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第二章 沈む身体、揺れる心
13話 重なる温度、揺れる心
しおりを挟む「……先、シャワー借りるね」
シーツをゆるく巻き、振り返らずに歩く玲奈。
足音が床を軽く叩き、浴室の扉が小さく閉まる音が響いた。
ケイはベッドに沈み込み、片手で額を覆った。
体の奥にはまだ熱が残り、脈打つ鼓動が落ち着かない。
──思っていた以上に、可愛くて、怖い人だった。
仕事では隙のない大人なのに、腕の中では恥ずかしそうに甘えて、時に小悪魔みたいに挑発してくる。
そのギャップに呑まれて、抗えずここまで来てしまった。
(……俺は、何をしてるんだ)
あやと付き合っているわけじゃない。
まだ裏切りではないはずだ。
そう繰り返しても、胸の奥に広がるのは罪悪感に似た苦さだった。
瞼を閉じれば浮かぶのは、あや。
笑う顔も、照れて視線をそらす横顔も、鮮明に思い出せる。
触れたこともないはずの肌のぬくもりまで、なぜかはっきり感じてしまう。
腕の中の玲奈の熱と、まだ知らないあやの輪郭が重なって、呼吸が乱れた。
そして、ふと目に入ったもふたん。
あやが胸に抱いて笑っていた姿が、あんなにはっきり脳裏にあったのに──
結局、止まれなかった。
(……最低だ、俺)
シャワーのレバーをひねると、勢いよく水が落ちる音が浴室に満ちる。
熱めの湯が肩を打ち、背中を滑って床へ消えていく。
呼吸を整えようとしても、心拍はなかなか落ち着かない。
指先で首筋をなぞると、まだ薄く熱が残っている。
浴室に満ちるシャワーの音。
熱い湯が肩を叩き、玲奈は目を閉じた。
──やっぱり、彼は特別。
触れられただけで、声も表情も素直に変わる自分がいた。
いつもは余裕で振る舞えるのに、今は違う。
けれど。
あのときほんの一瞬、彼の視線の奥に映っていたのは、自分ではない誰か。
(……誰を、見てたの)
胸の奥に小さな棘が沈む。
流れ落ちる湯に紛れても消えず、じんわり疼き続ける。
唇をかすかに噛み、玲奈は湯気の中で長く息を吐いた。
――シャワーの水音が、ふっと途切れた。
浴室のドア越しに漂っていた温かい蒸気が、少しずつ部屋の空気に混ざってくる。
ほどなくして、ドアが静かに開く音。
「……おまたせ」
目が合った瞬間、その瞳の奥にまだ消えきらない光が揺れた。
声はいつもの落ち着いたトーンなのに、わずかに息が残っている。
ケイは無言のまま、その姿を目で追った。
後ろでざっくりとクリップで留められた髪から、うなじがのぞいている。
タオルで拭ったばかりの首筋にはまだ薄く熱が残り、その無造作さに、さっき触れた感触が重なって――胸の奥が静かに熱を帯びていった。
そして、ベッドの端に腰を下ろした。
まだ湯気の余韻をまとった肌から、ほのかに石けんが混ざった香りが漂う。
「……あなたも、行ってきたら?」
軽く視線を送られたケイは、一瞬だけためらい、ゆっくりと体を起こす。
立ち上がる寸前、玲奈の指がそっとケイの手首をとらえた。
「……また、ね」
意味を測りかねるような低い声。
その一言が、湯気よりもずっと熱く、背中に残る。
ケイはそのまま浴室へ向かったが、閉まったドアの向こうでも、玲奈の表情が頭から離れなかった。
温かいシャワーを浴びても、鏡に映る自分の顔は、思っていたよりも疲れていて、けれどどこか火照りが残っていた。
バスローブに袖を通し、浴室のドアを開けた瞬間、外の空気が肌を包む。
さっきまでの熱と、ひやりとした温度差に背筋がわずかに震えた。
ソファに腰掛ける玲奈が、顔を上げる。
後ろでクリップに留めた髪を何気なく直しながら、指先ではワイングラスをゆっくり回していた。
「おかえり」
短いその言葉に、妙な静けさが含まれていて、ケイは一瞬足を止めた。
そして、何も言わずにグラスの向かい側へ腰を下ろした――。
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