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コドル・ナーゲン
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「白い犬……?」
ララは、恐怖に足がすくみながら言った。
白い犬たちは、鋭い歯を見せて唸っている。一歩ララたちに歩み寄ろうとすると、ララも磁石が反発するように一歩後ずさった。
その口からはよだれが垂れているが、先頭の白い犬は唸ってもよだれもたらさず、凛としてたたずんでいた。その体は、他の白い犬たちより一回り大きく、爪はとても鋭利だった。
他とは違う先頭の白い犬を見たコリンは、珍しいものを見るようにララの肩の上で笑いながら飛び降り、テレマークをしっかり決めると、白い犬に向かって駆けだした。
「こりゃ~立派な白狼だ! 先頭にいる奴なんて、身体も大きいし、いい眼をしている」
コリンは白狼の前に立ち、両手の親指と人差し指をくっつけて作った四角い窓で、上から下までなめるように見ている。白狼のまわりを駆けだし、止まってはいろんな角度から見上げ、飛び跳ねて興奮して見ていた。先頭の白狼はお座りをすると、まわりを動くコリンを顔だけで追いながら、何も吠えずに黙って見守っている。
「白狼……?」
ララは、聞いたことのない名前の動物に顔をしかめた。
「そう、白狼。ララやララのパパやママが生まれる前は、北海道の森にも狼が棲んでいたんだ」
コリンは、白狼の足をなでながら話した。とても硬そうな白い毛だった。
「今はいないの?」
「今はいない……というか、もういないんだ」
コリンはいつもの笑顔から一変、悲しそうにうつむき、ゆっくりと白狼から手を離すと力無く話した。
「どうして?」
ララは、コリンの悲しい顔を珍しそうに見ていた。
「まあ、一番の原因は人間だと言われている。狼は鹿だけじゃなく、家畜も食べたからな。人間が住むようになって、環境が変わってしまったし……」
コリンは、ララに笑顔を見せたが、その笑顔が、無理やりに作った力ない笑顔とララにはすぐにわかった。それゆえに、ララに重くのしかかった。
「にしても、立派だな……」
「お前もよく知っているではないか」
ベラは、鼻で笑いながらコリンに言った。
「え? オレが? う~ん……」
コリンは、しばらく考えた。白狼は、「オレを忘れたのか?」という目をしている。ララは、自分が睨まれていると思っていたが、実は白狼はコリンを睨んでいたのだ。後ろに控える白狼がまだコリンに唸っていた。先頭の大きな白狼が振り返りキッと睨むと、他の白狼はたじろいで黙った。
「う~ん……」
コリンは、まだ考えている。
「クゥーン……」
白狼は待ちきれないぐらい切ない目でコリンを見ていた。
「う~ん……」
「ウウゥ……」
「う~ん……」
「ウウゥ……」
「う~ん……」
「……」
白狼は、もう諦めたみたいだ。顔を下に向けて、とても残念そうに力無く息を吐いた。ベラも、コリンの鈍感さに頭を抱えている。
「う~~~ん……」
コリンはうつむき、一生懸命考えているように見えてはいるが、実は足で雪を擦って硬くし、ツルツルのアイスバーンにして遊んでいた。うつむいている顔が、考えている顔ではなく、少々楽しそうな顔をしているのがチラリと見えた。
「コリ―」
「グオォォォォォ!」
コリンの遊びに気付いたララよりも早く、白狼が顔を突き出して激しく吠えた。その怒りの咆哮は、コリンに尻もちをつかせるぐらい、ララが恐怖に顔をそむけるぐらい、強烈なものだった。コリンは、突然の咆哮に驚きながら、白狼を見た。
「びっくりした……」
「まったく……。コリンよ、その鼻の傷に見覚えはないか?」
ベラが、冷たい視線をコリンに向けながらヒントを与えた。
「鼻の傷?」
コリンは、自分を睨みつける白狼の鼻を見た。怒りにしわの寄った鼻の先端に斜めに傷がある。
「……シュワルツ?」
コリンが、またララの知らない名前を言った。
「お前は、チビのシュワルツか?」
コリンが尋ねると、白狼は怒りが収まり、嬉しそうに大空に向かい遠吠えをした。
「いや~、たまげた!」
コリンは立ち上がると、シュワルツに向かって駆け寄った。そして、顔を下げたシュワルツの顔に抱きついた。
「立派になったな! シュワルツ。あのおチビさんが、今や群れのリーダーかい!」
コリンは、シュワルツの足から登り、耳の間に座る。シュワルツは、嫌なそぶりを見せなかった。まるで、昔の友達に会ったみたいに懐かしい顔をしている。
「知り合いなの?」
ララは、白狼の鋭い目の恐怖でまだ声が震えていた。
「ああ、昔の友達だ!」
コリンは、嬉しそうに話す。シュワルツも顔をクイックイッと上げて、コリンの顔を見ようとしていた。そのたびに、コリンの高笑いが森に響いた。
「昔は、ホントにチビだったんだけどな」
コリンのその言葉に、シュワルツが反応した。頭の上にいるコリンに一回吠えると、頭を大きく振った。
「まあ、確かに今はオレの方がチビだな!」
コリンシュワルツの毛をしっかりつかみ、笑った――ララは、よくそこまで笑っていられるなと苦笑いだ――コリンは、まるでシュワルツの言葉がわかっているようだった。なぜだろう、ララは不思議に思わなかった。不思議なことが起き過ぎて、何にも不思議に感じなくなっているのか……。
「鼻の傷はどうしたの?」
「それは――」
コリンの顔をうつむけながら、低い声で話す。ララは、聞いてはまずいことを聞いてはしまったのではないかと心配になった。
「目隠しして歩かせたら、木にぶつかったんだ」
コリンは、笑いながら話す。シュワルツは、怒ったように上を向いて吠えた。ララとベラは、話のくだらなさに頭を振った。
「シュワルツ、様子は?」
ベラが気を取り直してシュワルツに訊くと、シュワルツは厳しい表情に変わりキッとベラを睨んだ。
「そうか、もうすぐ動きだすか……。コリン、急がねばならない……」
すると、ベラは深い袖に手を入れ、先端が雪の結晶のような形の細長い杖を出した。白狼たちは、シュワルツ以外ゆっくりと一団から離れた。
「何? 何するの?」
「嫌だなあ……」
コリンが、あからさまに肩を落として嫌な顔をした。
「何が?」
ララの眉間のしわが、さらに深くなった。不思議でわからないことばかりで、顔をしかめてばかりいる自分に気付き、自分の眉間を見るように目玉を上に向け、自分でしわを伸ばした。
「〟スノー・テレポ〝だ」
コリンは、ため息をつくように言った。
「何それ?」
「ま、瞬間移動みたいなものさ……」
コリンは、明らかに気落ちしていた。そんなに嫌なものなのかと思うと、ララもお付き合いで気落ちしそうになった。
「それじゃないとダメ? オレ苦手……」
「時間がない」
コリンの言葉をさえぎるようにベラが言うと、目を閉じ、杖で空中に円を三つ描いた。ベラはその円の上に二つの三角形で六角形を描き乗せると、六角形が雪の結晶のように彩られスカイブルーに光った。空中に描かれた雪の結晶の光りがとてもきれいで、ララはポーっとするほど見惚れていた。ベラはゆっくりと目を開けると、その雪の結晶の中心を杖で指し、上に振りあげると地面に勢いよく叩きつけた。
「ゆっくり、ゆっくり……」
コリンが、ベラを見て祈るように言った。すると、ララたちを囲むように地面に雪の結晶がスカイブルーに光り描かれ、雪が渦を巻いて舞い上がり始めた。
「きれ……いぃぃぃぃぃ!」
渦が勢いよく吹き上がると、ララたちは渦に巻き込まれながら空高く舞い上がった。
ララたちは、渦の中をぐるぐる回りながら飛んでいる。下を見ると、残った白狼たちが渦を囲みララたちを見上げていた。しかし、ララはずっと見ていられる余裕がなく、すぐに目を閉じて、渦の流れに体を任せた。時折片目を開けると、渦の中に小さな顔がララには見えた。雪の精が、歌いながらララたちを空高く舞い上げていた。みんな、悪戯を楽しむように、いじらしい笑顔だ。そして、渦に回されているララも、なんだか新型のジェットコースターに乗ったように楽しくなってきていた。
♪
雪の中でグルグル グルグル
小さな娘をグルグル グルグル
可愛いおめめをしっかり瞑り
いつも緩んでるお口を閉じて
両手を広げてグルグル回る
心配しなくても大丈夫
宇宙まで飛んではいかないから
最後は地面に落ちるだけ
雪のクッションがあるから
ちょっとケガするだけで済む
ああ なんて楽しんだ!
自分のことじゃないからね
ああ なんて愉快なんだ!
小さな娘が怖がる姿!
渦が地面にぶつかると、ララは叩きつけられるように放り出された。ベラとシュワルツはうまく着地していたが、コリンは投げ飛ばされて二、三回バウンドしながら地面に落ちた。シュワルツは、バウンドしているコリンを尻尾で受け止めて、コリンを優しく地面に落とした。
「ありがとう、シュワルツ……」
コリンは礼を言いながら、酔っ払ったようにその場をぐるぐる回って胸をなでた。
「はあ、楽しかった!」
ララは、ムクっと立ち上がり、服についた雪を払った。
「はいはい、楽しい、楽しい……」
コリンは、明らかに不機嫌だ。回るのが止まると、キッとベラを睨んだ。
「だから嫌だって――」
「ここは?」
ララが食い気味に、辺りを見ながら訊いた。
さっきまでいた森と同じのように見えるが、道が一本まっすぐ伸びていて、道の先には森に囲まれた大きな街が見えた。
「では行こう」
ベラとシュワルツを先頭に、ララとコリンもあとをついて行った。
「あそこに街があるよ!」
ララは、指差してコリンを見降ろした。コリンは睨むのを止めると、ララの肩によじ登り、手をおでこに当てて街を見る。すると、嬉しそうに笑いながら話した。
「おお! あれは、コドル・ナーゲンだ!」
「コドル・ナーゲン?」
ララは、聞いたことのない街の名前を聞いて、頭の上にクエッションマークがついた。
「そんな街、北海道にないよ?」
「ララ、ここは妖精の世界だぞ。北海道だけど、北海道じゃないんだ」
コリンは、街に行きたくてうずうずしながら言う。
「そうか、ここは妖精の世界だった―妖精の世界にも街があるんだ」
ララは、肩に乗るコリンを見づらそうに見た。髪でコリンが見えなかったので、長いブロンド色の髪を耳にかけると、コリンは肩の上でビスケットをボロボロこぼしながら食べていた。
「ちょっと、コリン! こぼさないでよ!」
ララは、袖にこぼれたビスケットを激しく振り落として怒った。
「ララも食べる?」
コリンは、口からボロボロこぼしながら、ララにビスケットを差し出した。
「いらない!」
ララは、コリンの耳元で叫んだ。コリンは、その声の大きさに目をつむり、ビョンと飛び跳ねて驚いた。
「鼓膜が破れるだろ!」
コリンは、ララの耳元で叫んだ。ララは、指で耳を押さえて煙たそうに顔をしかめた。
「人形に鼓膜なんてあるの!?」
ララがコリンの耳元で叫ぶとコリンは飛んで驚く。コリンも負けじと言い返えそうと、眉間にしわを寄せて歯を食いしばる。
「……それもそうだな」顔を緩めると、コリンはララの言葉に納得してしまった。「オレ、人形だった」コリンは笑っているのが、ララは面白くない。
「人形のくせに、ビスケット食べてさ……。食べれてないのよ、人形だから」
「このビスケット、味しないな……」
ララは、まだ袖のビスケットを振り落としながら、笑っているコリンを睨んだ。
「何を遊んでいる? もう着くぞ」
ベラは、片眉を上げて振り返った。シュワルツは、呆れたように顔を振った。
「ハトが寄ってきちゃうよ……」
袖を振り払ったあと、スカートを二回両手で叩いて前を見た。
木で造られた塀が、遠くに見えなくなるまで建てられ、大きな入り口が口を開けて立っていた。
「うわ~、大きい……」
ララは、巨人が通るような入り口を、口を開けて見上げた。
「おい、何をしておる!」
ベラが、入り口にいる鎧を着た鼻の長い二人組に、睨みつけながら叱咤している。シュワルツも、ベラの横で唸っていた。
鎧を着た二人組は、入り口の門にもたれてしゃがみながら、顔を見合わせて首をかしげている。二人とも、兜が大きくて顔の半分が隠れていた。かしげるときにガチャッと兜の音が聞こえる。
ララは何事かと、ベラから離れて様子をうかがっていた。
「そんなこと言ったってな……」
体のポテッとした男がだらしない低い声で言う。
「オレたちは、ここに立ってろって言われただけだし……」
もう一人の背の高い細身の男がだらしない高い声で答えた。でも、二人ともベラより背が高かった。
「コリン、あの人たち誰?」ララは、こそこそと耳打ちするようにコリンに訊いた。
「あれは、小象人だ」
コリンは、かけているメガネをかけ直し、顔を突き出して見ながら答えた。
「小象人……?」
「ああ、〟動物系人類〟の仲間だ。体が大きい大象人に比べて、体が小さい小象人は、門番や見張り役に回されることが多いんだ。でも、力は人間の何倍も強い。大象人ほどではないけど」
コリンは、少々寒いのか、鼻をすすりながら話した。
「へえ、そうなんだ……」
ララは、頼りなさそうな小象人のコンビを見た――二人とも、鼻は立派だった。
「しっかり見張らんか!」
ベラは、眉間にしわを寄せて睨みつけている。
「何なんだよ、このおばさん……」
ポテッとした小象人がベラを睨みながら言った。
「何?」
ベラの顔が、一段と強張った。シュワルツは、ベラへの無礼に鋭い牙をむき出しにして睨みつけていた。
「白いドレスなんて着てさ……。まるで冬の女王みたい……」
背の高い小象人は、口を押さえ笑った。
「ベラ、どうしたの?」
ララは、怖い顔をしたベラの横に立ち、牙むき出しのシュワルツの頭を優しくなでた。シュワルツは落ち着いたのか、唸るのを止め、自分の鼻をララの手に擦りつけた。
「そうそう、冬の女王の名前……」
「ベラリサだった――え?」
小象人は、顔を見合わせると、ベラを上から下までなめるように見る。ベラは片眉を上げ、小象人を見下していた。
「本物の……」
「冬の女王様?」
二人は、静かに訊いた。
「だとしたら、どうなのだ?」
ベラは、いやしく笑いながら答えた。
「た、た、大変失礼しました!」
二人は急に立ち上がると、直立に直り、はっきりとした口調で叫んだ。
「貴様、名は何と言う?」
ベラは、ポテッとした小象人の腹に杖を突き差して訊いた。
「は、はい。パーオと言います……」
パーオは、低い声がひるがえりながら答えた。
「貴様は?」
ベラは、突き出した杖をそのまま、背の高く細身の小象人にむけた。
「わ、私は……ゾオーです……」
ゾオーは、兜の中から汗をかいて立っている。
「二人とも、反逆の大象人、〟パオリタス〝のように氷漬けになりたいか?」
ベラは不敵な笑みを見せ、二人のあごを指で跳ね上げると、優しく息を吹きかけた。その息のかかった兜が凍り、二人の顔も凍りついた。
「パオ……何とかって?」
ララは、口を濁しながら訊いた。
「反逆の大象人、〟パオリタス〟……。恐ろしい奴だった――みたいだよ」
「みたいって何よ?」
ララは不服そうに訊くと、コリンは真顔でララを見た。コリンの真顔に、ララは吹き出しそうになるのをグッとこらえた。
「オレもまだ生まれてないよ。オレ、意外と若いんだよ」
コリンは、指をくわえて可愛らしく話した。それが、ララには気持ち悪かった。
「何やったの?」
「う~ん、確か――」
「す、すいませんでした!」
コリンが話そうとしたとき、二人は声を合わせて直立になり、空に向かって叫んだ。
「さあ、入るぞ」
淡々とベラは、シュワルツを従えて街の中に入る。ララは、入り口に立つ二人を心配しながらベラを追いかけた。
「あの二人、大丈夫かな?」
「氷漬けにならなかっただけよかったんじゃない。それよりさ――」
コリンは、ララの頬を突っつきながら訊いた。
「ハトって、ビスケット食べるの?」
「……」ララは、呆れて何も言わなかった。
「ねえ、ララ。ねえ!」
コリンは、ずっと肩の上からララのほほを突っつきながら笑っているが、ララは前を睨みつけ不機嫌そうに街に入っていった。
「うわぁ、大きな街! だけど……」
街の大通りに入ると、そこはお店の看板が付けられた建物や、植木鉢の置かれた家が並んで建っていた。すべてが木で造られていて、様々な形の建物がある。ララの住んでいる札幌には見られない建物ばかりで、どちらかというとオルバの家に似ている。屋根には雪が積もっていて、氷柱が鉄琴のように並んでできている。犬小屋みたいな家から、巨人が住みそうなぐらい大きな建物もあった。
道は雪が積もっているが、足で雪を退けると、石畳に舗装されていた。しかし、歩いていると、所どころ石畳に氷が張っていて、何回も転びそうになった。
どこか懐かしい雰囲気のある――何かの本で見た写真に似ていた――街並みだった。でも、どの建物もカーテンが閉まり、扉も固く閉ざされていた。
「誰もいないね……」
ララは、街をゆっくりと見渡しながら言った。大きな街なのに、人っ子ひとりいない。まるで、オルバの家の近所みたいだった。
「冬は誰も出ないんだよ。カイヤックブールに襲われるかもしれないからね。みんな、冬眠するように、家にこもるんだってさ」
「ふ~ん……」
ララは、恐怖というよりちょっとだけ寂しい気持ちになった。冬には冬の楽しさがあるのに、家にこもるなんて、ララは街を見渡して考えた。
「そんなにカイヤックブールって怖いんだ……」
「まあな。あいつが襲うのは、人間だけじゃなく、ここに住んでいるエルフやドワーフ、ホビットに動物系人類たちの子供も襲ってるから、みんな冬には敏感なんだよ」
コリンも閑散とした街を見ながら話した。
「こっちだ」
ベラは、何も語ることなく街の中を進んでいった。
「ねえ、コリン。動物系人類って?」
「さっきの小象人もそうだし、中でもカピバラ人は、由緒正しい系譜として妖精の世界では有名なんだ」
「カピバラ人って、なんか可愛いね。カピバラって、意外と大きいんだよね」
ララは、動物園で見たカピバラをイメージして、ちょっと吹き出しながら話した。
「カピバラ人は怖いぞ」
ベラが、顔だけ振り向き、不敵に笑いながら話した。ララは、その目と地獄耳に恐怖を感じた。
「カピバラ人にとって、お前みたいな小娘、簡単に切り刻んでしまうぞ」
「コラ、ベラ! ララを脅すなよ」
コリンが、ベラを指差しながら怒った。ベラは、鼻で笑いながら前を向いた。
「まったく……」
コリンが、珍しく怒っていた。ララは、怒っているコリンが不思議に見えた。何か、いつもララの味方になってくれて、守ろうとしてくれているような感じがする。
「気のせい、気のせい……」
根拠のないことを考えてもしょうがないと、ララは自分で雑念を振り切った。
「何か言った?」
「別に……」
ララは、何事もなかったように、コリンの言葉を聞き流した。
しばらく雪で埋もれてしまいそうな道を歩くと、ララたちは街の中央広場に出た。
広場の中央に、大きな彫刻が建っている。真ん中に先の尖った円錐状に削られた高さがララの何倍もある大理石の石碑があり、その周りに、四ヶ所形の違った石碑が円状に繋がれ、大理石の石碑を囲んでいた。
「あれは何?」
ララは、彫刻を指差して訊いた。
「あれは、この街の象徴の〟四季の石碑〝だ」
コリンは、その神々しさに声が小さくなっていた。
「何なの?」
ララは、何もかもが初めてで、質問ばかりしている自分がちょっとだけ嫌になってきていた。
「あれは、この世界とララたちの住む世界を繋がっていることを意味しているんだ。周りにある石碑は、各季節を象徴している。石碑には〟季節の王家〟の特殊異能がかけられていて、真ん中の大きな石碑の正面に来る石碑が、今の季節を表しているんだ。今は雪の結晶が真ん中に来てるだろ?」
コリンが石碑を指差した。
確かに、大きな石碑の正面に雪の結晶の石碑がある。右側には桜の花の石碑、左側には紅葉の葉の石碑がある。もう一つは、大きな石碑に隠れて見えなかった。
「あの石碑、動いてるの?」
ララは、目を凝らして石碑を見た。どう見ても止まっているようにしか見えない。
「そう、動いてるんだ。〟季節の王家〟の特殊異能――もう魔法でいいか――その年によって、石碑の動くスピードが違うんだよ」
「すごい……。こんなの札幌にもないよ」
ララは、間近で見た魔法に感動したが、その効果がいまいちわからないのが残念だった。
「近くで見ていい?」
「時間がない」
ベラはララを一蹴すると、右にある通りを目指して、足早に歩いた。
「ケチ……」
ララがほほを膨らましてすねていると、コリンが耳元で話した。
「この街は、春、夏、秋ってお祭りがあるんだ。だから今度、その祭りに連れて来てあげるから。でも、ベラには言うなよ――」
コリンは、ベラの様子をうかがいながら、小さい声でささやいた。
「何でベラに言っちゃいけないの?」
ララも、ささやきながら訊いた。ベラの地獄耳もさすがに聞こえないようだ。
「それは――」コリンは、溜めに溜めた。ララも固唾をのんでコリンの言葉を待った。
「それは……冬には祭りがないんだ」
ララは、もっと自分が想像できないような説明を期待していたが、コリンの言葉はララの想定内の言葉だった。ララの体から力というものがすべてなくなった。
「……まあ、こんな静かなところで祭りはできないよね」
「そうなんだよ。冬に祭りができないことが、ベラが一番気にしているところなんだ。〟夏の王ラマー〝が、いつも祭りになるとはしゃぐからね。きっと、羨ましいんだよ……。ま、祭りをやっても、ベラははしゃいだりしないだろうけどね。でも、このことベラにしゃべっちゃダメだよ」
「はい、はい……」
ララは、期待した自分がバカみたいと思いながら、ベラを小走りで追いかけた。
「早くせんか!」
そのうえ、ララは遅いとベラに怒られた。
「ごめんなさい……」
ララは、力無く、ふて腐れたように謝り、ベラのあとを追いかけた。
ララは、恐怖に足がすくみながら言った。
白い犬たちは、鋭い歯を見せて唸っている。一歩ララたちに歩み寄ろうとすると、ララも磁石が反発するように一歩後ずさった。
その口からはよだれが垂れているが、先頭の白い犬は唸ってもよだれもたらさず、凛としてたたずんでいた。その体は、他の白い犬たちより一回り大きく、爪はとても鋭利だった。
他とは違う先頭の白い犬を見たコリンは、珍しいものを見るようにララの肩の上で笑いながら飛び降り、テレマークをしっかり決めると、白い犬に向かって駆けだした。
「こりゃ~立派な白狼だ! 先頭にいる奴なんて、身体も大きいし、いい眼をしている」
コリンは白狼の前に立ち、両手の親指と人差し指をくっつけて作った四角い窓で、上から下までなめるように見ている。白狼のまわりを駆けだし、止まってはいろんな角度から見上げ、飛び跳ねて興奮して見ていた。先頭の白狼はお座りをすると、まわりを動くコリンを顔だけで追いながら、何も吠えずに黙って見守っている。
「白狼……?」
ララは、聞いたことのない名前の動物に顔をしかめた。
「そう、白狼。ララやララのパパやママが生まれる前は、北海道の森にも狼が棲んでいたんだ」
コリンは、白狼の足をなでながら話した。とても硬そうな白い毛だった。
「今はいないの?」
「今はいない……というか、もういないんだ」
コリンはいつもの笑顔から一変、悲しそうにうつむき、ゆっくりと白狼から手を離すと力無く話した。
「どうして?」
ララは、コリンの悲しい顔を珍しそうに見ていた。
「まあ、一番の原因は人間だと言われている。狼は鹿だけじゃなく、家畜も食べたからな。人間が住むようになって、環境が変わってしまったし……」
コリンは、ララに笑顔を見せたが、その笑顔が、無理やりに作った力ない笑顔とララにはすぐにわかった。それゆえに、ララに重くのしかかった。
「にしても、立派だな……」
「お前もよく知っているではないか」
ベラは、鼻で笑いながらコリンに言った。
「え? オレが? う~ん……」
コリンは、しばらく考えた。白狼は、「オレを忘れたのか?」という目をしている。ララは、自分が睨まれていると思っていたが、実は白狼はコリンを睨んでいたのだ。後ろに控える白狼がまだコリンに唸っていた。先頭の大きな白狼が振り返りキッと睨むと、他の白狼はたじろいで黙った。
「う~ん……」
コリンは、まだ考えている。
「クゥーン……」
白狼は待ちきれないぐらい切ない目でコリンを見ていた。
「う~ん……」
「ウウゥ……」
「う~ん……」
「ウウゥ……」
「う~ん……」
「……」
白狼は、もう諦めたみたいだ。顔を下に向けて、とても残念そうに力無く息を吐いた。ベラも、コリンの鈍感さに頭を抱えている。
「う~~~ん……」
コリンはうつむき、一生懸命考えているように見えてはいるが、実は足で雪を擦って硬くし、ツルツルのアイスバーンにして遊んでいた。うつむいている顔が、考えている顔ではなく、少々楽しそうな顔をしているのがチラリと見えた。
「コリ―」
「グオォォォォォ!」
コリンの遊びに気付いたララよりも早く、白狼が顔を突き出して激しく吠えた。その怒りの咆哮は、コリンに尻もちをつかせるぐらい、ララが恐怖に顔をそむけるぐらい、強烈なものだった。コリンは、突然の咆哮に驚きながら、白狼を見た。
「びっくりした……」
「まったく……。コリンよ、その鼻の傷に見覚えはないか?」
ベラが、冷たい視線をコリンに向けながらヒントを与えた。
「鼻の傷?」
コリンは、自分を睨みつける白狼の鼻を見た。怒りにしわの寄った鼻の先端に斜めに傷がある。
「……シュワルツ?」
コリンが、またララの知らない名前を言った。
「お前は、チビのシュワルツか?」
コリンが尋ねると、白狼は怒りが収まり、嬉しそうに大空に向かい遠吠えをした。
「いや~、たまげた!」
コリンは立ち上がると、シュワルツに向かって駆け寄った。そして、顔を下げたシュワルツの顔に抱きついた。
「立派になったな! シュワルツ。あのおチビさんが、今や群れのリーダーかい!」
コリンは、シュワルツの足から登り、耳の間に座る。シュワルツは、嫌なそぶりを見せなかった。まるで、昔の友達に会ったみたいに懐かしい顔をしている。
「知り合いなの?」
ララは、白狼の鋭い目の恐怖でまだ声が震えていた。
「ああ、昔の友達だ!」
コリンは、嬉しそうに話す。シュワルツも顔をクイックイッと上げて、コリンの顔を見ようとしていた。そのたびに、コリンの高笑いが森に響いた。
「昔は、ホントにチビだったんだけどな」
コリンのその言葉に、シュワルツが反応した。頭の上にいるコリンに一回吠えると、頭を大きく振った。
「まあ、確かに今はオレの方がチビだな!」
コリンシュワルツの毛をしっかりつかみ、笑った――ララは、よくそこまで笑っていられるなと苦笑いだ――コリンは、まるでシュワルツの言葉がわかっているようだった。なぜだろう、ララは不思議に思わなかった。不思議なことが起き過ぎて、何にも不思議に感じなくなっているのか……。
「鼻の傷はどうしたの?」
「それは――」
コリンの顔をうつむけながら、低い声で話す。ララは、聞いてはまずいことを聞いてはしまったのではないかと心配になった。
「目隠しして歩かせたら、木にぶつかったんだ」
コリンは、笑いながら話す。シュワルツは、怒ったように上を向いて吠えた。ララとベラは、話のくだらなさに頭を振った。
「シュワルツ、様子は?」
ベラが気を取り直してシュワルツに訊くと、シュワルツは厳しい表情に変わりキッとベラを睨んだ。
「そうか、もうすぐ動きだすか……。コリン、急がねばならない……」
すると、ベラは深い袖に手を入れ、先端が雪の結晶のような形の細長い杖を出した。白狼たちは、シュワルツ以外ゆっくりと一団から離れた。
「何? 何するの?」
「嫌だなあ……」
コリンが、あからさまに肩を落として嫌な顔をした。
「何が?」
ララの眉間のしわが、さらに深くなった。不思議でわからないことばかりで、顔をしかめてばかりいる自分に気付き、自分の眉間を見るように目玉を上に向け、自分でしわを伸ばした。
「〟スノー・テレポ〝だ」
コリンは、ため息をつくように言った。
「何それ?」
「ま、瞬間移動みたいなものさ……」
コリンは、明らかに気落ちしていた。そんなに嫌なものなのかと思うと、ララもお付き合いで気落ちしそうになった。
「それじゃないとダメ? オレ苦手……」
「時間がない」
コリンの言葉をさえぎるようにベラが言うと、目を閉じ、杖で空中に円を三つ描いた。ベラはその円の上に二つの三角形で六角形を描き乗せると、六角形が雪の結晶のように彩られスカイブルーに光った。空中に描かれた雪の結晶の光りがとてもきれいで、ララはポーっとするほど見惚れていた。ベラはゆっくりと目を開けると、その雪の結晶の中心を杖で指し、上に振りあげると地面に勢いよく叩きつけた。
「ゆっくり、ゆっくり……」
コリンが、ベラを見て祈るように言った。すると、ララたちを囲むように地面に雪の結晶がスカイブルーに光り描かれ、雪が渦を巻いて舞い上がり始めた。
「きれ……いぃぃぃぃぃ!」
渦が勢いよく吹き上がると、ララたちは渦に巻き込まれながら空高く舞い上がった。
ララたちは、渦の中をぐるぐる回りながら飛んでいる。下を見ると、残った白狼たちが渦を囲みララたちを見上げていた。しかし、ララはずっと見ていられる余裕がなく、すぐに目を閉じて、渦の流れに体を任せた。時折片目を開けると、渦の中に小さな顔がララには見えた。雪の精が、歌いながらララたちを空高く舞い上げていた。みんな、悪戯を楽しむように、いじらしい笑顔だ。そして、渦に回されているララも、なんだか新型のジェットコースターに乗ったように楽しくなってきていた。
♪
雪の中でグルグル グルグル
小さな娘をグルグル グルグル
可愛いおめめをしっかり瞑り
いつも緩んでるお口を閉じて
両手を広げてグルグル回る
心配しなくても大丈夫
宇宙まで飛んではいかないから
最後は地面に落ちるだけ
雪のクッションがあるから
ちょっとケガするだけで済む
ああ なんて楽しんだ!
自分のことじゃないからね
ああ なんて愉快なんだ!
小さな娘が怖がる姿!
渦が地面にぶつかると、ララは叩きつけられるように放り出された。ベラとシュワルツはうまく着地していたが、コリンは投げ飛ばされて二、三回バウンドしながら地面に落ちた。シュワルツは、バウンドしているコリンを尻尾で受け止めて、コリンを優しく地面に落とした。
「ありがとう、シュワルツ……」
コリンは礼を言いながら、酔っ払ったようにその場をぐるぐる回って胸をなでた。
「はあ、楽しかった!」
ララは、ムクっと立ち上がり、服についた雪を払った。
「はいはい、楽しい、楽しい……」
コリンは、明らかに不機嫌だ。回るのが止まると、キッとベラを睨んだ。
「だから嫌だって――」
「ここは?」
ララが食い気味に、辺りを見ながら訊いた。
さっきまでいた森と同じのように見えるが、道が一本まっすぐ伸びていて、道の先には森に囲まれた大きな街が見えた。
「では行こう」
ベラとシュワルツを先頭に、ララとコリンもあとをついて行った。
「あそこに街があるよ!」
ララは、指差してコリンを見降ろした。コリンは睨むのを止めると、ララの肩によじ登り、手をおでこに当てて街を見る。すると、嬉しそうに笑いながら話した。
「おお! あれは、コドル・ナーゲンだ!」
「コドル・ナーゲン?」
ララは、聞いたことのない街の名前を聞いて、頭の上にクエッションマークがついた。
「そんな街、北海道にないよ?」
「ララ、ここは妖精の世界だぞ。北海道だけど、北海道じゃないんだ」
コリンは、街に行きたくてうずうずしながら言う。
「そうか、ここは妖精の世界だった―妖精の世界にも街があるんだ」
ララは、肩に乗るコリンを見づらそうに見た。髪でコリンが見えなかったので、長いブロンド色の髪を耳にかけると、コリンは肩の上でビスケットをボロボロこぼしながら食べていた。
「ちょっと、コリン! こぼさないでよ!」
ララは、袖にこぼれたビスケットを激しく振り落として怒った。
「ララも食べる?」
コリンは、口からボロボロこぼしながら、ララにビスケットを差し出した。
「いらない!」
ララは、コリンの耳元で叫んだ。コリンは、その声の大きさに目をつむり、ビョンと飛び跳ねて驚いた。
「鼓膜が破れるだろ!」
コリンは、ララの耳元で叫んだ。ララは、指で耳を押さえて煙たそうに顔をしかめた。
「人形に鼓膜なんてあるの!?」
ララがコリンの耳元で叫ぶとコリンは飛んで驚く。コリンも負けじと言い返えそうと、眉間にしわを寄せて歯を食いしばる。
「……それもそうだな」顔を緩めると、コリンはララの言葉に納得してしまった。「オレ、人形だった」コリンは笑っているのが、ララは面白くない。
「人形のくせに、ビスケット食べてさ……。食べれてないのよ、人形だから」
「このビスケット、味しないな……」
ララは、まだ袖のビスケットを振り落としながら、笑っているコリンを睨んだ。
「何を遊んでいる? もう着くぞ」
ベラは、片眉を上げて振り返った。シュワルツは、呆れたように顔を振った。
「ハトが寄ってきちゃうよ……」
袖を振り払ったあと、スカートを二回両手で叩いて前を見た。
木で造られた塀が、遠くに見えなくなるまで建てられ、大きな入り口が口を開けて立っていた。
「うわ~、大きい……」
ララは、巨人が通るような入り口を、口を開けて見上げた。
「おい、何をしておる!」
ベラが、入り口にいる鎧を着た鼻の長い二人組に、睨みつけながら叱咤している。シュワルツも、ベラの横で唸っていた。
鎧を着た二人組は、入り口の門にもたれてしゃがみながら、顔を見合わせて首をかしげている。二人とも、兜が大きくて顔の半分が隠れていた。かしげるときにガチャッと兜の音が聞こえる。
ララは何事かと、ベラから離れて様子をうかがっていた。
「そんなこと言ったってな……」
体のポテッとした男がだらしない低い声で言う。
「オレたちは、ここに立ってろって言われただけだし……」
もう一人の背の高い細身の男がだらしない高い声で答えた。でも、二人ともベラより背が高かった。
「コリン、あの人たち誰?」ララは、こそこそと耳打ちするようにコリンに訊いた。
「あれは、小象人だ」
コリンは、かけているメガネをかけ直し、顔を突き出して見ながら答えた。
「小象人……?」
「ああ、〟動物系人類〟の仲間だ。体が大きい大象人に比べて、体が小さい小象人は、門番や見張り役に回されることが多いんだ。でも、力は人間の何倍も強い。大象人ほどではないけど」
コリンは、少々寒いのか、鼻をすすりながら話した。
「へえ、そうなんだ……」
ララは、頼りなさそうな小象人のコンビを見た――二人とも、鼻は立派だった。
「しっかり見張らんか!」
ベラは、眉間にしわを寄せて睨みつけている。
「何なんだよ、このおばさん……」
ポテッとした小象人がベラを睨みながら言った。
「何?」
ベラの顔が、一段と強張った。シュワルツは、ベラへの無礼に鋭い牙をむき出しにして睨みつけていた。
「白いドレスなんて着てさ……。まるで冬の女王みたい……」
背の高い小象人は、口を押さえ笑った。
「ベラ、どうしたの?」
ララは、怖い顔をしたベラの横に立ち、牙むき出しのシュワルツの頭を優しくなでた。シュワルツは落ち着いたのか、唸るのを止め、自分の鼻をララの手に擦りつけた。
「そうそう、冬の女王の名前……」
「ベラリサだった――え?」
小象人は、顔を見合わせると、ベラを上から下までなめるように見る。ベラは片眉を上げ、小象人を見下していた。
「本物の……」
「冬の女王様?」
二人は、静かに訊いた。
「だとしたら、どうなのだ?」
ベラは、いやしく笑いながら答えた。
「た、た、大変失礼しました!」
二人は急に立ち上がると、直立に直り、はっきりとした口調で叫んだ。
「貴様、名は何と言う?」
ベラは、ポテッとした小象人の腹に杖を突き差して訊いた。
「は、はい。パーオと言います……」
パーオは、低い声がひるがえりながら答えた。
「貴様は?」
ベラは、突き出した杖をそのまま、背の高く細身の小象人にむけた。
「わ、私は……ゾオーです……」
ゾオーは、兜の中から汗をかいて立っている。
「二人とも、反逆の大象人、〟パオリタス〝のように氷漬けになりたいか?」
ベラは不敵な笑みを見せ、二人のあごを指で跳ね上げると、優しく息を吹きかけた。その息のかかった兜が凍り、二人の顔も凍りついた。
「パオ……何とかって?」
ララは、口を濁しながら訊いた。
「反逆の大象人、〟パオリタス〟……。恐ろしい奴だった――みたいだよ」
「みたいって何よ?」
ララは不服そうに訊くと、コリンは真顔でララを見た。コリンの真顔に、ララは吹き出しそうになるのをグッとこらえた。
「オレもまだ生まれてないよ。オレ、意外と若いんだよ」
コリンは、指をくわえて可愛らしく話した。それが、ララには気持ち悪かった。
「何やったの?」
「う~ん、確か――」
「す、すいませんでした!」
コリンが話そうとしたとき、二人は声を合わせて直立になり、空に向かって叫んだ。
「さあ、入るぞ」
淡々とベラは、シュワルツを従えて街の中に入る。ララは、入り口に立つ二人を心配しながらベラを追いかけた。
「あの二人、大丈夫かな?」
「氷漬けにならなかっただけよかったんじゃない。それよりさ――」
コリンは、ララの頬を突っつきながら訊いた。
「ハトって、ビスケット食べるの?」
「……」ララは、呆れて何も言わなかった。
「ねえ、ララ。ねえ!」
コリンは、ずっと肩の上からララのほほを突っつきながら笑っているが、ララは前を睨みつけ不機嫌そうに街に入っていった。
「うわぁ、大きな街! だけど……」
街の大通りに入ると、そこはお店の看板が付けられた建物や、植木鉢の置かれた家が並んで建っていた。すべてが木で造られていて、様々な形の建物がある。ララの住んでいる札幌には見られない建物ばかりで、どちらかというとオルバの家に似ている。屋根には雪が積もっていて、氷柱が鉄琴のように並んでできている。犬小屋みたいな家から、巨人が住みそうなぐらい大きな建物もあった。
道は雪が積もっているが、足で雪を退けると、石畳に舗装されていた。しかし、歩いていると、所どころ石畳に氷が張っていて、何回も転びそうになった。
どこか懐かしい雰囲気のある――何かの本で見た写真に似ていた――街並みだった。でも、どの建物もカーテンが閉まり、扉も固く閉ざされていた。
「誰もいないね……」
ララは、街をゆっくりと見渡しながら言った。大きな街なのに、人っ子ひとりいない。まるで、オルバの家の近所みたいだった。
「冬は誰も出ないんだよ。カイヤックブールに襲われるかもしれないからね。みんな、冬眠するように、家にこもるんだってさ」
「ふ~ん……」
ララは、恐怖というよりちょっとだけ寂しい気持ちになった。冬には冬の楽しさがあるのに、家にこもるなんて、ララは街を見渡して考えた。
「そんなにカイヤックブールって怖いんだ……」
「まあな。あいつが襲うのは、人間だけじゃなく、ここに住んでいるエルフやドワーフ、ホビットに動物系人類たちの子供も襲ってるから、みんな冬には敏感なんだよ」
コリンも閑散とした街を見ながら話した。
「こっちだ」
ベラは、何も語ることなく街の中を進んでいった。
「ねえ、コリン。動物系人類って?」
「さっきの小象人もそうだし、中でもカピバラ人は、由緒正しい系譜として妖精の世界では有名なんだ」
「カピバラ人って、なんか可愛いね。カピバラって、意外と大きいんだよね」
ララは、動物園で見たカピバラをイメージして、ちょっと吹き出しながら話した。
「カピバラ人は怖いぞ」
ベラが、顔だけ振り向き、不敵に笑いながら話した。ララは、その目と地獄耳に恐怖を感じた。
「カピバラ人にとって、お前みたいな小娘、簡単に切り刻んでしまうぞ」
「コラ、ベラ! ララを脅すなよ」
コリンが、ベラを指差しながら怒った。ベラは、鼻で笑いながら前を向いた。
「まったく……」
コリンが、珍しく怒っていた。ララは、怒っているコリンが不思議に見えた。何か、いつもララの味方になってくれて、守ろうとしてくれているような感じがする。
「気のせい、気のせい……」
根拠のないことを考えてもしょうがないと、ララは自分で雑念を振り切った。
「何か言った?」
「別に……」
ララは、何事もなかったように、コリンの言葉を聞き流した。
しばらく雪で埋もれてしまいそうな道を歩くと、ララたちは街の中央広場に出た。
広場の中央に、大きな彫刻が建っている。真ん中に先の尖った円錐状に削られた高さがララの何倍もある大理石の石碑があり、その周りに、四ヶ所形の違った石碑が円状に繋がれ、大理石の石碑を囲んでいた。
「あれは何?」
ララは、彫刻を指差して訊いた。
「あれは、この街の象徴の〟四季の石碑〝だ」
コリンは、その神々しさに声が小さくなっていた。
「何なの?」
ララは、何もかもが初めてで、質問ばかりしている自分がちょっとだけ嫌になってきていた。
「あれは、この世界とララたちの住む世界を繋がっていることを意味しているんだ。周りにある石碑は、各季節を象徴している。石碑には〟季節の王家〟の特殊異能がかけられていて、真ん中の大きな石碑の正面に来る石碑が、今の季節を表しているんだ。今は雪の結晶が真ん中に来てるだろ?」
コリンが石碑を指差した。
確かに、大きな石碑の正面に雪の結晶の石碑がある。右側には桜の花の石碑、左側には紅葉の葉の石碑がある。もう一つは、大きな石碑に隠れて見えなかった。
「あの石碑、動いてるの?」
ララは、目を凝らして石碑を見た。どう見ても止まっているようにしか見えない。
「そう、動いてるんだ。〟季節の王家〟の特殊異能――もう魔法でいいか――その年によって、石碑の動くスピードが違うんだよ」
「すごい……。こんなの札幌にもないよ」
ララは、間近で見た魔法に感動したが、その効果がいまいちわからないのが残念だった。
「近くで見ていい?」
「時間がない」
ベラはララを一蹴すると、右にある通りを目指して、足早に歩いた。
「ケチ……」
ララがほほを膨らましてすねていると、コリンが耳元で話した。
「この街は、春、夏、秋ってお祭りがあるんだ。だから今度、その祭りに連れて来てあげるから。でも、ベラには言うなよ――」
コリンは、ベラの様子をうかがいながら、小さい声でささやいた。
「何でベラに言っちゃいけないの?」
ララも、ささやきながら訊いた。ベラの地獄耳もさすがに聞こえないようだ。
「それは――」コリンは、溜めに溜めた。ララも固唾をのんでコリンの言葉を待った。
「それは……冬には祭りがないんだ」
ララは、もっと自分が想像できないような説明を期待していたが、コリンの言葉はララの想定内の言葉だった。ララの体から力というものがすべてなくなった。
「……まあ、こんな静かなところで祭りはできないよね」
「そうなんだよ。冬に祭りができないことが、ベラが一番気にしているところなんだ。〟夏の王ラマー〝が、いつも祭りになるとはしゃぐからね。きっと、羨ましいんだよ……。ま、祭りをやっても、ベラははしゃいだりしないだろうけどね。でも、このことベラにしゃべっちゃダメだよ」
「はい、はい……」
ララは、期待した自分がバカみたいと思いながら、ベラを小走りで追いかけた。
「早くせんか!」
そのうえ、ララは遅いとベラに怒られた。
「ごめんなさい……」
ララは、力無く、ふて腐れたように謝り、ベラのあとを追いかけた。
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