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「自分で買うって、弓。えらいよな」
長い黒髪を揺らす背を見送った高井が、感心して同意を求めようと瀬尾を見る。瀬尾は小さく肩をすくめた。
「おれには到底無理」
「瀬尾は楽器自体がレアだもんな」
しようがないよ、と苦笑する高井に、瀬尾はため息をつく。
「まったく、お高い趣味だよね」
「ところで瀬尾はこの後、何も予定ないの?」
バイトも講義もない瀬尾、特に差し迫った課題提出もなくのんびりと午後を過ごすつもりだった。
「ない。から、どうしようかとおもってる」
「じゃあさ、ちょっと部室に寄って楽器吹いていかないか」
言いながら、今にも腰を上げて部室に向かいそうなほど目をきらめかせる高井。本当に楽器が好きなんだな、と瀬尾は心から感心する。
「ちょっと、っていうけど、今日もともと練習日でしょ」
「そのまま夜の練習に合流するってのは?」
同じ熱意で同意はできなくて、瀬尾は再び肩をすくめた。
「どうかな。おれはあきたら途中で一旦帰る」
「それでもいいよ。オレはずっといると思うけど」
そう言って立ちがろうとする高井に、瀬尾は「もう行くの」と気怠げに訊ねる。
「ちょっとコンビニ寄ってから行こうと思って。コンビニ付き合う?」
頭を振って瀬尾はテーブルの上で腕を組む。
「いかない。おれはゆっくりしてるから、行くとき起こして」
そう言って、高井に手を振って机に伏せた。高井は「じゃあまた後で」とその場を後にする。
瀬尾は腕に顔を埋めたまま小さく息をついた。高井の言葉が脳裏にちらつく。
『オーボエは経験者が入部希望なんだ』
よりによってオーボエに経験者なんて。
『かわいいよ、小動物みたいで』
奈摘の言葉がさらに瀬尾の胸をざわめかせる。
小動物みたいにかわいい楽器経験者って。なんだそれ。
会ってもない年下の女子に、無意味な悪態が止まらない。
本当は春の陽気に当たりながらまどろんでいたいのに、そうするつもりなのに、雑念が湧き出でてちっとも眠くならなかった。
ああ不愉快だ。こんな自分の思考回路が。
どうすればこの嫌な気分から解放されるだろうか、と考えても妙案は浮かばない。代わりに考える楽しげなことも特になかった。
瀬尾は落ち着かなくて顔を上げる。
午後の晴天の陽射しは眩しい。先刻の奈摘を思い出した。夢や目標のためにまっすぐな彼女や高井は、自ら光り輝く恒星のよう。たまに、遠い存在に感じる。
欠伸をしながらなんとなく視線を泳がすと、こちらに歩いてくる人物と目があった。
「なんだ裕翔、起きたのか。せっかく起こしてやろうと思ったのに」
柔和、というよりは、少しやんちゃなで悪戯な笑みを浮かべたその青年。それは、瀬尾の心をざわめかせる根本のものといってもよかった。
オーボエのパートリーダーにしてオーケストラ部の学生指揮者。現オケ部の中心人物の一人、三回生の黒川響希だった。
長い黒髪を揺らす背を見送った高井が、感心して同意を求めようと瀬尾を見る。瀬尾は小さく肩をすくめた。
「おれには到底無理」
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「まったく、お高い趣味だよね」
「ところで瀬尾はこの後、何も予定ないの?」
バイトも講義もない瀬尾、特に差し迫った課題提出もなくのんびりと午後を過ごすつもりだった。
「ない。から、どうしようかとおもってる」
「じゃあさ、ちょっと部室に寄って楽器吹いていかないか」
言いながら、今にも腰を上げて部室に向かいそうなほど目をきらめかせる高井。本当に楽器が好きなんだな、と瀬尾は心から感心する。
「ちょっと、っていうけど、今日もともと練習日でしょ」
「そのまま夜の練習に合流するってのは?」
同じ熱意で同意はできなくて、瀬尾は再び肩をすくめた。
「どうかな。おれはあきたら途中で一旦帰る」
「それでもいいよ。オレはずっといると思うけど」
そう言って立ちがろうとする高井に、瀬尾は「もう行くの」と気怠げに訊ねる。
「ちょっとコンビニ寄ってから行こうと思って。コンビニ付き合う?」
頭を振って瀬尾はテーブルの上で腕を組む。
「いかない。おれはゆっくりしてるから、行くとき起こして」
そう言って、高井に手を振って机に伏せた。高井は「じゃあまた後で」とその場を後にする。
瀬尾は腕に顔を埋めたまま小さく息をついた。高井の言葉が脳裏にちらつく。
『オーボエは経験者が入部希望なんだ』
よりによってオーボエに経験者なんて。
『かわいいよ、小動物みたいで』
奈摘の言葉がさらに瀬尾の胸をざわめかせる。
小動物みたいにかわいい楽器経験者って。なんだそれ。
会ってもない年下の女子に、無意味な悪態が止まらない。
本当は春の陽気に当たりながらまどろんでいたいのに、そうするつもりなのに、雑念が湧き出でてちっとも眠くならなかった。
ああ不愉快だ。こんな自分の思考回路が。
どうすればこの嫌な気分から解放されるだろうか、と考えても妙案は浮かばない。代わりに考える楽しげなことも特になかった。
瀬尾は落ち着かなくて顔を上げる。
午後の晴天の陽射しは眩しい。先刻の奈摘を思い出した。夢や目標のためにまっすぐな彼女や高井は、自ら光り輝く恒星のよう。たまに、遠い存在に感じる。
欠伸をしながらなんとなく視線を泳がすと、こちらに歩いてくる人物と目があった。
「なんだ裕翔、起きたのか。せっかく起こしてやろうと思ったのに」
柔和、というよりは、少しやんちゃなで悪戯な笑みを浮かべたその青年。それは、瀬尾の心をざわめかせる根本のものといってもよかった。
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