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6 不機嫌そうな背中
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「よかった。ところで……きみ、よく見たらずいぶんきれいな顔してるね。名前は、リュカって言ったっけ?」
「はい、リュカ・キルシュバウムと言います」
「俺はロアン・ハルネスだ。なあ、リュカ。俺と一晩どう?」
そう言って、ハルネスがリュカの肩を抱き寄せてくる。
ベッドのお誘いにしか聞こえなかったが、本気なのか冗談なのか判別がつかない。承諾するつもりはなかったが、相手は隊長だ。どう返事をしたものかと困惑していると、すぐにニコラが助けてくれた。
「ちょっと、やめてくださいよ、ハルネス隊長」
「なんだ、妬いたか? ニコラ」
「あきれただけです。リュカは今日入団したばかりだと言ったでしょう。それに、彼が側仕えをしている隊長に叱られるのはあなたですよ」
「だれも勝手に味見しようなんて思っていないさ。ちゃんと隊長にも断るし、もちろん本人からも承諾をもらうよ。しかし、隊長の側仕えとはめずらしいな。だれの側仕えなんだ?」
「サイファート隊長です」
リュカが答えると、ハルネスは怪訝そうに顔を顰めた。
「はあ? サイファート? あの娼館通いのサイファートが、なんで側仕えなんか……」
「娼館、通い?」
リュカがその単語を繰り返したとき、肩に載っていたハルネスの腕がふいに離れていった。
「――ハルネス隊長。オレの側仕えにおかしなことを吹き込まないでいただけますか?」
地を這うような低い声が、すぐそばから聞こえてくる。振り向くと、サイファートがハルネスの腕をつかんでいた。
「いっ……おい、離せ。サイファート」
「失礼しました。ハルネス隊長が新人の見習いを恫喝しているように見えましたので」
ハルネスを睨みつけながらそう言って、サイファートはハルネスの腕を離した。
「まあ、だいたい事実ですね」
「おいおい、ニコラ。おまえは俺の味方じゃないのかよ?」
「強いて言えばリュカの味方ですよ。……正直、あれはないです。あんなに威圧されたら怖いじゃないですか」
ニコラのことばを聞きとめて、サイファートが眉間に皺を寄せる。
「本当に、恫喝していたのですか?」
「誤解だ。ちょっと口説いていただけだよ」
「……口説いて?」
「そう、俺と一晩どうかなって。今度貸してよ。おまえの側仕え」
「ご冗談を。あなたにはトルイユがいるでしょう」
「たまには違うのも味見してみたいんだよ。おまえは男になんて興味ないだろ? 娼館に通ってるくらいなんだからさ」
「あなたこそ、ひとの側仕えを口説くくらいなら男を買ってはいかがですか?」
ふたりとも冗談を言っているように聞こえても、目がまったく笑っていないし声がとげとげしい。サイファートに至っては、顔にも機嫌の悪さが表れていた。
ハルネスが本気で言っているとは思えなかったが、サイファートにとってリュカは曲がりなりにも自分の側仕えだ。ひいては自分が侮辱されたと思い、腹が立ったのだろう。
ふたりを止めるべきだと思ったが、隊長同士の口論に見習いが口を挟めるわけもない。どうしたものかと見守っているうち、ニコラのため息が聞こえてきた。
「いいかげんにしてください。こんなところで言い争いをして、あなたがたは今日入団したばかりの新人に恥をかかせるつもりですか?」
ニコラはそれほど大きな声を出したわけではなかったが、冷やかな声音と視線は隊長ふたりを止めるのに十分な威力を持っていた。サイファートはため息を吐き出し、ハルネスは指で頭を掻きながら気まずそうな顔になる。
「あー……確かに、こんなところでする話じゃないか。悪かったよ」
「僕ではなく、謝るならリュカに。おかしな噂が立って生活しづらくなるのはリュカなんですよ。ただでさえ、この特別寮で側仕えの存在は目立つんですから、なおさら気を遣ってあげてください」
いつからか、周りにはちらほらと隊長らしき騎士の姿があった。騒ぎを聞きつけて様子を見にきたらしい。
ニコラは、リュカを気遣ってふたりを止めてくれたのだ。側仕えとして一年の経験があるニコラが言ったことばだからこそ、説得力があった。
「悪かったな、リュカ」
「いえ……」
「でも、さっき言ったことは本気だから、考えておいてよ」
そう言ってハルネスがリュカの頭を撫でると、サイファートがまた眉間の皺を深くさせる。無言でリュカの頭からハルネスの手を退けるサイファートに、ハルネスがにやにやと意味ありげな顔を向けていた。
「へえ……」
「……ハルネス隊長、なにか言いたいことでも?」
「いや、面白いことになってるな、と思って」
にんまりと笑みを深くしたハルネスを、サイファートが無言で睨みつける。それからサイファートはリュカの腕をつかみ、強引に椅子から立ち上がらせた。
「いくぞ」
「あ、はい。――ニコラ、ありがとうございました」
サイファートに腕を引かれながら振り返って言うと、ニコラはやさしく笑ってくれた。
「うん。また、いっしょにお茶を飲もうね、リュカ」
「はい、ぜひ」
相変わらず、騎士団での生活には不安があったが、ニコラのような自分と同じ立場の騎士見習いが身近にいてくれるのはとても心強い。
喫茶室を出ると、サイファートがつかんでいたリュカの腕を離し、こちらを振り向いた。
「ハルネス隊長にまたなにか言われたときは、オレに言え」
「はい。あの、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや、あのひとはいつもああだからな。好みの見習いがいると必ず声をかける。誘われても絶対に了承するなよ」
つまりハルネスは本気だったということなのだろうか。とても本気には思えなかったが。
「わかりました」
「もう夕食の時間だ。食堂へ行くぞ」
「はい」
リュカが頷くと、サイファートはすぐに背中を向けて歩き出してしまった。
もしかして、帰りの遅いリュカを心配して迎えに来てくれたのだろうか。そう思ったが、不機嫌そうな背中に尋ねることはできなかった。
「はい、リュカ・キルシュバウムと言います」
「俺はロアン・ハルネスだ。なあ、リュカ。俺と一晩どう?」
そう言って、ハルネスがリュカの肩を抱き寄せてくる。
ベッドのお誘いにしか聞こえなかったが、本気なのか冗談なのか判別がつかない。承諾するつもりはなかったが、相手は隊長だ。どう返事をしたものかと困惑していると、すぐにニコラが助けてくれた。
「ちょっと、やめてくださいよ、ハルネス隊長」
「なんだ、妬いたか? ニコラ」
「あきれただけです。リュカは今日入団したばかりだと言ったでしょう。それに、彼が側仕えをしている隊長に叱られるのはあなたですよ」
「だれも勝手に味見しようなんて思っていないさ。ちゃんと隊長にも断るし、もちろん本人からも承諾をもらうよ。しかし、隊長の側仕えとはめずらしいな。だれの側仕えなんだ?」
「サイファート隊長です」
リュカが答えると、ハルネスは怪訝そうに顔を顰めた。
「はあ? サイファート? あの娼館通いのサイファートが、なんで側仕えなんか……」
「娼館、通い?」
リュカがその単語を繰り返したとき、肩に載っていたハルネスの腕がふいに離れていった。
「――ハルネス隊長。オレの側仕えにおかしなことを吹き込まないでいただけますか?」
地を這うような低い声が、すぐそばから聞こえてくる。振り向くと、サイファートがハルネスの腕をつかんでいた。
「いっ……おい、離せ。サイファート」
「失礼しました。ハルネス隊長が新人の見習いを恫喝しているように見えましたので」
ハルネスを睨みつけながらそう言って、サイファートはハルネスの腕を離した。
「まあ、だいたい事実ですね」
「おいおい、ニコラ。おまえは俺の味方じゃないのかよ?」
「強いて言えばリュカの味方ですよ。……正直、あれはないです。あんなに威圧されたら怖いじゃないですか」
ニコラのことばを聞きとめて、サイファートが眉間に皺を寄せる。
「本当に、恫喝していたのですか?」
「誤解だ。ちょっと口説いていただけだよ」
「……口説いて?」
「そう、俺と一晩どうかなって。今度貸してよ。おまえの側仕え」
「ご冗談を。あなたにはトルイユがいるでしょう」
「たまには違うのも味見してみたいんだよ。おまえは男になんて興味ないだろ? 娼館に通ってるくらいなんだからさ」
「あなたこそ、ひとの側仕えを口説くくらいなら男を買ってはいかがですか?」
ふたりとも冗談を言っているように聞こえても、目がまったく笑っていないし声がとげとげしい。サイファートに至っては、顔にも機嫌の悪さが表れていた。
ハルネスが本気で言っているとは思えなかったが、サイファートにとってリュカは曲がりなりにも自分の側仕えだ。ひいては自分が侮辱されたと思い、腹が立ったのだろう。
ふたりを止めるべきだと思ったが、隊長同士の口論に見習いが口を挟めるわけもない。どうしたものかと見守っているうち、ニコラのため息が聞こえてきた。
「いいかげんにしてください。こんなところで言い争いをして、あなたがたは今日入団したばかりの新人に恥をかかせるつもりですか?」
ニコラはそれほど大きな声を出したわけではなかったが、冷やかな声音と視線は隊長ふたりを止めるのに十分な威力を持っていた。サイファートはため息を吐き出し、ハルネスは指で頭を掻きながら気まずそうな顔になる。
「あー……確かに、こんなところでする話じゃないか。悪かったよ」
「僕ではなく、謝るならリュカに。おかしな噂が立って生活しづらくなるのはリュカなんですよ。ただでさえ、この特別寮で側仕えの存在は目立つんですから、なおさら気を遣ってあげてください」
いつからか、周りにはちらほらと隊長らしき騎士の姿があった。騒ぎを聞きつけて様子を見にきたらしい。
ニコラは、リュカを気遣ってふたりを止めてくれたのだ。側仕えとして一年の経験があるニコラが言ったことばだからこそ、説得力があった。
「悪かったな、リュカ」
「いえ……」
「でも、さっき言ったことは本気だから、考えておいてよ」
そう言ってハルネスがリュカの頭を撫でると、サイファートがまた眉間の皺を深くさせる。無言でリュカの頭からハルネスの手を退けるサイファートに、ハルネスがにやにやと意味ありげな顔を向けていた。
「へえ……」
「……ハルネス隊長、なにか言いたいことでも?」
「いや、面白いことになってるな、と思って」
にんまりと笑みを深くしたハルネスを、サイファートが無言で睨みつける。それからサイファートはリュカの腕をつかみ、強引に椅子から立ち上がらせた。
「いくぞ」
「あ、はい。――ニコラ、ありがとうございました」
サイファートに腕を引かれながら振り返って言うと、ニコラはやさしく笑ってくれた。
「うん。また、いっしょにお茶を飲もうね、リュカ」
「はい、ぜひ」
相変わらず、騎士団での生活には不安があったが、ニコラのような自分と同じ立場の騎士見習いが身近にいてくれるのはとても心強い。
喫茶室を出ると、サイファートがつかんでいたリュカの腕を離し、こちらを振り向いた。
「ハルネス隊長にまたなにか言われたときは、オレに言え」
「はい。あの、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや、あのひとはいつもああだからな。好みの見習いがいると必ず声をかける。誘われても絶対に了承するなよ」
つまりハルネスは本気だったということなのだろうか。とても本気には思えなかったが。
「わかりました」
「もう夕食の時間だ。食堂へ行くぞ」
「はい」
リュカが頷くと、サイファートはすぐに背中を向けて歩き出してしまった。
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