エリート医師の婚約者は名探偵でトラブルメーカー

香月しを

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「あら、モリーン。さっきはありがとう。それと、助手としての事件への協力もありがとう。今回も貴女のおかげで事件を解決できたわ」
「どういたしまして。実は、お別れを言いにきました」

 モリーンは、私の横をするりと抜けると、窓辺に立つシャルロットに近寄った。よく見ると、片手に少し大きめの荷物を持っている。旅支度だ。親しげに手を伸ばし、頬を撫でる。されるがままになっていたシャルロットは、穏やかに笑っていた。ちょっといけない想像をしてしまい、私はそれを見ていることが出来ず、部屋の片隅に目をうつして被っていた帽子を取り、型が崩れるかと思うほどに自分の腹に押し付けた。

「お別れ?」
「ええ、しばらく旅に出るわ。気が向いたら帰ってくる」
「貴女って、猫みたい」
「お嬢様もね。……だから若旦那様、この人には、押すだけじゃだめよ。構ってもらえないと拗ねるけど、構われすぎると逃げるの。どこからどこまでが本音なのか、わかりゃしないんだから」
「……モリーンには敵わないわ」
 私は黙って二人の会話を聞いていた。モリーンが私にアドバイスしてくれたことを考える。そういえば、シャルロットは、言っていた。『肝心なのは、どこまでがリアルで、どこからがフェイクかということだ』と。拗ねているのは、本当だろう。私が戻ることを面倒だと思う気持ちは実際どうなんだろうか。私は二人に目をうつした。モリーンが頬を撫でていた手をシャルロットの目の前に差し出している。何かが光っていた。
「この、うそつきオパール、記念にいただいてもいいかしら?」
「ちょっと、大事な証拠よ。ちゃんと返しておきなさい」
「……残念」
「黙って持って行かなかっただけでも進歩ね。それより、どこに行くつもり?」
「それを教えたら、名探偵さんは追いかけてくる? 市警に過去がバレてしまったから、ほとぼりがさめるまで身を隠したいのよね」
「まさか。私には、他に追いかける相手がいるもの」
「痴話喧嘩の相手ね。御馳走様」
 二人が、ハグをした。あッと叫びそうになったが、なんとか堪えた。モリーンは、悪戯が成功した時のような顔になって、私に向かってくる。
「わざとか」
「……あら、どうしまして? 若旦那様?」
「いや……なんでもない」
「ねえ若旦那様、独占欲が強すぎるのも考え物よ。女性にまで嫉妬するなんて、重症ね。それより、プロポーズのし直しは、したんですか?」
「……え……」
「一年前ね、お嬢様は、貴方が指輪を購入した事を知って、それはもう、そわそわそわそわ、毎日大変だったんですよ。それなのに、一向にプロポーズされない。それとなく話を向けても、朴念仁の若旦那様は全く気付かない。諦めていた頃に、二か月前のあの仕打ちでしょう。落ち込んで、手が付けられない状態でしたわ」

「ちょっと! モリーン!」

 真っ赤になって怒り出したシャルロットに向かって、モリーンが笑いながら舌を出す。こうして見ると、年相応の女性だ。

「ではドクター。近々会うと思いますけども」
「近々? ほとぼりがさめるまで、身を隠すんじゃないのか?」
「ヘンリー・マスビクス」
「…………は?」
「バレンティア先生の助手ですよね。私、彼と最近お付き合いを始めたんです」
「はあ!?」
「次にお会いする時は、彼の婚約者として。名前も、顔も、違うので、そこんとこ、よろしく、です」

 ニコリと笑うと、颯爽と部屋を出て行ってしまう。そういえば、昨日も、巡査の格好で検死の現場に現れていた。変装の名人とでもいうのか。モリーンの顔は、素顔なのか、名前も実名ではないのか、混乱して、しゃがみこんでしまった私に、シャルロットが近付いてきた。

「彼女、面白いでしょう?」
「面白いというか……謎だ。お前の侍女として現れてからずっと、謎の存在だった」
「私もよくわからないのよね。でも、敵ではない。それは確かよ。それに、私達、いいコンビだったわ」
 モリーンが出て行った扉を見詰め、シャルロットが微笑んだ。
「妬けるね」
「馬鹿なこと言わないで」


 朝食の席に二人で行くと、輝かんばかりの笑顔の母と、この世の終わりのような顔をした父が待っていた。

「私達に何か報告をする事があるんじゃないのかね?」

 親の仇でも見るような目で父に見られ、婚前交渉を白状すると、大きな音をたてて立ち上がり、私に殴りかかってきた。
「およしになって、貴方」
「ぐ……ううッ」
 母の冷たい声が響き、すんでのところで拳が止まる。ホっと息をつくと、シャルロットが父に謝罪した。
「おじ様。アンソニーを誘惑してしまい、申し訳ありません。でも、どうしても気持ちをおさえられなかったの。本当は、アンソニーが家を出る前から、既成事実を作ってしまいたかったんだけど、彼は絶対に私に手を出そうとしなかったわ。やっとなの。やっと手を出してくれたの。私の我儘で、こんな軽率な事をしてしまって本当にごめんなさい」
 そっと涙を拭ってみせる。役者だ。本当に、父の前ではあざとい女だ。
「うう……私の愛娘が……こんな、どこの馬の骨とも知れない奴に……」
「いや、馬の骨って! あんたの実の息子だから!」
「うおおおおお! 我が娘よおおお!」
「いい加減にしろ!」
 号泣する父を、上機嫌な母が慰める。あとは私がなんとかしてあげると言わんばかりにウインクをされて、私達はサンドウィッチと珈琲を手にシャルロットの部屋へ戻る事にした。私の部屋は、メイドが掃除を始めているので、しばらくは使えない。




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