【完結】脇役令嬢だって死にたくない

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11.ふたりの時間

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 ミアは穴場である実習棟の片隅にある書庫の、そのまた隅で、自学に努めるフリをしながら今後についてを考えていた。
 尖らせた唇の上にペンをのせて、腕を組んでウンウンと唸る。

 学園生活が始まってまだ日は浅いが、概ね順調である。
 授業は面白いし、人間関係も特に問題はない。
 物思いに耽ることの多い自覚のあるミアは基本的には一人行動を選んでいるが、誰ともそつなく談笑できるくらいの友人関係は育めている。
 そうして環境にも少し慣れてきたところで、最大の問題であるラルフについて考えていた。
 彼について記憶の奥の奥にある情報を引っ張り出す。

 たしか彼は、自身の魔力の属性を忌み嫌っていた。
 闇の魔力を有して生まれたせいで、苦難の日々を送ってきたらしい。
 そんな彼は希少な光の魔力を持つヒロインに羨望と、いつしか愛憎をも抱くようになり、彼女を同じ闇へと落とそうと、悪へと染まってしまう。

 ──という感じだったか、そう思い返して、改めてミアは憤慨の息を吐いた。
 拗らせた恋心に人の命を巻き込まないでほしい。

「ていうかどうしてそう悪い方向へばかり持っていくのかしら。好きなら正しいアプローチをすればいいだけの話でしょ」

 机にだらりと上半身を預け独り言ちる。
 コロリと転がったペンを見送るように眺めていれば、

「淑女が聞いて呆れる」

 ため息混じりにグレンが現れた。
 どういうわけか彼はミアの憩いの隠れ家を嗅ぎ付けて、ここのところ当たり前のように同席してくる。

 席はいくつもあるというのに、彼はミアの隣の椅子へと腰掛けた。
 ミアはそのままのポーズで「偶にはいいの。一人の時くらい淑女だって気を抜くわ」と草臥れた様子で言う。

「もう一人じゃないだろ」

「グレンはいいの。今更だもの」

「へえ」

 何故だかいくらか愉快そうにした彼は、長い脚を組んで持参した本を開いた。
 この男がどうして毎度のことわざわざ自分の元まできて読書に耽るのか、ミアには不思議でならない。

「いつものご友人は?」

「マルセルのことか? アイツなら茶会に誘われたと言っていたけど」

 ミアの問いに視線を落としながら答えたグレンだが、ふいにハッとして顔を上げた。

「なんだ、今度はアイツのことが気になるのか」

 そのままズイと顔を寄せてわけの分からないことを言うので、ミアは若干仰け反りながら「いえ」と絞り出す。
 その強い顔面をどうかあまり近づけないで、と言いたくなる。
『美人は三日で飽きる』なんて言葉は嘘で、初対面の時から変わらずグレンの存在を眩しがっているミアである。
 存在感の圧に消し炭にされそうな気分だ。

「ご友人を放って、こんなところに居ていいのか気になっただけよ。彼がお茶会に呼ばれたということは、貴方だってそうだったんでしょ?」

 話題に上がっているグレンの友人──マルセルは彼の従兄弟で、分かり易く言えば賑やかし担当のような、気の良い青年である。
 それでいて上流貴族特有の気品も持ち合わせていて、グレンと共に並んでいればそこは社交会場のような煌びやかさを放つ。
 クラスメイトの女子の言葉を借りれば『歩く絵画』だそうだ。

 因みに軟派キャラであるマルセルもちゃっかりヒロインに心を掴まれてしまい、後になってそれに気付くも友人と彼女はもう良い仲。
 ひっそり寂し気に笑って彼らを応援する、物語の中ではそんな『不憫でいいヤツ』な存在だった。

「別に友人だからと四六時中共にいるわけじゃない。そもそも僕は君といるか、そうでない時は一人でいるのが好きなんだ」

「貴方ねぇ…ツンデレも結構だけどご友人は大切にしなさいよ。まぁ気心知れた仲なんでしょうけど、彼みたいな良い方きっと貴重なんだから」

「……君とマルセルは特に接点はなかったと思っていたが、何があった? どうしてアイツばかりそう褒めるんだ。まさか本当に──」

「わたしはただ貴方が心配なだけ」

 ──主要人物と関わらないで脇役に構っている貴方が。
 という意味が込められているのだが、知る由もないグレンは少しの沈黙の後「そう」と呟いて大人しくなった。

「別に、心配には及ばない。これでも人との付き合い方はそれなりに心得ているつもりだ」

「要領がいいのは知ってるけどね。わたしが言いたいのは、こんな湿っぽい場所にいるのは人気者のグレン様には似合わないんじゃないかしら、ということよ」

「だったら教室でも君に声を掛けさせてくれ。ここでくらいじゃないとまともに目を合わせてもくれないだろ」

「だって貴方めちゃくちゃ目立つんだから、そういうの苦手って言ったでしょ」

 入学式の後、どれだけ好奇の目にさらされたことか。
 グレンに教室では極力関わらないようにと釘を刺したおかげで(彼は非常に不服そうだったが)、たった一日の出来事はあっさり風化させられた。
 そのおかげもあっての順調な学園生活である。

「だからダメ。人目に付くところで貴方と話すのはごめんよ」

 こうやってハッキリと物申すところも美点だと思っているグレンだが、この発言ばかりは聞き流せない。

「目立っているのは僕じゃなくて僕の名だろ。学園では家柄など抜きで物事を測るのがルールだ。それにのっとって君もその、気にしすぎる悪癖を直したらどうだ」

「名前も含めて、貴方の存在自体が目立つわよ! 貴方、自分のことをもう少し客観的に見たらどう? グレンみたいな眩しい人の横にわたしみたいな地味なのがいたらとんでもなく浮くんだから」

「もしかして君は家柄ではなく容姿の話をしているのか? だったら君こそもっと客観的になった方がいい」

「はあ?」

「君は誰が見たって魅力的な女性だ」
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