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3章瓶 僕と彼女のすれ違い

27杯目 神村 朱里

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「陰雄くん。今の状態じゃ覚えてないかもだけど、前に言ったバイト紹介今日でいいかな?」
「えっと……根明さん? だよね……ごめん。まだ記憶戻ってなくて……でもバイトはしたいと思ってるから、お願いするよ」
「……分かった。今日の放課後着いてきて」
「了解」

 大学の空きコマ。読書をしていると、根明さんにそう言われる。どうやら、記憶が無くなる前にバイトを紹介してもらう。と言うことになっていたみたい。とりあえず、放課後に紹介してもらうことになり今日は残りの講義を受けた。

 記憶を無くしているのに、講義についていけるのかって? 俺も最初は不安だった。だが、頭にしっかりと入っていたみたいで、不思議とついていけている。

 とまあ、そんなこんなで講義も終わり、あっという間に放課後になった。俺は、根明さんの後を歩いている。
 しばらく歩くと、とあるアパートの前に到着した。

「ここ。ここが、私の幼馴染の家。その子のバイト先が、人足りていないみたいだから。とりあえず、話聞こうか」
「なるほどね」

 そう言われ、エレベーターでその人の住む階まで上がる。3階で止まる。エレベーターを降りる根明さんについていく。そして一つの部屋の前に来ると、根明さんはチャイムを鳴らす。

────ピンポン

 部屋の中から、ドタバタと音が聞こえ数秒後ドアが開く。

「はーい」

 部屋の中から、金髪のショートボブとでも言うのだろうか。そんな感じの髪型。身長は根明さんより少し低く、根明さんに負けず劣らずと言った程の美人な女性が出てくる。

「朱里! きたよー!」
「おおー。はる! いらっしゃい。そして、こうして話すのは初めまして。だよね? 一回あったことはあるよね? あの水族館の日」

 女性は俺に向かいそう言う。しかし今の俺は、覚えている訳もなく。困惑しながらも、言葉を返す。 

「……えっと、俺今記憶がなくて。俺からしたら初めましてかな。根暗陰雄です」
「そう……なんだね。なんか、ごめんね。私は、神村朱里かみむらあかり。よろしく」
「よろしくです」

 一通り挨拶を終え、俺たちは部屋の中に通される。部屋の中は、外見から来る大人な女性と言うイメージとは違い、かわいいぬいぐるみで溢れていた。

 リビングにあるソファーに腰をかけると、バイト先の説明が始まる。

「えっと、まず私のバイト先はコンビニね。店長がすごい変わったひ…………あっ。ごめんなんでもない。普通に楽しい職場だよ」
「あの、今なんて言いかけた?」
「ううん。なんでもないの。気にしないで」
「で、でも……」
「大丈夫だから」
「はい」

 すごく気になることを言いかけていたが、これ以上効いて来るなと言わんばかりの勢いで否定される。仕方なく俺は、黙り込み話を聞くことに。

「最初は、レジ打ちからだけどまあ、今はセルフレジになってるから簡単ね。品出しとかもそのうち教わるだろうけど、そんなに難しくないから大丈夫」
「なるほど」
「まあ、たくさん言ってもあれだし慣れよう」
「はい」
「とりあえず最初面接からだけど、明日でいいかな? 店長に伝えとくから」
「明日は何も予定ないので大丈夫です」

 いや、ちょっとだけ見栄を張ったな。この先予定なんて入っていない。遊ぶ人なんて特にいないし。ただ最近、やたら大学内で視線を感じる気がするんだけどね……と、考えている俺に朱里さんは言う。

「じゃあ、明日の夕方。十七時にこのお店に来て。履歴書はいらないから」
「了解」
「とまあ、説明することは終わりかな」

 そう言うと、朱里さんは根明さんと話し始めた。うん、なんだろう。なんだかこの空間、すごく居づらい。俺はそう思い、立ち上がり帰る素振りをする。すると、根明さんも立ち上がりこちらに来た。

「陰雄くん、もう帰るの?」
「うん。それに、俺居ない方が幼馴染どうし楽しいだろうし」
「そんなことないけどなぁ。ねっ? 朱里?」
「うん。別にいてもいいけどね」

 やめてくれ。もうこれ以上この空間に居させないでくれ……
 とは言わずに、やんわりと断る。

「今日は、母がうちに来てるから……ご飯作ってくれてるみたいだし帰るよ。今日は、ありがとう。また明日」
「分かった。じゃ、私も帰るよ朱里!」
「あ、そう? 分かった。あ、かげは待って」
「陰って俺!?」
「そうだよ?」

 朱里さんは、他に誰がいるの? と言いたそうな顔をしている。こんな呼ばれ方は、今まで経験してこなかった為すごく違和感を覚えた。ふと、根明さんの方を見ると、何か言っている。

「朱里は、誰でも初対面の人でも、名前の最初の二文字程度で呼ぶの。嫌だったらごめんね」
「あぁ。なるほどね。別に嫌じゃないから大丈夫だよ」
「なら良かった」

 根明さんとコソコソ喋っていると、突然顔が近づいてくる。

「ねぇ、二人で何コソコソ話してるの?」
「そんな大事なこと話してないよ! って、いきなり近づいてこないで! びっくりするじゃん!」
「あら、そうだったんだ。ごめんごめん。それとかげは、連絡先教えて」
「あ、はい」

 俺はそう言い、連絡先を交換して朱里さんの家を後にしたのだった。

 余談だが、この日一日中くだらないメッセージが来ていたので、夜はメッセージアプリを開くことはしなかった。
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