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9 ガーデンパーティ
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その夜、リュカは昔のできごとを夢に見た。
十年前、父と兄といっしょに王城のガーデンパーティへ参加したときのことだった。リュカは王城に着いて一時間もしないうちに体調が悪くなってしまった。
同年代の子どもたちのにぎやかな声が、痛む頭にがんがんと響く。テーブルには菓子がたくさん置かれていたが、気持ちが悪くて少しも食べる気にはなれなかった。
椅子に座ってじっとしていたが、とうとうこらえきれなくなって、リュカはひとりでこっそりと会場を離れた。父と兄には、具合が悪いなんて言えない。父からは絶対に問題を起こすなときつく言われていた。
父はリュカの体質についてよく思っていないし、兄には嫌われていてまともに話したことがない。今日は特別に外出できたが、妹を生んで母が亡くなって以来、リュカは屋敷の自室から出ることを禁じられていた。
「……っ」
ひと気のない場所まで移動したところで、目の前がぐらぐらと揺れて立っていられなくなった。薔薇の生け垣のそばにしゃがみ込んですぐ、だれかがこちらに近づいてくる足音が聞こえてきて、のろのろと顔を上げる。
「どうした、具合が悪いのか?」
声をかけてきたのは、リュカよりもいくつか年上に見える少年だった。
「いえ、大丈夫です……」
「具合が悪いなら、城の中で横になったほうがいい」
今日は、ガーデンパーティの招待客のために王城の一部が解放されていた。眠れば少しは体調がよくなるだろうが、あまり戻るのが遅くなると父や兄に叱られてしまう。
「……大丈夫、ですから」
少年は、子どものリュカでもわかるほどに上等な服を着ていた。胸元には大きな宝石のブローチをつけていて、ひと目で高位貴族の子どもだとわかる。
リュカと年の近い王子がいると聞いたことがあるから、もしかしてこの少年が王子なのだろうか。そう思うほどに、少年は特別な雰囲気を持っていた。
今日のガーデンパーティは、王子たちの側近候補を見つけるために開かれたものだと父から聞いていた。そのために、王子たちと年の近い国中の貴族の子どもが集められているのだと。
目の前の少年が王子ではないとしても、上位貴族に迷惑をかけたなんて父に知られたら、こっぴどく叱られてしまう。
「では、ここにいてもいいか?」
「え? ……でも、あなたと話したいひとがいるんじゃ……」
リュカがそう言うと、少年はどうしてか苦笑いを浮かべた。
「オレは魔力暴走を起こした恐ろしい子どもだ。そんなやつに近づこうとする物好きなんていない」
「魔力、暴走……?」
泣きそうに顔をゆがめたリュカを見て、少年は顔をこわばらせた。
「すまない、怖がらせてしまったか。やはり、ここにないほうがよさそうだ」
「そうじゃないです。あなたのことは怖くない、です」
少年の目を見て、かなしくなってしまっただけだ。燃えるような怒りの中に隠し切れないさみしさが混じっていたから。
さみしい気持ちなら、リュカにもわかる。
「それって、あなたには魔力がたくさんあるってことですよね? ……いいなあ」
リュカのことばを聞いて、少年があっけにとられたような顔になる。
「……いいな? もしかしてとは思っていたが、きみは魔力欠乏体質なのか?」
「えっ? なんで、わかったんですか? ――あ……っ!」
とっさに手のひらで自分の口を覆ったが、もう遅い。魔力欠乏体質であることは、絶対だれにも知られてはいけないと何度も父に言われていたのに。
リュカは魔力欠乏体質という、生まれつき魔力が少ない体質だった。常に魔力が不足しているせいで、頭が痛くなったり、気持ち悪くなったり、身体がだるくなったりするので、ふつうに生活を送ることさえむずかしい。一日のほとんどを寝て過ごしていた。
父は、魔力欠乏体質であるリュカのことを恥だと言っていた。とても恥ずかしい体質なのだと言っていた。だから、ひとには絶対に言ってはいけないのだと。
リュカが恥ずかしい子どもだから、父はいつもリュカを部屋から出さないようにしているのだ。今日は、王族からの招待で断れなかったから、しかたなくリュカを連れていくのだと言っていた。
「心配しなくても、言いふらしたりしない」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言うと、少年はリュカの隣にしゃがみこんだ。
「魔力を分けてやろうか?」
「……いいんですか?」
「ああ、魔力なら余るほどある」
「え?」
きょとんと目を見開いたリュカに、少年が顔を近づけてくる。少年のきれいな色の瞳に目を奪われているうち、唇にやわらかいものが触れてきた。
「――……っ!」
唇を伝って、なにか温かいものが自分の身体の中に流れ込んでくる。
リュカが驚いて後ろに仰け反ると、少年が慌てた顔になってリュカの頭を両腕で抱え、自分のほうへと引き寄せた。
次の瞬間、体勢が崩れたふたりの身体が、いっしょに地面へと倒れ込む。少年の腕に抱かれたリュカの身体は地面に触れることさえなかったが、代わりに少年の背中が思い切り地面に接触してしまった。地面には短い草がびっしりと生えているとはいえ、きっときれいな服を汚してしまったに違いない。
「おい、危ないだろう!」
「ご、ごめんなさい!」
「い……っ」
少年の腕が緩んで、リュカはあわてて少年の身体の上から退いたが、少年の指から血が出ているのを見つけて青ざめた。少年は薔薇の生け垣に入り込みそうになったリュカの頭を庇って、薔薇のとげでけがをしてしまったのだ。
十年前、父と兄といっしょに王城のガーデンパーティへ参加したときのことだった。リュカは王城に着いて一時間もしないうちに体調が悪くなってしまった。
同年代の子どもたちのにぎやかな声が、痛む頭にがんがんと響く。テーブルには菓子がたくさん置かれていたが、気持ちが悪くて少しも食べる気にはなれなかった。
椅子に座ってじっとしていたが、とうとうこらえきれなくなって、リュカはひとりでこっそりと会場を離れた。父と兄には、具合が悪いなんて言えない。父からは絶対に問題を起こすなときつく言われていた。
父はリュカの体質についてよく思っていないし、兄には嫌われていてまともに話したことがない。今日は特別に外出できたが、妹を生んで母が亡くなって以来、リュカは屋敷の自室から出ることを禁じられていた。
「……っ」
ひと気のない場所まで移動したところで、目の前がぐらぐらと揺れて立っていられなくなった。薔薇の生け垣のそばにしゃがみ込んですぐ、だれかがこちらに近づいてくる足音が聞こえてきて、のろのろと顔を上げる。
「どうした、具合が悪いのか?」
声をかけてきたのは、リュカよりもいくつか年上に見える少年だった。
「いえ、大丈夫です……」
「具合が悪いなら、城の中で横になったほうがいい」
今日は、ガーデンパーティの招待客のために王城の一部が解放されていた。眠れば少しは体調がよくなるだろうが、あまり戻るのが遅くなると父や兄に叱られてしまう。
「……大丈夫、ですから」
少年は、子どものリュカでもわかるほどに上等な服を着ていた。胸元には大きな宝石のブローチをつけていて、ひと目で高位貴族の子どもだとわかる。
リュカと年の近い王子がいると聞いたことがあるから、もしかしてこの少年が王子なのだろうか。そう思うほどに、少年は特別な雰囲気を持っていた。
今日のガーデンパーティは、王子たちの側近候補を見つけるために開かれたものだと父から聞いていた。そのために、王子たちと年の近い国中の貴族の子どもが集められているのだと。
目の前の少年が王子ではないとしても、上位貴族に迷惑をかけたなんて父に知られたら、こっぴどく叱られてしまう。
「では、ここにいてもいいか?」
「え? ……でも、あなたと話したいひとがいるんじゃ……」
リュカがそう言うと、少年はどうしてか苦笑いを浮かべた。
「オレは魔力暴走を起こした恐ろしい子どもだ。そんなやつに近づこうとする物好きなんていない」
「魔力、暴走……?」
泣きそうに顔をゆがめたリュカを見て、少年は顔をこわばらせた。
「すまない、怖がらせてしまったか。やはり、ここにないほうがよさそうだ」
「そうじゃないです。あなたのことは怖くない、です」
少年の目を見て、かなしくなってしまっただけだ。燃えるような怒りの中に隠し切れないさみしさが混じっていたから。
さみしい気持ちなら、リュカにもわかる。
「それって、あなたには魔力がたくさんあるってことですよね? ……いいなあ」
リュカのことばを聞いて、少年があっけにとられたような顔になる。
「……いいな? もしかしてとは思っていたが、きみは魔力欠乏体質なのか?」
「えっ? なんで、わかったんですか? ――あ……っ!」
とっさに手のひらで自分の口を覆ったが、もう遅い。魔力欠乏体質であることは、絶対だれにも知られてはいけないと何度も父に言われていたのに。
リュカは魔力欠乏体質という、生まれつき魔力が少ない体質だった。常に魔力が不足しているせいで、頭が痛くなったり、気持ち悪くなったり、身体がだるくなったりするので、ふつうに生活を送ることさえむずかしい。一日のほとんどを寝て過ごしていた。
父は、魔力欠乏体質であるリュカのことを恥だと言っていた。とても恥ずかしい体質なのだと言っていた。だから、ひとには絶対に言ってはいけないのだと。
リュカが恥ずかしい子どもだから、父はいつもリュカを部屋から出さないようにしているのだ。今日は、王族からの招待で断れなかったから、しかたなくリュカを連れていくのだと言っていた。
「心配しなくても、言いふらしたりしない」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言うと、少年はリュカの隣にしゃがみこんだ。
「魔力を分けてやろうか?」
「……いいんですか?」
「ああ、魔力なら余るほどある」
「え?」
きょとんと目を見開いたリュカに、少年が顔を近づけてくる。少年のきれいな色の瞳に目を奪われているうち、唇にやわらかいものが触れてきた。
「――……っ!」
唇を伝って、なにか温かいものが自分の身体の中に流れ込んでくる。
リュカが驚いて後ろに仰け反ると、少年が慌てた顔になってリュカの頭を両腕で抱え、自分のほうへと引き寄せた。
次の瞬間、体勢が崩れたふたりの身体が、いっしょに地面へと倒れ込む。少年の腕に抱かれたリュカの身体は地面に触れることさえなかったが、代わりに少年の背中が思い切り地面に接触してしまった。地面には短い草がびっしりと生えているとはいえ、きっときれいな服を汚してしまったに違いない。
「おい、危ないだろう!」
「ご、ごめんなさい!」
「い……っ」
少年の腕が緩んで、リュカはあわてて少年の身体の上から退いたが、少年の指から血が出ているのを見つけて青ざめた。少年は薔薇の生け垣に入り込みそうになったリュカの頭を庇って、薔薇のとげでけがをしてしまったのだ。
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