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ハート・ムーブ
しおりを挟む微かに香る油の匂いと淡いシャボンその匂いがすると、心臓が鳴って仕方がなかった。
小日向 和紗(17)
俺の家庭教師が親友の彼女になった。
「花乃先生、今日寒いですから遅くまで残んないで下さいね。」
これは親友の雪見 静、こいつは読めない奴だが悪いやつじゃない。
「大丈夫ですよ。個展も終わりましたし。」
こっちは、俺の家庭教師で、今臨時で美術の先生をしている、小野町 花乃 、頭がよくて可愛い。
2人は花の個展があった日から付き合ってるらしい。
「和紗くん。最近は家に帰ってますか?」
「あーうんまぁ。」
「もう!ちゃんと帰りなさいね」
花はこんな俺にも優しくてなんだか悲しくなってくる。
花。こうやって貴女の後ろ姿を見ると思い出すことがあります。
「はぁ?!母さん!家庭教師なんて聞いてない!」
「T大の首席なんですって!あんた馬鹿なんだから見てもらいなさい!」
「えー。」
「こんにちは、和紗くん。小野町 花乃って言います。」
第一印象はふわふわしたお姉さん
「和紗くんのお母さん、いいひとですね。」
なんだいきなり
「そうでもねぇ。いきなりすぎなんだよいつも」
「そうですね。私に家庭教師のバイトを提案してくれた時もいきなりでした。和紗くんに自分は教えられないけれど、和紗くんには大きくなった時教えられる人になって欲しいんだって言ってました。だから頑張りましょう?」
「わぁ!すごい!和紗くん!全部あってますよ!」
「そうかよ。あんたが教えるの上手かったんじゃねーの?」
「ふふっ違いますよ。和紗くんが頑張ったからですよ。お母さんのこと大切なんですね。」
その言葉はすっと心に落ちて、それが嫌じゃなかった。
「それじゃあ、失礼しますね。また2日後」
「ああ。」
この日その背中が名残惜しいと感じたのを今でもずっと覚えてる。
「和紗!なんでこんな時間まで帰ってこないの!お母さんがどれだけ心配したか!」
「うるせえよ!いつもいつも!俺のためとか言って!本当は自分の自己満だろ!」
「和紗!」
みっともなくて、虚しくて、どうしようもなかった。
「なんでこんなとこにガキがいんだよ。お子様はおねむの時間ですよぉー!」
ドンッ!
痛くて、苦しくて、あーもういっかって。
なったのに
「和紗くん!!」
「花?」
「和紗くんに何するのよ!」
ゴッ!ゴッ
「なんだよ!こいつ!」
「花、ありがと」
バチーン!
「バカ!お母さんがどれほど心配してたかわかる?!裸足のまま大学まであなたのために走ってきたのよ?」
「ごめんなさぃ」
「本当、無事で良かった。あなたは世界で一人しかいないんだから、お母さんの大切な子供はあなただけなのよ?ちゃんと帰ったら、謝るのよ。人は居なくなったらもう何も伝えることなんてできなくなっちゃうんだから。」
微かに香る油の匂い、髪から香るシャボン。
強く抱きしめる細い腕が愛おしかった。
「母さん。ごめん。俺、いつも期待されるたんびに応えられないのが苦しくて、ごめん。」
「和紗。ごめんね、お母さん焦っちゃった。和紗、お母さんね、幸せだったよ。」
「なんだよそれ、いなくなる見たいじゃねぇか。」
その数日後、母が病気だと知った。
「和紗くん、お母さん、今どうですか?」
「もう長くないって。もう喋るのも辛いみたいでさー。花、怖いよ。俺」
「和紗くん、泣いたっていいんですよ。」
「泣かねぇよ。まだ。」
「母さん。今日、花に教えて貰って初めてテストで1位をとったんだ。」
「和紗、あんたは強い子だ。私がいなくても大丈夫。私がお父さんに会えたみたいにきっと、この人がいればいいって思える人に出会えるさ。」
「和紗、大好きだよ。」
「母さん!」
「和紗くん!」
「花。」
「俺、どうしよう。母さん。俺に大好きって沢山言ってくれたのに俺はありがとうすら言えなかった。美味しいご飯も作ってあげれなかったんだ。普通の親子みたいなこと全然。」
「和紗くん、もう泣いてもいいんじゃないですか?」
花、俺を抱きしめるこの圧力が、ふわりと香るシャボンが甘い声が恋しかったんだ。
「この人がいればいいって」
母さん。やっぱりあんたすごいや。
俺もう出会ってたよ。
そんな人に。
「和紗くん、やっぱり家に帰ってないじゃないですか。」
「俺やっぱり許せないよ。まだ1年だぜ。母さんがいなくなってからまだたったの1年なのに、母親を名乗る女が我が物顔で俺の家にいる。日に日に母さんのお気に入りだったものがあの女のものに変わってく。帰るのが辛くてさ。」
「和紗くんの髪が好きです。私は和紗くんの日に当たるとはちみつみたいに光る髪の毛を見ると、和紗くんのお母さんを思い出します。どれだけものがなくなっていったって、お母さんの1番大切なものはあなたが諦めない限り残るんじゃないですか?」
「うん。」
母さん。俺、母さんが生きていた時にはとても言えなかった言葉があるよ。恥ずかしくってさ。
こんなどうしようもない俺に、こんな優しい言葉をかけてくれる人がいる。油の匂いでさえ愛おしいと思える人がいる。俺が産まれなかったらこの人の声も聞けなかった。
母さん産んでくれてありがとう。あなたのおかげで俺は幸せです。
「静、俺ね花のこと好きなんだ。初恋。」
「でもさ、花は今1番幸せそうだから、気持ちはいわない。」
「静、花のこと大切にしてやってよ。親友にしか託せないことだ。俺にとっては花が何より大切でそれは一生揺るがない。花は無理をすると、首を傾げながら笑う癖があるんだ。そんな顔させないでくれ。本当は夜道が怖くて仕方ないのに、無理してるから、静だけは花のこと守ってやってよ。」
「ああ。約束する。」
苦い油とシャボン。だけど何より甘く儚い、世界で1番大切な俺の初恋。
今のあなたに伝えるにはあまりにも重い俺の初恋は、心の中にしまっておこうと思うんだ。
でもまだ、あなたが好きだと言ってくれたその言葉に、酔っていたい。
「花!静と付き合ったんだって?おめでとう!家庭教師は辞めんなよ!」
「ありがとう。辞めないですよ!」
だけどこれだけは絶対、幸せになってよ花。
君が笑っているなら、俺はそれで満足だから.
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