エリート医師の婚約者は名探偵でトラブルメーカー

香月しを

文字の大きさ
15 / 20

15

しおりを挟む


「……怒ったのか?」

「…………怒らないと思う?」
「あの男に触れられるのと同じくらい嫌なのか?」
「だから! そうじゃないでしょう! 貴方は、自分が何をしているのか……」
 思わず噴出してしまった。私の奇行とも呼べる行動に、婚約者は目を丸くして益々驚いている。どうしたのかと瞳で訴えられたので、笑うのを止めて、深呼吸をしてから、じっと見詰め、口を開いた。
「いつもと反対だ」
「……何が」
「いつもはお前が聞き分けの無いことをして私に怒られるのに、今日はまるで反対で……ふふ」
「笑い事じゃないわ!」
「……笑いたくもなるさ。これだけ勇気を出して愛の告白をしても、本気にすらしてもらえない。なかったことにされて、終わりか? 私には、それくらいの価値しかないのか? お前を愛してるんだ、シャルロット。今日、ようやくわかった。もしお前が本当に死んでいたなら、私は迷わず後を追っていたよ。世間体も、残された人間のことも一切気にせずね」
「……私を実家に置き去りにしたくせに。婚約だって一方的に解消するとか言ってたくせに」
「…………いやいやいや、よく考えたら、婚約解消とか言い出したのはお前の方だっただろ!」
「どちらが言いだしたかは、今は関係ないのよ! 貴方は、都合のいいことばかり言う。あんなに離れて暮らす事を反対したのに、私を振り切って出ていったんじゃないの。それで? 私を愛していることに気が付いたからと言って、今度は病院の寮を引き払ってこっちに戻ってくるとでも? ふざけないでよ。人生、そううまくは出来ていないのよ。もういいから、頭を冷やして寝てしまったらいいわ。そして、もう二度と今のことは口にしないことね」
「いや、元々私の実家だしな」
「勝手に出て行ったのは貴方よ」
「……嫌だ」
「なんですって?」
「嫌だと言った!」
「聞き分けの無い子供かしら、貴方は!」
「子供で結構! お前だって、ついさっき、私を受け入れてくれたじゃないか!」
「受け入れてない!」
「キスしてる時に、抱きついてきた!」
「あ、あれは……!」
「あれは、なんだ? 本当は私のことを愛しているくせに、まだ拗ねてるから素直になれないだけなんだ。今、私の気持ちを撥ね付けたりしたら、絶対に後悔するぞ!」
「そんなの知ってるわよ! けど、後悔したとしても、貴方の気持ちを受け入れるわけにはいかないの!」
「どうして!」
「どうしてって……あ、貴方は、置き去りにされる方の気持ちになったことがあるの! どんなに追い縋っても、私の言う事なんて聞いてくれない。駄々を捏ねても、貴方に嫌われるのがオチよ。いくら貴方を頼って事件の度に相談に来ても、面倒臭そうにされたわ。貴方は、私ほど、会いたいと思ってくれていないのが丸わかりだった。関係は全く進展しない。昔は穏やかな日もあったのに、最後は喧嘩よ。もう、あんな日々は嫌なの! 貴方がまた、私を置き去りにする日が来るのを恐れるのは嫌なの! 私以外の誰かの為にプロポーズの指輪を購入しているのを知るのも、もう無理! もう諦めたことなのに、何故蒸し返すの? 私は貴方のことなんか……」

 ガクガクと震える膝。目に溜めた涙。いつも自分を落ち着かせようと努力している婚約者の姿は、そこには無かった。腰をあげ、小さな、自分よりもずっと小さな身体に、近付く。肩に触れる。拒絶はなかった。私は、シャルロットを軟らかく包むように抱きしめて、髪に口付けをした。
「すまない……シャル……」

「……謝るくらいなら、最初からしなければいいのよ。本当に手間がかかる男だわ貴方って」

 いつもの憎まれ口だ。抱き締めた身体を離して、顔を覗くと、シャルロットは舌を出していた。
「……シャルロット!」
「いやだわ、また怒った。肝心なのはね、アンソニー。どこまでがリアルで、どこからがフェイクかっていうことなんだけど……むぅ!」
 怒りにまかせて口付けをした。本当に、この女は、どこまでひとを馬鹿にすれば気が済むのだろう。嫌がって歯を食いしばるシャルロットの足を掬って転ばした。床に身体を打ちつけて、私に文句を言おうと、口を開いたところに馬乗りになって再び口付ける。ぬるりと舌を侵入させると、シャルロットはまた身体の力が抜けて、されるままになった。互いの荒い息遣い。唇を顔の輪郭に沿って這わす。スカートをたくし上げ始めた私の手を、シャルロットが弱弱しく握る。
「弱弱しいフリをしたって、もう騙されないぞ。シャルロット!」
「ちが……そうじゃなくて……重い! 重いのよ貴方、アンソニー! レディーに馬乗りなんて、何を考えているの! 早くどいて!」
「貴様のどこがレディーだ! 子供の頃から、お前のしおらしい演技は本当に腹立たしい!」
「うわ、貴様ときたわよ、この男。え、このまま私を襲うわけ?」
「私を拒絶しようというなら、それも有りかもな」
「わあ、鬼畜ね。それじゃ、あの伯爵と同じじゃないの」
「お互い愛し合ってるなら、少々強引にことを進めてもいいのだ。それとも、アンソニなんてありふれたフレーズを使った名前の私とじゃ嫌かな? 肝心なところでいつもヘマをするから?」
「ああ……警部もナンシーも、酷いことを言うわよねえ」
「…………お前があの二人に無理矢理言わせたんだろ!」
「アンソニー、冴えてるわね!」
「馬鹿にしてるのか!」
 首筋に顔を埋めて、強く吸ってやる。シャルロットが掠れた声をあげる。耳にかかった吐息が、私の下半身に直接響いた。ドクンと脈打つのがわかる。それは、シャルロットの太腿の上で、体積を増した。
「……アンソニー?」
「なんだい、シャル」
 眉間に皺を寄せたシャルロットが、小さな声で囁いてくる。
「急に太腿の辺りに硬いものが当たるようになったんだけど」
「さっきから硬くはなっていたが、お前が今、色気を出したものだから益々大きくなってしまっただけだ」
「色気なんか出してない!」
「大人の女の色気には程遠いが、生憎私は好みがマニアックなんだ!」
「…………酷い言われようだわ。『人でなし』とどっちが酷いかしら……」
 顔を上に向け、天井を見詰めて考えこんでいる。私はそっと彼女の上からおりて、大きな溜息をついてみせた。
「私は、お前に、はぐらかされようとしているのかな」
「何故?」
「いい雰囲気になろうとすると、お前がくだらないことを言ってそれを壊すんだ。私に抱かれたくないのか。本当に私を愛していないのか?」
「まあ、昔は既成事実を作ろうと思って、わざとベタベタしていたようなところもあるんだけどね。両想いが確定した今となっては、結婚前に体を繋ぐなんて、ちょっとふしだらじゃないかしらとか思ったり……」
「そうか……」
「ふしだらじゃないかとは思ったんだけど……ねえ、アンソニー」
「……え?」
 ふっくらとした唇を自分で撫でながら、片目を瞑る。そこには、私に対する拒絶は見えなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

処理中です...