Wavering Heart ~ 元同級生は別人級に甘すぎる ~

芙月みひろ

文字の大きさ
2 / 9

2.ばったりと

しおりを挟む
「やっと終わった……」

 ため息とともに、私の口からはひとり言がもれた。
 ここしばらくの間抱えていた面倒な仕事が、ようやく解決したのだ。女性職員たちの中でもっとも遅い退社になってしまったが、達成感のおかげで極めて軽やかな気分である。
 上司に挨拶をして職場を出た私は、荷物を取りにロッカールームへと向かった。中に入ると、私より少し先に仕事を終えていた同僚の堀田小夜子がいた。同期入社の彼女とは気の置けない関係だ。
 堀田はロッカーの内側に備え付けられた小さな鏡に向かって、丁寧に化粧直しをしていた。私に気づき、にっと笑う。

「お疲れ様。ねぇ、もし都合が良ければだけど、今日は金曜日だし、久しぶりに二人で飲みにでも行かない?」
「そうねぇ……」
 
 少しだけ考えた。仕事も一段落ついたことだし、自分を慰労するという意味で、堀田の誘いに乗るのもいいかもしれない。彼女となら気楽だし、きっと楽しい時間になるはずだ。

「いいわよ。行きましょ。でも、どこにする?今日は金曜日だから、どこの店も混んでるわよね。私は居酒屋でも、なんならファミレスでも全然構わないけど」

 堀田はロッカーの鍵を掛けながら答える。

「実は行ってみたい店があるのよ」
「どこ?」

 彼女はスマホを操作し、とある店のSNSを私に見せた。

「日本酒のお店?」
「そう。日本全国の選りすぐりの日本酒が揃ってるんだって」
「へぇえ。ちょっと気になるわね」
「でしょ?料理も美味しいって書いてあるし、どう?」
「入れるなら行ってみたいけど……」
「早速電話して、席の予約ができるか聞いてみるわ」

 言い終えるなり、堀田は電話をかけ始めた。通話を終えて、彼女はにっこり笑う。

「大丈夫だって。席、予約できたわよ」

 こうして私たちはいそいそとロッカールームを後にして、エレベーターに乗り込んだ。  
 ビルを出てからは、目的の店を目指して繁華街方面に向かう。徒歩で三十分もかからずに店に着いた。堀田が名を告げてすぐに、予約のプレートが置かれた二人掛けの席に案内された。
 席に着いて、改めて店内の様子を窺う。
 店は大いに賑わっていた。日本酒の店というから、てっきり男性客、しかも比較的年齢層が高いのかと思っていたがそんなことはなく、むしろ女性客の方が多いようにも見える。カウンターの背面の棚にはずらりと日本酒の瓶が並んでいて、なかなか壮観な眺めだ。

「利き酒セットっていうのがあるわね。これだと料理は別なんだね。あ、晩酌セットとかいうのだと、お料理も何品か一緒に食べられるのか。どうしようかな……」

 しばらく堀田は悩ましい顔でメニューを眺めていたが、ようやくどれにするか決めたようだ。メニューの中の一点を指差す。

「私、これにする」
「晩酌セット?なるほど、お酒はこの一覧の中から選ぶわけね。うん、私もこれにする。お腹もすいてるし」
「よし。じゃあ、これにしようか。足りなければ、また別に色々頼めばいいしね」

 堀田は店員に声をかけて注文を伝えた。
 少し待った後に、お酒と料理が運ばれてくる。
 私たちは忙しかった最近の自分たちを労い合いながら、グラスに口をつけ、料理に箸をつけた。

「美味しいお酒と美味しい料理。幸せったらないわねぇ」

 堀田はしみじみと言いながら、グラスを傾けている。
 私自身もそれなりにお酒はたしなむが、彼女の場合はもう酒豪の域に達している。私の二倍、いや三倍近いペースで冷酒のグラスを傾けているくせに、顔色も口調も、普段の様子とほとんど変わらない。多少いつもより饒舌になっている程度だ。
 ちなみに私は途中からウーロン茶を飲み始めている。
 お酒と料理を美味しく味わい満足した後は、デザートは別腹とばかりに、二人してほうじ茶アイスを頼み、最後を締めくくった。

「そろそろ帰ろうか」

 促す堀田に頷いて、私はほろ酔い加減のいい気分で席を立った。
 清算するためにレジへと向かい、店員が金額を提示するのを待つ。
 そこに、男性四人のグループがやって来た。その恰好から、仕事帰りのサラリーマンたちのように見えた。彼らもこれから会計を済ませて帰るところのようだ。

「こちらの金額になります」

 よそ見をしていた私は店員の声でレジに向き直り、表示された金額を確かめた。堀田と申し合わせてあった通り、ひとまず私がまとめて支払う。レシートを受け取ってから、少し先で待っていた堀田の元へ向かった。
 その時、例のサラリーマングループの中の一人に、肩がぶつかってしまう。彼の後ろ姿に私は慌てて謝った。

「すみませんっ」
「いえいえ、大丈夫ですよ」

 振り向きざまに言った彼だったが、私を見た途端に驚いた顔をした。
 そして私もまた、驚いて息を飲んだ。彼のことはかろうじてまだ記憶に引っ掛かっていた。だから、目の前の男性が誰であるかを思い出すのに、たいして時間はかからなかった。彼の名前がぽろっと口をついて出る。

「塚本さん……」
「お!ちゃんと覚えていてくれたんだね」

 彼は嬉しそうに輝くような笑顔を見せた。

「奇遇だね。まさかこんな所で会えるなんて。俺たちって縁があるのかな」

 明らかに酔っていると分かる顔で、彼は陽気に調子のいいことを言う。
 私は苦笑する。

「ただの偶然だと思います。それでは私はこれで」

 ぺこりと頭を下げて、私は背を向けた。
 塚本の声が引き留める。
 
「ちょっと待ってよ。ね、この後時間あるなら一緒にどう?お友達も一緒でいいから」
「すみませんが、時間はありませんので」

 私は肩越しに告げて、堀田の元へと急いだ。

「誘われてたみたいだけど、いいの?」

 堀田は塚本の方を気にしている。

「いいのよ。別に知り合いじゃないんだから」

 私は堀田の問いを軽く流して、店の出入り口に向かって足を速める。彼に追いつかれないように、早く外に出なくてはと気が急いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

処理中です...