四季物語 冬の山~ララとカイヤックブール~

ホーク・ハイ

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魂の石

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ベラは、男勝りの馬使いで街を駆け抜け森に出た。街の建物が、あまりの速さにカラフルな線にしか見えず、聞こえる音は、風が体にぶつかってくる轟音しか聞こえない。森の中に入ってもそれは変わらなかった。
ララは、しっかりとたてがみを握り、落ちないように踏ん張った。コリンは、ユニコーンの速さにしっかりつかまっているのが精いっぱいなのか、無防備な顔が白目をむきながらよだれを伸ばしていた。
「コリン! よだれ!」
ララは、下で踏ん張っているコリンを見て叫んだ。コリンは、まったくララの声が聞こえてないみたいだった――まるで、コリンが人形のように見えた。
前方で、シュワルツが速度を落とし、あたりを見渡して、後方のララたちに振り返り二回吠えた。
ベラは手綱を抑え、ユニコーンのスピードを緩めた。
「見えたか?」
ベラはユニコーンの歩みを止め首をさすると、シュワルツは、凍原の木々の奥の方を見て吠えた。
森というほど、木々は生えていないが、高い気が何本か生えている。ほとんど雪で覆われていて、コドル・ナーゲンよりかなり寒い。
ベラは、ユニコーンから降りて凍原の中を見た。ララも慌てて降りると、手がコリンにぶつかり、コリンはユニコーンから真っ逆さまに落ちた。
「ゴメン! 大丈夫?」
ララは、慌ててコリンを拾うと、体についた雪を払った。
「大丈夫……」
コリンの顔は、おかしくなったままで、口に締りがなく呂律が回っていなかった。
「もう、しっかりして! ここは?」
「ディド・ディナツンドラだよ。冬になると、ミタ・インディオたちが集落を作る森さ」
「かなり寒い……」
「ここは特に寒いんだ。凍原だからね。よくここで暮らせるもんだ」
ララは、まだ呂律の回っていないコリンのお尻を軽く叩くと、自分の肩に乗せてベラに近づいた。
ララがベラの横に立つと、ベラは森の中にある集落を見ながら目を細めていた。
「あそこ?」
「そうだ。あそこが、ミタ・インディオの集落だ」
「あそこが……」
ララは、小刻みにうなずきながら集落に向き直った。
ディド・ディナツンドラの中にあるミタ・インディオの集落は、藁で作られたゲルが密集し、よく見ると煙が上がっていた。
外にいるミタ・インディオたちを見ると、男性たちより女性たちの方が体が大きく、男性をこき使っているように見える。さっき出会ったミタ・インディオたちに似た人たちがたくさんいて、どの人も見分けがつかない。
その大人たちの周りを、子供のミタ・インディオたちが走り回っている。体の大きい女の子たちが、体の小さい男の子たちを木の枝を持って追いかけ回していた――男の子たちは、みんな泣いていた。
「ねえ、四季変わりの――」
「ここからは、歩いて行くぞ」
ベラは振り返ってユニコーンに近づき、顔をなでると、ユニコーンは森の中を駆け抜け、走り舞い上がった雪の中に消えていった。ララは、聞きたいことが聞けずに、ただただベラについて行くしかなかった。
「シュワルツ」
ベラの声に反応したシュワルツが近づくと、ベラが顔を近づけ何かを耳打ちした。
「急げ」
ベラの話を聞いたシュワルツは、一回吠えると、森の中に走り出し茂みの中に飛び込んでそこかへ行ってしまった。
「どこに行ったの?」
ララは、自分の前を通り過ぎるベラを見て訊いた。
「ちょっと、用を頼んだ」
ベラは、ララを見ることなく、集落だけを見つめて話した。
「急げ。ミタ・インディオの酋長に会いに行くぞ」
ベラは森を抜け、指を一回鳴らすと、目の前に集落への一本道が現れた。
「ジョ・ジョリンヌに会えるんだ!」
コリンは嬉しそうにララの肩から飛び降り、ステップを踏みながらベラについて行く。先ほどの壊れた顔は元に戻っていた。その顔が、ララには腹立たしかった。
「ジョジョリンヌって?」
「違うよ。ジョ・ジョリンヌ。間違うと危険だからしっかり覚えたほうがいいぞ」
コリンは、自分の首を絞めて舌を出して白目をむいた。コリンの言っていることを、本当に信じていいのか、ララは真剣に悩んでいた。
「わかった。忠告どうも」
ララは、顔をしかめた。
「で、どんな人なの?」
「ジョ・ジョリンヌは、ミタ・インディオの酋長さ。ミタ・インディオ〟四季変わりのインディオ〟は、女性が酋長になる極めて珍しい種族だ。その四季変わりのインディオの歴代の酋長の中で、最強の呼び声高い酋長なんだ」
コリンの顔は、ワクワクが止まらないといった感じに見えた。
「そうなんだ……」
ララは、頭の中でイメージしたジョ・ジョリンヌに失礼のないように、しっかり挨拶をしながら集落に向かった。

集落の中に入ると、ミタ・インディオたちがララたち一同をじっと睨みながら、焚き火の前から見ていた。インディアンのような格好をしたミタ・インディオは、冬なのに上半身裸で、藁で作った羽織物を着て、男たちは槍の矛先をララたちに向けて立っている。子供たちは、大人の後ろに隠れて恐る恐るララたちを見ている。
「あまり歓迎されてないね……」
ララは、一歩一歩を緊張して歩きながら、槍に注意して話した。
「なに、襲ったりしないよ。こっちには、冬の女王がいるん――イテッ!」と言っていたコリンの頭に、雪玉が当たった。投げられた方向を見ると、遠くのゲルの後ろに隠れる人影が見えた。コリンは、犯人をニヤリと睨みつけて、ララの肩の上に立った。
「ちょっとコリン! 遊んでる場合じゃないでしょ!」
ララは、立ち上がったコリンを手で抑え座らせた。
「何で!? やり返さなきゃ!」
コリンはまた立ち上がり、スマッシュを打つように腕を動かして言った。
「もし、女の人に当たったら大変……でしょ……」
ララは、話をしている最中にもかかわらず、きょろきょろとあたりを見渡し始めた。
「どうした?」
「いない……」
「へ?」
「いないわよ、女の人が! 一人も!」
「ああぁん……」
コリンは、つまらなそうに鼻をほじりながらうなずいた。
「女どもは、きっと酋長のところだよ」
「ジョジョリンヌの?」
「ジョ・ジョリンヌ!」
コリンは、囁くように叫び、周りに聞こえてないか確認した。
「名前を間違うなと言ったろ!」
コリンは、ララの頬にパンチを喰らわせた。
「難しいのよ。その名前……」
ララは、パンチされた箇所を指で掻きながら言った。コリンのステップほど痛くはないが、コリンのパンチはかゆかった。
「でも、何で女の人がいないの?」
「酋長を守るためさ」
「男の人じゃないの?」
ララは、前を堂々と歩いて行くベラに置いて行かれないように気にしながら歩く。
「ここでは、男共が狩人、女が戦士なんだよ」
コリンは、まわりを指差しながら話した。確かに、男たちは絵本や図鑑に載っているインディアンのような格好だ。とても戦士には見えない。
「じゃあ、女の人はどこにいるの?」
「あそこだ」
ララの問いに、前を歩いていたベラが立ち止って答えた。ベラは、どこかを指差して立っている。ララは、ベラの後ろから覗き込むように前を見た。
両脇に、鉄で造られた鎧を着たミタ・インディオの女戦士が、槍と紋様の入った盾を持ち、一列になって並んでいた。どの女戦士も、鋭い目つきでララたちを睨んでいる。その体は、本当に男のミタ・インディオより一回りも、中には二回り以上の大女もいた。髪は、黒、茶色、赤色とあるが、ララと同じブロンド色はいなかった。
女戦士が並ぶ列の奥を見ると、ひときわ大きく派手な装飾のゲルがある。入り口には、深紅の暖簾が掛けられていて、地面につきそうなぐらい長い。その深紅の暖簾に、金色の獅子が刺繍してあった。ララたちは、そのゲルの方にギュッギュッと雪を踏む音を立てながら向かった。
その入り口の脇に、一人黒髪の女戦士が立っていた。年齢はララと変わらないぐらいの可愛らしい少女だが、ララは明らかに自分よりも体も大きく、精神的にもしっかりしていそうな感じが、遠目に見てもわかった。少女は、ララの顔を見ると、少し恥ずかしそうに目をそらした――ララは、この子とおしゃべりがしたい衝動にかられた。
「ベラ、あの子は?」
「あの子は、ジョ・ジョリンヌの一人娘ノーツだ」
「ノーツ……」
ノーツは、ララを見ないように、視線を上に向け、胸を張って勇ましく立っていた。
「ノーツは、フローラ語で〟鷲〝を意味する。次期酋長を継ぐ子だ。だから、あの子だけ剣なのだ」
「そうなんだ……」
確かに他の女戦士は槍だが、ノーツだけ剣を持っていた。ララは、勇ましく立つノーツを自分と照らし合わせたが、あまりにも定められた人生の違いに困惑した。その困惑した顔で、ベラを見上げる。ベラは、諭すように話し始めた。
「ここ〟ウェンデル〟は、自分で自由に生きることのできない者もいる。私たち〟季節の王家〝も、この〟四季変わりのインディオ〟もそうだ。この世界は、みなの役割分担によって成り立っている。それを、その一族で受け継いでいく。お前の住む世界にもいるであろう。だが、自分と比べないことだ。疲れるだけだぞ。そして、早くこの世界の秩序になれることだ。そして、自由に生きる権利のあることに感謝しなさい」
ベラは冷たく、でもどこか優しさのある物言いで話した。でもこのときから、ララはノーツを意識するようになった。
「ノーツよ」
ベラは、前に立つノーツを見下げるように見た。
「〟季節の王家〝冬の女王ベラリサ、はるばるこの集落に何の用だ?」
ノーツは、見上げながら威嚇するように言った。
「お前に話すことはない。直接母君に話す。ジョ・ジョリンヌは中か?」
ベラは、ノーツを冷たく突き放すように言うが、ノーツは気にも留めていないようにゲルの中に入った。
ララは、ベラの横に立ちながら周りの女戦士を見ていた。女戦士は、横目でララを見ながら、何かララの知らない言葉で耳打ちし合っていた。
「コリン、あの人たち何を話してるんだろうね」
「ああ、お前のことだよ」
「え!? コリン、わかるの?」
「わかるよ」コリンは、あっけらかんと答えた。
「基本、この世界の奴らは、フローラ語を話すからな。人間との交流が始まった頃から、ほとんどの奴はララと同じ言葉で話すようになったけど、この集落では酋長のジョ・ジョリンヌとノーツだけだけど」
「え、そうなの?」
女戦士が、自分のわからないフローラ語で何を話しているのかララはとても興味を持った。
「で、私のことなんて言ってるの?」
「その髪色が、羨ましいって」
「ホント?」
ララは、羨ましいという言葉がとても嬉しかった。学校の男の子に、時折揶揄されてしまうこの髪色が、ララはあまり好きではなかった。外国人とのハーフだから仕方がないが、いつも気にしていたララは、羨ましいという言葉を言われたとき、初めて自分の髪がこの色でよかったと思った。
「でもコリンは、何でフローラ語知ってるの?」
「オレも妖精だし……」
ララは、コリンが妖精ということを忘れていた。あまりにも親しくしていたせいか、自分の身内のような存在に思えた。
「じゃあ、今度教えてね」
「気が向いたらね」
コリンは、酋長のいるゲルの方を見て肩をすくめた。ララはそれでも、楽しみが増えたことが嬉しかった――オルバの家に来ても、暇を持て余さなくて済むからだった。

しばらくすると、ノーツがゲルの深紅の暖簾をくぐって出てきた。列で並んでいる女戦士に緊張が走る。男と子供たちも、集落にある各ゲルの影から覗き込んでいた。
「酋長が会うそうです。少々お待ちを」
そう言うと、ノーツは暖簾の脇にそれた。そのときララと目があったが、ノーツはすぐに視線を下げて立った。
「私、嫌われてるのかな……?」
ララは、コリンに聞きながら口をとがらせ、ちょっとだけ寂しさを感じた。
「嫌いなんじゃなくて、意識してるんだと思うよ。きっと、あの子はシャイなんだね」
コリンは、笑いながら話した。ララは、コリンの言葉にちょっとだけホッとした。それならもう少し近づきたいと思ったとき、突然横に並んでいた女戦士が、一斉に片膝をついてしゃがんだ。ノーツも入り口の横でしゃがんでいた。
「私たちも?」いきなりの行動に、ララは戸惑った。
「やらなくていい」
ベラは、毅然とした態度で深紅の暖簾を見ていた。そして、一人の女戦士がゲルから出てきた。
「久し振りだな、ベラ」
とても親しい仲とは思えない話し方だった。ジョ・ジョリンヌはベラを睨みつけている
「お前、ずいぶんと偉くなったもんだな。ジョ・ジョリンヌ」
ベラも一歩前に出ると、挑発的な口調で話した。
「あの人が、ジョジョ――ジョ・ジョリンヌ?」
ララは、言い間違えそうな名前を寸前で訂正した。
「そう、あれがジョ・ジョリンヌだ」
コリンは、目をまん丸にしてジョ・ジョリンヌを見ていた。
「あの人が……」
ジョ・ジョリンヌは、ノーツと同じ黒髪でポニーテールのように髪を結んでいる。顔も他の女戦士より整っていてとても美人だったが、その一番の特徴は身長だった。ベラの身長も他の女戦士ぐらい高いが、ジョ・ジョリンヌはもう頭一つ高かった。いつもララを見降ろしているベラが、今は見上げている。ララには、その光景がとても珍しく見えた。着ている鎧は、暖簾と同じ深紅に彩られ、首から赤いペンダントをかけている。
「その子は?」
ジョ・ジョリンヌは、ララをギロッと睨みつけた。ララはジョ・ジョリンヌに睨まれると、ベラのときよりも背筋がゾッとした。
「この子にかまうな」
ベラは、ララを見ることなく、存在を消した。ララは驚いてベラを見上げたが、ベラはピクリとも動かず、ララを見向きもしなかった。そんなララを見て、コリンは肩の上で笑いを必死にこらえていた。ここに連れてきた張本人が笑っているのに気付くと、ララはとても不愉快な気持ちになった。
「して、何の用だ?」
「カイヤックブールのところまで案内を頼む」
「は!? 今さら何を言う!?」
ジョ・ジョリンヌはベラの言葉に憤慨し、自分の顔をベラの顔に押し付けるように近づけ叫んだ。
「お前は、わが夫ハモーがノーツを助けに行ったとき、お前は何をしていた? 夫を見棄てて、このペンダントだけ持って帰ってきた。お前は二人とも助けると約束したではないか! その約束を破ったくせに、今さら案内すれだと? ふざけるな!」
ジョ・ジョリンヌは赤い石のペンダントを強く握り、ベラの顔の前にちらつかせた。
「ハモー、〟虎〝か」
コリンは、ララの肩の上に座りながら腕組みして言った。
「虎って意味なの?」
「フローラ語でね」コリンは、何か笑いをこらえながら答えた。
「何がおかしいの?」
「だって、動物の名前が多いじゃん。面白くない?」
笑いをこらえているコリンの顔に、ララは何も言わずに、ベラたちのやりとりに目を移した。
「お前、まだあいつのことを愛しているのだな」
ベラは不敵に笑うが、目が笑っていない、とても悲しい目をしていた。ララには、わかっていた。言葉とは裏腹に、とても申し訳ないことをしたと、ベラは思っていることを。
「お前に、わが夫をあいつ呼ばわりする権利はない!」
ジョ・ジョリンヌは、ベラの肩を突き飛ばして言った。ベラは、怒りもせず、ただジッと耐えていた。ジョ・ジョリンヌは、威嚇するようにベラに近寄る。ジョ・ジョリンヌの迫力に、ララは思わず道を開けた。
「わが夫ハモーは、わが一族最高の弓の名手だった。今でも、我ら四季変わりのインディオの誇りだ」
ジョ・ジョリンヌの目には、涙がたまっているようにララは見えた。ジョ・ジョリンヌは、ハモーのことを本当に愛していたに違いない。ララはそう思う反面、とても不思議だった。この四季変わりのインディオは、目に見えた女性社会。その中で、こんなにも男の人を愛せるなんて……。弓の名手のハモーとはどんな人だったのか?
「ねえ、コリン。ハモーって――」
だがコリンは、まだ笑いをこらえていて聞ける状態ではなかった―。ララは、深くため息をついた。
「ただでとは言わん」
ベラは、突き飛ばされた肩を手で払うと、静かにゆっくりと話した。ジョ・ジョリンヌは片眉を上げて、疑いの目でベラを見た。
「もうすぐ来るころだ」
ベラは、ジョ・ジョリンヌの顔を見て不敵に笑った。ララとコリンは、目を合わせて首をかしげる。
すると、列の後方からどよめき声が聞こえてきた。ララたちは振り返ると、それは大きな黒い魚の尻尾をくわえて引きずり、ゆっくりこちらに歩いて来るシュワルツだった。
「ゴチナ! ゴチナ!」
集落中のミタ・インディオたちが騒いでいる。
「確かにあれはゴチナだな!」
コリンは、遠くを見るようにおでこに手を当てて、シュワルツを見ていた。
「ゴチナって何?」
ララは、シュワルツとミタ・インディオたちを見ながら訊いた。
「ゴチナは、でかいって言うことだ」
「ふ~ん……」
ララは、フローラ語に悪戦苦闘していた。
「これはゴチナなヘチオだな……」
ジョ・ジョリンヌも、シュワルツの引いている魚に興味を持った。
「ヘチオは――魚?」
「正解!」
コリンは、笑いながら拍手をした。ララは、クイズに正解したみたいで、ちょっと嬉しかった。
「ただの魚じゃないぞ」
シュワルツがベラの横にたどり着くと、ベラは魚を指差して誇らしげに言った。
「こ、これは……エゾヌ!」
ジョ・ジョリンヌは、珍しい宝物を見るように、魚に近寄った。触りたいが、触るのが怖いというように両手を開いて、魚をなでるように手を動かしている。
「あれは、何の魚?」
「ほほう、マグロだな」
コリンは、メガネを一回動かして、珍しそうに見て言った。
「マグロ!?」
ララは、驚いてマグロを見た。ララも、マグロの姿を生で見るのは初めてだった。
「この大きさは、この世界では珍しい。これさえあれば、集落中の者がこの冬、幸せに暮らせるだろう」
ベラは、大きく手を広げて話した。ジョ・ジョリンヌは、腕を組んで考えている。
「シュワルツ、これどこで獲ってきたの?」
ララはシュワルツの耳元で訊いた。シュワルツは、小さな声で唸った。
「ララの世界からだって」
コリンは、シュワルツの頭をなでながら言った。シュワルツは、頭をなでられて嬉しそうだ。
「どうやって、この短い時間に?」
ララは、不思議そうに魚とシュワルツを見て訊いた。マグロは、二百キロはありそうな大物だった。
「魔力をもらったんだな」
コリンは、嬉しそうにシュワルツと話している。
「魔力?」
「白狼のリーダーは、冬の女王から魔力がもらえるんだ。これで、本当のリーダーだな」
シュワルツは、コリンに鼻をつけて喜んでいた。コリンは、くすぐったくて笑っている。
「これでどうだ? 酋長たるもの、個人の感情ではなく、皆のことも考えなくてはならんぞ」
ベラは、奥の手が効いているのを確信していた。案の定、ジョ・ジョリンヌが首を縦に振るのに時間はかからなかった。
「わかった。案内しよう」
ジョ・ジョリンヌは、渋々ベラの頼みを引き受けた。でも、その目はマグロから離れることはなかった。それほどに、この世界でマグロは貴重なものなのだとララは思った。
「私も食べたい……」
ララがそう言うと、一斉に集落中のミタ・インディオたちがララを睨んだ。
「え……、あ、どうぞ、食べてください……」
ララは両手を差し出して、後ずさりしてマグロから離れた。ミタ・インディオのあまりの迫力に、ララは恐怖を感じた。
「食べ物の恨みって……怖い」
ララは、ミタ・インディオたちに聞こえないようにつぶやいた。
「そりゃそうだ!」
コリンは肩の上で、お腹を抱えて大笑いしていた。ララはふて腐れながら、ベラたちに視線を移した。
「時間がない。今から出発したい」
ベラは、ジョ・ジョリンヌに急かすように言った。
「ノーツ!」
ジョ・ジョリンヌは、顔だけ振り返りゲルの入り口を見た。しかし、入り口にノーツはいなかった。
「ノーツ! ノー――」
ジョ・ジョリンヌが、あたりを見渡して探しふと下を見たとき、マグロを珍しそうに見てしゃがんでいるノーツを見つけた。ノーツは、目をまん丸にして夢中でマグロを見ていた。
「ノーツ!」
ジョ・ジョリンヌは、腰に両手を置き、顔をノーツの耳に近づけて叫んだ。ノーツは飛び跳ねて驚き、その場に直立した。
「ノーツ、今からベラと一緒に、〟滝跡の洞窟〝に行け」
ジョ・ジョリンヌは、眉間にしわを寄せて言った。
「え!? だって、あそこは――」
ノーツは異議を唱えようとしたが、ジョ・ジョリンヌの決定は覆らない。
「大丈夫だ。お前にこの〟魂の石〝を預ける」
ジョ・ジョリンヌは、片膝をつき目線をノーツに合わせると、自分が付けていた赤いペンダントをノーツに掛けた。
「でも母様、これは父様の――」
ノーツは、受け取れないといった表情で話したが、ジョ・ジョリンヌは大きくゆっくり顔を横に振って話した。
「父様も、お前に付けてもらえることを喜んでいるだろう。そして、これから向かう場所にて、お前を守ってくれるに違いない。持っていきなさい」
ジョ・ジョリンヌは、優しい笑顔で話した。ノーツは、ペンダントを見ながら一回大きくうなずき顔を上げた。ジョ・ジョリンヌの顔は、酋長の顔ではなく母親の顔だった。ララは二人のやりとりを見ていてレジュリーの優しい顔を思い出した。
「今、なんの石って言った?」
コリンは、顔をしかめてララを見ながら訊いた。
「え、あぁ……そう! 〟魂の石〝って言ってた」
遠くの彼方にレジュリーの顔を見ていたララが、慌ててコリンの質問の答えを思い出し不敵に笑いながら答えた。
「……どした?」
「いや……何も」
そう言うと、ララは遠くを見つめた。
〟春の姫リンネ〝に対する〟夏の王ラマー〝の優しさで真咲を思い出し、ジョ・ジョリンヌのノーツへの優しさでレジュリーを思い出した。ウェンデルは、とても不思議なことが起きるものだとララは思った。不思議とても優しい気持ちになれると。
「魂の石。あれが……」
コリンは、ノーツの持っている石に興味を示した。
「あれは何なの?」
ララは、なぜコリンがあの石に興味を持ったのかわからなかった。
「あの石の名前通り、あれは人の魂なんだ。だから、あれはノーツの父親、つまりあの石はハモーの魂でできている」
「魂が石になるの?」
ララは、ノーツが眺めている石を見て訊いた。
「なることもある、と言った方が正しいかな。あの石になるには、強い願いが必要なんだ。その願いが通じたとき、大地・海・天空の精霊によって石になることができる。でも、そう簡単にはなれない。ハモーの願いは、それほど強いものだったんだな」
「そうなんだ……」
ララは、ノーツの顔をジッと見つめた。ノーツの目が、何かを決意したかのように強い目に変わった。
「わかりました、母様」
「いい子だ」
そう言うと、ジョ・ジョリンヌは優しくノーツを抱き寄せた。
「父様が必ず守ってくれる」
「はい。必ず、父様の仇をとってまいります」
「無理はしないで」
ノーツも、ジョ・ジョリンヌを抱きしめた。集落中のミタ・インディオが二人の光景に涙していた。ララも、なぜかこみ上げる涙を我慢していた。コリンが、肩の上からからかうが、ララは全く気にしなかった。
ノーツは、ジョ・ジョリンヌから離れると、ベラの前に立って低い声で話した。
「私が、〟滝跡の洞窟〝まで案内します」
「……では頼もう」
ベラは、ノーツの目をしっかり見て返答した。
ララは、この状況でいうのもなんだが、ノーツと旅を出来ることが嬉しかった。同級生ぐらいの子がいると気も休まり、厳しい旅も乗り越えられるような気がしていた。
「では、行きましょう」
ノーツの先頭に、ララたちは集落を出ようとした。
「ベラ!」
ジョ・ジョリンヌがベラを呼び止め、ベラの前に立ち、人差し指をベラの胸に突き当てた。ベラは、何もせずその場に立ちつくした。
「ベラ、もしノーツに何かあったら――」
「そのときは、私を煮るなり焼くなり好きにするがいい」
ジョ・ジョリンヌの話を遮り、ベラはジョ・ジョリンヌの目をまっすぐ見て言い放った。その返答に、ジョ・ジョリンヌはもう何も言わなかった。
「行こう。急がねば」
ララたちは、足早に集落を後にした。
「ねえ、ララ。ベラは、この集落を出るまでに、「急がねば」って何回言ったでしょう」
「何回言ってもわからない人が、クイズにしなければいけないぐらい」
「……どゆこと?」
コリンは、ララの言葉の意味がわかっていなかった。でも、シュワルツにはわかったのか、コリンを見て鼻を鳴らした。
「おい! なんだよ、シュワルツ。今バカにしたろ!」
コリンが怒っていると、ノーツが振り返り軽く握った手で咳払いをして、笑いを隠した。ララは、ノーツが笑っているのを見て、もらい笑いをしてしまった。
「何だよ、みんなして!」
コリンが怒っていると、ベラがチラッとコリンを睨んだ。コリンは、その目から逃げるように、ララの髪を自分の体に巻きつけた。

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