続きは甘く優しいキスで

芙月みひろ

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11.約束の日-2

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 会社を出てからの私は、書店で雑誌を眺めたり、デパートの中をうろうろしてみたりして、時間を潰した。頃合いを見計らって、北川との待ち合わせ場所に向かう。
 ホテルに到着し、建物の前で躊躇した。ここの老舗ホテルとは今まで縁がなかった。どきどきしながら自動ドアを通り抜ける。入ってすぐ左手がロビーになっていた。そちらに足を向け、端の方に見つけたソファに腰を下ろす。約束の時間まであと十五分ほどだ。少し早く着いてしまったらしい。
 北川と会う目的を思うと緊張する。彼は私のことを怒ってはいないと言ってくれた。しかし当時のことを聞いたら、改めて腹がたってくるのではないかと不安になる。重い気分で足元のカーペットに目を落とし、彼が姿を現した時の第一声をどうしようかと考える。ふと男物の靴先が視界に入って来た。はっとして顔を上げたそこには北川が立っていた。

「来てくれてありがとう」

 彼は嬉しそうに口元に笑みを刻んでいた。
 それにつられて、私もぎこちなく微笑む。

「約束ですから。お仕事、お疲れ様でした。無事に終わったんですね」
「斉藤さんのおかげでね。総務の仕事もなかなか大変だね」

 北川のおどけた口調につい笑い声がもれる。

「ふふっ。仕事はなんでも大変でしょ」
「それもそうだ。さて、行こうか、レストラン。予約の時間に間に合って良かったよ」
 彼は目元を和らげ、私の方へ手を差し出した。戸惑っている私の前に軽く身をかがめる。
「ほら、行くよ」
「は、はい……」

 私はおずおずと彼の手を取り、ソファから立ち上がった。
 そのまま私の手を引いて、彼はエレベーターに向かう。

「北川さん、待って。手を離して」

 彼は肩越しに振り返り、軽く私をにらむ。よく見ればその目は笑っていた。

「その呼び方、違うでしょ」
「何がですか?」
「この前、給湯室では『拓真君』って呼んでくれたじゃないか」
「あ、あれは……」
「それに、約束したよ?二人の時は昔みたいに呼ぶって。もう忘れたの?ほら、ちゃんと呼んでみて」

 期待に満ちた目で見つめられて、私はふいっと目を逸らす。

「と、とにかく、手を離してくれませんか?恥ずかしいわ」
「エレベーターに乗ったら離してあげる」

 北川は意地悪な笑みを浮かべて、私の手をキュッと握る。
 高鳴る鼓動を持て余しながら、私は彼に手を引かれたままエレベーターに乗った。
 結局彼が私の手を離したのは、目的の階に着いてからだった。
 レストランに入り北川が名を告げると、早速席まで案内される。
 北川はこういった場に慣れているのか、堂々と落ち着いた様子だった。
 一方の私はそわそわしていた。これから話すはずの内容のことで頭がいっぱいで、せっかくの食事も楽しめる気分ではない。
 彼はそんな私を気遣うように、最近見た映画の話や、どこそこに昔はなかった店ができている、その反対にあの店がなくなったのは寂しいだとか、あれこれと話題を口にする。
 しかしせっかく話題を振ってもらってはいても、私の口は重かった。
 盛り上がらない会話をする私たちの前に、デザートが運ばれてきた。それを食べ終えてから、私はおずおずと口を開く。

「それで、あの、今日は……」

 言葉を濁す私を見て、彼は微笑む。

「今日は俺のわがままのために、時間を作ってくれてありがとう」
「いえ、そんな……」

 私はテーブルの上に目を落とした。いよいよ本題に入ると思うと、みぞおちの辺りが緊張で苦しくなってくる。
 北川が静かに話し出す。

「もう何年も前のことをいまだに引きずっているなんて、自分でもどうかしていると思う。だけどこうやって再会したからには、あの時どうして君が俺から離れて行ったのか、理由を知りたい。そしてね、俺は怒っていない。君を責めるつもりもない。それはこの前も言った通りだから、安心してほしい」

 私はうつむいたまま、彼の優しい声を聞く。

「あの日を境に、連絡が全然取れなくなったよね。バイトにも来なくなって、部屋まで会いに行っても会ってもらえなかった。嫌われたんだと思った。だけど、俺の何がだめだったのか、全然分からなくてさ。碧ちゃんが嫌だと思ったことがあったのなら、それを全部直して、直すように努力して、どうにかもう一度君とやり直したいと思った。それが無理なら、はっきり言葉にして、俺のことを徹底的に振ってほしいと思った。だけど結局それは叶わないまま、就職でこっちを離れることになった。その時に、君とのことはすべてきれいさっぱり忘れようとしたんだけど、記憶から簡単には消えてくれなかった。その結果、未練がましくも今に至ってる。笑ってくれて構わない」

 彼は自嘲気味に笑い、ひと呼吸ほど置いてから私に問う。

「……あの時、どうして俺の前からいなくなってしまったの?」

 私は脚の上で両手を組んだ。力を入りすぎて、指の関節の色が白っぽくなる。彼に答えなければと思うが、言葉がなかなか出てこない。

「思ったこと、本当のことを、全部言ってくれて構わないよ。あぁ、それよりもまずは、場所を変えようか。こんな風に明るい場所よりも、少し暗い所の方が話しやすいかもしれないからね」

 北川は私を促して席を立った。
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