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まだ誰のものでもない夜
2話 22歳・触れそうで、触れなかった夜
しおりを挟む今日はまた、お気に入りの駅前のカフェ『喫茶Moon』で、買い物帰りに窓際の指定席でチャイを楽しんでいる。
鞄の中には、さっき一目惚れして買ったハンカチ。
明日の新年度から使うのが楽しみだ。
今日はマサラチャイに、ついバスクチーズケーキも頼んだ。
スパイスの香りと、焦がし気味の甘い香ばしさが鼻先でまじり合って、少しだけ背中の力が抜けていく。
人の往来を眺めながら、ほっとひと息つけるひととき――
カップを両手で包むと、じんわりと伝わる温度が心地よくて、なぜかそれだけで、守られてるような気持ちになる。
ああ、やっぱり、ここのチャイが大好き。
この空気、この温度、この時間。
わたしだけの小さな“逃げ場所”みたいなこの席で、今日もまた、頭の片隅にちょっとした妄想が芽を出しかけている。
……ねぇ、こないだ話した「このままだと、そんな風になりそうな夜もあった」って話、覚えてる?
今日は、その時のことを話してみるね。
その人とは、22歳、社会人になってすぐの頃、仕事関係の飲み会で出会ったんだ。
連絡先を交換して、何度かご飯に行ったり、デートをした。
彼からはよく「好きだよ」とか「可愛いな」なんて、冗談っぽく言われてて、わたしはどこかで「本気なのかな?」って、疑っていた。
「本気じゃないでしょ~?」って、少し茶化して返したこともあったと思う。
でも、本当は。
心のどこかで、信じたい気持ちもあったんだ。
自分の気持ちは、よくわからなかったけどね。
そして、あの日――
冬の海辺のデートスポットをゆっくり散策して、夕暮れの街で少し早めの夕食をとったあと、肌寒さを感じながら並んで歩いていた、土曜日の夜。
ふいに彼が足を止めて、わたしの顔をちらりと見てから、「観覧車、乗ろっか」って、まるで思いついたように、静かに言った。
──あ、これ。
改めて、告白されるやつかもしれない。
そんな予感が、胸の奥で膨らんだ。
もし彼が本気でそう言ってくれたら。
わたしが受け入れたら──
今日、このまま、なにかが始まってしまうかもしれない。
(……でも、まだ、怖い。どうしよう)
観覧車の、あの独特の狭さ。
沈黙と視線とが、じわじわと心を揺らしていく。
わたしは、息を呑んで目を伏せることしかできなかった。
彼が、そっとわたしに手を伸ばしかけた時──
「あっ、見てみて!綺麗~!」
とっさに外の景色の話題を振って、その空気を壊した。
彼の指先が、わずかに宙を泳ぐ。
そして、ホッとした自分がいた。
そのまま、話を続けた。
「あ、そういえばさ──
小学生のとき遠足で観覧車乗ったんだけど、怖くて泣いちゃったんだよね~。はは」
街の灯りが川面に揺れていたけど、本当は、わたしの心のほうがもっと揺れていた。
何話してるんだろう。
わたし、何をそんなに怖がってるんだろう。
──進むのが、怖かった。
このまま、何かが始まってしまうのが、まだ怖くて仕方なかった。
(お願い……告白、しないで)
わたしの気持ちを察してか、彼は手を引っ込め、何も言わなかった。
観覧車がゆっくりと頂上を越え、降りるまでの間、わたしたちは他愛のない話を続けながら、外の景色を眺めていた。
そして、観覧車を降りたあと。
彼はぽつりと、呟くように言った。
「……あやが、冗談だって言うから。
ちゃんと告白したかったのに──
告白させてもくれなかったね」
その言葉に、胸がぎゅっとなって、顔が熱くなった。
冬の冷たい風が、あの日のわたしの迷いをすべてさらっていくようで、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
本当は、わたしも、どうしていいかわからなかったんだ。
(……ごめんね)
彼からは、その後──なんとなく、距離を置かれるようになった。
返事は遅くなり、会う約束も自然と減っていって、気がつけば…そのまま、終わっていた。
あのとき、あの空気に応えていれば、きっと、わたしたちは付き合っていたと思う。
もしかしたら──
勢いで、その夜、そういうことも……してしまっていたのかもしれない。
でも。
あのときのわたしは、どうしても一歩が踏み出せなかった。
怖くて、覚悟がなくて、それでいてどこかで、ちゃんと「恋」がしたいと、願っていた。
ちゃんと、好きになって。
ちゃんと、好きだって言ってもらって。
ちゃんと、始めたい──そう思っていた。
……そう思ってた、はずなのに。
心に残るのは、彼の手のぬくもりでも、笑った顔でもなくて、あの夜、自分が壊した「もしも」の空気だった。
──たら、れば。
そんなことを考えるたびに、胸がきゅっとなるけど。
ううん。
きっと、あれでよかったんだよね。
そう、信じたいんだ。
あの夜のことは、いまでも時々思い出すけど──
わたしの心の奥に、そっとしまっておくことにしてる。
(いつかちゃんと、恋ができますように)
―――
本編である
「27歳、処女~みられて濡れて~」
76話とこのエピソードはリンク🔗しています。
よければ合わせてお楽しみください。
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