エリート医師の婚約者は名探偵でトラブルメーカー

香月しを

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「どうせなら、ふかふかのベッドで抱き合いたいわ。こんな床の上じゃなくて」

「……シャルロット……。どこまでが本気だ?」
「アンソニー。……っふふ、貴方って本当に面白い男ね。貴方の言うとおり、私も貴方を愛しているわ」
 シャルロットが、手を差し出してくる。どうすればいいのか判断に苦しんでいると、早く掴めと催促をする。
「……掴んでどうすればいいんだ」
「私を起こして、ベッドまで運ぶんでしょう? 雰囲気作りも大事なのよ?」
「はあ?」
 さっきまでその雰囲気を粉砕させまくっていたのは誰なのだと苦笑する。私は立ち上がり、彼女の腕を取り、そのまま床を引きずった。
「ちょッちょッちょッ……アンソニー! これ、なんの雰囲気作りよ! ここはお姫様抱っこでしょう!」
「誰がお姫様だ。子供の頃に学習した。お前を甘やかすと碌な事がない。あんまりわからないことを言うと、痛くしてやるぞ」
「……さすが、サディストは言うことが違うわね。愛してると言った相手に、そういう惨いことを平気でするんだから」
「誰がサディストだ!」
「貴方が」
 腕を離す。仰向けのままその場で転がってしまったシャルロットに、上から圧し掛かった。不安そうな目をした彼女の耳に噛み付き、耳穴に舌を差し入れる。ああ、と、高い声をあげて逃げようとするのを執拗に追いかけた。グチュグチュと唾液の音をわざとたてる。あの伯爵の事を思い出したのか、顔を顰め始めた。あまり意地悪をするのもまずいかと思い、すぐに舌を離してから顔を覗き込んでやった。
「私がサディストだというのなら……いいだろう、やはり、ベッドではなくて、床の上で抱いてやる。苦痛に顔を歪ませればいいよ」
「…………」
「……シャル? 返事がないなら、本当にこのままするぞ」
 無言で震えているシャルロットの顔を見る。眉間に皺を寄せて、唇を噛んでいた。まさか、声を堪えているのだろうか? 私は、手を伸ばし、彼女のささやかな胸を柔らかく揉んだ。
「……ッ……んッ……ああッ!」
「よし。これで声が出せるな。で、どうする? このままするのか? ベッドに行くか?」
「や……ッ……ベッドに……。アンソニー!」
「まさか、その感じているのも演技じゃないよな?」
「疑心暗鬼になっ……ね、アンソ……んッ」
「うん、大丈夫みたいだ。さあ、ふかふかのベッドに行こうか。ふかふかかどうかは、実に怪しいけれどね」
 シャルロットの両腕をとる。仰向けのままにしてベッドまで引きずる途中、ガチャンガチャンとガラクタを何度も倒し、一緒に引きずった。
「なんていうか……雰囲気ぶち壊しよね。これ、暴力って言わないのかしら? 貴方わかってる? 私は、かつて犯罪者に襲われそうになって、男性恐怖症になっているかもしれない女なのよ?」
「部屋を片付けないからだ。雰囲気をぶち壊している張本人が不平を言わないでくれないか。それに、お前は私を恐れた事など、初対面から一度もないだろう。男性恐怖症になったからと言って、私の事は馬鹿にしてかかって、絶対に恐れない。お前はそういう女だ」
「私の事を随分と理解しているようだけど、それでも二人の初めてなのよ? もうちょっと甘い雰囲気になってくれても……」
「お前がベッドまで普通に移動してくれれば、こんな滑稽な雰囲気にはなってなかっただろうけどな!」
「あッ、そうか。ホントに、今日のアンソニーは、冴えてるわね!」
「……だから、馬鹿にしてるのか、お前は!」
 シャルロットは笑うと、腕に力を入れて私の手から離れた。自分で立ち上がり、今度は逆に私の手首を掴んだ。
「行きましょ、アンソニー。愛を確かめ合いに」
「……やっとここまで漕ぎ着けた」
「っふふ! 事件を解決するよりも難しいわね!」
 お前のせいだと言ってやりたかったが、また喧嘩になると益々無駄な時間が過ぎていくので、私は耐えた。手を繋ぎながら、部屋の隅のベッドへ移動する。そこは、床以上に物が散乱している場所だった。

「なんだ、これは! シャルロット!」
「あ~……、え~と……、そうそう、市警のみなさんの仕業よ!」
 目を逸らしながら話している。これは、嘘が突然バレた時の彼女の癖だ。ベッド下には、本や衣類が投げだしっぱなし。サイドテーブルの上には、ワインの空き瓶が飲み散らかされている。成人してすぐの女性のする事か。更にベッドは…………
「薬品が倒れて、大きな染みを作っているじゃないか!」
「あ、でも、乾いてるわよ」
「そういう問題か!」
「いいじゃない。どうせ汚れるんだし。明日、洗ってもらおうと思っていたのよ。ホラ、一石二鳥ね。痛ッ!」
 これから甘い雰囲気になろうという時だ。あまり叱るのもよくないとは思ったのだが、どうしてもデコピンせずにいられなかった。
「お前と言う女は、どうしていつもそうなんだ! ちゃんと片付けろと言ってるだろう!」
「酷いわアンソニー! そうやってすぐ怒るんだから! それに、私の扱いが雑すぎなのよ!」
「なんだって?」
「もういいわよ。どうせこんなベッドは不潔だから嫌だとか言うんでしょう? 新しいシーツや毛布に取り替えてもらってから愛し合うことにしましょう! おやすみなさい!」
「……まだ夕方だ」
「疲れたから寝る」
 シャルロットは、唇を尖らせてそう言うと、染みのついたベッドに突っ伏してしまった。ふかふかとは形容し難い古いベッドだ。それでも床よりはマシかと思う。ギシリ、腰を下ろすと、スプリングがおかしな音をたてた。拗ねた背中を擦ってみる。触るな、と文句を言われてしまった。
「シャル」
「煩い」
「ああ、体よく逃げられてしまった。お前は、いつもそうやって他人の気持ちを有耶無耶にしようとする」
「逃げたなんて言わないでよ」
「今、そうやって逃げてるってことは、今後もきっと、はぐらかされてしまうんだろうな」
 そっとシャツの裾から手を侵入させた。滑らかな背中を手の平で撫でる。シャルロットは、大きく息をついて、顔をあげた。
「手が早い」
「そうでもないさ」
 シャツをたくし上げ、背中に口付けをした。ところどころ赤くなっているのが気になる。
「昔はあんなにアピールしても、全然触れてくれなかったのにね」
「なあシャルロット、風呂で擦りすぎたのか? だいぶ赤くなってるところが目立つぞ」
「擦りたくもなるわ。あの男の手が触れたのよ。あの日から、いったい何度お風呂に入ったか。いくら擦っても、あの気持ち悪い感触が消えないの」
 シャルロットの身体を裏返す。への字口で私を見上げる顔に、笑いかけた。
「大丈夫。私がそんなものは完全に忘れさせてやるから」
「……もう、ほとんど忘れかけてるわ。貴方の手つきがあまりにも、その、いやらしいから」
「愛が溢れていると言ってもらいたいね。それより、このベッド本当に汚いな。動く度に埃が舞うぞ。お前、本当は私の部屋を使っているだろう」
「あら、バレた? 貴方が出て行ってから、私の寝室は貴方の部屋なのよ」
 悪戯が成功したように笑うシャルロットの額を指で突いてから、今度は所謂お姫様抱っこをして、私の部屋に移動した。




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