エリート医師の婚約者は名探偵でトラブルメーカー

香月しを

文字の大きさ
14 / 20

14

しおりを挟む

「ニ、三、聞きたいんだが……」

「どうぞ」
「お前が死んだと聞いてここに押しかけた時に、記者が私の質問を聞いて笑ったんだ。あれは、どういう意味だったのかな」
「ああ、あれね。ナンシーから聞いたわ。ああいう質問をしてくれるから貴方は事件解決に欠かせないのよ。いつも、事件が起きる度に監察医の意見を聞いてから貴方のところに相談に行くでしょ? そうすると、だいたい監察医と同じ事を言ってくれるんだけど、毎回、誰も気付かなかったような些細な事を気にしてくれるの。そこが、事件を解決する時の要になったりするのよね。でもね、二か月前に仲違いをして、私達ずっと会っていなかったでしょう? しばらく事件に関わってこなかった私の婚約者が突然現れた。疑い深い犯人は、様々な可能性を考えていたと思うのよ。もしかしたら、私が貴方に証拠を託していたかもしれない。そんなことも考えたのではないかと思うわ。そこに、あの質問よ。身体におさまる大きさなんですか、だったかしら? 犯人は、まったく事件についての知識のなかった貴方に、つい笑ってしまったんでしょうね」
「なるほど。次は、あの時の手紙。全部デタラメなわけじゃないんだろう?」
「そうね。一人で約束した場所に向かう、だとか、証拠品を飲み込む、だとか、そういうのは嘘よ。あの男から手紙を貰ったとか、そういうのは本当。だって、本人が読んでしまうんだものね、そこはデタラメは書けないわよ」
「あの男から、どんな手紙を貰ったんだ?」
「…………」
「シャルロット?」

「……口に出すのも汚らわしいような内容の手紙よ!」

 シャルロットは吐き捨てるようにそう言うと、カップをテーブルに置いて椅子の上で膝を抱えて丸くなってしまった。いつも冷静な彼女がこんな態度を取るのは珍しい。勿論、椅子の上で丸くなるのは、常日頃からよくあることではあるが。
「……シャルロット。私は無神経なことを聞いたのかな?」
「……いえ、貴方のせいじゃないわ。私が勝手に、あの男にされたことを思い出してしまっただけ」
 死体安置所で説明していた話だ。睡眠薬で眠らされたフリをしている間に受けた屈辱。シャルロットは、それを思い出してしまったのだ。きっと手紙には、それと同じ、いや、それを上回るような下品な言葉が書かれていたのだろう。そんなことを思い出させてしまい、申し訳ないと思う気持ちと、それと同じくらいの、嫉妬の気持ちが胸を渦巻いていた。
 私は、そっとシャルロットに近付き、椅子の肘掛けに腰掛けた。丸くなっている背中に触れると、ピクリと身体が跳ねる。緩慢な動作で顔をあげたシャルロットは、傍にいる私の背中に、頭を凭せ掛けてきた。この、安心しきった彼女を、自分はどうしようと思っているのか。まるで自分の身体の一部ではないかのように、腕が彼女に伸びる。
 最初は、項だった。柔らかな毛を逆立てながら、下から上に撫で上げる。シャルロットは、身体をビクリと弾ませ、驚いたように私を見上げた。
「どうした、シャル」
「……アンソニー。今のは何……?」
「何って? ただ、お前に触れたくなったから触れただけだ。馬車の中と同じだよ」
「触れたくなったからって……こんな触れ方……」
「あの男と同じかい?」
 顔を覗き込む。シャルロットは酷く困惑していたが、少し考えて首を横に振った。
「……いえ、違うわ。いや、そうじゃなくて……あまりに驚いて、ああ、あんな男のことなんかもう忘れてしまいそうよ」
「それはよかった。じゃあ、もっと忘れさせてやろうか?」
「なんですって?」
 顎を掴んで、唇を合わせた。初めての接吻だ。すぐに唇を離すと、シャルロットは目を丸くして私を見つめていた。
「私はきみの主治医みたいなものだからね。あの男に汚された顔面から耳の中までをきちんと消毒してあげよう。さあ、言いたまえ。あの男に、どうされた? 言わないなら、私のやり方でさせていただくが」
「いや、あの、アンソニー? 貴方、どうかして……んん!」
 私の唇から逃げるように、シャルロットが頭を振る。顔を両手で押さえ、深く繋がろうとするが、どうしても歯を割らない。一旦唇を離し、額同士をつけあって、名前を呼んだ。
「……シャル……」
「ずるいわアンソニー。そうやって私が貴方に愛称で呼ばれるのに弱いことを知ってて……」
「そうだったのか、知らなかったよ」
「しらばっくれないでよ」
「なあ、私は嫉妬深い男なんだよ」
「だから?」
「お前が、あの男に顔中を舐め回されたと聞き、我慢ならないわけだ。あの男には舌の侵入を許すのに、私の舌は……」
「舌が侵入したのは耳の中よ!」
「じゃあ、耳の中を舐め回して欲しいって事かな?」
 そう言って柔らかく耳たぶを噛んでやると、小さく悲鳴をあげる。
「待って! 最初に確認しておくけど、貴方と私は、まだそういう関係ではなかったわよね! 嫉妬とか我慢とか……貴方が言っている意味がわからないわ!」
「私達は婚約者。これからそういう関係になるんだ。愛してるよ、シャルロット」
「……私の気持ちは?」
「お前だって私を愛してるだろう? シャル。そうじゃなければ、私がこんな気持ちになるものか」

「すごい思い込みね。よく考えて。私達は、二か月前に婚約を解消したのよ? ほかでもない、貴方がそう言ったんじゃない。いい、アンソニー、貴方は、私とこのまま結婚したくないという理由で、婚約していた私に好きな相手は出来ないのかと確認したわ。一年前に誰かに渡す為の指輪を購入した事を知っていた私に向かってね。私には、貴方の本当の気持ちなんて伝わっていないのよ。今日は私が死んだと思ったのが実は生きていたことで頭がおかしくなっているだけなの。一時の感情に流されてはいけないわ。一年も渡さずに持ち歩いていた指輪を捨てるように渡した相手になんか、一生を捧げる必要はないのよ」

「そんな、泣きそうな顔をして言っていることに、説得力があるものか!」
 再び、唇を奪う。シャルロットは足をばたつかせて暴れたが、とうとう私の舌が歯列を割って口内に滑り込むと、一度呻いて大人しくなった。ぎゅっと瞑った目。長い睫が震えている。逃げ惑う舌を捕まえて絡ませると、苦しそうに鼻を鳴らした。髪がなにかに梳かれる。シャルロットの指だった。何時の間にか、彼女の腕が私の首に回されて、抱きついてきていたのだ。私は強い力で抱きしめ返した。彼女はもう逃げないような気がする。そこで、ヤリたい盛りの若者の思考が私を行動させた。目の前にある、ささやかな胸をほんの少し撫でる。その瞬間、私は突き飛ばされていた。

「アンソニー……ッ……」

 顔を真っ赤に染めたシャルロットが、椅子から立ち上がっている。私の手が撫でた胸を両手で押さえ、身体を震わせていた。床に尻餅をついた私は、小さな胸と彼女の顔を、交互に見上げてしまう。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...