エリート医師の婚約者は名探偵でトラブルメーカー

香月しを

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「だから、言ったのよ。早く来てって」

「あんな脅しのような電報でホイホイ出向いて来れるほど、私のプライドは低くないぞ」
「だって、結局そうやって泣くハメになったじゃない」
「電報に内容を書いてくれればよかったんだ。そうしたら、お前の指示通り動けたし、会いに来いということなら、喜んで会いに来たさ」
「生憎、あの男、私が打った電報を全て把握していたの。そんなことを書いたら最後、この事件は解決できなかったでしょうね。そういえば、手紙に書いたヒントで、貴方、何も気付かなかったの?」
「手紙? あの、警部が持って来たびしょ濡れの手紙か? ヒントって何だろう……」
「最後に書いたじゃない。『またお会いしましょう』って。死んだら発見される筈の手紙に、普通はあんなこと書かないわよ。あれこそ、私が本当は生きているという貴方へのメッセージだったんだけどね」
「わかるわけがない!」
「相変わらず注意力が足りないわ」
 憎たらしいことを言う口を、糸で縫いつけてやろうかと思ったが、私はなんとか踏みとどまった。目を擦り、咳払いをする。
「何故あの男は、お前を執拗に追い回していたんだ?」
「そんなの知らないわよ。あの男の言葉を信じるならば、私を愛してたからなんじゃない? それに、あの男が殺人事件を繰り返していた理由……。それもよくわからないわ。まさか、事件解決に乗り出した私と会えるから、なんて理由じゃないとは思いたいけど……。ああ、でもそれなら、証拠なんかのために私を殺そうとするわけがないか。うん? しかし、愛が余って私を殺そうと誘き寄せたのかしら? いやそれだと……ううん、わからない。他人の感情なんて、読めやしないわね。たとえ思考を読むことが出来たとしても、ね」
「だから、どうしたらそんなに……!」
 どうしたら、そんなに愛されることになってしまうのだ。確か、シャルロットは、事件当日に会ったのが初めてだと言っていた。世の中には、そんな自分勝手な愛もあるのだろうか?

「そんなのは、愛だとは言えないわ」

「え?」
「いいえ。……とにかくね、私は、貴方に言っておきたかったのよ。これから死亡説が流れるだろうけど、貴方は事件に関わってくれるな、とね」
「どうして!」
「婚約は解消する。そう言ったのは、貴方よ? どうしてもこうしてもないでしょう?」
 穏やかな調子で、シャルロットが語る。首を傾げ、苦笑していた。私はばつが悪くなって、目を逸らした。
「そ……それは、そうだが……」
「冗談よ。貴方は、そうやってすぐ顔や態度に出て、およそ演技なんて出来る性質じゃないからね、バレンティア先生? 事件が解決するまでは、姿を現さないように言っておこうと思っていたの。だけど、どんなに呼んでも来やしないから、それなら死亡説が流れても絶対に来るなと、あの電報を打ったのよ。もう時間がなかったから。貴方が私の遺体を見たら、一目で別人だとばれてしまうでしょう? そうしたら、嘘のつけない貴方のことよ。その挙動不審な動きで、犯人が何かを察してしまうもの。まあ、さっき見てたら、随分と気付くのに時間がかかったようだけど……うん? どうしたの、バレンティア先生」
 私は椅子から立ち上がり、シャルロットの足元に跪いた。その手を取って、顔をじっと見上げる。シャルロットは大きな目を更に大きく見開いて、数回瞬きをした。
「私は……私の張った意地は……お前に、知らず知らずのうちに迷惑をかけていたんだな。シャル」
「……貴方がそんな態度を取ると、後が怖いわね」
「ところで。なんできみは、さっきから私を名前で呼ばず、ファミリーネームに『先生』だの『ドクター』だのつけて呼ぶんだ?」
 不機嫌さを隠さずに、さきほどから気になっていたことを正面から聞いてみた。聞かれたシャルロットも、不貞腐れた表情で、唇を尖らす。
「だって、貴方……あれだけ私が電報を打ったのに、返事すら返して来なかったから。もう家族じゃないんだと思って」
「……やっぱり拗ねてるんだな?」
「拗ねてないわ。不愉快なだけ」
 ぷいと、顔を背けられた。その態度にカチンときて、思わず大きな声を出してしまう。
「拗ねてるんじゃないか!」
「拗ねてないわよ。だって、ちゃんとこうして部屋にも入れてあげたじゃないの。あの、最後の電報を打った時は、もう絶対に会ってやるもんかって思ってたけどね」
「まさか……あれは本気の絶交宣言だったのか?」
「一瞬ね。けど、それでも貴方のことが心配だったのよ」
「心配? 何が」
「だって、貴方のことだから、自分が会いに行かなかったせいで私が死んだ、ぐらい思いつめたでしょう? それで、『くれぐれもおかしな考えは持つな』と書いたの。私は本当は死んでなんかいないのに、貴方がそれを気にして自殺なんてしたら大変だものね。本当に手間のかかる男だわ、貴方って。余計なことにまで頭を使ってしまったじゃない」
「そんな言い方ってないだろう! 私はな、シャル……」

「あらあら、早速喧嘩? お茶でも飲んで落ち着きなさいな、二人とも」

 扉のところで、母が苦笑いをしていた。私は咳払いをして立ち上がると、トレーごと受け取って礼を述べた。母はどういたしましてと笑うと、扉を閉めて出て行ってしまう。こういう時、女親は心得たもので、翌日になるまでは、何が起ころうと一切この部屋には近付かないし、父にも近付かせないのだった。結婚前の男女が同じ部屋で二人きりだなんて、普通だったら許されない事であったが、そこは、シャルロットと母で何か画策していたのだろう。父は大人になった私達が同じ部屋に二人でいる事をあまりよく思っていないようだが、母は、逆に既成事実を作ってしまえと煽ってきたりする。それに、我々が口論をしている場合、だいたいは私がシャルロットに説教をしていることが多く、義理の愛娘を心配する親ごころとしてはおおいに助かるらしい。それを邪魔するようなことは、絶対にしないのだ。
「話はお茶を飲んだ後にしましょう。ああ、いい香りね。アンソニー、こちらに持ってきてちょうだい」
「まったく、調子のいい女だな、お前は」
「だって、今日は聊か緊張してしまったから。さっきは随分と喋ってしまったし……。喉が渇いてしまって……」
 そう言いながら、手渡した紅茶をゴクゴクと飲んでいる。少しは香りを楽しんだりすればいいのにと指摘すると、二杯目からはそうすると言って、ポットから空になったカップに紅茶を注いだ。



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