【完結】脇役令嬢だって死にたくない

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23.自覚

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「ぁ゛~~~~~~~」

「コレットさん、何か出てません…?」

 干からびたマンドレイクのような顔を膝に乗せて小さく蹲っているミアは、地を這うような声と共に魂的なものを口から垂れ流しているようだった。
 というのはあくまでイメージだが、それが視認できるような気さえするほどの陰鬱としたオーラを醸し出しているのだ。

 まさにズーンと効果音が付けられる雰囲気だ。
 ここ暫くこんな調子のミアは、雑念を払うかのように鍛錬に没頭し、しかし永遠に体を休めないなんて無理な話で、鍛錬の合間にこうしてこの世の終わりのように沈み込む。

 ミアの鍛錬の五分の一にも満たないメニューを命からがら熟すラルフは、彼女の情緒不安定さに少しばかり引きながら様子を見る。

「コレットさんでも、落ち込むことがあるん、ですね」

「ラルフ先生はわたしのことを何だとお思いで? パワーでは解決できない年頃の悩みというものに直面してるの」

「なるほど…? 私も、貴女の力になれたら、いいのですが……」

 あら、とミアは顔を上げた。

「走るだけで嘔吐していた最初に比べて、先生がやっと常人レベルの健康に近付いているということだけでわたしは喜ばしいです」

「褒められて、いるのでしょうか」

「勿論! というか、こうして話し相手になってくださるだけでかなり救われています…先生は陰気ですがそれが逆に今は居心地がいいですし、学問においては尊敬できる方ですし、何より立派なトレーニング仲間ですから」

「本当に、褒められて、いるのでしょうか…」

 同じことを繰り返すラルフに、ミアも「勿論です」と繰り返した。
 あれからミアとラルフはすっかり仲が良い。
 健康オタク会と称せる間柄はまったりと、それこそ健康的な空気が流れている。
 例えるなら、前世で言うところのラジオ体操で会う仲の良いご近所さん、そんな空気感が二人にはあった。
 脅威だと感じていた存在が、まさかホッと一息つける場所になるとは思いもしなかった。

 準備室から出て直ぐの人気のない裏庭で、走り込みの後のスローダウンを再開させた。
 因みに二人とも学園指定の体操着姿である。
 ラルフは笑える程に似合っていないが、ミアはその似合わなさが百点だと笑った。

「そういえば先生、いつになったら髪を切るの? 早くその鬱陶しいの取っ払いましょうよ」

「こ、このくらいが、落ち着くんですが…」

「先生、身なりを整えたら女の子達がもっと真面目に授業を受けてくれると思うわ」

 確か物語の中で顔が整っていることを示唆する描写があった。
 そもそもこの手の物語は黒幕だってイケメンなのがお決まりだ。
 トレーニング中ちらちらと覗くラルフの素顔は確かに人好きしそうな甘い美丈夫だった。

 影のある美形教師、であれば、闇の魔力などもはやプラス要素なのでは?
 ミアは思い掛けない閃きに、「髪、切りましょうね」ともう一度念を押す。

「そんなことでは、何も変わらないと思いますが………それよりも、コレットさん、見てください。前よりも柔らかく、なりました」

 ふにゃりと前屈するラルフに拍手を送りながら、(意外とハマってるのよね)と思う。
 一人で鍛錬に夢中になるのもいいが、こうして共に励める相手がいるのはやはり嬉しい。
 昔を思い出すような───
 そこまで考えて、ミアはまたズンと気が重くなった。

 グレンとの一件から早一ヶ月が経ったが、話はおろかお互いに一度も目も合わせていない。
 もう関わるなと言ったのだから、当然と言えば当然か。

 あの日部屋に戻り枯れ果てるまで泣いて自覚したのは、自分が禁則事項を破ってしまったということだった。
 強引な口付けの意図はさっぱりわからないが、とにかく腹が立って、悲しくて、だというのに、

(嫌じゃなかった、とか……重症だわ……)

 こんな形で自覚するなんて、最悪すぎる。
 しかも盛大に絶縁宣言をしてしまい、自覚と共に散ったようなものだった。

 ──いや、これでよかったのかもしれない。
 叶わない恋だというのは元より重々承知していている。
 やはりグレンを想うことは不毛で、リスクさえ伴う。
 この気持ちには黙って蓋をするのが吉。

(でも、叶わなくていいから友達ではいたかったなぁ……)

 いつの間にかこんなに離れ難くなっていたなんて、どうやら自分は脇役でさえ満足にこなせないらしいと、ミアは再び枯れたマンドレイク顔を浮かべた。

 そもそもヒーローであるグレンと脇役であるミアの間にあんなトラブルが発生するなんて、確実に物語の内容から逸脱していて、これからどうなっていくのかもうヒントさえない。
 どういう身の振り方が正解なのか、ミアは日々悶々としている。
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