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15 背中を押してくれた
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「さっきは、ハルネスとなにを話していた?」
食堂で夕食を摂っている最中、サイファートからそう尋ねられて、リュカはすぐに返事ができなかった。まだ、さっきのハルネスの発言のことで頭がいっぱいになっている。
「また言い寄られたのか? どうせ、上手いことを言って懲りずに話しかけてきたんだろう。……今後一切話しかけるな、とでも言っておけばよかったな」
リュカが言いよどんだ理由を、サイファートはべつの意味に受け取ったらしい。
「いえ、お茶に誘われただけです」
「それを言い寄られたと言うんだ」
あのときハルネスが口にしたのは、リュカが働いていた娼館の名前と、リュカが娼館で使っていた偽名だった。ハルネスは気づいているのだ。リュカが男娼のリュディガーであることを。つまりは、リュカが魔力欠乏体質であることも知っていることになる。
あのあとサイファートが帰ってきて、結局ハルネスとの会話は途切れてしまった。ハルネスがどういうつもりであんな話をしたのかはわからないが、リュカにとってよくないことが起こっているのは間違いなかった。
あとでハルネスと話をしなければならない。ハルネスとニコラはいつも自室で食事をしているらしく、食堂では見かけなかった。できれば部屋の中でハルネスとふたりきりになるのは避けたいが、娼館の話を共有の場所で話すわけにもいかない。
「あの……サイファート隊長はどうして賭けを受けたんですか?」
「ああ? 勝手に賭けの景品にするなって?」
「そうじゃ、ないです。……負けたときのことは考えなかったんですか?」
サイファートは賭けに乗らないという選択もできた。だが、結果として賭けに乗った。
あの賭けの内容では、たとえサイファートが負けたとしても、サイファート自身が被害を受けるわけではない。だが、リュカを「自分のもの」と言い放ち、リュカを口説くハルネスに怒っていたサイファートが、それを許すとは思えなかった。許してほしくないと思ってしまった。
「考えなかった、と言ったら怒るか?」
「……いえ、怒りません」
怒るよりも、さみしい気持ちになった。
「オレがあいつに負けるわけはないからな」
サイファートは、リュカのことを考えなかったわけではなかった。自分が負けると思っていなかっただけだ。
こちらを見据えるサイファートの瞳に、迷いはみじんもなかった。彼はそう言い切れるほどに研鑽を積み重ねてきた。そして、彼にはそう言い切れるほどの実力がある。サイファートの剣技を見たあとだから、リュカにも理解できた。
思わず、感嘆のため息が漏れてしまう。
「……すごい、ですね。……俺も、あんなふうに剣が使えたら――」
そこまで言って、はっと我に返った。いま、自分はなにを言おうとしていたのか。
リュカが騎士団に入ったのは、騎士になるためではない。剣技を磨くためではない。
先ほど、テオドルがなにかを言いかけたのは、リュカの考えがわかって窘めようとしていたのかもしれない。ここへ来た目的を見失うな、と。
「せいぜい必死に鍛錬するんだな。まあ、オレを超えるのはむずかしいだろうが」
澄んだ瞳に見つめられ、息が止まった。
サイファートはリュカをばかにしなかった。できるわけがないと決めつけなかった。自分のように剣を扱いたいのなら、必死で鍛錬をしろと背中を押してくれた。泣きたくなるほどうれしかった。
「……はい、頑張ります」
リュカの返事を聞いて、サイファートが笑みを浮かべる。それは、いつもの皮肉めいた笑みではなかった。まるで、いつくしむようなまなざしを向けられて、心臓の音が速くなっていく。
「あ、あの……ハルネス隊長はどういった方なんでしょうか?」
滲んだ涙をごまかすように視線を逸らしながらとっさに尋ねると、サイファートは数秒黙り込んだ。
「……どうした? ハルネスになにか言われたのか?」
「いえ、あの……ハルネス隊長がなにを考えてらっしゃるのか、よくわからなくて……」
「気味が悪いか?」
「……そうは言ってないです」
「だが、似たようなことは思っているんだろう」
ハルネスがなにを考えているのかわからない。へらへらと笑っているように見えて、冷たい瞳でリュカを射抜いてくる。口説くようなことを言いながら、リュカを警戒している。
リュカを目当てに娼館へやって来る客は、もっとわかりやすかった。どんなに澄ました顔で取り繕っていても、必ず欲望が透けて見えた。リュカを自分のものにしたい、リュカを抱きたい、魔力欠乏体質の身体を味わいたいと、隠し切れない下心が覗いていた。
でも、ハルネスは違う。下心も欲望も、まったく見えない。
「ロアン・ハルネス。ハルネス伯爵家、次男。年は二十七だったか。いつもへらへらとしているが、腹の中ではなにを考えているのかよくわからん男だ。私生活はだらしないが、隊長としては優秀だな」
ハルネスのことをテオドルに相談しようと思っていたが、ハルネスの目的がわかるまではやめておいたほうがいいのかもしれない。テオドルが父にハルネスのことを報告した場合、父がどんな反応をするかわからない。
伯爵家の令息で、騎士団の隊長を務めているハルネスを、父が標的としてもおかしくはなかった。ハルネスの出方によっては、リュカが娼館に戻されてしまう可能性もある。
食堂で夕食を摂っている最中、サイファートからそう尋ねられて、リュカはすぐに返事ができなかった。まだ、さっきのハルネスの発言のことで頭がいっぱいになっている。
「また言い寄られたのか? どうせ、上手いことを言って懲りずに話しかけてきたんだろう。……今後一切話しかけるな、とでも言っておけばよかったな」
リュカが言いよどんだ理由を、サイファートはべつの意味に受け取ったらしい。
「いえ、お茶に誘われただけです」
「それを言い寄られたと言うんだ」
あのときハルネスが口にしたのは、リュカが働いていた娼館の名前と、リュカが娼館で使っていた偽名だった。ハルネスは気づいているのだ。リュカが男娼のリュディガーであることを。つまりは、リュカが魔力欠乏体質であることも知っていることになる。
あのあとサイファートが帰ってきて、結局ハルネスとの会話は途切れてしまった。ハルネスがどういうつもりであんな話をしたのかはわからないが、リュカにとってよくないことが起こっているのは間違いなかった。
あとでハルネスと話をしなければならない。ハルネスとニコラはいつも自室で食事をしているらしく、食堂では見かけなかった。できれば部屋の中でハルネスとふたりきりになるのは避けたいが、娼館の話を共有の場所で話すわけにもいかない。
「あの……サイファート隊長はどうして賭けを受けたんですか?」
「ああ? 勝手に賭けの景品にするなって?」
「そうじゃ、ないです。……負けたときのことは考えなかったんですか?」
サイファートは賭けに乗らないという選択もできた。だが、結果として賭けに乗った。
あの賭けの内容では、たとえサイファートが負けたとしても、サイファート自身が被害を受けるわけではない。だが、リュカを「自分のもの」と言い放ち、リュカを口説くハルネスに怒っていたサイファートが、それを許すとは思えなかった。許してほしくないと思ってしまった。
「考えなかった、と言ったら怒るか?」
「……いえ、怒りません」
怒るよりも、さみしい気持ちになった。
「オレがあいつに負けるわけはないからな」
サイファートは、リュカのことを考えなかったわけではなかった。自分が負けると思っていなかっただけだ。
こちらを見据えるサイファートの瞳に、迷いはみじんもなかった。彼はそう言い切れるほどに研鑽を積み重ねてきた。そして、彼にはそう言い切れるほどの実力がある。サイファートの剣技を見たあとだから、リュカにも理解できた。
思わず、感嘆のため息が漏れてしまう。
「……すごい、ですね。……俺も、あんなふうに剣が使えたら――」
そこまで言って、はっと我に返った。いま、自分はなにを言おうとしていたのか。
リュカが騎士団に入ったのは、騎士になるためではない。剣技を磨くためではない。
先ほど、テオドルがなにかを言いかけたのは、リュカの考えがわかって窘めようとしていたのかもしれない。ここへ来た目的を見失うな、と。
「せいぜい必死に鍛錬するんだな。まあ、オレを超えるのはむずかしいだろうが」
澄んだ瞳に見つめられ、息が止まった。
サイファートはリュカをばかにしなかった。できるわけがないと決めつけなかった。自分のように剣を扱いたいのなら、必死で鍛錬をしろと背中を押してくれた。泣きたくなるほどうれしかった。
「……はい、頑張ります」
リュカの返事を聞いて、サイファートが笑みを浮かべる。それは、いつもの皮肉めいた笑みではなかった。まるで、いつくしむようなまなざしを向けられて、心臓の音が速くなっていく。
「あ、あの……ハルネス隊長はどういった方なんでしょうか?」
滲んだ涙をごまかすように視線を逸らしながらとっさに尋ねると、サイファートは数秒黙り込んだ。
「……どうした? ハルネスになにか言われたのか?」
「いえ、あの……ハルネス隊長がなにを考えてらっしゃるのか、よくわからなくて……」
「気味が悪いか?」
「……そうは言ってないです」
「だが、似たようなことは思っているんだろう」
ハルネスがなにを考えているのかわからない。へらへらと笑っているように見えて、冷たい瞳でリュカを射抜いてくる。口説くようなことを言いながら、リュカを警戒している。
リュカを目当てに娼館へやって来る客は、もっとわかりやすかった。どんなに澄ました顔で取り繕っていても、必ず欲望が透けて見えた。リュカを自分のものにしたい、リュカを抱きたい、魔力欠乏体質の身体を味わいたいと、隠し切れない下心が覗いていた。
でも、ハルネスは違う。下心も欲望も、まったく見えない。
「ロアン・ハルネス。ハルネス伯爵家、次男。年は二十七だったか。いつもへらへらとしているが、腹の中ではなにを考えているのかよくわからん男だ。私生活はだらしないが、隊長としては優秀だな」
ハルネスのことをテオドルに相談しようと思っていたが、ハルネスの目的がわかるまではやめておいたほうがいいのかもしれない。テオドルが父にハルネスのことを報告した場合、父がどんな反応をするかわからない。
伯爵家の令息で、騎士団の隊長を務めているハルネスを、父が標的としてもおかしくはなかった。ハルネスの出方によっては、リュカが娼館に戻されてしまう可能性もある。
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