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茉白がオーケストラ部に入部して二ヶ月ほど経った。
相変わらず黒川の前では緊張してうまく喋れず、瀬尾はぶっきらぼうでとっつきにくかった。ただ音楽がしたい、黒川のように演奏できるようになりたい、という一心で入部した茉白だったが、まだメンバーに馴染み切れない自分にもどかしさを感じていた。
他のパートの先輩たちは、皆優しくて気さくで話しやすい。オーケストラ部自体は、居心地良くもなってきていた。一緒に昼食を食べる友達もできた。ただ自分のパートの雰囲気が、どうにも落ち着かない。
「それはねえ茉白ちゃん、正常な感想よ」
新歓コンサート以来の憧れの先輩である女性チェロ奏者、奈摘がフォークを振って講釈を垂れる。昼前から部室で練習していたら、先客である奈摘に昼食を誘われたのだった。
茉白は相変わらず弁当で、奈摘はカルボナーラをフォークに巻きつけている。
「確かに、一番居心地悪いパートに入っちゃったと思うよ」
「そんなこと、ないと思うんですけど、ただわたしがうまくお二人とやれていないだけで」
昔から人見知りをする性質の茉白は、自分からアプローチすることが苦手だった。仲良くなってからは自ら話かけたりできるが、特に異性や目上の人物に対しては対応の仕方がわからなかった。
しかし、そんな自分を変えたいとも思っていた。親元を離れた大学に進学したのは、周りは全く知らない人たちばかり、という環境に身を置いて、自らを鍛えるためでもある。
そんな茉白の気概など知らない奈摘は、全面的に彼女を擁護する構えだ。
「いやあ、茉白ちゃんそうは言うけどねえ。ひろぽんはちょっと癖のあるやつだからねえ。でも黒川さんは優しいでしょ」
尊敬する先輩の名前を出されて、茉白は慌てた。
「もちろんです! 黒川さんは優しいです。ただわたしが、ほんとに尊敬しすぎて、うまく、話せなくて」
「そっかあ。あんまり気にしすぎなくていいと思うけどねえ。せっかく入部したかわいい後輩がそんなだと、逆に黒川さんさみしいかも」
いたずらっぽく奈摘は笑う。こういう場面でも、茉白はなんと言えばいいか分からず答えられなかった。先刻からずっと箸が止まったままの彼女を見て、奈摘は表情は変えずに話のベクトルを少し変える。
「それにしても、茉白ちゃんは黒川さんのこと、好きなんだね」
茉白は、これまでの自分と縁遠かった恐れ多い単語の出現に、さらに慌てふためく。
「好きというか、あの、尊敬してます、黒川さんのように吹けるようになりたいって、ただ、それだけで」
「ふうん。でもねえ、実はそれ、ひろぽんもそうなんだ」
奈摘の言葉に、え、と茉白は固まった。
「ひろぽん、黒川さんの音に惚れてオケ部に入ったんだよ。なんで一緒のオーボエをやらないのかは知らないけど」
だからそこは、茉白ちゃんと同じかもね。
茉白は、さざ波立っていた自分の心が、一気に凪いでいったのを感じる。これまで、昼も夜も落ち着かない小舟の上でゆらゆら揺られている気分だった。雨が降ったり時には雷鳴が轟いたり、空は薄暗く曇天が続いていた。そこに、一条の光が差したのだった。奈摘の言葉で。
黒川さんのことを糸口にすれば、瀬尾さんと話せるかもしれない。
しかし、パート練習はいつも黒川と瀬尾、茉白の三人だ。黒川の目の前で、彼の話を瀬尾とするのはさすがに無理だ。
かと言って、瀬尾と二人になる機会を自分で設ける勇気も、茉白にはなかった。
目の前で箸を止めたまま、表情が一喜一憂するさまが見て取れる茉白を、奈摘は黙って微笑ましく眺めていた。
相変わらず黒川の前では緊張してうまく喋れず、瀬尾はぶっきらぼうでとっつきにくかった。ただ音楽がしたい、黒川のように演奏できるようになりたい、という一心で入部した茉白だったが、まだメンバーに馴染み切れない自分にもどかしさを感じていた。
他のパートの先輩たちは、皆優しくて気さくで話しやすい。オーケストラ部自体は、居心地良くもなってきていた。一緒に昼食を食べる友達もできた。ただ自分のパートの雰囲気が、どうにも落ち着かない。
「それはねえ茉白ちゃん、正常な感想よ」
新歓コンサート以来の憧れの先輩である女性チェロ奏者、奈摘がフォークを振って講釈を垂れる。昼前から部室で練習していたら、先客である奈摘に昼食を誘われたのだった。
茉白は相変わらず弁当で、奈摘はカルボナーラをフォークに巻きつけている。
「確かに、一番居心地悪いパートに入っちゃったと思うよ」
「そんなこと、ないと思うんですけど、ただわたしがうまくお二人とやれていないだけで」
昔から人見知りをする性質の茉白は、自分からアプローチすることが苦手だった。仲良くなってからは自ら話かけたりできるが、特に異性や目上の人物に対しては対応の仕方がわからなかった。
しかし、そんな自分を変えたいとも思っていた。親元を離れた大学に進学したのは、周りは全く知らない人たちばかり、という環境に身を置いて、自らを鍛えるためでもある。
そんな茉白の気概など知らない奈摘は、全面的に彼女を擁護する構えだ。
「いやあ、茉白ちゃんそうは言うけどねえ。ひろぽんはちょっと癖のあるやつだからねえ。でも黒川さんは優しいでしょ」
尊敬する先輩の名前を出されて、茉白は慌てた。
「もちろんです! 黒川さんは優しいです。ただわたしが、ほんとに尊敬しすぎて、うまく、話せなくて」
「そっかあ。あんまり気にしすぎなくていいと思うけどねえ。せっかく入部したかわいい後輩がそんなだと、逆に黒川さんさみしいかも」
いたずらっぽく奈摘は笑う。こういう場面でも、茉白はなんと言えばいいか分からず答えられなかった。先刻からずっと箸が止まったままの彼女を見て、奈摘は表情は変えずに話のベクトルを少し変える。
「それにしても、茉白ちゃんは黒川さんのこと、好きなんだね」
茉白は、これまでの自分と縁遠かった恐れ多い単語の出現に、さらに慌てふためく。
「好きというか、あの、尊敬してます、黒川さんのように吹けるようになりたいって、ただ、それだけで」
「ふうん。でもねえ、実はそれ、ひろぽんもそうなんだ」
奈摘の言葉に、え、と茉白は固まった。
「ひろぽん、黒川さんの音に惚れてオケ部に入ったんだよ。なんで一緒のオーボエをやらないのかは知らないけど」
だからそこは、茉白ちゃんと同じかもね。
茉白は、さざ波立っていた自分の心が、一気に凪いでいったのを感じる。これまで、昼も夜も落ち着かない小舟の上でゆらゆら揺られている気分だった。雨が降ったり時には雷鳴が轟いたり、空は薄暗く曇天が続いていた。そこに、一条の光が差したのだった。奈摘の言葉で。
黒川さんのことを糸口にすれば、瀬尾さんと話せるかもしれない。
しかし、パート練習はいつも黒川と瀬尾、茉白の三人だ。黒川の目の前で、彼の話を瀬尾とするのはさすがに無理だ。
かと言って、瀬尾と二人になる機会を自分で設ける勇気も、茉白にはなかった。
目の前で箸を止めたまま、表情が一喜一憂するさまが見て取れる茉白を、奈摘は黙って微笑ましく眺めていた。
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