【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎

文字の大きさ
6 / 36

6.子ども同士

しおりを挟む

 そうして翌日。
 約束通り、ミアと少年は同じ場所で対峙していた。

 からりと晴れた空から落ちる日の光が芝の緑葉を照らし、辺りには春の風が吹きすさんでいる。
 お互いに言葉を交わさずとも静かに剣を構えた。
 (流石に子ども同士の手合わせで真剣を使うのは駄目だと、お互い持参した木剣である)

 昨夜ミアは珍しく寝付きの悪さを味わった。
 いつもは疲れ果てて横になるや否や眠ってしまうというのに、昨夜ばかりは気分が高揚して直ぐに眠ることができなかった。

 これまで鍛錬ばかりで実践の場がなかったのだ。
 相手は常に雇われ剣術講師のみ。
 それが悪いというわけではないが、少しのつまらなさはある。

 来る日も来る日も鍛錬に明け暮れ碌な交友関係も無い。
 そこに舞い込んできたのが見ず知らずの少年との手合わせ。
 ああして言うからには少しは心得があるのだろう。
 年頃の娘が胸躍らせるような約束では絶対にないのだが、少々ズレ込んでいるミアにとっては何よりも浮足立つ約束だった。

「一本先取制でいいな」

 落ちたら開始だと、少年はコインを高く弾いた。
 集中の中でそれはゆっくりと降下するように感じられた。

 両者がぐっと地を踏みしめたと同時に、小石の上へと落ちたコインがキンと軽い音を立てた。

 一気に踏み出したミアは少年に向けて素早く剣を振り下ろした。
 その俊敏さは目を見張るほど。これが力で劣る彼女の活路ともいえる強みである。
 正直なところ、ミアはこのひと振りで決着を付けてやる気でいた。

 しかし少年は器用に体を翻して躱し、すかさずミアの首元目掛けて刃を振るう。
 面食らいつつ、しゃがんで躱すが、更に一手。
 振り下ろされた剣を受け止めれば、その重さにミアは更に瞠目した。

 一度受けただけで直ぐに分かる。
 彼の剣は見かけよりもずっと重い。
 ミアはそれを弾くのではなくいなしてから、後退して距離を取った。

 小さく息を吐く。
 集中を切らせた瞬間に負ける。そう思った。
 自然とミアの視線に鋭さが宿る。
 そんな彼女の表情に少年は小さく、楽しげに口角を上げた。

 その後、手合わせは文字通り延々と続いた。
 両者の実力は拮抗しており、日が暮れ始めても決着は付かないままだった。

「──今回はこの辺りで手打ちにしよう」

 数歩距離を取ったタイミングで少年が言った。
 ふぅと息を整えるために大きく吐いて、剣を下ろす。
 ミアも肩で息をするような状態だが、少年の言葉には首を捻りたくなった。
 まだ決着はついていないのに、

「どうして?」

「日が落ちる。君が勇ましいことはよくわかったが、そろそろ帰るべき時間だろう」

「……じゃあ貴方の降参ということでいい?」

 涼しい顔で勝手に手合わせを終わらせようとしている少年に思わず拗ねたように言えば、少年はジト目をミアへと向けた。

「このままずるずると続けても君がジリ貧になるだけだろうから、引き分けてやろうという僕の気遣いがわからないのか?」

「ジリ貧は自分の話でしょ? わたしはまだまだ闘い足りないのだけど」

 というのはまぁ嘘ではある。
 確かに少年の言う通り、体力も魔力も尽きてしまいそうだ。なんせこんなに長らく打ち合ったことなんてない。
 しかしそれは少年も同じに見えた。
 そっちだって息が上がってるくせに、とミアはまたムッと口をへの字に曲げている。

「負けるのが怖いのなら仕方がないから、貴方の気持ちを尊重してあげてもいいわ」

 それを聞くや否、少年も同じような表情を浮かべ、

「違う。君は自分の限度もまともにわからないのか。それとも打ち負かされるのが希望か? 悪いが僕にはそういった趣味はない」

「なっ、変な話にすり替えないで! 貴方だってへばってるくせに、素直にそれを認めないから!」

「君が頑固そうだから、こちらから引き分けの提案をしてるんだ」

「そのあたかも自分が譲歩してあげてるみたいな話し方やめなさいよ!」

「みたいじゃなくて、譲歩してるんだ」

 グルルルと威嚇するミアに、イライラを隠さない仏頂面の少年。
 子ども同士の子ども地味た言い合いはその後も続き。
 痺れを切らしたミアが少年へと踏み出した瞬間、

「はわぁっ!」

 足がもつれた。
 自分でも驚くほどに足はふにゃふにゃと力の籠らない状態だった。
 アドレナリンのおかげで気付いていなかったが、どうやら少年の言葉通り限界を迎えていたらしく、まともな受け身も取れそうにないまま、ミアの体が傾く。

 しかしそれはあっさりと距離を詰めた少年によって受け止められ、「ああ、これは確かにわたしの負けだ」とミアは思った。
 ──のだが。
 そのまま支えてもらえるかと思いきや、少年の体まで一緒に傾き、二人揃って地面へと倒れ込む羽目になった。

 幸いにも少年をクッションにしたおかげでミアに痛みはなかったが、少年の方はわりと派手に後頭部を打ち付けたらしく声にならない声を上げた。

「だ、大丈夫!?」

「………もんだい、ない」

 全然問題なくなさそうだわ!
 ミアは少年の苦渋の表情を見下ろしながら心配になる、が、どうしても、

「くっ、ふふ、ふ……」

「………おい」

「ふ、ふは、ごめんなさい、だって可笑しくて、あんまり格好つかないものだから」

 一気に気が抜けてしまったミアは無邪気に笑った。
 戦闘中の鋭い視線はどこへやら、とろりと蕩けるような穏やかな瞳に少年は無意識に見入っていた。
 先程までは確かに剣士のそれだったものが、今はごく普通の少女の表情を浮かべている。
 前者が物珍しくて興味深かったが、その分真逆のような表情には不意をつかれたような気になる。

 とはいえ、

「………笑いすぎだ」

 未だ肩を震わせるミアに、少年は例の如くじっとりとした視線を送った。

「そろそろ退いてもらえるか」

「え? あっ! ご、ごめんなさいっ!」

 言われるまで、ミアは自分が少年に馬乗りになっていることに気付いていなかった。
 慌てて退くが、羞恥で耳まで真っ赤に染まる。
 殿方に馬乗りになるなんて、母が知ったら卒倒してしまうだろう。淑女教育の先生からは叱咤を受けそうだ。

 恥ずかしさにふるふると震えているミアに、今度は少年の方が吹き出すように笑った。
 笑われている理由が分からず首を捻れば、

「いや、さっきまで男顔負けなほど勇ましく剣を振っていたくせに、今度は些細なことであまりに恥ずかしがるものだから」

 別人のようだと少年は笑う。そんな顔ができたのかと驚くほど無邪気に。
 そうして彼はひとしきり笑った後、ミアを真っ直ぐに見据えた。

「悪かったよ。僕もこの通り、君を支える力も残ってなかったみたいだ。共倒れになる前に引き分けということにしないか」

 少年の提案にミアはパチパチと何度か瞬きを繰り返した後、花が咲いたように笑って頷いた。
しおりを挟む
感想 110

あなたにおすすめの小説

「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」

みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のリコリスは20歳。立派な嫁きおくれである。 というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。 なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。 そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。 何か裏がある―― 相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするリコリス。 でも、非力なリコリスには何も手段がない。 しかし、そんな彼女にも救いの手が……?

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい

サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。 ──無駄な努力だ。 こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。

恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました

あい
恋愛
両親を失ったあの日、 赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。 それが、アリア。 世間からは「若い母」と呼ばれながらも、 彼女は否定しなかった。 十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。 恋も未来も、すべて後回し。 けれど弟は成長し、ついに巣立つ。 「今度は、自分の人生を生きて」 その一言が、 止まっていた時間を動かした。 役目を終えた夜。 アリアは初めて、自分のために扉を開く。 向かった先は、婚姻仲介所。 愛を求めたわけではない。 ただ、このまま立ち止まりたくなかった。 ――けれどその名前は、 結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。 これは、 十六年“母”だった女性が、 もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。

【完結】名無しの物語

ジュレヌク
恋愛
『やはり、こちらを貰おう』 父が借金の方に娘を売る。 地味で無表情な姉は、21歳 美人で華やかな異母妹は、16歳。     45歳の男は、姉ではなく妹を選んだ。 侯爵家令嬢として生まれた姉は、家族を捨てる計画を立てていた。 甘い汁を吸い付くし、次の宿主を求め、異母妹と義母は、姉の婚約者を奪った。 男は、すべてを知った上で、妹を選んだ。 登場人物に、名前はない。 それでも、彼らは、物語を奏でる。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

処理中です...