオたちを振り返りながらベラのあとに続いた。
「ねえ、あのミタ・インディオたちはどうなったの?」
コリンは、肩の上で足をぶらつかせている。ララは、コリンの足を指で止めた。
「なあに、単なるゲームみたいなものだよ。ま、今頃は起き上がって自分たちの集落に戻ってるさ」
「ふ~ん……」
口をとがらせるララだったが、実際はとても楽しく、もうちょっと遊びたかったと考えていた。
「でも、ミタ・インディオの女が来なくてよかった」
「何で?」
「だって、ミタ・インディオの女は、男より一回り体が大きくて、両手で雪玉を……」
コリンが急に話すのを止めて、前を黙って見つめ始めた。それに気付いたララも前に視線を移す。すると、ララたちの前を歩いていたベラが、前を向いたまま、何かを見つめるように立っていた。
「どうしたの、ベラ?」
「使いが来た」
ララがベラの隣に立ち、そっと顔をのぞき見ると、ベラがクイッとあごを突き出して言った。
ララとコリンが前に目を移すと、森の茂みから一頭、また一頭と狼たちが出てきた。

全部で六頭の狼たちが、よだれを垂らしながらララたちに向かって唸っていた。
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