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13・常連さん
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年度が改まってからも私の仕事内容に変わりはなく、矢嶋のラジオ番組も継続して手伝うことになった。
その一方である変化があった。佐竹が新年度を待たずに支局に異動となったのだ。同じ部署で働く契約社員の田代から、後でこっそり聞いたところによれば、重要な取引先との間でトラブルを起こしてしまったための、いわゆる左遷的な異動だという。そして、彼女の穴を埋めるために新たなメンバーが採用されることになった。
急なメンバーチェンジがあった中、改編期のバタバタした忙しさも少しずつ落ち着き始めた頃のこと。六月最初の日曜日に周年イベントを開催することが決まったと、全社員に伝えられた。各部署ともそのイベントに向けた準備を始めることになる。
定期的に行われている編成広報局内の会議の時、ひと通りの説明を終えた局長の中沢は私を見て言った。
「その日はラジオもやるそうだよ。いつもの内容に加えて、レポーターが会場の様子を伝えながらという趣向らしい。パーソナリティは午前と午後で交代で、午後は矢嶋君だそうだ。制作側からの要望で、川口さんにはバイトの子と一緒に、午後の部の方をいつものように手伝ってほしいそうなんだ。そのうち改めて打ち合わせなんかがあると思う。その日は日曜日だから休日出勤になってしまうけど、後日みんなと交代で休みを取ってもらうことになると思うからよろしくお願いします」
梨乃と一緒なら楽しそうだし、いつものようにということなら特に難しいこともなさそうだ。
「分かりました」
「それから、現時点での企画です」
中沢はA4サイズの紙を皆に回覧し始めた。
「現段階で検討されている内容やなんかがそこに書いてあるので、ざっと目を通しておいてください。そのファイルは共有フォルダにも格納して、都度情報を更新するそうだ。それから、近いうちに日程だけはホームページに乗せることになるから、みんなそのつもりでよろしく」
中沢は特に私と田代を見ながら付け加えるように言った。
「それを見た視聴者から問い合わせがあるかもしれない。その時は、『詳細は後日、決まり次第公表する予定』と答えておいてください」
私と田代が頷いたのを見てから、中沢は皆の顔をぐるりと見回した。
「何か他に、みんなの方からはありますか?」
誰からの発言もないことを確かめると、彼は会議の終わりを告げた。
その会議の翌日、ラジオ番組の手伝いのためいつもの時間にマスタールームへ行くと、梨乃が先に来ていた。辻はと見ると、奥のスタジオの方にいる。
「おはよう、梨乃ちゃん。今日もよろしくお願いします」
「夏貴さん、おはようございます!」
梨乃はぺこりと頭を下げると、私の前に身を乗り出すようにして話し出した。
「夏貴さんはもう聞きましたか?イベントするって話。局内も見学できたりするんですってね!キッチンカーも呼ぶ予定だっていうし。ワクワクしてきちゃうなぁ」
「キッチンカーも?それは初耳」
いかにも女子トークらしい話をしている所に、辻がやってきた。
「夏貴ちゃん、おはよう。もしかして今、例のイベントの話してたの?その日の午後に、矢嶋がラジオもやるから手伝ってほしいっていう話は、中沢局長から伝わってるかな」
「おはようございます。はい、昨日局長から聞きました」
「二人にお願いすることは、いつもと変わらない。ただ、いつもより少し時間が長くなる予定なんだ。近くなったら、またみんなで打ち合わせすることになると思う」
そこに矢嶋が入って来た。
「おはようございます」
今日もきらきらしてる――。
ふとそんなことを思ってしまった自分に慌てる。梨乃と一緒に挨拶をし、顔を上げた時に目が合ってしまい、どきりとする。しかし彼が私の反応に気づいた様子はない。
「今日もよろしくね」
矢嶋はいつも通りの爽やかな笑顔を保ったまま、スタジオに入って行った。
「二人もそろそろスタンバイしてくれる?」
「はぁい」
「はい」
それぞれに返事をして、私たちはいつもの定位置についた。
向かい合って座り、テーブル上に置かれた時計の針を睨むように眺めていたら、梨乃が声を潜めて私に聞いてきた。
「夏貴さん、矢嶋さんと何かありましたか?」
「え、どうして?」
「いや、なんというか、ここ最近のお二人の空気感が、これまでとどことなく違うような気がして」
「別に何もないけど」
笑ってごまかしたが、背中に汗がにじんできたのが分かった。
「ふぅん……。ま、仲が悪くなったわけじゃないのならいいんです」
「お二人さん、そろそろ始まるよ」
辻の声に私たちは苦笑を見せ合い、それから表情を引き締めた。
梨乃がにっと笑った。
「頑張りましょう!」
この日も二つの電話が鎮まる暇がないくらい、リクエストの電話がたくさんかかってきた。五分おきにチェックしているメールでのリクエストも、なかなかの件数だ。
それを見ていてふと気づく。
「そう言えば、この南風さんって、電話もかけてくる人だよね」
「そうですね。金曜日がお休みなんですかね。いわば常連さんですよ。夏貴さん、電話鳴ってますよ」
私は急いで声を整えて電話に手を伸ばした。
「おはようございます。リクエスト承ります」
―― おはようございます。南風です。
タイムリー過ぎる電話に息を飲み、私は梨乃に目くばせした。
彼女は目を軽く見開き、苦笑を浮かべる。
彼ですか――。
梨乃の目はそう言っていた。
番組の手伝いを始めてからのことを思い返すと、割と頻繁に彼の電話を取ることが多いような気がする。電話は二台。私が彼に当たる確率は半々だが、それでも多く感じるのは彼が毎週欠かさずリクエストしてくる人だからか。それにしても、同時に回線が埋まることだってあるのに、毎回つながるというのはある意味すごい。
私は彼のリクエストを聞き取り、彼が話すコメントを手元の受付票に書き記す。
「素敵なエピソードとリクエスト、ありがとうございました」
定番となった締めくくりの言葉を告げて、電話を切りかけた時だ。南風が思い出しように言った。
―― 今度イベントがあるそうですね。ホームページで見ました。
まさか聞こえないふりをして切るわけにもいかない。仕方なく私は彼に応える。
「詳細については後日お知らせすることになりますが、もしもご都合がつく時にはどうぞ足をお運びください」
―― えぇ、ぜひ行こうと思ってるんです。私の家、MMテレビさんのすぐ近くなので。ちなみにそのイベントでは、あなたにも会えるんでしょうか?
「え?」
そんな質問が来るとは思っていなかった。困惑したが、できるだけ軽やかに聞こえるように意識しながら答える。
「私は裏方ですので残念ながらお会いすることはないかと……。あの、申し訳ありません。他にもリクエストをお待ちの方がいらっしゃいますので、大変心苦しいのですが、そろそろこの辺で電話を……」
しかし南風は、私の言葉にかぶせるように話し続ける。
―― いえね、いつも丁寧に対応してくださる方のお顔を、一度拝見してみたいと思っていましてね。もしも機会があれば、ぜひ一度お会いしてみたいものです。
本気で言っているわけではないだろうと思い、彼の言葉を軽く流しつつ丁寧な口調で答えた。
「後日発表されるイベントの詳細を、ぜひ楽しみにお待ちください。今日はお電話ありがとうございました」
―― は、はい、楽しみにしています。都合をつけて必ず行きますので。
最後の方に力を込めて言い、南風はやっと電話を切った。
なんとか無難に対処できたようだと胸を撫で下ろす。それを見ていた梨乃が小声で労いの言葉をかけてくれた。
「お疲れ様でした。もしかして、南風さん?」
「うん、そうだった。今度のイベント、必ず行くって言ってたわ」
「そうですか……。私が思うに、あの方、夏貴さんのことを絶対に気に入ってますね」
「会ったことがないのに?」
「だからこそ、なんじゃないですか。夏貴さんの声って可愛いから、余計に想像をかきたてるっていうか?あ、もちろん顔だって可愛いですよ」
「気を遣わなくていいよ」
梨乃に苦笑を向けながら心の中で突っ込みを入れた。
想像っていったいどんなのよ――。
考えすぎかもしれないが、もしも本当に何かしらおかしな想像でもされていたらと思うと、背中がざわっとする。会うことはないはずだが、イベントの日に本当に来るのかしら、とまだまだ先のことなのに身構えてしまう。
ため息をついた時、二つの電話が同時に鳴った。私と梨乃は互いに目を見合わせて、ほぼ同時に受話器に手を伸ばした。
その一方である変化があった。佐竹が新年度を待たずに支局に異動となったのだ。同じ部署で働く契約社員の田代から、後でこっそり聞いたところによれば、重要な取引先との間でトラブルを起こしてしまったための、いわゆる左遷的な異動だという。そして、彼女の穴を埋めるために新たなメンバーが採用されることになった。
急なメンバーチェンジがあった中、改編期のバタバタした忙しさも少しずつ落ち着き始めた頃のこと。六月最初の日曜日に周年イベントを開催することが決まったと、全社員に伝えられた。各部署ともそのイベントに向けた準備を始めることになる。
定期的に行われている編成広報局内の会議の時、ひと通りの説明を終えた局長の中沢は私を見て言った。
「その日はラジオもやるそうだよ。いつもの内容に加えて、レポーターが会場の様子を伝えながらという趣向らしい。パーソナリティは午前と午後で交代で、午後は矢嶋君だそうだ。制作側からの要望で、川口さんにはバイトの子と一緒に、午後の部の方をいつものように手伝ってほしいそうなんだ。そのうち改めて打ち合わせなんかがあると思う。その日は日曜日だから休日出勤になってしまうけど、後日みんなと交代で休みを取ってもらうことになると思うからよろしくお願いします」
梨乃と一緒なら楽しそうだし、いつものようにということなら特に難しいこともなさそうだ。
「分かりました」
「それから、現時点での企画です」
中沢はA4サイズの紙を皆に回覧し始めた。
「現段階で検討されている内容やなんかがそこに書いてあるので、ざっと目を通しておいてください。そのファイルは共有フォルダにも格納して、都度情報を更新するそうだ。それから、近いうちに日程だけはホームページに乗せることになるから、みんなそのつもりでよろしく」
中沢は特に私と田代を見ながら付け加えるように言った。
「それを見た視聴者から問い合わせがあるかもしれない。その時は、『詳細は後日、決まり次第公表する予定』と答えておいてください」
私と田代が頷いたのを見てから、中沢は皆の顔をぐるりと見回した。
「何か他に、みんなの方からはありますか?」
誰からの発言もないことを確かめると、彼は会議の終わりを告げた。
その会議の翌日、ラジオ番組の手伝いのためいつもの時間にマスタールームへ行くと、梨乃が先に来ていた。辻はと見ると、奥のスタジオの方にいる。
「おはよう、梨乃ちゃん。今日もよろしくお願いします」
「夏貴さん、おはようございます!」
梨乃はぺこりと頭を下げると、私の前に身を乗り出すようにして話し出した。
「夏貴さんはもう聞きましたか?イベントするって話。局内も見学できたりするんですってね!キッチンカーも呼ぶ予定だっていうし。ワクワクしてきちゃうなぁ」
「キッチンカーも?それは初耳」
いかにも女子トークらしい話をしている所に、辻がやってきた。
「夏貴ちゃん、おはよう。もしかして今、例のイベントの話してたの?その日の午後に、矢嶋がラジオもやるから手伝ってほしいっていう話は、中沢局長から伝わってるかな」
「おはようございます。はい、昨日局長から聞きました」
「二人にお願いすることは、いつもと変わらない。ただ、いつもより少し時間が長くなる予定なんだ。近くなったら、またみんなで打ち合わせすることになると思う」
そこに矢嶋が入って来た。
「おはようございます」
今日もきらきらしてる――。
ふとそんなことを思ってしまった自分に慌てる。梨乃と一緒に挨拶をし、顔を上げた時に目が合ってしまい、どきりとする。しかし彼が私の反応に気づいた様子はない。
「今日もよろしくね」
矢嶋はいつも通りの爽やかな笑顔を保ったまま、スタジオに入って行った。
「二人もそろそろスタンバイしてくれる?」
「はぁい」
「はい」
それぞれに返事をして、私たちはいつもの定位置についた。
向かい合って座り、テーブル上に置かれた時計の針を睨むように眺めていたら、梨乃が声を潜めて私に聞いてきた。
「夏貴さん、矢嶋さんと何かありましたか?」
「え、どうして?」
「いや、なんというか、ここ最近のお二人の空気感が、これまでとどことなく違うような気がして」
「別に何もないけど」
笑ってごまかしたが、背中に汗がにじんできたのが分かった。
「ふぅん……。ま、仲が悪くなったわけじゃないのならいいんです」
「お二人さん、そろそろ始まるよ」
辻の声に私たちは苦笑を見せ合い、それから表情を引き締めた。
梨乃がにっと笑った。
「頑張りましょう!」
この日も二つの電話が鎮まる暇がないくらい、リクエストの電話がたくさんかかってきた。五分おきにチェックしているメールでのリクエストも、なかなかの件数だ。
それを見ていてふと気づく。
「そう言えば、この南風さんって、電話もかけてくる人だよね」
「そうですね。金曜日がお休みなんですかね。いわば常連さんですよ。夏貴さん、電話鳴ってますよ」
私は急いで声を整えて電話に手を伸ばした。
「おはようございます。リクエスト承ります」
―― おはようございます。南風です。
タイムリー過ぎる電話に息を飲み、私は梨乃に目くばせした。
彼女は目を軽く見開き、苦笑を浮かべる。
彼ですか――。
梨乃の目はそう言っていた。
番組の手伝いを始めてからのことを思い返すと、割と頻繁に彼の電話を取ることが多いような気がする。電話は二台。私が彼に当たる確率は半々だが、それでも多く感じるのは彼が毎週欠かさずリクエストしてくる人だからか。それにしても、同時に回線が埋まることだってあるのに、毎回つながるというのはある意味すごい。
私は彼のリクエストを聞き取り、彼が話すコメントを手元の受付票に書き記す。
「素敵なエピソードとリクエスト、ありがとうございました」
定番となった締めくくりの言葉を告げて、電話を切りかけた時だ。南風が思い出しように言った。
―― 今度イベントがあるそうですね。ホームページで見ました。
まさか聞こえないふりをして切るわけにもいかない。仕方なく私は彼に応える。
「詳細については後日お知らせすることになりますが、もしもご都合がつく時にはどうぞ足をお運びください」
―― えぇ、ぜひ行こうと思ってるんです。私の家、MMテレビさんのすぐ近くなので。ちなみにそのイベントでは、あなたにも会えるんでしょうか?
「え?」
そんな質問が来るとは思っていなかった。困惑したが、できるだけ軽やかに聞こえるように意識しながら答える。
「私は裏方ですので残念ながらお会いすることはないかと……。あの、申し訳ありません。他にもリクエストをお待ちの方がいらっしゃいますので、大変心苦しいのですが、そろそろこの辺で電話を……」
しかし南風は、私の言葉にかぶせるように話し続ける。
―― いえね、いつも丁寧に対応してくださる方のお顔を、一度拝見してみたいと思っていましてね。もしも機会があれば、ぜひ一度お会いしてみたいものです。
本気で言っているわけではないだろうと思い、彼の言葉を軽く流しつつ丁寧な口調で答えた。
「後日発表されるイベントの詳細を、ぜひ楽しみにお待ちください。今日はお電話ありがとうございました」
―― は、はい、楽しみにしています。都合をつけて必ず行きますので。
最後の方に力を込めて言い、南風はやっと電話を切った。
なんとか無難に対処できたようだと胸を撫で下ろす。それを見ていた梨乃が小声で労いの言葉をかけてくれた。
「お疲れ様でした。もしかして、南風さん?」
「うん、そうだった。今度のイベント、必ず行くって言ってたわ」
「そうですか……。私が思うに、あの方、夏貴さんのことを絶対に気に入ってますね」
「会ったことがないのに?」
「だからこそ、なんじゃないですか。夏貴さんの声って可愛いから、余計に想像をかきたてるっていうか?あ、もちろん顔だって可愛いですよ」
「気を遣わなくていいよ」
梨乃に苦笑を向けながら心の中で突っ込みを入れた。
想像っていったいどんなのよ――。
考えすぎかもしれないが、もしも本当に何かしらおかしな想像でもされていたらと思うと、背中がざわっとする。会うことはないはずだが、イベントの日に本当に来るのかしら、とまだまだ先のことなのに身構えてしまう。
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