14 / 19
第二章 沈む身体、揺れる心
13話 重なる温度、揺れる心
しおりを挟む「……先、シャワー借りるね」
シーツをゆるく巻き、振り返らずに歩く玲奈。
足音が床を軽く叩き、浴室の扉が小さく閉まる音が響いた。
ケイはベッドに沈み込み、片手で額を覆った。
体の奥にはまだ熱が残り、脈打つ鼓動が落ち着かない。
──思っていた以上に、可愛くて、怖い人だった。
仕事では隙のない大人なのに、腕の中では恥ずかしそうに甘えて、時に小悪魔みたいに挑発してくる。
そのギャップに呑まれて、抗えずここまで来てしまった。
(……俺は、何をしてるんだ)
あやと付き合っているわけじゃない。
まだ裏切りではないはずだ。
そう繰り返しても、胸の奥に広がるのは罪悪感に似た苦さだった。
瞼を閉じれば浮かぶのは、あや。
笑う顔も、照れて視線をそらす横顔も、鮮明に思い出せる。
触れたこともないはずの肌のぬくもりまで、なぜかはっきり感じてしまう。
腕の中の玲奈の熱と、まだ知らないあやの輪郭が重なって、呼吸が乱れた。
そして、ふと目に入ったもふたん。
あやが胸に抱いて笑っていた姿が、あんなにはっきり脳裏にあったのに──
結局、止まれなかった。
(……最低だ、俺)
シャワーのレバーをひねると、勢いよく水が落ちる音が浴室に満ちる。
熱めの湯が肩を打ち、背中を滑って床へ消えていく。
呼吸を整えようとしても、心拍はなかなか落ち着かない。
指先で首筋をなぞると、まだ薄く熱が残っている。
浴室に満ちるシャワーの音。
熱い湯が肩を叩き、玲奈は目を閉じた。
──やっぱり、彼は特別。
触れられただけで、声も表情も素直に変わる自分がいた。
いつもは余裕で振る舞えるのに、今は違う。
けれど。
あのときほんの一瞬、彼の視線の奥に映っていたのは、自分ではない誰か。
(……誰を、見てたの)
胸の奥に小さな棘が沈む。
流れ落ちる湯に紛れても消えず、じんわり疼き続ける。
唇をかすかに噛み、玲奈は湯気の中で長く息を吐いた。
――シャワーの水音が、ふっと途切れた。
浴室のドア越しに漂っていた温かい蒸気が、少しずつ部屋の空気に混ざってくる。
ほどなくして、ドアが静かに開く音。
「……おまたせ」
目が合った瞬間、その瞳の奥にまだ消えきらない光が揺れた。
声はいつもの落ち着いたトーンなのに、わずかに息が残っている。
ケイは無言のまま、その姿を目で追った。
後ろでざっくりとクリップで留められた髪から、うなじがのぞいている。
タオルで拭ったばかりの首筋にはまだ薄く熱が残り、その無造作さに、さっき触れた感触が重なって――胸の奥が静かに熱を帯びていった。
そして、ベッドの端に腰を下ろした。
まだ湯気の余韻をまとった肌から、ほのかに石けんが混ざった香りが漂う。
「……あなたも、行ってきたら?」
軽く視線を送られたケイは、一瞬だけためらい、ゆっくりと体を起こす。
立ち上がる寸前、玲奈の指がそっとケイの手首をとらえた。
「……また、ね」
意味を測りかねるような低い声。
その一言が、湯気よりもずっと熱く、背中に残る。
ケイはそのまま浴室へ向かったが、閉まったドアの向こうでも、玲奈の表情が頭から離れなかった。
温かいシャワーを浴びても、鏡に映る自分の顔は、思っていたよりも疲れていて、けれどどこか火照りが残っていた。
バスローブに袖を通し、浴室のドアを開けた瞬間、外の空気が肌を包む。
さっきまでの熱と、ひやりとした温度差に背筋がわずかに震えた。
ソファに腰掛ける玲奈が、顔を上げる。
後ろでクリップに留めた髪を何気なく直しながら、指先ではワイングラスをゆっくり回していた。
「おかえり」
短いその言葉に、妙な静けさが含まれていて、ケイは一瞬足を止めた。
そして、何も言わずにグラスの向かい側へ腰を下ろした――。
32
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
無表情いとこの隠れた欲望
春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。
小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。
緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。
それから雪哉の態度が変わり――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる