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65、悪意と疑惑
しおりを挟むなんだかすごく嫌な感じだ。
リリーナが返してくれと訴えている髪飾りとは、恐らく私が拾ったこの髪留めなのだろう。
ニチカはまったく心当たりがなさそうだ。
ニチカと話した直後に落ちているのを見つけたから、てっきりニチカが落としたのだと思いこんでしまったけれど、ニチカは本当に知らないのかもしれない。
「私はこの髪留めを拾ったので、届けにきたのです」
アンナに持たせていた壊れた髪留めを差し出すと、リリーナが「あっ」と声を上げて髪留めを取り上げた。
「私の……ひどい」
暗い声で非難がましい目で私を睨む。
「壊してしまったことは申し訳ありません。お詫びに、私の物ですが代わりになる物があれば差し上げますわ」
「そんな……代わりを寄越せばいいってもんじゃないわよ!」
リリーナが金切り声を上げる。その騒ぎに、店の外にまで人だかりが出来ている。
「申し訳ありません。しかし、私は道で拾ったのです。何故、リリーナ様はニチカさんと私が盗んだと思われたのですか?」
「ニチカが私の髪飾りを持っているのを見たからよ!」
「ニチカさんがそれを持っているのを見ただけで、どうしてニチカさんが盗んだーーそれが私の命令だとわかったのですか? リリーナ様が落とした物をニチカさんが拾っただけではないのですか?」
私が尋ねると、リリーナはむすっと不機嫌な顔で黙り込んだ。
ニチカは髪飾りに心当たりがなさそうだし、恐らく、リリーナがニチカと私をはめようとして、わざとニチカと話した直後の私に拾わせたのではないだろうか。
そうとしか思えないのだが、ただ、何故リリーナがそんなことをするのか理由がわからない。
リリーナ・オッサカー。
ゲームには登場しないキャラだったはずだ。ガウェインの従兄弟の伯爵令嬢だということしかわからないが、彼女が私とニチカをはめて得するようなことがあるだろうか。
「とにかく、何か誤解があるようですから、どこか別の場所で落ち着いてお話しましょう。このままではお店に迷惑ですわ」
私はもしかしたらの可能性を考えつつ、リリーナにそう提案した。
だが、リリーナは急に手を振り上げると、壊れた髪留めを私に投げつけてきた。
「お嬢様っ!」
咄嗟に私の前に出た護衛が庇ってくれたので私には当たらなかったが、アンナが悲鳴を上げた。
リリーナはそのまま店の外へ駆けだしていく。捕まえようとした護衛を私は止めた。
「これ以上の騒ぎは無用よ」
「ですがっ、お嬢様に危害を……」
「私は平気だから。それより、ご主人、皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした」
謝罪すると、店のご主人が慌てて頭を下げた。
「いやいや、貴族のお嬢様に謝ってもらうなんて……あの女の子、突然店に飛び込んできて、ニチカちゃんを泥棒呼ばわりし始めてねぇ。腹が立ったんだが、貴族をつまみ出したりしたら平民の俺達はどんな目にあわされるかわからないし……すまんね、ニチカちゃん。助けてやれなくて」
「おじさん! 私、髪飾りなんか盗んでないからね!」
「当たり前だろ! ニチカちゃんが盗みなんかするはずないさ!」
気の良さそうなご主人はどうやらニチカの味方のようだ。良かった。
「ていうか、なんでアンタがここに来てるのよ悪役令嬢!」
「いえ。もう帰ります」
ニチカはまじめに働いてご主人やお客さんから信頼されているようなので、私は安心して店を後にした。
なんかなぁ。たぶん、こっちのニチカが素なんじゃないのかね?
学園では「自分がヒロイン」っていう前提に真面目に従おうとして無理してるんじゃないかしら?
短い付き合いだけれど、なんかもうニチカは放っておいても他人を陥れるような悪さはしない気がする。
それよりも、むしろリリーナ・オッサカーのことが気になる。
何の関係もない私とニチカをはめようとしたこと。公爵令嬢に髪留めをぶつけてくるような、生粋の貴族としてあり得ない行動。
リリーナ・オッサカーは、私やニチカと同じく、転生者なのではないだろうか。
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